●リプレイ本文
●ゲドゥルの行方
依頼書に大きく書かれたゲドゥル誘拐の文字。パリを出航する冒険者は誰もが心配をしていた。
西中島と李雷龍、護堂万時が見送る中、帆船はセーヌ川を下り始める。残念ながら冒険者の一人は急用で来られなかったが、残る八名は様々な状況を想定しては船上で対策を考えていた。
依頼書にはグラシュー海運のシャラーノが手引きをした線が濃厚とあったが、証拠がある訳ではない。ただ、今までの経緯を考えると冒険者達の結論もそこに行き着く。ゲドゥルを誘拐したのはシャラーノ、もくしはメテオスだと。
二日目の昼頃、ルーアンに到着した冒険者達はトレランツ本社へ直行する。
「よく来てくれたね。ついさっき、これが届いたばかりさ‥‥」
少々やつれたカルメン社長が社長室で冒険者達と面会する。
「では私が」
代表してクレア・エルスハイマー(ea2884)が手紙を音読した。
手紙には遠回しにシャラーノが宛てた体裁がなされている。もっとも証拠を残すのを嫌ってか、誤魔化されてはいた。
アリリアト・トゥーノスと、オリソートフの支社へ踏み込んだ時に得たブランの延べ棒を寄越せば、ゲドゥルを解放すると書かれてある。
「ブランについては別にして、リノの母さんには伝えたのか?」
エメラルド・シルフィユ(eb7983)はカルメン社長の考えを訊ねる。
ゲドゥルは大切だが、かといって二つの条件を呑む訳にはいかない。アリリアトとゲドゥルの命を天秤に計れるはずはなく、またブランを渡すのは膨大な軍資金が闇の組織オリソートフに流れるのを意味している。
「だからといってゲドゥルを見殺しには出来ない‥‥。なんとか奪還してもらいたい」
悩みを滲ませながら、カルメン社長は呟くように冒険者達へ頼んだ。
やるべき事はいくつかある。
一つはラルフ領主とのブランの交渉。
二つはアリリアトの説得。同時に娘であるリノの同意も得なければならない。
三つはゲドゥルがどこにいるかの調査。
四つはシャラーノとの人質交渉。もっとも本人が現れる可能性は低い。代理人との話し合いになるだろう。
最終的にはゲドゥルを奪還し、アリリアトとブランの延べ棒もシャラーノ側には渡さないのが理想だ。
冒険者達は役割を決めてさっそく行動を開始するのだった。
●痕跡
調査については二つに分かれて行われた。
ゲドゥルが誘拐されたルーアン郊外と、セーヌ川の対岸にあるフレデリック領の港町バンゲルである。
ルーアン郊外の調査を行ったのは十野間修(eb4840)、護堂熊夫(eb1964)、井伊貴政(ea8384)の三人であった。
「まずは、きっかけになれば」
誘拐された現場で十野間修がサンワードを使う。太陽に教えてもらった情報は次の通りだ。
ゲドゥルはかなり遠くにいて、監視する者に対しての答えも同じである。ゲドゥルを移送させた乗り物についてはわからないという。
「ダウジングではわかりませんでしたので」
護堂熊夫はトレランツ本社にあった地図にダウジングペンデュラムを垂らして占ったが、結果は芳しくなかった。そこで犬の歩知にゲドゥルの持ち物を嗅がせて後をついてゆく。残念ながら日数が経っており、ゲドゥルの臭いは消えていた。
カルメン社長によればゲドゥルの誘拐当時、護衛と馬車の御者は眠ってしまっていて対応出来なかったのだという。
「そーいえば、シャラーノ側には忍者がまだ残っていましたっけ?」
井伊貴政がこれからの相談途中で思いだす。
「忍者なら相手を眠らせる術も心得ていますね」
十野間修が顎に手をあてて考える。
「そうだとすれは、風上にいて、たまたま眠らずに誘拐を目撃していた人がいてもおかしくはないですよね?」
護堂熊夫は周囲を見回す。道にはかなりの人の往来があった。
「ゲドゥルさんは桃を欲しがっていたよーですね」
井伊貴政は道行く人達の中に行商人を確認する。
しばらくは往来の人達に訊ね、ゲドゥルを誘拐したのが何者であったのかを調査する三人であった。
「儲かりまっか〜。お手紙運んできましたでぇ〜」
イフェリア・アイランズ(ea2890)はシフール便を装ってフレデリック領バンゲルにあるグラシュー海運本社に顔を出していた。
クレアから短めに状況は聞いてある。とにかくゲドゥルを見つける為に情報集めを行う。ちなみにイフェリアはゲドゥルとは発音せず『げどる』と呼んでいた。
イフェリアは事務所内をよく観察し、さらに上空から施設の状況を探る。大きめの倉庫などはすべて港の方に建てられている。可能性はゼロではないが、誘拐したとしてわかりやすい本社には連れて来ないと思われる。
多くの時間、本社近くでイフェリアは人の出入りを見張った。夜にも続行し、関係なさそうな建物にグラシュー海運の者が出入りしていないかを探り続ける。
「クレアはんのた〜めな〜らえ〜〜〜〜んやこ〜〜〜ら、やで〜♪」
「私も夜を主にして見張るつもりですわ」
時間と場所を決めてイフェリアとクレアは情報交換を行っていた。
クレアは主に港近くのグラシュー海運施設周辺を見張る。
時折、ペガサス・フォルセティで空を飛んで監視する。
鴨のケルンテンにはセーヌ川で動いてもらった。いくら懐いていても鴨なので多くの人の顔を判断したりするのは難しい。テレパシーで教えてもらうのはグラシュー海運の船が賑やかかどうかだ。
昨今の状況によって、グラシュー海運の輸送は減っている。少なくともラルフ領主と懇意のある領地からの輸出入は絞られているはずだ。
もしも繁盛しているのなら、新たな悪さを始めている可能性が高いとクレアは踏んでいた。
●不安
「安心して下さい。アリリアトさんを渡す事はありません」
レイムス・ドレイク(eb2277)はトレランツ本社の一室でトゥーノス親子に話しかける。
「そうです。私も全力で助けますので、心配しないで下さいね」
コルリス・フェネストラ(eb9459)もトゥーノス親子を元気づけた。二人は調査を仲間に任せ、リノとアリリアトの護衛に注力していた。
リノの父である亡くなったガルセリアは、かつてシャラーノの父であるブロズの臣下であった。リノはガルセリアからオリソートフで使われる暗号文の解読方法を教えてもらっていた。それだけでもシャラーノにとって目の上のたんこぶである。
不思議なのはシャラーノが交換条件としてリノではなく、母親のアリリアトを提示した事だ。
もしかすると本人ですら気づいていない秘密をアリリアトが知っている可能性がある。長くの監禁の為、アリリアトの体調はまだ完全とはいえなかった。ただし快方には向かっていた。
アリリアトは交換の場に出向くのを了承していた。心配するリノを冒険者が守ってくれるから大丈夫だといってなだめる。
安全を考え、動きがあるまでトゥーノス親子はトレランツ本社に籠もる形になる。
レイムスとコルリスは交代でトレランツ本社周辺を調査した。
●面会
エメラルドは主に交渉事を担当して動いていた。まずはヴェルナー城にカルメン社長と出向いてラルフ領主と謁見する。
ブランの延べ棒についてだが、見せかけで借りるのを承諾してもらう。実際にはトレランツ側が用意した偽物を交渉の場には持ってゆく。
どこに間者が潜んでいるかわからないので、交渉は秘密裏に行われた。十野間修も心配していたので、城内の強化を強くラルフ領主に願っておいたエメラルドであった。
忍者は味方にすれば心強いが、敵だととても厄介である。
ルーアン郊外を探っている三人によれば、まず間違いなく忍者が動いているという。紛れて忍び込むのは忍者の得意とする所だ。
そして直接交渉を示す二通目の手紙がトレランツ本社に送られてくる。
カルメン社長の代理としてエメラルドが向かう。相手側の交渉人も代理でシャラーノではなかった。
交渉の場はセーヌ川である。
「カルメン社長の代理で来た。エメラルド・シルフィユだ」
エメラルドはケルピー・ナイアスに跨って現れる。敵側は小舟でやって来たが、ただ者ではない雰囲気をまとっていた。忍者ではないかとエメラルドは疑う。
敵の交渉人は顔を隠していたものの、声は女性であった。
緊張の中、交渉は進んだ。
ゲドゥルとの引き渡しは海上で行う。その際、カルメン社長も同席する事が条件として付け加えられた。
カルメン社長の同席を拒否したエメラルドだが、結果として呑まされる。ただ、受け渡し方法についてはエメラルドの主張が通った。
引き渡しの時は七日目の夕方、セーヌ河口から北西に四キロ程の沖と決まった。
●交換
ルーアンを出発した帆船はセーヌ川を下る。冒険者の他にトゥーノス親子とカルメン社長が乗り込んでいた。
ルーアンからセーヌ河口までは帆船で約半日である。
約束の時間が近づき、空が赤く染まり始める。
東側から黒い旗をマストに掲げた一隻の帆船が現れた。黒い旗は互いを確認する合図だ。トレランツ側の帆船も掲げていた。
互いに小舟で近づき、交換するのが約束である。
「そんなに心配しないで」
海面に揺れる小舟に降りたアリリアトが甲板から心配そうに見下ろすリノに声をかける。
カルメン社長も小舟へと降りた。
その頃、ゲドゥル救出作戦は開始されていた。
海中ではリノにウォーターダイブをかけてもらった護堂熊夫が沈んでいた。エックスレイビジョンとテレスコープ、そしてレミエラ付きのフェイスガードを併用して敵帆船内を探る。
帆船の甲板にいる十野間修のテレパシーを介してエメラルドに情報が伝えられる。エメラルドもウォーターダイブをかけてもらっていた。ケルピー・ナイアスと共に海中で待機する。
敵船内にいるゲドゥルが甲板に上ってゆくのが確認される。エメラルドはケルピーに跨って最大速度で敵帆船に進んだ。
「ゲドゥル、飛び込め!」
敵帆船近くで海面に顔を出したエメラルドは叫ぶ。
ゲドゥルは縄で縛られたまま、小舟へと乗せられようとしていた。
覚悟を決めたゲドゥルがクノイチから離れ、わざと姿勢を崩して海に落ちる。
エメラルドはケルピーでゲドゥルを救出する。すぐに海面にあがって猿ぐつわを外してやると、ゲドゥルが激しく咳き込む。
クノイチが水走りの術をかけた上でむささびの術でマストから飛び降りた。海面を泳ぐケルピーを追い抜いて足をつける。
「やらせへんで!」
真っ先に応援にかけつけたシフールのイフェリアがアイスチャクラを投げた。クノイチは動きを牽制され、ケルピーに乗る二人に飛びかかれない。
「そちらはお任せしますわ!」
クレアは追っ手が来られないように、ペガサスの背で高速のファイヤーボムを敵帆船に向けて放つ。
初撃が当たって軋む音が響く。さらに二撃目を放つが、今度は敵帆船からのファイヤーボムで相殺される。夕焼けの景色がさらに赤く輝いた。これによって互いに顔も知らないウィザード同士の睨み合いが生じた。
「ゲドゥルさんにはお世話になってますから!」
リノにウォーターウォークをかけてもらった井伊貴政が海上を走った。太刀を手にクノイチへ斬りかかる。不安定な足場で互いに倒れかけながら刃がやり取りされる。
一瞬睡魔に襲われる井伊貴政だが、踏みとどまって眠る事はない。わざと唇を噛んで傷つけ、春花の術に惑わされないように心がける。
その間にエメラルドとゲドゥルを乗せたケルピーは帆船にまで辿り着いた。
安心した矢先、空中に二つの影が現れたかと思うと帆船の甲板に降り立つ者がいる。忍者二名である。
エメラルドは咄嗟にカルメンとゲドゥルを船内へと導いた。
「船首はお願いします!」
十野間修はコルリスとレイムスに声をかけると、船尾に移動した忍者Aを追いかける。甲板室を盾にされ、シャドウバインディングをなかなかかけられなかった。
(「このままでは‥‥」)
忍者の目的はトゥーノス親子であるのは想像に難くない。十野間修はテレパシーで護堂熊夫に連絡をする。
「足掻くのはやめなさい!」
船首付近の甲板ではレイムスが忍者と対峙していた。盾で忍者の攻撃を受けながら、武器破壊のタイミングを計る。
「こちらに!」
コルリスが仲間の守りをすり抜けて攻撃してくる忍者AとBを盾で排除していた。
トゥーノス親子も船内に移動させたいが現状では無理だ。リノの魔法は他に得難く、かつアリリアトと離れたくないという願いを叶える為である。
海中にはいざという時の為にケルピー・シフカを待機させてあった。もしもの時の準備だ。
「ウオオオオッ!」
縄ばしごを登り、護堂熊夫が甲板に現れる。全体重を乗せるように護堂熊夫は忍者Bに突進した。
捨て身の攻撃に逃げ場を失った忍者Aは観念をする。シャドウバインディングをかけられる前に口笛を吹いた。
忍者AとB、そしてクノイチは微塵隠れで冒険者達に傷を負わせると姿を消した。
戦いが終わり、海中や海上にいた仲間も戻って治療が行われる。
敵帆船はセーヌ河口へは向かわずに東の方角に去っていった。
「もう、心配させんじゃないよ!」
「す、すみません‥‥」
ゲドゥル秘書を怒鳴るカルメン社長だが、瞳は涙で潤んでいた。
損傷がないのが点検されると、帆船はセーヌ河口に向けて帆をなびかせるのだった。
●そして
八日目の朝方、ルーアンに戻った一行が目にしたのはトレランツ本社に残っていた戦闘の跡だ。
敵が忍者であるのを察ししたのがルーアン郊外を調べた三人ならば、本社の危険を知らせたのは港町バンゲルを調べた二人である。
クレアとイフェリアは、グラシュー海運が戦闘の準備を整えているのを、帆船の出発前にカルメン社長へ伝えていた。
カルメン社長は留守の警備をラルフ領主に頼んでおいた。おかげで大した被害は受けずに済んだのである。
海上での取引とトレランツ本社襲撃の二段構えの作戦をシャラーノは考えていたようだが、トレランツ側は完全に封じ込めた事になる。
カルメン社長は感謝と共に、謝礼の金と品を冒険者達に手渡した。
「本社の警備強化をもっとしないといけないね。自由な外出も遠ざかったようだし‥‥、やれやれ」
カルメン社長は酷くなった状況を嘆きながらも笑顔が戻っていた。
「こんな手を使ってくるようじゃ、シャラーノも大分追いつめられているって感じだね。だが、このままじゃ引き下がらないだろうよ。あの女は」
カルメン社長の呟きに多くの冒険者は同意する。
ヴェルナー領とフレデリック領は焦臭い様相を呈してきた。
冒険者達は九日目の昼に帆船に乗り、無事にパリへと戻るのであった。