●リプレイ本文
●入港
パリで冒険者を乗せた帆船は二日目の昼にルーアンへ立ち寄り、ウィザードの少女リノと合流してノルトリア領へ向かった。
ノルトリア領はヴェルナー領の北にあるセーヌ川沿いのとても小さな領地である。
「大規模な戦闘になるのかな‥‥。被害が少しでも小さくなるように頑張らなくちゃね」
エル・サーディミスト(ea1743)は甲板からノルトリア領を眺めていた。
すでに兵士達が川岸に沿って待機する姿が見かけられる。セーヌ川を渡る為の帆船も何隻か係留されていた。
「戦争は止めねばならないのでしょう。軍拡競争とその先にある大きな災いこそ悪魔の狙いなのかも知れないのです」
フィーネ・オレアリス(eb3529)も川岸を見つめながらエルに答えるように呟く。
「かなり重々しい雰囲気ですわ。フレデリック領もかなりの陣を構えていましたし」
ペガサスで偵察に出ていたクレア・エルスハイマー(ea2884)が戻って報告をする。いつ戦端が開かれてもおかしくない状況であると。
「久しぶりに赤鬼っぷりを発揮出来るかなー?」
井伊貴政(ea8384)はフレデリック領の方角を見つめたまま、腰の鞘を握りしめた。
自らの命を賭ける戦いになれば手加減はいらない。逃げる相手を後ろから斬りつけるつもりはないが、状況次第では本気で死合うつもりの井伊貴政である。
「どの辺りがよさそうだ?」
エメラルド・シルフィユ(eb7983)は厳重なフレデリック領側の川岸をずっと眺めていた。水中からフレデリック領に忍び込んで敵勢力を挟み込むつもりであった。
「エメラルドさん、何カ所か目星はつけておきました。後で相談しましょう」
護堂熊夫(eb1964)はテレスコープやエックスレイビジョンを駆使してずっとフレデリック領側の川岸を確認していた。敵側のヘブンリィライトニングを避けるためにウェザーコントロールで天候を晴れにしておくのも忘れなかった。
「期待しています。ティシュトリヤ」
コルリス・フェネストラ(eb9459)は船底にいたグリフォンを甲板に連れてくる。ケルピーのシフカはもしもの水中戦に備えて船底の檻にそのままだ。
「敵の水中部隊は発見出来ませんでした」
セーヌ川に飛び込んだ河童の磯城弥夢海(ec5166)が偵察を終えて戻ってくる。水中からの敵侵攻もあり得る状況はさらに緊張を高めていた。
フレデリック領側と間違えられないようにトレランツの帆船は大きく旗を掲げてノルトリア領の船着き場へ入港する。
ノルトリア領軍の指揮官オエアが一行を出迎えた。当然ながら冒険者の応援については秘密裏に伝えられていた。
さっそく一行は仮設の陣営に招かれ、作戦会議が開かれる。
「フレデリック領側にはウォータダイブを付与出来るウィザードの存在が確認されています。それにジャパンの忍者も隠し兵力として注意しておくべきです」
考えを披露するレイムス・ドレイク(eb2277)はルーアンに立ち寄った時、わずかな時間だがカルメン社長に相談していた。
その際、ウォータダイブのレミエラについては明かさないで欲しいといわれ、方便として敵側に付与出来るウィザードがいるという形でノルトリア領側に注意を喚起する。忍者に関しては公開しても問題はなかった。
説明するにあたってパリで調査をしてくれた木下茜とガルシア・マグナスの情報が役に立つ。
「作戦においての、こちらの考えと行動をお伝えします。お互いのためにどうかご配慮を」
十野間修(eb4840)はノルトリア領内での忍者暗躍を防ぐため、兵士達には三人一組で行動して欲しいと提案する。これまでに戦った忍者のやり口についても伝えておく。
忍者に関しては井伊貴政、磯城弥も意見を述べた。
その他にも町と村の救援についてや、二面攻撃を受ける可能性についても言及する。敵戦力の減退を狙う作戦についても話された。
会議が終わる頃には夕日がすべてを染めていた。
もうすぐ長い夜の始まりであった。
●戦い
緊張の中、準備と調査で時は過ぎてゆく。
昼と夜を繰り返し、七日目の太陽が昇ろうとしていた。
フレデリック領側の先遣隊がグリフォンを駆って空中から偵察をしようとし、ペガサスに騎乗するクレア、空飛ぶ絨毯の護堂熊夫、グリフォンに騎乗のコルリス達と小競り合いも起こる。
ノルトリア領の町と村の上空ではグリフォンに乗ったフィーネとスモールホルスによって警戒が続けられた。地上の監視も同時に行われ、交代として空飛ぶ絨毯の護堂熊夫が手伝ってくれる。
レイムスと十野間修は指揮官オエアと作戦を煮詰めた。兵士達を二手に分ける準備もされる。レイムスは一部兵士の指揮を任された。
十野間修は愛犬と共に忍者の隠密行動を暴くべく巡回に力を入れる。井伊貴政も忍者を発見すべく町や村を借りた馬で駆ける。
ノルトリア領は本当に小さい領地であった。馬を使えば隅々まで見て回るのに一日もかからない。
エルはノルトリア領側の船団に混じるトレランツの帆船で待機していた。フレデリック領側の帆船がいくつも反対岸に並んでいるのを見つめる。
トレランツの船乗りに外見から想像される敵船の舵などの重要個所をすでに教えてもらっていた。
磯城弥はセーヌ川に潜り、ゆっくりと水中を泳ぎ回る。水は澄んでいて、比較的視界はひらけていた。
フレデリック領側がどのような侵攻をするのかが重要だが、だからといってノルトリア領側が待ち続けなければならない道理はない。何故なら宣戦布告はすでにフレデリック領側から出されている。戦いがとっくに始まっている状況において、不意打ちなどは存在しないからだ。
エメラルドはリノにウォーターダイブを付与してもらい、夜の間にケルピーのナイアスに騎乗してフレデリック領内に潜入していた。
背後からも攻撃をして敵の先遣隊を混乱させるつもりであった。狙うはフレデリック領側の補給物資である。
護堂熊夫がフレデリック領の帆船に動きがあるのを発見し、ノルトリア領の軍隊と仲間に伝える。
エルもまた、船縁に身を乗りだして敵船の動きを感じ取っていた。
セーヌ川に潜っていた磯城弥も敵らしき影を見かけて追う。
フレデリック領の先遣隊の動きが活発化してゆく。
その頃、十野間修は町の片隅で廃屋が燃えているのを発見して、上空を飛んでいたフィーネにテレパシーで伝える。フィーネはスモールホルスにウインドスラッシュによる破壊消火を頼むとレイムスのいるノルトリア領陣営へ伝令に向かう。
十野間修は消火をスモールホルスに任せ、見張り台の監視役にもテレパシーで状況を伝えた。火災はあくまで表面上の被害であって、一番の脅威は忍者の存在である。これ以上の暗躍を許すわけにはいかなかった。
見張り台の鐘が激しく鳴らされる。鐘の音が伝達し、すべての見張り台が鳴らし始めた。時間差はあったが、やがて集落にまで鐘の音は届く。
十野間修が町中を走って火付けの犯人を探す。まず間違いなく忍者であろうと見当をつけて。
フィーネから連絡を受けたレイムスはセーヌ川周辺の戦いを指揮官オエアに任せる。愛馬に乗り、一部の兵士を引き連れて町へと向かった。リノの安全が気がかりのレイムスだが、今は町の人々を優先する。
フレデリック領の先遣隊が本格的な動きを見せたと判断したエメラルドは行動を開始した。
エメラルドからの合図をテレスコープで視認した護堂熊夫がクレアに声をかける。空飛ぶ絨毯とペガサスが一気にセーヌ川を飛び越える。それはちょうどフレデリック領の船団が侵攻を開始した時刻と重なった。
森から飛びだしたエメラルドが物資を乗せた荷馬車五両を守る敵兵士に斬りかかる。
クレアは高速詠唱のライトニングサンダーボルトを敵兵士に放ち、エメラルドの援護をする。
護堂熊夫は荷が載ったままの荷馬車にサンレーザーを落としてゆく。可燃物が多く、すぐに火が点いて燃え上がる。
上った煙はノルトリア領の岸からも窺えるようになる。
しっかりと最大級の魔法も唱えられるようにエルは帆船を降りていた。
煙を見つけたエルは即座に魔法詠唱を開始する。セーヌの川幅が広いといっても高度な遠隔攻撃魔法の到達距離では余裕だ。傍らにいるプラズマフォックスも魔法を放とうとしていた。
動きだしたばかりの敵船団の先頭に向かって稲妻が走る。敵帆船側部に大きな穴が空き、木片が周囲に飛び散った。
リノもエルの近くでウインドスラッシュを放ち、敵帆船の侵攻を阻止しようとする。
可能な限り、水面下の船底近くをエルは狙っていた。水中にいても直撃しなければ感電はしない。磯城弥が近くを泳いでいても大丈夫である。
敵帆船から弓矢と遠隔魔法による攻撃が開始された。
フィーネが重要な拠点前にホーリーフィールドを数多く張って盾とする。その上でニュートラルマジックを使って遠距離からの魔法攻撃を消失させてゆく。
エルの魔法攻撃とは別にコルリスは空中からの帆船への攻撃を試みていた。敵帆船に油の壷を落とし、その上でたいまつを投げ入れる。
敵の魔法攻撃に晒されるが、フィーネがかけてくれたレジストマジックのおかげで殆どは防げた。
ノルトリア領の兵士達も負けてはいない。一斉に火矢を敵船団に放つ。
燃えさかるフレデリック領帆船が勢いを止めないまま、ノルトリア領の沿岸に次々と突っ込む。途中で沈没する敵帆船も何隻かあった。
先陣をきって赤い影が駆ける。
井伊貴政は敵兵士に近寄ると太刀を大きく振り下ろし、刀身を真っ二つに叩き折る。燃えさかる敵帆船から縄ばしごを伝って敵兵士が次々と下りてきた。
ノルトリア領兵士達も駆けつけて乱戦が始まる。町へと繋がる道に敵兵士を一人たりとも通してはならなかった。
攻め入る直前に物資が燃えてしまった事が敵兵士の心理に大きく作用していた。迷いのある剣など奮い立ったノルトリア領側の兵士達にとって敵ではなかった。
井伊貴政の太刀筋が冴えてゆく。照り返す炎と血飛沫によって川岸は真っ赤に染まる。
町でも戦いが始まっていた。
疾走の術で逃げる忍者をレイムスと十野間修が一頭の馬に乗って追いかける。レイムスが連れてきた兵士達は町の主要通路を閉鎖する。領民も鎌やフォークを持って手伝う。
領民のほとんどは避難をせず、町に残っている。狭い領地に逃げる場所などそもそも存在していないからだ。
命があればやり直せるという意見もあるが、とても小さな共同体であるノルトリア領では説得力がない。町を失えばノルトリア領は奪い取られ、マハト領主は完全に失脚する。
これまでの生活はなくなり、他の領地に流れるか、心を麻痺させてゼルマ領主に従うしか選択はない。
戦う前から諦めるのを良しとはせず、せめて町を守るぐらいはしたいとの決意を持つ領民は多かった。マハト領主は慕われていたのである。
十野間修が愛犬の斬閃と共に忍者を追いつめる。シャドウバインディングで地面に縫い止め、シャドゥボムで手傷を負わせる。
レイムスは忍術を使う隙を与えずによろける忍者へソードボンバーを放つ。弾け飛んだ所を大きく振りかぶった直刀で兜を割った。
最後を感じたのか、忍者は自害して地面に崩れる。十野間修とレイムスは他に忍者がいないか町をくまなく探した。
水上と地上での戦いは優勢であったノルトリア領側だが、水中は違っていた。
磯城弥が奮闘していたものの、敵はウォーターダイブのレミエラつけた騎士三人と忍者一人である。微塵隠れを駆使しても限界があった。
磯城弥は怪我を負い、水中から敵四人がノルトリア領に上陸する。
リノとエルを襲おうとした忍者の前に井伊貴政が立ちはだかる。フレデリック領から戻ってきた冒険者達も参戦した。
先程までの敵兵士とは実力が段違いであった。敵騎士の攻撃を剣で受け止めたエメラルドが表情を変える。
エルとリノが魔法での攻撃目標を騎士と忍者に向ける。クレアを乗せたペガサスはウィザードの二人の近くに舞い降りると、ホーリーフィールドを張った。そしてクレアも魔法攻撃に参戦する。
護堂熊夫は空飛ぶ絨毯に乗ったままで戦場全体に目を配らせる。サンレーザーで支援をしながら伏兵が隠れていないかを注意していた。特にデビルがいるなら厄介だ。
コルリスはわざと敵帆船一隻の損傷を抑えるように指揮官オエアに伝える。逃げる手段を敵に残しておくべきだと。
それ以外は徹底的に破壊する。コルリスも弓を引いて火矢を放った。
どこからか笛の音が響き渡るとフレデリック領側の兵士が撤退を始める。ノルトリア領側は追わずに警戒を続けた。
半壊している敵帆船一隻がフレデリック領沿岸に到着する。
この時点で戦いは終わりを告げた。
すぐに本格的な怪我人の治療が始まる。リカバーが使える冒険者も参加して、出来る限りの命を救ってゆく。
特に仲間の中で酷かった磯城弥も無事回復し、冒険者達は安堵のため息をつく。
ウォーターダイブのレミエラを装着した騎士三人と忍者一人は笛の音と共に敗走していた。
残念ながら新たなウォーターダイブのレミエラの入手は出来なかった。サンプルはすでにカルメン社長の手から離れている。そこでフィーネは他の付与魔法が使えるレミエラで確認してみた。その結果、レジストマジックで効果を消滅させるのに成功する。
八日目の夜、パリ王宮から訪れた使者がノルトリア領マハト領主に停戦を勧告する。フレデリック領のゼルマ領主の元にも別の使者が向かっていた。
戦いは王宮の者が立ち会った上で、今後話し合いで続けられる。
勧告を無視すれば領主同士の戦いの規模ではなくなる。ゼルマ領主も引かざるを得ない状況であった。
●そして
九日目の朝早く、トレランツの帆船はノルトリア領の船着き場を出航する。ノルトリア領の領民と兵士、マハト領主自らに見送られながら。
昼前にはルーアンへ到着し、冒険者達はカルメン社長に報告をする。
ラルフ領主から預かったものとして、ゲドゥル秘書の手から追加の報酬とレミエラが冒険者達に贈られた。
リノが下船し、帆船はそのままセーヌ川を上る。
十日目の夕方頃、トレランツの帆船は無事パリへ入港するのだった。