●リプレイ本文
●目的地へ
急用で来られなくなった一人を除いた冒険者達は二両の馬車に分かれてパリを出発する。
いつもと勝手が違うのは、馬車での移動が義務づけられていた事だ。ヴェルナー領の兵士達が目的地まで御者と護衛をしてくれた。
馬は馬車に繋がれ、犬やフェアリーなどは飼い主と一緒に馬車へ乗り込んだ。
ケルピーとペガサスについては苦労するが、主人達が言い聞かせて何とかついてこさせる。
これから向かう幽閉施設の位置が秘密なので、冒険者達は三日目の朝から目隠しをさせられた。
予定より半日遅れの四日目の昼頃、馬車二両は幽閉施設へと到着するのであった。
●メテオス
到着した冒険者達はまず全員で幽閉施設の階段を下りる。メテオスとの面会の為である。
壁に取り付けられた篝火だけでは暗く、案内の看守はランタンも手にしていた。時折妙な叫び声が施設内に響く。メテオス以外にも幽閉されている囚人はいるようだ。
「こちらです」
看守が見張り番の仲間二人に指示を出して厚い扉を開けさせた。
薄暗い石牢にいたのは確かにメテオスであった。髪は乱れて髭がかなり伸びている。収容されて大して日は経っていないはずだが、どことなく痩せたようだ。
「メテオス‥‥」
エメラルド・シルフィユ(eb7983)が声をかけると椅子に座っていたメテオスが顔をあげる。
(「こんな状況に置かれても諦めていないみたいだね」)
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)はメテオスを観察する。自尊心はまだ失っていないようだ。助けが来るのを確信しているのだろう。
(「ここだけは何かしないといけませんね」)
護堂熊夫(eb1964)はエックスレイビジョンなどの魔法を駆使して、石牢がどれだけ外部からの侵入に対抗出来るかを調べ始めた。
「どうでしょう?」
コルリス・フェネストラ(eb9459)が小声で護堂熊夫に訊ねる。兵士達に頼んで対策用の資材は馬車で施設まで運んであった。
「アースダイブではここまで潜れないのを前提として造られているようですね」
護堂熊夫の答えを十野間修(eb4840)も関心を持って聞いていた。
「相手が忍者ですと、そうはいってられないでしょう。アースダイブ対策は必要ですね」
十野間修も護堂熊夫と同意見である。
(「どうやってお話を切りだしましょうか」)
フィーネ・オレアリス(eb3529)はメテオスと話して、何かしらの糸口を探すつもりである。
「施設の状態を確認させてもらいますので、私はお先に失礼します」
島津影虎(ea3210)はメテオスの生存を確認すると石牢を出てゆく。歩いて幽閉施設内の状況を確認し始める。
「私はフォルセティと一緒に空からの監視を主にさせてもらいますわ」
クレア・エルスハイマー(ea2884)も石牢から姿を消した。フォルセティとはペガサスの名前だ。
「地上の監視は任せて下さい。それでは」
クレアの後を追うように磯城弥夢海(ec5166)もいなくなる。
アースダイブ対策を行いたいところだが、さすがに囚人がいる石牢で工事を始める訳にもいかない。隣りに似た石牢の部屋があるので、そちらにアースダイブ対策を施す事となった。完成したのならメテオスを移せばよい。
冒険者達はさっそく自分の成すべき事を開始するのだった。
●対策
コルリスはメテオスの隣りの石牢で板張りを始めた。天井や床などのすべてを覆い尽くす予定である。少しでも早くオーラセンサーで感知できるようにメテオスがいる石牢での監視も忘れない。ちなみに資材の代金はトレランツ運送社が受け持ってくれた。
通気口にいろいろと仕掛けたのは十野間修である。色糸や色砂を配置して、敵の侵入に注意を払う。
護堂熊夫はコルリスや十野間修の作業を手伝った。それらが終わると最下層の廊下を巡回する役目を引き受ける。
幽閉施設全体の巡回は島津影虎が行った。いざ襲撃が起きた時、身軽な島津影虎なら吹き抜け部分から一気に最下層に辿り着くのも可能だからだ。
しかしそれは潜入者が優れた忍者であった場合、同じ事をやられてしまう可能性を示していた。
幽閉施設上空にはクレアがペガサスに跨って監視する。飛んでよい範囲は決められていたので、それは尊重する。
幽閉施設は草原の中にあった。地上の建物はほんの小さなもので、地下施設があるとはとても思えないこぢんまりとしたものだ。周囲に塀が作られて安易には立ち入れないようになっていた。
磯城弥は地上で身を隠して周囲を監視する。敵がアースダイブを使うとしても侵入の直前までは地上ないし空中にいるはずだ。もう一つ考えられるのが誘導である。どちらにせよ、地上での監視は不可欠だ。
石牢でのメテオス護衛においては仲間同士で知恵を出し合って様々な対策が施された。
多数でのチェックを基本として、合い言葉や質問、ボディチェックなどが行われる。匂いをつけての確認も行われた。鍵の開閉は厳重に扱われる。
フィーネが日常的な会話をメテオスに試みるが、滅多に返事は来ない。稀にあるのは復興戦争時の昔話だけであった。
近くで聴いていたエメラルドは思う。メテオスの時間はどうやら復興戦争から動いていないようである。後で知るのだがフィーネも同じ感想だった。
今は亡きシャラーノの父ブロズと共に戦い、戦功もあげたはずなのに、野に下って武器商人となったメテオス。フレデリック領のゼルマ領主との繋がりも当時からだろう。
常識とは強者の幻想に過ぎないとメテオスが呟く。
シルフィリアも交代してメテオスの監視を続けていた。
メテオスを狙うであろう忍者の他にデビルへの注意も忘れなかった。なるべく指輪の石の中の蝶を眺めるようにする。
今のところオリソートフ関係で活発に動いているデビルはフライングダッチマンのダッケホー船長だけであり、はっきりした位置はわからないものの幽閉施設はかなりの内陸部に存在する。だからといって油断は禁物であった。
エメラルドはデビルについてをメテオスに訊ねるが、やはり返事はなかった。あったとしても、とてもあやふやである。何となくだがデビルを利用するつもりではいるようだ。
メテオスにとって闇の組織オリソートフやゼルマ領主も利用するだけの存在かも知れない。シャラーノについては今一わからなかった。
数日を経てコルリスがメテオスをオーラセンサーで探知出来るようになる。板張りが完了して隣りの石牢にメテオスは移された。
怠惰にも感じられる時は過ぎ去る。その間に遠くの地で新たな囚人を運ぶ為の馬車が襲撃された。襲ったのはシャラーノの息がかかった忍者の一団。
忍者の一団は護衛の兵士達を拷問にかけて幽閉施設の正確な位置を手に入れるのであった。
●襲撃
「あれは‥‥」
空の上から地上を見張っていたクレアは幽閉施設へと近づく馬車を発見する。
クレアは念の為、フェアリーの卯月に地上で監視する磯城弥に伝言を頼んだ。
連絡を受けた磯城弥は枯れかけた草むらに隠れて馬車の到来を待った。やがて馬車と騎馬が自然に出来た道を通り過ぎてゆく。
(「変な感じです‥‥」)
断言出来る理由は何もなかったが、磯城弥には違和感があった。
幽閉施設前の門で一度は徐行した馬車だが、近づいてきた衛兵を無視して全力で走り始める。
それを目撃した磯城弥は、誰にも被害が及ばない位置で微塵隠れを行う。
(「どうかしましたか? 突然、庭の真ん中に現れたようですが」)
(「暴走する馬車がそちらに向かっています。恐らく陽動です。地中からメテオス確保に動く者達にも気を付けて下さい!」)
幽閉施設の出入り口付近で待機していた十野間修にテレパシーで問いかけられた磯城弥は即答する。
暴走する馬車の御者は、目前に磯城弥がいるのを知った上でさらに速度をあげた。
磯城弥はタイミングを計り、もう一度微塵隠れを使った。馬車は巻き込まれてバランスを崩して横転する。
磯城弥は離れた位置に現れると大きく肩で息をした。
「フォルセティ、行きますわ!」
状況を知ったクレアは急降下をし、仲間の支援へ向かう。
(「敵の襲来です。おそらく忍者でしょう」)
十野間修は幽閉施設に飛び込むと出入り口を閉めた。そしてテレパシーで島津影虎と連絡をとる。
(「私から最下層の仲間にはお知らせ致しましょう」)
疾走の術を唱えた島津影虎は一気に地下へと下りてゆく。
「もしかすると、もうすでに」
島津影虎から知らせを聞いた護堂熊夫はエックスレイビジョンを使用し、周囲の警戒をさらに強める。
「カリンはこの辺りで待っていておくれ」
シルフィリアは愛犬を階段近くの篝火の下で待機させる。
石牢内の仲間にも島津影虎からの連絡が届いた。
「板は丈夫に張りました。ちょっとやそっとでは剥がれません」
コルリスが石牢内の仲間へと振り向く。
「そうなら、入り口を固めるべきだな」
エメラルドはメテオスを椅子へと縛りつけた。続いて愛剣と盾を持ち、来襲に備える。
「入り口付近は任せて下さい」
フィーネはホーリーフィールドを石牢の扉付近に張る。メテオスは敵意を持っており、ホーリーフィールドで包めないのが残念である。
「来ました!!」
幽閉施設最下層に護堂熊夫の声が反響する。廊下の石壁から敵が飛びだす前に察知したのだ。
「甘い!」
護堂熊夫が指さした石壁に向かってシルフィリアが走る。現れたばかりの敵に対して大脇差が振り下ろされた。
廊下の様々な場所から敵が姿を現す。以前にも見たことがある忍者であった。
「メテオス目当てか。シャラーノの差し金だろう」
敵忍者が術を使う前にエメラルドが剣を振るう。逃げ場がない狭い空間で春花の術などを使われると厄介だと仲間がいっていたのを思いだしたエメラルドだ。
狭い空間は戦いにくかった。潜入を得意とする忍者にとっては絶好の状況であろう。それでも対策を怠らなかったおかげで有利に進む。
「どこの出身の忍者か知りませんが、その程度なのですか」
島津影虎は動きの速さと身軽さで何人もの敵忍者を同時に翻弄し続けた。隙を見ては急所に刃を突き刺すのも忘れない。
「無駄です!」
小窓から廊下を覗くフィーネは敵忍者に術を使われる度にニュートラルマジックで無効にしてゆく。ホーリーフィードの張り直しもしていたが、数で押されると難しいものがあった。
残念ながら、石牢の扉は破壊されてしまう。
ごくわずかな隙間を狙って敵忍者が手裏剣を放つ。
「‥‥くっ!」
メテオスに当たろうとした刹那、コルリスが覆い被さる。手裏剣はコルリスの肩へと突き刺さった。
猿ぐつわをはめられたメテオスの瞳が大きく開かれた。
敵忍者はメテオスを救出をしに来た訳ではなかった。口封じの為なのが明白となる。
「『さようならメテオス』とシャラーノ様は仰っていたよ」
敵忍者の呟きは喧噪の中でもメテオスの耳にまで届く。
二度目に放たれた手裏剣はフィーネが再び張ったホーリーフィールドで阻止された。
「影縛!」
地上での戦いを終えた十野間修が、手裏剣を投げた敵忍者をシャドウバインディングで床に縫い止める。
「伏せてくださいませ!」
仲間が避けた次の瞬間、クレアがライトニングサンダーボルトを放つ。長い廊下の中央を稲妻が走り抜けてゆく。
何人かの敵忍者が稲妻の餌食とする。
「討ちもらした敵はいなかったようですね」
磯城弥は地下への階段の途中で見張っていたが、これ以上の敵は現れなかった。
最下層では敵忍者が撤退をし、静けさが戻っていた。
「何か塗ってありますね」
島津影虎が手裏剣を床から拾って確かめる。
「大丈夫です‥‥」
コルリスはメテオス毒殺の可能性を考えていたので解毒剤を持ち歩いていた。すでに服用したので大事はないはずだ。
「痛かったでしょう」
フィーネがリカバーで仲間の治療をする。残念ながら生きて捕まえた敵忍者は一人もいなかった。
軋む音がして、冒険者達は椅子に縛りつけられたメテオスに振り返る。
メテオスは襲撃前までの威厳が消えて虚ろな瞳になっていた。
●そして
幽閉施設での護衛が終わり、冒険者達はルーアンのトレランツ本社へ立ち寄った。
わずかだが追加の謝礼金と報酬の品が贈られる。
「揉めているみたいだねぇ、メテオスの処遇に関して。あれだけの悪事をやっているっていうのにさ。ラルフ様はやるときゃやる人なんで、そのままにはしとかないはずだけどねぇ」
カルメン社長の話が終わり、十野間修とシルフィリアはゲドゥル秘書に声をかける。
「えっと‥‥なんでしょうか?」
カルメン社長がいない所まで連れて来られたゲドゥル秘書はとても焦った様子であった。
「気持ちを伝え、意識させる事が出発点なのにその前に諦めてどうするんです?」
最初は十野間修のいった言葉がピンと来なかったゲドゥル秘書だが、だんだんと理解する。
「聞いたんですか、エメラルドさんか護堂さんに。そうはいわれましても、なんというか、カルメン社長が筋肉隆々の男が好みなのも知っていますので‥‥」
ゲドゥル秘書は俯いて答える。
「あの頃の社長の気持ちを思えば、敵の親玉を好みだなんだなんて思うわけ無いじゃないさ。それよりも、誘拐騒ぎの時の事を思い出してみなよ。あたいは気付いているかいないかの別はあっても、脈はあると思うけど」
「そうならいいんですけど‥‥」
十野間修とシルフィリアはゲドゥル秘書を元気づけようとするものの、反応は今ひとつであった。ゲドゥル秘書のコンプレックスは相当のもののようだ。
十一日目の昼頃、冒険者達はパリ行きのトレランツの帆船に乗り込む。
メテオスの行く末を話しながら時間は過ぎ去る。十二日目の夕方にはパリの地を踏んだ冒険者一行であった。