●リプレイ本文
●出航
朝早いパリの船着き場。
十野間修に見送られて、冒険者達を乗せたトレランツ運送社所属の帆船ソレイユ号は出航した。
幸いな事に津波が心配される満月の前後とは外れた航海期間であるが油断は禁物だ。特に心配されているのがデビル・フライングダッチマンのダッケホー船長の存在である。
「いいか? カルメン社長みたいなタイプは持久戦でいった方がいいぞ」
「そ、そういうものですか?」
甲板の片隅にいたのはエメラルド・シルフィユ(eb7983)とゲドゥル秘書である。
話題はゲドゥル秘書がどうすればカルメン社長と恋仲になれるかであった。エメラルドは一生懸命にアドバイスするが、果たしてうまくいくかどうかは未知数だ。
「こちらでしたか」
甲板に現れた護堂熊夫(eb1964)がゲドゥル秘書に声をかける。オーステンデの土地柄を含めて質問があるので来て欲しいとゲドゥル秘書は呼ばれた。仲間が集まっている食堂にエメラルドと一緒に向かい、質疑応答が始まる。
護堂熊夫は輸送計画漏洩の理由を心配していたが、こればかりは仕方がないとゲドゥル秘書は答えた。対外的にヴェルナー領とミリアーナ領との友好関係を知らせる意味が含まれているので、すべては公になっていたからだ。
二日目の昼頃、ソレイユ号はルーアンに寄港する。そのまま一晩を船着き場で過ごした。
三日目の朝、ヴェルナー城の騎士達によって厳重な体制で交換される品物が運ばれる。
普段輸送に使われる無骨な樽や木箱ではなく、装飾が施された箱が船倉に五つ並べられた。まるでおとぎ話に出てくるような宝箱である。
「何時もお世話になってるしね、船長達の自衛力強化の足しになれば幸いだよ」
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)はカルメン社長にレミエラを譲った。攻撃をソニックブーム化させるものである。
この時シルフィリアはカルメン社長に理想の伴侶についてをさりげなく訊ねた。
外見については筋肉隆々の男が好みなのは以前ゲドゥル秘書から聞いた通りである。中身についてだが、それについてははぐらかされた。
下船したゲドゥル秘書はカルメン社長と共にソレイユ号を見送った。
ソレイユ号は半日後にセーヌ河口を通過して海原を航行する。
危険なのは河口から港町オーステンデまでの航路と滞在の期間、そして帰りの海路である。つまりは、ダッケホー船長がテリトリーとする海そのものと隣接する地域だ。
海賊や他のモンスターにも注意しなければならないが、それはダッケホー船長を注意しておけば自然と対策を講じた事になる。
冒険者達は三組に分かれて交代という形で見張った。
A班はクレア・エルスハイマー(ea2884)、島津影虎(ea3210)、レイムス・ドレイク(eb2277)、磯城弥夢海(ec5166)。
B班はシルフィリア、フィーネ・オレアリス(eb3529)、護堂熊夫。
C班は十野間空(eb2456)、コルリス・フェネストラ(eb9459)、エメラルド。
無理に範囲を広げての探索は行わず、襲われるのを前提にして、迎え撃つのを重視した作戦である。
飛行可能な騎乗動物を所有するクレア、フィーネ、コルリスが、それぞれの班の中で空からの偵察を任された。スモールホルス・リューベック、隼・旬、フィーネのスモールホルスも手伝ってくれる。
海中からの襲撃が予想される場合は河童の磯城弥が飛び込むが、ケルピー二頭も控えていた。
その他にデビルを感知出来るアイテムを使ったり、魔法で視力を増幅しての注意も行われる。
行きの航路では何事も起こらず、四日目の昼前にソレイユ号はオーステンデの船着き場へ入港するのだった。
●ハニトス領主
港町オーステンデはミリアーナ領の中心地であり、領主館が存在する。
領主の名はハニトス・カスタニア。今回のやり取りからも推察出来る通り、ヴェルナー領のラルフ・ヴェルナー領主と様々な協定が結ばれていた。ちなみにハニトスの次女、カリナはラルフ領主の庇護の元、ヴェルナー城で生活を送っている。
五日目の朝、ミリアーナ領のペルル騎士団が停泊中のソレイユ号を訪れる。ヴェルナー領から運んできた五つの箱を受け止める為だ。
馬車一両につき一つの箱を載せ、ペルル騎士団護衛の元で領主館へと出発した。
この時ばかりは休憩時間をずらし、A班はソレイユ号を守る為に残り、B班とC班はペルル騎士団と領主館へ向かう。ルーアンでソレイユ号に乗り込んだヴェルナー領の事務官も一緒だ。自前の馬があるエメラルドは騎乗し、他の冒険者は用意された馬車へ乗り込んでいた。
領主館に到着すると、さっそく五つの箱が馬車から降ろされる。そしてミリアーナ領側の品が収められた箱を馬車に載せている最中、ハニトス領主が姿を現す。
「これは遠路遙々、ご苦労であった」
歳は四十三歳。日に焼けた肌は黒く、眼光の鋭い人物である。
「これがクレセントグレイブと呼ばれるものか」
ハニトスはさっそく一柄を手に取る。補助をするレミエラは取り付けられていないが、単独でも魔力のある対デビル対策用のナギナタ型武器だ。
「わが領の魔法武器もよいものだぞ。是非にとラルフ殿に伝えておくれ」
ハニトスは事務官と冒険者達に声をかけて立ち去った。
帰りはミリアーナ領側の箱を載せてペルル騎士団と共に船着き場への石畳の道を進む。
「何でしょう? この鐘の音は」
突然、鳴りだした激しい鐘の音に馬車内にいたフィーネが窓の外を眺める。それは時を知らせる教会の鐘の音ではなく、緊急の事態を知らせる船着き場から発せられたものであった。
「ソレイユ号のある船着き場に霧がかかっているような‥‥」
護堂熊夫の言葉にB班、C班の者全員が気がつく。ダッケホー船長が船着き場に現れたのではないかと。
突然、馬車が停まった。
「敵襲!! 敵はアンデッド!」
騎士の声が建物の間で反響する。
冒険者達は馬車から次々と飛び降りた。アンデッド・ブルーマンの群れがペルルの騎士達に襲いかかろうとしていた。
「参戦するぞ!」
騎乗するエメラルドはレジストデビルを付与すると戦いの中に身を投じた。
「危なくなったら、こちらに!」
フィーネはホーリーフィールドを展開して安全地帯を作り上げる。そしてレジストデビルを仲間に付与してゆく。
「わたしは敵を混乱させます」
コルリスはホーリーフィールド内で鳴弦の弓をかき鳴らす。グリフォン・ティシュトリヤはソレイユ号にいるので、仲間の支援に徹したコルリスである。
(「この状況はおかしい‥‥。ブルーマンだけでは箱の奪取などと‥‥」)
想定外の展開であったが十野間空は冷静に考えていた。
シャドゥボムを放つのも味方や民衆を巻き添えにしやすいのと、空を飛べるブルーマン相手には範囲に収めにくいので諦める。その代わり、テレパシーで護堂熊夫と相談して状況の把握に努めた。
(「わかりました。私も敵の手の者がこのオーステンデに隠れているのではないかと考えていましたので」)
護堂熊夫は近くにあった建物の階段を駆けのぼる。そして見晴らしのよい位置から周囲を窺った。
(「やはりいました。馬車から北東の方角二十メートルの物影に剣を手にしている六人の怪しい者が隠れています。北西にも――」)
護堂熊夫の情報は十野間空からさらに仲間へと伝えられる。ダッケホー船長と与する者達が潜伏していたのだ。
「何してるのさ。お天道様に隠れてこそこそと」
テレパシーで連絡を受けたシルフィリアは、急行して敵集団の一つを叩きつぶす。気絶しただけのチンピラを起こして喉元に刃を当てた。
「グラシュー海運‥‥の者に、頼ま‥‥れた」
「グラシュー? シャラーノの手の者かい」
再びチンピラは気絶してしまう。遠巻きに見ていた住民に官憲への引き渡しを頼んでシルフィリアは次の潜伏先に向かった。
あらかたの敵を始末するとエメラルドが叫ぶ。
「ペルル騎士団、後は任せた。先に行く!! ソレイユ号が心配だ!」
「あたいも頼むよ!」
後ろにシルフィリアが飛び乗ると、エメラルドは愛馬の手綱を握りしめて船着き場へと全力疾走する。
「みなさん、乗って下さい!」
護堂熊夫は空飛ぶ絨毯を発動させて地上へと降りた。十野間空、コルリス、フィーネが乗るとすぐに大空へ舞い上がる。
目指す先は船着き場であった。
●海上
霧が立ちこめた船着き場では激しい戦闘が繰り広げられていた。
「炎の魔術士と名乗るためには、ここで力を見せつけないといけませんわね! 我は放つ魔神の息吹!!」
クレアはソレイユ号甲板上でファイヤーボムをゴーストシップに向けて放つ。その効力によってゴーストシップのマストは倒れ、甲板が捲り上がる。
気がかりがあるとすればダッケホー船長の姿が見あたらない事だが、気にしても仕方がなかった。
「もしや‥‥」
クレアは霧が薄れてきて目撃する。
崩れるゴーストシップの向こう側にもう一隻帆船が浮かんでいた。ゴーストシップと重なっていた事と霧のせいで今まで気がつかなかったのだ。
隠れていた帆船から威力は小さいものの、魔法攻撃が開始される。この時はっきりと敵帆船だとソレイユ号の船乗り達は認識した。細かく連続的に放たれてる様子から魔法攻撃は威嚇であり、敵帆船はこの場から脱出するつもりだと判断される。
「あれは‥‥!」
レイムスはソレイユ号に襲いかかるブルーマンの群れを蹴散らしていたが、魔法攻撃が開始されてもう一隻の敵帆船の存在に気がついた。ダッケホー船長を倒す事を心に刻んでいたレイムスは目を凝らす。
沈みゆくゴーストシップの向こう側に漂う敵帆船の甲板上では、ダッケホー船長の輪郭をした影が揺らいでいた。
(「この手練れは、やはりあの時の‥‥」)
島津影虎は船着き場で敵忍者二人との攻防を続けていた。そして目の前の忍者二人の意味を理解する。
この手応えは確実に幽閉施設で戦った忍者であった。つまりはシャラーノの部下である。ダッケホー船長とシャラーノの間に強い結びつきが出来た事を島津影虎は感じ取る。
(「この船の作りは、どこかで見たような‥‥」)
磯城弥は海中を泳ぎ、脱出をはかろうとしている敵帆船に辿り着く。垂れていた縄ばしごに掴まり、ある程度の所まで登ると微塵隠れをして一気に移動した。
マストの途中で網に掴まったまま、磯城弥は見下ろす。
甲板にいたのは複数のウィザードを指揮するグラシュー海運シャラーノ社長と、ソルフの実をかじりながら妙な踊りをするダッケホー船長であった。
敵の船乗りに気づかれた磯城弥は今一度微塵隠れをして船縁に移動し、おどけてから海へ飛び込んだ。レミエラでウォーターダイブを付与して追いかける敵船乗りがいても、磯城弥に追いつけるはずもない。
その頃、B班とC班の冒険者がソレイユ号に辿り着いた。その様子に敵忍者二人は撤退し、ブルーマンの群れも一気に殲滅される。
ソレイユ号は出航可能な状況にあり、その気になればシャラーノ社長とダッケホー船長が乗る敵帆船を追いかける事は可能だ。
だが、今回の依頼の趣旨は二つの領の品物を交換する仲立ちにある。冒険者達は追いかけたい気持ちを抑えて、ペルル騎士団が護る馬車の隊列を待った。
約一時間後、ペルル騎士団が船着き場に到着する。無事にミリアーナ領側の品が収められた五つの箱がソレイユ号に搬送された。
翌朝の六日目、ソレイユ号はオーステンデの船着き場を出航した。
二度目の来襲に備えたが何事もなく、夕方には河口を通過してセーヌ川を上り始める。
安心出来る状況になり、冒険者達は食堂に集まった。
「卑怯者です。ダッケホー船長は‥‥」
レイムスは直接対決をしてこなかったダッケホー船長にかなり怒っていた。
「ダッケホー船長は、どちらかといえば頭で勝負してくれるタイプだな。それにしてもシャラーノもいたのか‥‥」
エメラルドがテーブルに頬杖をつきながら、レイムスのカップにワインを注ぐ。
「はい。確かにこの目で確認しました。似顔絵でしか知りませんが、あの化粧の濃さは間違いありません」
磯城弥に言われ放題のシャラーノは今頃遠くでクシャミをしている頃だろう。
「つまりソレイユ号を狙ったのは陽動だったと思われます。狙いは移動中の馬車であったはずです」
十野間空が丁寧にナイフで魚を切り分けながら考えを話す。
「やはり潜伏者がいたようですね。港町という土地柄、知らない者がいてもあまり気にしないでしょうから」
安心してお腹が空いた護堂熊夫は一気に魚料理を平らげる。
「やはり、シャラーノの手の者の忍者でしたか‥‥。つまり、シャラーノはパートナーをメテオスからダッケホー船長に変えたとは考えられませんか?」
島津影虎の考えは核心をついていた。
「スモールホルスに聞いたところ、シャラーノの帆船はドレスタット方面に向かっていったようです」
フィーネはインタプリティングリングのオーラテレパスによる会話で得た情報を仲間に伝える。
「シャラーノがダッケホー船長と‥‥、厄介です」
シャラーノのやり口をコルリスもよく知っている。そして非合法に際限のないデビルが彼女と組んだとすれば、悪事が加速しそうである。
「シャラーノは抜け目ないね。確かにチンピラからグラシュー海運の名は引きだせたけど、物的証拠は何も残されていなかったみたいだしねぇ」
シルフィリアは表向き笑っていたが、心の中は穏やかではなかった。
「もう少し近ければ、イタニティルデザートの熱砂で蒸し風呂を楽しませてあげましたのに」
クレアは少々残念な顔をして料理を口に運ぶ。砂の重さで敵帆船の動きも鈍く出来たのかも知れない。
七日目の昼にはソレイユ号はルーアンに入港する。そしてミリアーナ領で行ったように預かった五つの箱はヴェルナー城に運ばれた。
冒険者達にはラルフ領主から追加の報酬とお礼のレミエラが贈られる。
エメラルドとシルフィリアはゲドゥル秘書にカルメン社長との進展を聞いたが、まだまだであった。ゴールは遙か彼方のようだ。
八日目の昼にはルーアンを出航する。そして九日目の夕方、パリに到着した冒険者一行であった。