カルメン社長、海へ 〜トレランツ運送社〜
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■シリーズシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:16 G 29 C
参加人数:10人
サポート参加人数:5人
冒険期間:11月16日〜11月26日
リプレイ公開日:2008年11月25日
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●オープニング
パリから北西、セーヌ川を下ってゆくと『ルーアン』がある。セーヌ川が繋ぐパリと港町ルアーブルの間に位置する大きな町だ。
セーヌ川を使っての輸送により、商業が発展し、同時に工業の発達も目覚ましい。
ルーアンに拠点を置く『トレランツ運送社』もそれらを担う中堅どころの海運会社である。新鮮な食料や加工品、貴重な品などを運ぶのが生業だ。
グラシュー海運の社長シャラーノ。
闇の組織オリソートフの幹部であり、かつては一領主の娘でもあった。
少し前までは武器商人メテオスと組んでいたシャラーノだが、現在はデビル・フライングダッチマンのダッケホー船長との繋がりが強いようだ。メテオスはヴェルナー領の幽閉施設で隔離されている。
グラシュー海運の拠点はセーヌ川を境にしてヴェルナー領に隣接するフレデリック領に存在していた。
フレデリック領のゼルマ領主は組織オリソートフを結成した張本人でもある。つまりはフレデリック領の裏の顔が組織オリソートフといってもよい。
かつては組織オリソートフを使って淡々と裏で事を進めていたフレデリック領だが、今は磨いてきた牙を剥き始めていた。
「奴の仕業なのかい‥‥」
トレランツ運送社本社社長室ではカルメン社長が歯ぎしりを立てていた。彼女が手にしていた手紙からは腐臭が漂う。
「ったく不愉快ったらありゃしない。封筒と一緒に燃やしておくれ」
カルメン社長から手紙を受け取った男性秘書ゲドゥルは暖炉に放り込んで手紙を燃やす。
手紙の差出人はデビル・ダッケホー船長。トレランツ運送社所属のソレイユ号を拿捕したとあった。
「あたしが来なければソレイユ号ごと船乗り全員を海に沈めるだって? そうはさせるかい!!」
カルメン社長が机を両の手で叩くと、インク壷がひっくり返る。
「お気をお静め下さい、社長」
ゲドゥル秘書が側にあった雑巾でインクを拭き取って後始末をした。手紙の臭いが残っているので窓の戸を開けると、冷たい風が社長室に吹き込む。
「‥‥仕方がない。いくよ。海なんて久しぶりだけどさ」
「危険です! ただで済むわけがありません!」
「わかってる。だから冒険者に護衛を頼もう。それに、もしかしたらシャラーノのアホ面も久しぶりに拝めるかも知れないからねぇ。いいたい事が山のようにあるのさ」
「わたしは反対です!」
ゲドゥル秘書が止めてもカルメン社長は頑として考えを曲げなかった。
数日後、パリの冒険者ギルドにゲドゥル秘書は立っていた。
どうしてもカルメン社長が行かなければならないのなら強固な護衛が必要だ。細かい点まで行き届いた依頼書の草案を受付に渡して丁重に頼んだゲドゥル秘書であった。
●リプレイ本文
●目的の海へ
トレランツ運送社の帆船リュンヌ号はパリの船着き場から出航する。ゲドゥル秘書も冒険者達と一緒である。
船着き場に立つリリーは甲板のエメラルド・シルフィユ(eb7983)に『気をつけていってらっしゃい』と手を振った。エメラルドが欲しがっていたアクセサリーも渡せた。謝礼もちゃんとリリーの懐の中に収まっている。
レオパルドとタケシは、見送りの後でラルフ領主とトレランツ本社宛で手紙を出した。文章にはシャラーノの策略があった場合の注意喚起が含まれる。
ソペリエが出航前、コルリス・フェネストラ(eb9459)に指摘したのはデビルの狡猾さである。肝心な事を隠していたりなど何かと巧妙なのがデビルのやり口だ。
「期待している。よろしく頼んだよ」
「みなさん、お久しぶりです」
リュンヌ号は二日目の昼頃、ルーアンに寄港してカルメン社長とウィザード少女リノを乗船させた。すぐに出航し、夕暮れ時にはセーヌ河口を通過する。
手紙に記されていた海上のポイントまでは後一日を要した。迎えを寄越すとあったが、その地点に罠が仕掛けられている可能性もあって油断は禁物だ。
冒険者達は近づくにつれてより注意を払う。
空からの監視はペガサス・フォルセティを駆るクレア・エルスハイマー(ea2884)、グリフォンに騎乗のフィーネ・オレアリス(eb3529)、グリフォン・ティシュトリヤに跨るコルリスに任される。その他に冒険者の飛行可能なペット達も手伝ってくれた。
海中での監視は河童の磯城弥夢海(ec5166)が主に行う。
カルメン社長の護衛はエメラルド、十野間空(eb2456)、島津影虎(ea3210)、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)が担当する。カルメン社長の側にいるゲドゥル秘書も同時に守る形となる。
リノの専属護衛はレイムス・ドレイク(eb2277)だ。シャラーノとの会談の際にはコルリスも護衛する予定であった。
護堂熊夫(eb1964)はマストの見張り台で魔法やアイテムを駆使して、遠くを監視していた。ウェザーコントロールで天候もよい方向に維持されていた。
旅の途中でエメラルドがカルメン社長に訊ねる。危険を承知でシャラーノと会いに行くその理由を。
ソレイユ号の船乗りを助けるのが第一、第二はシャラーノとの話に興味があったからである。命をかけるつもりはさらさらないからこそ、冒険者に協力を求めたのであった。
そして三日目の暮れなずむ頃、目的の海上にリュンヌ号は辿り着く。
「隠す必要もないという事ですか、シャラーノは」
リュンヌ号の船首に降りた一匹のデビル・インプの姿を見て十野間空が呟いた。
奇声をあげた後、インプが空へと羽ばたいて水先案内をする。
リュンヌ号がグラシュー海運社長シャラーノとデビル・フライングダッチマン・ダッケホー船長が待つ断崖絶壁の海岸線近くに辿り着いたのは、四日目の昼過ぎの事であった。
●シャラーノとカルメン そして冒険者
その海域は風が強く、波も高かった。
護堂熊夫がウェザーコントロールを使う前からシャラーノ側が天候操作をしていたようである。予め待機されてしまっていたのでこればかりはどうしようもない状況だ。
ソレイユ号はマジカルエブタイドで三メートル程低くなった海面に浮かんでいた。周囲を海水の壁に囲まれて身動き出来ない状態にある。ダッケホー船長の仕業であろう。
トレランツ側は囚われのソレイユ号を別にして、リュンヌ号と護衛帆船二隻の計三隻であった。
一方のシャラーノ側は大型帆船一隻と護衛帆船二隻、そしてダッケホー船長のゴーストシップ一隻となる。ちなみにシャラーノとダッケホー船長は大型帆船の甲板にいた。
リュンヌ号と敵大型帆船は接舷はせず、ギリギリの距離まで近づいて錨をおろす。
互いに船の甲板に立っての会談となった。
一応は戦闘態勢ではなく、護衛のみの自然体の状況である。
「手紙の通り、あたしが来てやった。なら拿捕したソレイユ号を解放するのが筋ってもんじゃないのかね? シャラーノ社長」
「眉間に皺を寄せますと早く歳をとりますわよ。ま、よろしくてよ。あと五分程で魔法が切れますわ。かけ直したりはさせませんのでご自由に」
カルメン社長とシャラーノ社長は互いに髪を風に靡かせながら目と目を合わせる。
二隻が浮かぶ会談海上からソレイユ号は目視不可能な位置にあった。
このまま社長同士の会話に突入すると思われたが、ひとまずカルメンは一歩下がった。これまで力を貸してくれた冒険者達にシャラーノ社長への質問の機会を与える為だ。
「商売敵を潰すためとはいえ、デビルと手を組むとは正気とは思えませんわ。どのようなおつもりなのかしら?」
「わたくしが手に入れたいのがその程度のものだと? そう見える一面があるのは否定しませんが‥‥。ふぅ〜そんなにスケールの小さな者としか、そなたの目には映らなかったのですか。見くびられたものですわ」
クレアに問われたシャラーノ社長がため息をついた。
「悪魔に唆されて破滅した人間は数多く、貴女ほどの聡明な方が、何故、デビルと手を組み、海運の支配を試みようとするのか?」
「おや、そちらの方も目の付け所は悪くないようですが、商売という括りにこだわり過ぎていますわ。もっと視野を広げてみればわかるかも知れませんわ。わたくしの考えが」
フィーネにシャラーノ社長が上目遣いに笑いかける。
(「会話に集中しすぎるのも問題です‥‥」)
護堂熊夫はシャラーノ社長の答えを聞き漏らさないようにしながらも、敵側の動向に注意する。こちらの気を引く陽動かも知れなかった。
「こうして社長を呼び寄せたと言う事は、手打ちをしたいとでも言うつもりか?」
レイムスはデビルと組んだ敵と分かり合えるはずもないが、一応の意味で訊ねる。
「手打ち? まあ、そんな感じのところでしょうか。正式な問いは、そちらの黒髪の社長に投げかけるつもりでおりますが」
シャラーノ社長のふてぶてしさがレイムスの瞳に焼き付いた。
「きちんと自分の身は自分で守るんだよ。いいね?」
隣りに立つゲドゥル秘書にシルフィリアは囁く。
シルフィリアが貸したエクソシズム・コートをまとうゲドゥル秘書は強く頷いた。
「これ以上は敵帆船には近づかないようにして下さい。何を仕掛けてくるかわかりません」
「はい、そう致します。ですが魔法はいつでも放てるようにしておきませんと」
コルリスはリノの側を離れずに周囲に警戒する。傍らにはグリフォンも待機させていつ戦闘が起きても対応できるようにもしていた。
(「ソレイユ号、水位が同じになって動けるようになりました。これより脱出する模様です」)
(「了解。引き続き、こちらの船団と合流出来るまで監視をお願いします」)
囚われのソレイユ号を監視していた海中の磯城弥と十野間空はテレパシーで交信する。ソレイユ号の無事は十野間空によってカルメン社長とゲドゥル秘書、そして仲間にも伝えられた。
(「妙な様子はいつもの事ですが、はてさて‥‥」)
島津影虎は甲板で踊っているダッケホー船長に注目する。その踊る様はとても不気味であったが、特に呪術の類を使っている訳ではなさそうだ。何かをとても喜んでいる様子である。
囚われていたソレイユ号が船団に近づいてくるのも確認して島津影虎は気を引き締めた。やけに簡単に解放したのが腑に落ちない。間近まで来たのならソレイユ号に乗り込んで確かめるつもりである。
「シャラーノ、貴様の目的はなんだ?」
エメラルドが船縁の上に立ってシャラーノ社長に問うた。
「オリソートフと組み国家転覆を目論むとして、何故トレランツを執拗に狙う? その行為に意味があるのか? トレランツがなくなってもラルフ領主がいればお前達の悪事を追う事に支障は無い。現に以前は領主を狙った事もあったろう」
「ま、その通りですわね。ごもっともな疑問ですわ」
「茶化すな。デビルと組む者にまっとうな結末が待っていないことくらいはわからない筈もなかろう? そこまでして何を望む?」
「これから話すカルメン社長への問いをお聞きになれば少しはわかるのではないかしら?」
しばらくエメラルドとシャラーノ社長は睨み合った。カルメン社長が再び前に出てエメラルドの横に並ぶ。
「その問いとは何なのさ?」
「少し前置きをさせてもらうわ。わたくしにとって女は敵。邪魔でしょうがない。わたくし以外のこの世の女はすべていなくなればいいと考えてますの。だって素敵な殿方を独り占めしたいのですもの。でも、才気に満ちた者なら性別に関係なく受け入れる度量ぐらいは持ち合わせて御座いますわ。どうかしら? わたくしの配下について、まずはフレデリック領を支配してみるつもりはなくて?」
「フレデリック領? つまりお前はゼルマ領主を倒してその座に登り詰めるつもりなのかい?」
「そうとって頂いても結構。もっとも一つの領地だけではわたくしの願望は満たされるはずもなくてよ。‥‥海を支配する者は陸をも支配する。バイキングの末裔といわれるノルマンの民ならばこの理屈がわかるはず。わたくしがグラシュー海運の旗を揚げたのも、今、貴女を誘っているのもそれ故」
シャラーノ社長の背後に並んでいた船乗り達が微妙に動いた。変装こそしているがウィザードであろう。
冒険者達もすでに魔法付与などは終えているし、戦いに突入しても平気なように準備を忘れていなかった。
「するわけないだろ。わかりきっているだろうにさ。あたしが断るなんざ」
「それでも、真意を聞いてみたかったのだわ。これですっきりしたわ。で、戦う? この近接距離で。お互いの戦力は相当のものよ。まあ、二桁の死人は覚悟した方がよさそうよね」
「そちらが引けば、このまま立ち去る‥‥‥‥つもりだったが、どうしようかね。とんでもない事をうちの船乗り達にしてくれたようじゃないか!」
シャラーノ社長との話しの途中でカルメン社長は十野間空からのテレパシーを受け取った。
ソレイユ号に乗り込んだ島津影虎からの報告によれば、大半の船乗りが無気力になってけだるさを訴えているという。つまりデスハートンによってデビルに魂を奪われたようだ。
「ほんの少しずつ頂いただけですよ、美しい黒髪のお嬢さん。そんなに見つめられたら照れるじゃないですか」
ダッケホー船長がシャラーノの側で喜びの舞いをしながらカルメン社長に話しかける。
「危ない!」
ゲドゥル秘書がカルメン社長を突き飛ばす。
透明化して潜入したグレムリンがデスハートンを唱えようとしていたのである。魔法の届く範囲から外れたおかげでカルメン社長の魂は奪われずに済んだ。
「逃しませんわ!」
空へ逃げたグレムリンをクレアがペガサスで追いかけて仕留める。
それをきっかけにして戦闘が始まった。
リノがウインドスラッシュを放ち、牽制を行う。
「シャラーノ! 各国の教会はお前達を許さない!!」
レイムスはリノの盾となりながら敵の大型帆船に叫んだ。敵ウィザードの攻撃はとても激しいものであったが、レイムスは耐えて凌ぎきる。
「今のうちです!」
ダッケホー船長が放ったリュンヌ号周囲の水位を低下させるマジカルエブタイドは、フィーネのニュートラルマジックで解呪される。
「全隻急速離脱!!」
錨が引き揚げられると、カルメン社長はエメラルドとシルフィリアに守られながら指示を出した。
(「リュンヌ号を中心にして脱出します! ついてきて下さい」)
その指示は十野間空によってトレランツ側のそれぞれの帆船にも伝えられる。
「敵帆船、左舷から近づいてきます!」
普通なら見えない視界の中で護堂熊夫がシャラーノ側の敵帆船を確認する。
「後方は任せて下さい!」
コルリスはレミエラで直線攻撃力を得たオーラショットでリュンヌ号に近づくデビルやアンデッドを威嚇した。
「しつこいですわ」
上空からの敵にはクレアが対処する。
その頃、島津影虎と磯城弥はソレイユ号の操船を手伝っていた。
「頑張りましょう!」
帆のたるみを直す為に島津影虎は船乗り達と一緒にロープを引っ張った。ほとんどの者が魂を奪われて力が出ない状態であったが、ここは踏ん張り所である。
「玄翁!」
磯城弥はソレイユ号に近寄るデビルを微塵隠れで撹乱する。相手がデビルなので急所を狙うのは難しいので時間稼ぎに徹した。
やがてデビルとアンデッドも追跡を止めて撤退を始めた。
安全が確認されると、他船からソレイユ号に船乗り達が乗り込んで操船を引き受けた。魂を奪われたソレイユ号の船乗り達を休ませる為である。
「ダッケホー船長、何としても倒さなくてはなりませんね‥‥」
護堂熊夫は後方の海上を進むソレイユ号を見て呟く。
魂を取り戻すには奪ったデビルを倒さなくてはならなかった。
●そして
「ゲドゥルさん、カルメン社長を助けられてよかったですわ」
「いえ、十野間さんに止められていたのについ‥‥身体が動いてしまって」
クレアとゲドゥル秘書が話しているとソレイユ号はルーアンへと入港する。八日目の昼頃の出来事であった。
「気にする必要はありません。お二人ともご無事なのですから。ただ、無茶して守った後になかれるのは結構堪えますよ」
ゲドゥル秘書が謝ると十野間空は笑顔で肩を叩く。
「それにしてもシャラーノの奴‥‥」
エメラルドはルーアンの船着き場に下り、セーヌ川の向こう岸となるフレデリック領を眺めた。
九日目の昼頃、冒険者を再び乗せたソレイユ号はパリへと出航した。
お礼の追加の謝礼金と品は昨晩のうちに冒険者達へ渡されてある。
魂を奪われた船乗り達には安静にしてもらうしかない。体力が落ちれば自然と病気にかかりやすくなるものだ。しかも今は冬である。普段なら軽い風邪でも命に関わるかも知れない。
十日目の夕方、ソレイユ号はパリの船着き場に入港する。
早めに魂を取り戻したい所だが、ダッケホー船長の行動はとても読みにくい。そしてシャラーノのフレデリック領支配の宣言も気にかかる冒険者達であった。