血に染まる丘 〜トレランツ運送社〜
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■シリーズシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:14 G 11 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月16日〜12月24日
リプレイ公開日:2008年12月23日
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●オープニング
パリから北西、セーヌ川を下ってゆくと『ルーアン』がある。セーヌ川が繋ぐパリと港町ルアーブルの間に位置する大きな町だ。
セーヌ川を使っての輸送により、商業が発展し、同時に工業の発達も目覚ましい。
ルーアンに拠点を置く『トレランツ運送社』もそれらを担う中堅どころの海運会社である。
女性社長カルメンを中心にして男性秘書ゲドゥルが補佐するトレランツ運送社は、領主ラルフとの間に強い繋がりが出来ていた。
グラシュー海運の社長シャラーノ。
闇の組織オリソートフの幹部であり、かつては一領主の娘でもあった人物。
以前は武器商人メテオスと組んでいたシャラーノだが、現在はデビル・フライングダッチマンのダッケホー船長との繋がりが強い。メテオスはヴェルナー領の幽閉施設で隔離されている。
グラシュー海運の拠点はセーヌ川を境にしてヴェルナー領に隣接するフレデリック領に存在していた。
フレデリック領のゼルマ領主は組織オリソートフを結成した張本人でもある。つまりはフレデリック領の裏の顔が組織オリソートフといってもよい。
組織オリソートフを使って悪事を進めていたゼルマ領主だが、獅子身中の虫を飼っているのに気づいていなかった。
ある時、海上でシャラーノはカルメンを前にして誘惑をする。『わたくしの配下について、まずはフレデリック領を支配してみるつもりはなくて?』と。
当然の如く決裂するが、これでシャラーノの真意がはっきりとする。
足がかりとしてフレデリック領を手に入れ、そしてゆくゆくはノルマン王国を手に入れるのがシャラーノの野望であった。
トレランツ本社の社長室。
中央にあるテーブルを挟むようにしてカルメン社長とゲドゥル秘書は座っていた。
そして大きさがまちまちな書類をゲドゥル秘書が読み上げてゆく。多くはフレデリック領に潜入させておいた協力者からの手紙である。
カルメン社長は目を瞑り、耳を傾け続ける。
その内容はフレデリック領で起きたクーデターについてだ。
一部の騎士団が決起し、それに領民が呼応してゼルマ領主の住む城へと攻め入ったようだ。
籠城していたようだが、決起から三日後にゼルマ領主は決起の騎士団に捕らえられる。さらに領内の貴族も多数捕縛されていた。
「きっと決起した騎士団ってのは、長いことシャラーノが根回ししていた奴らなんだろうね。そして領民が呼応するきっかけはデビルの魅了か言霊かそんな辺りだろ。多かれ少なかれ、領民は不満を抱えているもんさ。それを増幅されちまったのかね。一度流れだしたら、こういうもんは止まらない。最後に破滅が待っていたとしてもね」
カルメン社長が呟くようにゲドゥル秘書へ話しかける。
「‥‥狂気は未だ冷めやらず、貴族の多くが処刑台へとかけられているともあります。この時期を待っていたのでしょうか? シャラーノは」
ゲドゥル秘書が言葉にした『この時期』とはデビルの大侵攻であった。各地にムーンロードのような穴が開いてデビルが荒らし回っているという。
普段ならば、領地のクーデターに対し国が動くものだが手が回らないらしい。まったくの手つかずだった。
翌日、ラルフ領主からの使者がトレランツ本社に訪れる。
カルメン社長が頼まれたのはフレデリック領のゼルマ領主の救出であった。
ラルフ領主にとって敵であるのは未だに変わりないが、このまま斬首されてしまえば口封じをされたのも同然だ。これまでの悪事やデビルとどのように通じていたかを吐かさなくては今後に支障をきたしてしまう。
いつものように表だって動けないので、懇意の冒険者を動かして欲しいとの願いであった。
カルメン社長はラルフ領主の頼みを引き受けるのだった。
●リプレイ本文
●出航
「えっ、グリフォンを?」
パリ出航の前、コルリス・フェネストラ(eb9459)が連れてきたグリフォンを見てゲドゥル秘書は驚いた。
「協力者からあちらの領内で荷馬車を用意してもらったとしても目立ちすぎます。全長三メートルの生き物を隠すには――」
そもそも依頼書には目立つペットは予め控えて欲しいと記載されてある。ゼルマ領主確保の直前までは秘密裏に動かねばならないからだ。
ゲドゥル秘書はグリフォン・ティシュトリヤのフレデリック領への同行許可を出さなかった。翼を隠せば馬と区別がつきにくくなるペガサスとは違うからだ。
十野間空(eb2456)は月与に頼んで、服の判りにくい部分に簡易のポケットを作ってもらう。混乱した土地だと検査と称して指輪などの大切な小物まで奪われてしまうかも知れない。それを防ぐ為の準備である。
木下茜はフレデリック領の情報を探ったが実状ははっきりとしない。それだけ現地も混乱しているのだろう。
月与と木下茜に見送られて、冒険者達を乗せた帆船はパリを出航する。ルーアンに到着したのは二日目の昼頃であった。
冒険者達はトレランツ本社でしばらくカルメン社長と相談した。夕暮れ時、待機していた小型帆船に乗り込んでセーヌ川下流を目指す。
夜陰に紛れ、ヴェルナー領の反対岸となるフレデリック領へ潜入にする。
一行は人気がない草原で野営を行った。
エメラルド・シルフィユ(eb7983)はゲドゥル秘書から預かった貴族のリストを焚き火を灯りにして眺める。フレデリック領内の貴族の名が羅列されていた。
(「くっ、やりたくはないが‥‥。出来れば身を隠している貴族と接触したいからな」)
あまり気は進まないのだが、ちょっとだけ色気を武器にしてエメラルドは調査するつもりである。
「処刑場付近に着いたのなら、敵戦力などを確認しておきましょう。逃走ルートの想定もしておくべきですね」
島津影虎(ea3210)は問題の処刑場についてを話題にする。ゲドゥル秘書によれば、ここから徒歩で一日の町にあるらしい。セーヌ川の上流方向に戻るので、その分の時間も含まれる。処刑場のある町から一直線にセーヌ川に向かえば徒歩で六時間程度だ。
「私は昼の行動は控えて、夜になったら動くつもりです」
磯城弥夢海(ec5166)は自分がノルマンで珍しい河童であるのを承知していた。処刑場周辺の夜間の警備体制を確認するつもりである。
「あたいは行商人として潜り込むつもりさ」
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)は宝手拭などを用意していた。酒場で話術と色仕掛けを駆使すれば、何かしらの情報は得られるだろう。出来れば警備体制の不備や見物の穴場の発見に繋がるのを望んでいた。
「エメラルド、助かった。明日の朝にはもう俺はいないはずだ」
セイル・ファースト(eb8642)はエメラルドからこれまで経緯を教えてもらう。そして仲間より一足先に処刑場付近へと向かい、吟遊詩人を装って情報を集めるつもりであった。
「デビルと組むだけでなく、領主を使い捨てするとは‥‥」
レイムス・ドレイク(eb2277)の呟きの後で焚き火の中の枝が激しくはぜる。
シャラーノがデビノマニを目指しているのではないかとレイムスは疑っていた。公の場で行うはずもないが、クーデターの混乱に乗じて魂を集めるつもりなのかも知れない。
「とにかくゼルマの処刑が邪魔されたのなら、シャラーノにとって痛手のはず。ここで煮え湯を飲んでもらいましょう」
クレア・エルスハイマー(ea2884)は隣りに座っていたマミ・キスリング(ea7468)へ振り向く。
「ブリュンヒルトはクレア殿のフォルセティと一緒に、コルリス殿へ預ければよいのでしょうか?」
マミはクレアと頷き合うと、二人でコルリスを見つめた。
「ティシュトリヤは無理でしたが、二頭は私が預かります」
コルリスは二人のペガサスを引き受ける。馬車はゲドゥル秘書が協力者と連絡をとり、処刑日まには用意するという。
「変装の必要があるのなら、私がお手伝いしましょう。シャラーノ側に面が割れている方は特に」
十野間空は逃亡の貴族と接触する際には細心の注意が必要だと述べた。時間が許すなら探しだしたいと思う仲間は何人かいる。
ばらけて向かうが、三日目の夕方には全員が処刑場のある町へ到着していた。
●情報
時は流れ、五日目の夜。
協力者の隠れ家に冒険者達が集結する。ゲドゥル秘書の姿もあった。
集めた情報を共有して、明日夕方に行うゼルマ領主奪還作戦の微調整をする為だ。
処刑場がある町は人々の生活が普通に営まれている。しかし大きな闇が隠れていた。それは処刑の生臭さだけではなかった。
「この指輪が教えてくれたのだが――」
衝撃的な事実はセイルの口から語られる。
町の様々な場所にデビルが紛れていたのである。多くは人だが、犬や猫などにも化けていた。指輪『石の中の蝶』の羽ばたきがそれを示す。それがフレデリック領全体に及ぶ事なのかまではわからなかった。
同じ指輪を持つ十野間空、シルフィリア、磯城弥も既に知っていたが、改めて事の大きさを感じる。
「残念ながら逃亡貴族との接触は出来なかった。しかし町の人達から話を聞かせてもらったよ。これから私達がやろうとしているように、処刑の前に奪回を試みる行動は何回かあったらしい」
エメラルドは逃亡貴族の動きを追ってゆくうちに得た情報を伝えた。
「あたいが知った内容だと――」
シルフィリアも逃亡貴族が奪回に失敗した話を聞いたという。エメラルドとシルフィリアの情報によって急襲された時、処刑場側がどのような行動をとるのかが大まかに判明する。
「つまり、逃亡も一筋縄でいかない訳ですね‥‥」
十野間空は自分が得た情報も合わせた上で意見を述べる。
これまで処刑場内でデビルの目撃例はなかった。デビルとの関わりをクーデター側も秘密にしているのだろう。レイムスがいっていたように魂を奪うのが目的ならば、領民に気取られない方が都合がよい。変身して町に潜伏している理由も頷ける。
「逃亡の際に空を飛べるデビルに追跡される可能性がありますね」
レイムスは十野間空と目を合わせる。
「一度だけ処される仲間を奪還した逃亡貴族の一団の例がある。しかし、翌日には町の郊外で全員が無惨な遺体として発見されたようだ。きっとデビルの追跡によってやられたのだろう」
エメラルドは唇の端を噛んだ。
「少々作戦を考え直さなければなりませんわ」
「それがいいです。コルリス殿にもお願いしましょうか」
クレアとマミはペガサス二頭によるゼルマ領主移送についてを相談し、コルリスにも伝える。
「待機しているまでは、これまでの作戦通りにします」
コルリスは二人からの変更を受け入れた。
「では、状況の説明させて頂きます。簡易な地図ですが、こちらを見ていただけますか?」
「夜間については私がします」
島津影虎と磯城弥は処刑場周辺の警備体制に言及する。塀などの周辺、崖の上などに警備の隙はなかった。人員もかなり投入されている。
「処刑には逃亡して隠れている貴族達を燻り出す意味もあるのでしょう。なんて卑劣な‥‥」
ゲドゥル秘書は呟くように考えを言葉にする。つまり、処させる貴族達は囮であり、処刑場は巨大な罠なのだと。
●急襲
六日目の暮れなずむ頃から人々が処刑場に集まり始めた。やがて見学の領民で埋め尽くされる。
鐘が鳴り響くと隣接する建物の門が開き、一両の小さな屋根のない馬車が出てきた。
枷を両腕にはめられて馬車の後部に座らされていたのは、ぼろ着をまとったゼルマ領主である。髪は乱れ、露出している肌は傷ついていたり腫れていた。
ゼルマ領主は丸太で組まれた処刑台の上に登らされる。そこには鈍い光を放つ斧を持った処刑人が立っていた。
突然の悲鳴に、処刑台に注目していた多くの領民が振り返る。そこにあったのは真っ赤に輝く火球。門周辺でクレアがファイヤーボムで何度も衛兵達を焦がす。レミエラの能力で範囲を調整し、領民を巻き込まないように注意されていた。
「今です! 敵は混乱していますわ!」
「ここからは任せろ!」
クレアを横切る騎馬にはエメラルドが乗っていた。彼女は愛馬ラファエロを駆って門前で衛兵相手に剣を振るう。
「我が刀を恐れぬならば‥‥参られよ!」
マミもエメラルドに加勢する。交える刃の勢いから衛兵の実力を計ると一気に制圧を狙う。
(「そうです。今なら混乱に乗じて手薄のはずです」)
十野間空はイリュージョンを使って衛兵達の多くを惑わした後、テレパシーを使ってレイムス、シルフィリアと連絡をとる。
レイムスは指輪、シルフィリアは巻物の力によって姿を見えにくくして、門の左右にある見張り台を駆け上がる。レイムスは門の右、シルフィリアは左である。
「こちらはいつでも大丈夫です!」
「いけるよ! こっちも」
レイムスとシルフィリアは衛兵を倒すと、同時に左右の門の仕掛けを動かす。こうしなければ開かない仕掛けになっていた。
門が開くと仕掛けの要となる部分を破壊し、レイムスとシルフィリアは垂れ下がる鎖を伝って一気に地上へと降りる。そして仲間と共に戦う。
処刑場内のざわめきは大きくなり、やがて見学の領民に混乱が起こる。その勢いは凄まじく、丸太で組まれた柵の一部をなぎ倒してしまう。
(「今が絶好の機会ですね」)
島津影虎は疾走の術を駆使し、柵が取り囲む中央へ一気に侵入した。処刑台を取り囲むように待機していた衛兵を翻弄する。
「玄翁!」
磯城弥は自らが玄翁と呼ぶ微塵隠れを使った忍術で島津影虎と共に衛兵達を撹乱し続ける。
島津影虎と磯城弥に呼応して一頭の忍犬も広場を駆けめぐって衛兵を惑わす。主人はセイルなのだが、その姿はどこにもなかった。
「ゼルマ領主を奪回するつもりだ。そいつを逃がす訳にはいかない! 殺せ!」
衛兵の隊長が処刑人に命令を下す。
処刑人は言われたとおり、跪くゼルマ領主の前で斧を振り上げる。
「おおっ!」
何故か処刑人は突然姿勢を崩し、足を踏み外して地上へと落下した。
「どうしたこと‥‥。何だ、お前は!」
隊長は倒される直前にとても見えにくい何かを目撃した。指輪の力で姿を消していたセイルである。
「これで全部か」
セイルは処刑台に残っていたもう二人の衛兵も倒してしまう。
「なにを? これ以上するという、のだ! もうすべて――」
「任せて下さい」
ゼルマ領主が混乱している様子を知り、島津影虎は処刑台に登って気絶させた。
やがて二つの白い何かが処刑場の空に現れる。遠くで待機していたコルリスが、上空に放たれたクレアの魔法の合図によって向かわせたペガサス二頭であった。
クレアとマミは自分のペガサスに跨る。
「ゼルマをこちらへ」
クレアは処刑台に着地し、気絶しているゼルマ領主をペガサスの背に被さるように乗せた。昨日のうちにゼルマ領主を運ぶ事はフォルセティに頼んである。
「護衛を務めます」
マミは戦闘するのが難しいクレアの盾となるのが役目だ。
二頭のペガサスは空へと飛翔する。
ゼルマ領主の確保は十野間空のテレパシーによって全員に伝えられる。同時にそれは撤退の合図でもあった。
ここで安心してはならないと冒険者の誰もが心の中で呟いた。郊外に出たのなら、今度はデビルが待ちかまえているはずだからだ。
赤く染まりかけた空を飛ぶ二頭のペガサスを襲う黒き存在。ネルガルの指揮の元、行動するインプとグレムリンの群れである。
ペガサスの飛行はデビルの群れよりも速い。しかし数を利用した妨害によってなかなか先には進まなかった。
十野間空からのテレパシーをクレアとマミは受け取り、ペガサス二頭を急降下させる。眼下には草原の一本道を駆ける馬車と騎馬の集団がいた。仲間である。
ペガサスの二頭は飛行から地上の走行へ切り替えた。結果として速度は遅くなるものの、戦力ははるかに増強される。
エメラルド、島津影虎、セイル、磯城弥、レイムス、シルフィリアの武器攻撃、十野間空の魔法によって襲いかかるデビルが次々と排除されてゆく。
「お待たせしました!」
やがて仲間の愛馬を借りて先にセーヌ川に停められた小型帆船に向かったコルリスがグリフォンで戻ってきた。これで空中での戦力も補充される。
「衛兵? いや違いますね、あれは――」
馬車内にいたゲドゥル秘書は近づいてくる騎馬の一団を見かけた。鎧につけられた紋章からフレデリック領内の貴族、ミュリーリア家だと判断する。
ミュリーリア家の騎士達はデビルと戦い始める。これによってデビルの勢いは一気に抑えられた。
丘を越えると薄暗い向こうにセーヌ川が望めるようになる。
クレアがゼルマ領主を乗せたままペガサスを再び飛翔させた。マミとコルリスが護衛としてついてゆく。そのままセーヌ川の上空を横断し、ヴェルナー領内へと入る。
他の冒険者達はセーヌ川の岸辺で待機していた小型帆船に乗り換えて、ヴェルナー領内へと戻った。
デビルの群れは少しだけヴェルナー領に侵入したものの、深追いはせずに撤退してゆく。
残念ながらデビルとの戦いのせいで、ミュリーリア家の騎士達と話す機会はまったく残っていなかった。
●そして
七日目の昼前までには全員がルーアンのトレランツ本社に辿り着いた。
出迎えてくれたのはカルメン社長とリノである。
先に到着していたクレア、マミ、コルリスによって、ゼルマ領主はラルフ領主の元に届けられていた。
礼としてラルフ領主から預かったレミエラが冒険者全員に贈られる。
時間はあまり残っておらず、すぐさま冒険者達は帰りの帆船へと乗り込んだ。余談だが十野間空は旅の途中で足りなかった保存食四つをエメラルドからもらっていた。
八日目の宵の口、冒険者達を乗せた帆船は無事にパリの船着き場へ入港するのであった。