●リプレイ本文
●準備
一日目の昼頃、冒険者十名とゲドゥル秘書を乗せた帆船はパリの船着き場を出航する。
いつもより遅れたのは変装の衣料などを用意する時間が必要だったからだ。現地ブルッヘでの調査に必要な酒代なども含めて、かかる費用はトレランツ運送社持ちである。
帆船はトレランツ運送社所属とはわからないように偽装されていた。
二日目の夕暮れ時、セーヌ川沿いにあるルーアンへ寄港する。夜、カルメン社長とウィザード少女リノが現れて冒険者達は話す機会を得る。
翌朝の三日目、カルメン社長とゲドゥル秘書が下船した。リノはそのまま残って冒険者達に同行する。
船上では会議が行われた。
まずは現地ブルッヘで情報収集を行い、その上で作戦を実行する段取りとなった。その際に二つの班に分けられる。
造船ドックで建造途中の新型帆船を破壊する破壊班は、クレア・エルスハイマー(ea2884)、マミ・キスリング(ea7468)、レイムス・ドレイク(eb2277)、エメラルド・シルフィユ(eb7983)、コルリス・フェネストラ(eb9459)、磯城弥夢海(ec5166)、リノである。
主任技師と新型帆船の設計図を手に入れる奪取班は島津影虎(ea3210)、十野間空(eb2456)、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)、琉瑞香(ec3981)だ。
ルーアンを出港した帆船がブルッヘに到着したのは四日目の暮れなずむ頃であった。
●探り
冒険者の何人かはブルッヘに到着したすぐに下調べを始めた。
作戦の決行日が五日目の夜から六日目の朝にかけてなので、時間に余裕がなかったからだ。
河童の磯城弥は船着き場付近から枝分かれする水路を潜って辿る。そして問題の造船ドック近くで潜ったまま待機した。完成したのなら進水式が行われる周囲である。
新型帆船はすでに骨格が組上がり、側面の張りが始まっていた。
(「今ので二組目‥‥」)
磯城弥は水の中で観察を続けた。
日が暮れると技師や職人達は撤収するが人の気配は残る。造船ドック内に建てられた待機所に控える警備員達が定期的に巡回していた。
磯城弥が水辺からこっそりと顔を出して確認すると、新型帆船は常に二つの組の計四人で見張られている。交代を含めて新型帆船の警備員の数は全部で八名であった。
造船ドック内は広いので、他を回る警備員は含められていない。
磯城弥とは違う場所に潜んでいたのはシルフィリアと島津影虎である。
「デビルは今の所いないようだけどさ」
「では北側の施設に向かってみましょうか」
指輪『石の中の蝶』の反応を確認しながら二人は移動する。シャラーノが関係しているのならデビルの関与を疑うべきだからだ。
デビルの反応があり、二人は一旦退いて別の道を探す。しかし再び石の中の蝶が羽ばたいた。どうやら潜んでいるデビルは一体ではなさそうである。
主任技師の隠れていそうな建物に見当をつけると、シルフィリアと島津影虎はすぐに撤退する。
磯城弥は水中からの監視を朝方まで続けてから拠点の帆船へと戻るのであった。
四日目の夜、造船ドックに潜入した三人とは別に、レイムス、十野間空、エメラルドは酒場へと顔を出していた。
「そうなんですか。いろいろと大変ですね。まあ、ぐっと呑んでください」
傭兵に変装したレイムスは酒場で知り合った技師のカップに発泡酒を注ぐ。
時々陽気に歌う技師によれば、現在建造中の帆船の出来次第でさらなる発注があるらしい。ただし、いくら酔っぱらっても技師は新型帆船だとは一言も洩らさなかった。
「最近、異世界から色々と目新しい技術を持った来訪者が居ると聞きますし――」
十野間空はレイムスとは別のテーブルで、ジャパンから来た駆け出しの技師に扮して造船ドックで働く人達と交流を続ける。
酔わせれば簡単に新しい技術などの自慢話を引きだせると考えた十野間空だが、一向に話すそぶりは見受けられない。
変わった形状の帆船を作っている自覚はあるようだが、それがアトランティスの知識が投入されたものとは考えていないようだ。
加えて造船の寄り合いの結束の固さもある。そもそも技術流出を防ぐ為に存在するのがギルドないし寄り合いだ。きつい罰則があってもおかしくはない。
クレリックに変装したエメラルドは普段の勝気な様子とはうってかわって、とても大人しい様子を演じていた。
「あの、新しい船というのはどんな感じでしょう?」
エメラルドは一人の職人が語った新型帆船に興味を示した。どうやら完成してみなければ建造している当人達もどのような性能を有しているのかわからないらしい。
「あ‥‥?」
頭に被してあったエメラルドのフードが外れ、まとめていた髪が垂れた。クレリックでないのが丸わかりになる。
「じゃあな! せいぜい見おさめておきなよ。新型帆船をさ!」
エメラルドはテーブルに硬貨を置くと立ち上がり、窓の戸を押しながらをすり抜けて外へと逃げだした。不慮の出来事を装っていたが、元々の計画の一つである。
「変な人もいるのですね。もしかして今作っている帆船を狙っているのでしょうか?」
レイムスは揺れる戸を見つめる技師に笑顔で新しい酒を勧める。
「やはり秘密があるのでしょうか。皆さんが造られている帆船には」
十野間空もさりげなく造船ドックで働く人達にちくりと釘を刺してみた。
頃合いを感じ取るとレイムスと十野間空も酒場を後にするのだった。
五日目の日中、クレア、マミ、コルリス、琉瑞香、リノは町中で話を聞いて回った。
リノがゴンドラでの偵察を希望したので、コルリスとレイムスが護衛として同行する。
「最近あるドックで造られている帆船、とても変わったものだと聞いたのですが」
「みたいだねぇ。話は伝わっておるよ。なんでも支払いがブランでされたとか何とか。景気のいい御仁がいるもんだってね」
リノの問いに櫂でゆっくりと漕ぐ船頭が答える。
「以前にアロワイヨー領で盗掘されたブランを、シャラーノは組織オリソートフにすべて渡さずに蓄えていたのでは?」
「私もそう思います。あの時に蓄財したのでしょう。シャラーノは」
コルリスとレイムスは小声で内緒話をする。
仲間三人がゴンドラで揺れている頃、クレア、マミ、琉瑞香は造船ドックの周囲を歩いていた。
「空からの侵入なら簡単そうですが、みなさんとの相談が必要になりますね。とりあえずフォルセティは近くに待機させておくつもりですわ」
「それならブリュンヒルトを一緒にさせておきます。あの高い建物の屋根がいいでしょうか?」
クレアとマミはペガサスの待機場所を検討する。
「あの門の奥が宿舎になっているようです」
琉瑞香が立ち止まり、少し遠くを指さす。造船ドックの門を人々が潜り抜けてゆく。技師や職人達なのだろう。
造船ドックに隣接して宿舎が用意されていた。もし作戦の騒ぎが大きくなれば技師や職人達も駆けつける事になる。
宵の口には拠点となる係留中の帆船に全員が戻った。
今一度情報をつき合わせて作戦の細部が修正される。後は決行の時間を待つのみとなった。
●破壊班
破壊班の侵入はいくつかの方法に分かれる。
水路を潜水する者。リノにウォーターウォークをかけてもらい、水路上を走る者、夜空から突入する者。
各自発見されないように行動し、建造途中の新型帆船が望める位置で潜んだ。
深夜の造船ドック内はとても明るかった。
調査の時よりもたくさんの篝火が用意され、警備の人数も増やされていた。酒場での一件が効いているようだ。他を回る警備からの増員であろう。これで破壊班の負担が増えた分、奪取班が楽になる。
デビルは見当たらないが、事前の調査によっていずこかに隠れているのは明確であった。
「夜中にご苦労様」
「お、お前は!」
エメラルドが警備員達の前に姿を晒す。
笛が鳴らされて別の組が駆けつける中、エメラルドは適度に引きつけながら逃げ回った。
待機所からの応援を確認すると、エメラルドは建造途中の新型帆船から出来るだけ遠ざかる。そして水路へと飛び込んだ。
待機していたケルピーのナイアスがウォーターダイブを付与してくれたおかげで、エメラルドは水中でも呼吸が出来るようになる。寒さばかりはどうしようもないが、ここは我慢のしどころであった。
揺らめく水面の向こう側では爆発が起こった。警備員達の陽動をエメラルドから引き継いだ磯城弥の微塵隠れである。
「玄翁!」
磯城弥は微塵隠れで瞬間移動を繰り返しながら姿を眩まし、一人ずつスタンアタックで気絶させてゆく。
「待たせたな」
見つからないように水路からあがったエメラルドもスタンアタックで警備員達を気絶させてゆく。
その頃、マミ、レイムス、コルリス、リノは守る警備員がいなくなった新型帆船の骨組みに深いダメージを負わせていた。
「チェストォォォォォォォォォォッッ!!」
マミは拾ったハンマーを頭上に高く掲げて振り下ろす。
「ここが核となる建材でしょう」
レイムスは重要な個所に見当をつけると聖剣を構え、強烈な破壊の一撃を加えた。
「今の所、警備員が戻ってくる様子はありませんね」
コルリスは周囲の警戒を怠らなかった。
やがて魔法攻撃での仕上げの段階へと移行する。
「リノさん、あれを!」
「わかりました!」
コルリスが叫びに呼応してリノが夜空に向かってウインドスラッシュを放つ。暗闇に紛れて飛来してきたのは、デビル・グレムリンの群れであった。
「クレアさんは止めを。空への威嚇はわたしが!」
「判りましたわ」
リノに頷いたクレアが魔法詠唱を始めた。
コルリス、マミ、レイムスは後衛二人の盾となり、襲いかかるグレムリンを排除する。
「我は導く魔神の息吹!」
レミエラによって範囲が調節されたクレアのファイヤーボムが新型帆船の骨組みを包み込んだ。真っ赤な火球は輝きを放ちながら巨大な木片を飛び散らせる。周囲に火の粉の雨が降り注ぐ。
クレアとマミがペガサス二頭を呼び寄せると夜空へと舞い上がる。グレムリンの群れとの空中戦が繰り広げられる。
リノは上空後方でグレムリンの群れを指揮をするデビル・ネルガルを発見し、遠距離魔法攻撃に切り替えた。コルリスとレイムスはリノを攻撃しようとするグレムリンと立ち向かう。
エメラルドと磯城弥も警備員達を気絶させた後で、燃える新型帆船の側で戦う仲間の元に駆けつける。
奪取班からの合図があるまで、破壊班はデビルと戦いながらその場に留まり続けるのだった。
●奪取班
新型帆船の周囲が騒がしい頃、奪取班の四人は潜みながら造船ドックの敷地内を移動していた。
十野間空、シルフィリアが所有する石の中の蝶を確認しながら少しずつ進んだ。
破壊班が誘導してくれたおかげか調査の時よりも警備は薄く、デビルの反応もない。騒ぎを聞きつけた職人や技師の姿は見かけられたが、せいぜいその程度である。
目星をつけておいた建物には比較的簡単に辿り着く。石の中の蝶が羽ばたいて建物内にデビルが潜伏している事を教えてくれる。
十野間空は距離と順番の意味を含めてデビルに向けてムーンアローを放つ。同時に島津影虎、シルフィリア、琉瑞香は建物内に突入する。
(「建物に隠れているデビルは一体と思われます」)
十野間空は奪取班の三人にテレパシーを送る。
唯一、灯りが洩れていたドアを開けて奪取班の三人が飛び込む。室内は書類やガラクタで埋め尽くされていた。
「何だ。貴様等は!」
机に向かっていた二十五歳前後の男が振り向いた。ゲドゥル秘書から渡された似顔絵にそっくりである。目的の主任技師だ。
警戒しながら奪取班の三人は室内を移動する。
シルフィリアの石の中の蝶の羽ばたきが激しい。十野間空による新たなムーンアローの矢が部屋の片隅へと吸い込まれてゆく。
「邪魔をしにきたのね!」
部屋の片隅から何かが飛びだした。奪取班の三人とも一瞬シフールと見紛う。しかし妙な形の尻尾に気がついてデビルだと判断した。
後にデビルに詳しい者に特徴を伝えてリリスだと知る事になる。
「こいつはあたいが相手するよ!」
シルフィリアがリリスと対峙して戦いを繰り広げた。攻撃を絶やさぬようにして魔法詠唱をさせないように努める。
「俺の大切な人に何をする!」
「止めなさい!」
シルフィリアの邪魔をしようとした主任技師を琉瑞香が止めた。
リリスによる魅了の疑いを感じ、琉瑞香がニュートラルマジックを試みる。しかし主任技師の態度は変わらなかった。
主任技師の敵対心によってホーリーフィールドも失敗に終わる。
「効きませんね。ここは気絶をお願いします」
「わかりました」
琉瑞香は島津影虎に頼んで主任技師にスタンを決めてもらう。
「こちらが設計図ですね」
最後に駆けつけた十野間空が机の上にあった書類の中から設計図関連を探しだして懐に仕舞った。
リリスを退けると、奪取班は撤退を開始する。
ただし、気絶した主任技師という大きな荷物が奪取班の歩みを鈍らせた。アイテムや魔法で透明化し、何度か警戒の目をやり過ごす。
さらに隠れていたグレムリン一体から不意打ちされる一幕があったものの、琉瑞香のコアギュレイトによって無事回避される。
まだ造船ドックの敷地内であったが、十野間空は破壊班にテレパシーで連絡をとる。撤退の合図と脱出の救援要請だ。
間もなく破壊班のマミとクレアがそれぞれのペガサスに乗って夜空から奪取班に合流する。
気絶する主任技師をクレアが預かって敷地の外へと飛んでゆく。マミは追いかけてくるグレムリンの排除役である。
奪取班が敷地から出たのを確認した上で破壊班も撤退するのであった。
●そして
偽装した帆船は全員が戻ると朝日を待たずにブルッヘの港を離れた。
予期しない出来事はあったが、建造中の新型帆船の破壊、そしてアトランティスから来たデビルに魅了された主任技師一人と設計図の確保に冒険者達は成功した。
七日目の昼、ルーアンに到着した一行はトレランツ本社を訪れて主任技師と設計図をカルメン社長に引き渡す。
主任技師にかけられた魅了は解けているはずだが、未だリリスに心残りがあるようだ。これが魅了の恐ろしさである。
「助かったよ。頼まれた案件だし、シャラーノを邪魔する意味もあったけど、あたし自身もどんな船なのか興味があったのさ」
カルメン社長は追加の報酬を冒険者達に渡した。
八日目の昼頃、一行は別の帆船に乗り込んでパリへの帰路につくのだった。