●リプレイ本文
●ジェームスの話
朝霧の中、トレランツ運送社の帆船リュンヌ号がパリの船着き場を出港する。
李雷龍、イフェリア、西中島、ガブリエル、リンデンバウムが遠ざかるリュンヌ号に手を振った。
見送りの冒険者達は設計技師ジェームスとの対話を望んでいたが、彼はルーアンのトレランツ本社に滞在している。遠い為に往復もままならず、叶わずに終わった。
冒険者九名とゲドゥル秘書を乗せたリュンヌ号はセーヌを下り続け、二日目の昼頃にルーアンへ入港した。
冒険者達の多数決により設計技師ジェームスを同行させずに、船大工ジノを探す事が決まる。連れていかないかわりにジェームスから詳しい話を聞く段取りとなり、冒険者達は一晩をトレランツ本社で過ごす事にした。
「ジェームスさん、ジノさんについてを教えてもらえますか?」
借りた一室で十野間空(eb2456)の質問にジェームスが答える。
船大工ジノはジェームスより年上の三十歳前後である。赤毛で髭が濃く、どんぐり眼が特徴的だ。別れる間際は、お腹の出っ張りを気にしていた。
「喧嘩の原因を聞かせてもらえると助かりますわ」
「ちょっと船の形状について酒を呑みながら話していたら、喧嘩になってしまいまして‥‥。勢いでわたしが宿を出てしまってそれっきりなんです」
マミ・キスリング(ea7468)からジェームスが目をそらす。
「ジノさんの好きな物があれば教えてもらえるでしょーか? 特に食べ物なんか教えてもらえると、腕のふるいがいがあるのですけど〜」
料理の得意な井伊貴政(ea8384)らしい質問である。説得するにせよ場の雰囲気は大切だ。テーブルに好きな料理が並んでいた方が説得の確率があがるに違いない。
「アトランティスの技術を取り入れた帆船‥‥か」
レイムス・ドレイク(eb2277)はジェームスの話を聞いて呟く。見てみたい気持ちはあるが、敵として相見えるのならごめんである。仲間達の質問が終わったのならジノの似顔絵描きをするつもりでいた。
(「ここは黙っておこうかね。みんなも情報を聞きだしてくれているし」)
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)はガブリエルのリシーブメモリーでジェームスの記憶を探らせてもらうおうかと予定を立てていた。しかしこの場にガブリエルはいないのでとり止めである。
「フォルセティの調子もいいですし、空からコルリスさんやマミさんと協力して探せば、きっとジノさんも見つかりますわ」
クレア・エルスハイマー(ea2884)はペガサスに騎乗して空から警戒と探索を行うつもりである。
マミもブリュンヒルトというペガサスに乗っているし、コルリス・フェネストラ(eb9459)はグリフォン・ティシュトリヤを連れてきていた。飛行アイテムと違ってこれらの相棒達は海の深さも関係なしに飛べるのが強みである。
「そうです。マミさん、クレアさんと空から連携します。それに河童の磯城弥さんがいれば海中も見逃しませんし」
「ジノさんが海中に潜っているとは思えませんが敵の警戒も重要です。ブルーマンやダッケホー船長が海中から近づけないようにします」
コルリスと磯城弥夢海(ec5166)はジェームスを前にして笑顔でジノの安全を保証する。
「ジノをお願いします。あいつがわたしについてどう思っているかわかりませんが、もう一度会って話してみたいのです」
ジェームスがコルリスの手を強く握り、磯城弥へと続く。順番に冒険者の手を握っていった。
(「親友同士が異邦の地で仲違いしたまま終わってしまう‥‥。それはとても悲しいことだ。見逃せないな」)
エメラルド・シルフィユ(eb7983)はジェームスの強い握手を感じながら、心の中で呟いた。
翌日、冒険者達はリュンヌ号でルーアンを出港する。ひとまずの目的地オーステンデに入港したのは四日目の昼頃であった。
●ジノ探し
冒険者達はさっそくオーステンデに繰りだしてジノ探しを始める。
クレア、マミ、コルリスは調査には参加せず、行きの航海と同じく空からの警戒に徹した。海中の磯城弥も同様である。
ジノがまだシャラーノ側に捕まっていないのなら、ダッケホー船長もオーステンデ周辺にいると考えた方が妥当だ。説得を別にすれば、トレランツ側とシャラーノ・ダッケホー船長側のどちらが早くジノを見つけるかの争いといっていよい。
夜には調査の冒険者達もリュンヌ号に戻り、互いの情報を夕食の場で交換する。
井伊貴政はジノの好きな豚肉を調達するついでに、町中央部から船着き場への近道を調べておいた。まず退路の確保が先決である。
港付近の聞き込みを行ったのはエメラルドと十野間空だ。
ジノがこれからも船大工で生計を立てようと考えているのなら、船乗りや造船所の者と接触しないはずがない。ゲルマン語を話せても、遙か遠い地から来たのなら訛りはあるだろうし、格好も目立つはずだ。
こちらの帆船に興味を持つのも自然である。船着き場で多くの船を観察していてもおかしくはなかった。
レイムスがジェームスの協力を得て描いた似顔絵も役に立つ。いくつかのジノらしき人物の目撃例が報告される。
レイムスは自らが描いた似顔絵を手に酒場で調査をしてきた。別の酒場ではシルフィリアが聞き込みを行った。
ジェームスからジノはかなりの酒好きだと聞いていたからである。
酒場でもジノは何度か目撃されていた。しかし殆どの場合、一人で呑んでいたようで居場所の情報までは得られなかった。
船着き場と酒場での調査は翌日も続けられる。運がよければジノと接触できるだろうし、居場所を含めた新しい情報を得られるかも知れないからだ。
井伊貴政はリュンヌ号の調理場を借りて、時間のかかる豚肉料理に取りかかった。
船着き場付近での空と海の警戒も引き続き行われる。
「それ、教えてくれるかい?」
五日目の宵の口、シルフィリアは酒場でジノを知った人物と遭遇する。知人の船にジノらしき男を乗せてあげたのだという。
名前はジノではなくジノートスであったが、こちらで新たな生活を送る際に変えたのかも知れない。
「何でも、こっちの船の運用がどんなものなのか知りたいとかいっててね。それで知り合いのドレスタット行きの帆船に口利きしてやったのさ。確か明日の昼過ぎには、オーステンデの港に戻る予定だ」
「ありがとうね。とても助かったよ」
シルフィリアは教えてくれた酒場の男の頬に軽くキスをして立ち去ろうとする。
「ジノートスの奴、何をやらかしたんだい? 昼間にも同じような事聞かれたんだよ」
「え?」
シルフィリアは足を止めて、酒場の男から昼の出来事も聞いた。
教えた相手はダッケホー船長ではなさそうだが、手下が嗅ぎ回っていた可能性が高かった。
リュンヌ号に戻ったシルフィリアは仲間に知らせる。すぐにでも迎えに行きたい所だが、リュンヌ号の船長は出港の許可を出さなかった。
夜の航行は危険であり、それにジノらしき人物が乗っているのは見知らぬ船である。夜に近づけば海賊に間違われる恐れもあった。
リュンヌ号は夜明けを待ってドレスタット方面へと出港する。
(「発見しましたわ!」)
(「詳しくお願いします」)
上空のクレアとテレパシーで交信していた十野間空は、ジノらしき人物が乗っていると思われる帆船目撃の報告を受けた。
「進行方向をもう少しだけ左に。それらしき帆船が浮いているようです!」
十野間空がマストの見張り台から甲板の船長に向けて声を張りあげる。テレパシーを使わなかったのは他の仲間や船乗り達にも伝わるようにである。
コルリスとマミはジノが乗っていると思われる帆船の上空にいち早く到達していた。
「これはまるで?」
コルリスは眼下に広がろうとする霧を確認する。ダッケホー船長のゴーストシップが現れる予兆としか考えられなかった。
「敵船を確認したら、私は足止めをします!」
「ではジノ殿の確保は私が」
コルリスはオーラパワーをグリフォンの爪に付与して戦いの準備を整える。マミはジノを探しに帆船の甲板に降りた。
「敵ではありません。ジノ殿、またはジノートス殿を探しています!」
叫んだマミの周囲にたくさんの人だかりが出来る。そして一人の男が前に出た。
「俺がジノートスだ。昔の名は確かにジノだが、何のようだ?」
「ジノ殿はデビルに狙われていて、今は危ない状況なのです。この船の安全の為にも一緒に来ていただけないでしょうか?」
「俺が? 何故だ?」
「今は詳しく説明している時間はありません。信じてもらえませんか?」
しばらくの沈黙の後、ジノはマミの乗るペガサス・ブリュンヒルトの後ろに飛び乗った。マミは暴れるブリュンヒルトをデビルとの戦いの為だとなだめる。
ブリュンヒルトが飛び立った頃、コルリスはダッケホー船長が操るゴーストシップと遭遇した。自らは盾で身を守り、騎乗するグリフォンの爪で飛来するブルーマンを排除してゆく。
「とても変わったお方ですね」
「昼月!」
ゴーストシップの甲板ではよじ登ってきた磯城弥がダッケホー船長と戦っていた。
磯城弥は微塵隠れの瞬間移動でダッケホー船長の背後に入り込んで攻撃を試みる。しかしダッケホー船長もしたたかでほとんどが空振りに終わった。
それでも時間稼ぎとしては充分であった。マミはジノをリュンヌ号へ連れて帰る。
ゴーストシップは進路を変え、離脱しようとするリュンヌ号に向けて突き進んだ。
ダッケホー船長がズゥンビを召喚し始めた頃、磯城弥は海に飛び込んでゴーストシップを脱出する。
「しつこいのはいけませんよ〜」
井伊貴政はジノをかばうように立ちふさがり、ブルーマンへスレイヤーの刃を突き立てた。怯むことがない敵なので完全に消滅させるしか排除する手だては残っていない。
「大丈夫です。安心して下さい」
十野間空はムーンフィールドを使ってジノを側で守る。
「話しは後さ」
シルフィリアは甲板室に隠れるジノにウィンクをして甲板へ飛びだし、ブルーマンと戦う井伊貴政を補助する。
「奴らがお前を狙っていた敵だ」
エメラルドはジノにレジストデビルを付与すると、ケルピー・ナイアスに飛び乗って海へ飛び込んだ。
ケルピーに付与してもらったウォーターダイブで呼吸は苦しくないが、寒さばかりは我慢である。
ゴーストシップの出っ張りや板に蹄をかけて、エメラルドを乗せたケルピーが甲板へと躍り上がった。
「覚悟しろ!」
ダッケホー船長に黄金剣で勝負を挑んだエメラルドである。
「我は紡ぐ灼熱の閃光!」
ペガサスでゴーストシップに降りたクレアもライトニングサンダーボルトで加勢してくれる。
「やはりジノさんを狙っていたのか‥‥」
レイムスはリュンヌ号の船尾に立って聖剣を構えた。そして発生させた衝撃をブルーマンの群れに放つ。ソードボンバーである。
レイムスにもゴーストシップでの戦いが見て取れた。
負けを感じたのか、ダッケホー船長はゴーストシップを見捨てて逃げてゆく。わずかに残ったブルーマンも去っていった。
リュンヌ号は今一度オーステンデに入港するのだった。
●説得
「どーぞ。召し上がってくださいね〜」
井伊貴政が食堂室のテーブルに料理が盛った皿を並べてゆく。脂で肉を煮込むというコンフィという技法で作られた料理だ。
ジェームスから聞いたジノの好きなものの一つである。他にもシチューなども用意されていた。
ジノは井伊貴政の料理を気に入ったようで、黙々と食べ続ける。
「どうでしょー。デビルに襲われていますし、こちらのトレランツ運送社のお世話になっては? しばらくの生活は保障すると秘書の方がいってました。運がよければ就職先も見つかるかも」
人心地ついたジノに井伊貴政は笑顔で話しかけるが無視されてしまう。
「デビルに加担したシャラーノという女性がいます。ジェームスさんを魅了していうことを聞かせ、新型帆船を造ろうとしたのです――」
十野間空はデビルが新型帆船を欲している状況を詳しく語った。ジノの船大工としての腕が悪用される可能性についても伝える。
「やっぱり造りたいんだよね。船大工としては理想の船をさ」
シルフィリアの問いにジノの食べる手が止まった。
「ジェームスの奴は確かに頭の切れる設計技師なんだが‥‥、マニアック過ぎるんだ」
ジノによればジェームスはある時代の帆船が特に好きなのだという。
「どっちにしろ、理想を追求するには相応の資金も場所も人材も必要だよね」
シルフィリアが意味深な言葉を投げかけた。
「どうか共に来て欲しい」
ジノから離れた位置に座っていたエメラルドが声をかける。
「貴方の事はジェームスから聞いた。彼は貴方の身を心配していた。このままつまらない喧嘩別れで二度と会えなくなって、それでいいのか?」
「それは俺の勝手だ。指図される筋合いはない」
「さっき仲間がデビルの魅了について説明をしたが、あれは厄介なものなんだ」
「‥‥厄介とは?」
「ジェームスの心の傷になっている可能性がある。問題がないかは当人にすらわからないだろう。突然感情が沸き上がって苦しむことだってあり得るんだ。そんな状態でもジェームスは貴殿を心配していたのだぞ」
「しかし‥‥」
ジノはエメラルドから視線を逸らし、皿のすべてを平らげた。
「オーステンデでデビルに襲われたら、近所に迷惑をかける。一緒についてゆこう。ただ、ジェームスとの事や大工の腕手を貸すかどうかは別問題だぞ」
食事が終わってジノが席を立つ。
「うまかった。あんた腕いいな。料理も剣術も」
すれ違い様に井伊貴政へ言葉を残しながら、ジノはあてがわれた個室に戻ってゆくのだった。
●そして
七日目の早朝、リュンヌ号はオーステンデを出港した。
ダッケホー船長の再襲撃を警戒しながら航海は続いたものの、何事もなく八日目の昼頃にルーアンへと入港する。
冒険者達はジノを無傷でトレランツ本社へ送り届けた。
ジェームスとジノの間は当人同士の問題である。冒険者達は必要以上に関わらない事にした。
「トレランツが新型帆船を造るのかって? ないとはいえないが、あるともいえないね。あたしの結婚と同じくらいの確率かね」
カルメン社長は冒険者からの質問をはぐらかせた。
追加の報酬を受け取った冒険者達は九日目の昼前にリュンヌ号へ乗り込む。十日目の夕方には無事パリの地を踏むのであった。