●リプレイ本文
●出港
「無事に戻って来るんだぞ〜」
西中島が見送る中、一行を乗せた帆船リュンヌ号が船着き場から離れる。
「わかりましたわ〜」
「お見送り、ありがとうございます〜」
甲板のクレア・エルスハイマー(ea2884)とマミ・キスリング(ea7468)が手を振り返す。リュンヌ号は河口を目指してセーヌの流れに乗った。
途中にわずかな時間だけルーアンへ立ち寄り、ハーフエルフウィザード少女リノを乗船させる。いつもなら入れ替わりにゲドゥル秘書が下りるのだが、今回はそのままリュンヌ号に残る。書類検査の役目を任されていたからだ。
二日目の夕暮れ時、リュンヌ号は河口を抜けて海へと出るのだった。
●見定め
本格的な臨検は三日目の朝から開始される。天候が荒れていたせいか、昨晩のうちにセーヌを上ろうとした船は一隻もなかった。
「それではいって参ります」
河童の磯城弥夢海(ec5166)は不審船を探す為に海へと飛び込んだ。船に近づくには海中からが一番だからである。目立たずに連絡をとるためのテレパシーリング、デビル感知の指輪『石の中の蝶』も忘れずに指へはめていった。
空からの警戒は万全の布陣が敷かれる。
ペガサスをパートナーに持つ琉瑞香(ec3981)、クレア、マミと、グリフォンを駆るコルリス・フェネストラ(eb9459)を加えた計四名が担当した。
「連中の武器を断った今こそ、補給を受けさせず戦いを進めたい所なのです」
「物資もただではありませんし、そうなればシャラーノ側にとってかなりの痛手になるでしょうね」
レイムス・ドレイク(eb2277)は甲板上でリノを護衛しながら周囲の海に注意を向ける。
遠くを航行する船は仲間に任せるとして、近くを通り過ぎる場合は甲板の船乗りを見定めるつもりでいた。
「美味しい食事でまずはみなさんにがんばってもらいましょーか。荒事には駆けつけますよ〜」
井伊貴政(ea8384)は船乗り達の仕事を手伝いながら仲間の連絡を待つ。特に望まれて手伝っていたのは調理場での仕事である。
「さて‥‥自らが傷つく覚悟も必要ですね」
十野間空(eb2456)は甲板室の窓から波うねる海面を見渡す。ムーンアローによる指定で通りすがる船がシャラーノ側のものかどうかを調べるつもりだ。場合によっては月の矢が自分自身を傷つけるかも知れないが、それは覚悟の上であった。
「今の所、小さな船ばかりだねぇ」
「ゲドゥルもいっていたが、わずかな物資ではシャラーノ側の規模では焼け石に水だ。最低でも中型船以上で運ぶはず。問題は何隻なのかだが‥‥」
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)とエメラルド・シルフィユ(eb7983)はマスト上の見張り台で海上を見下ろす。
「金属製の武器防具を大量に運ぶのなら、やはり船の沈み具合が違うのではないかと思う」
「それは充分に考えられるね。バスタームには納品前の武器が大量に残っていたから、シャラーノ側は不足しているだろうさ」
シルフィリアはテレスコープのスクロールを活用して遠くを眺める。エメラルドはたまに甲板へ降りて準備済みのケルピーのナイアスをなだめた。
一隻でも船が発見されたのなら、冒険者達は監視の目を光らせる。
空を監視する中から冒険者二人が代表して甲板へと降りて穏やかに臨検の事情を話す。まずは船の沈み具合と船員達の敵意や人となりを調べた。
ブロズ領へ立ち寄るのがわかった場合、ミュリーリア騎士団と交わした書状を持っているかどうかゲドゥル秘書が確認する。
さらにアイテムによるデビルの感知と、海面すれすれに飛ばしたムーンアローの結果を判断の材料にした。
なおも怪しい場合はデビルとの繋がりを吐露するようにテレパシーでかまをかけてみたりする。
三日目に調査した船は三十二隻にのぼったが、どれも怪しい点は見当たらない。四日目は二十四隻だが、この日もシャラーノ側と思われる船は発見されなかった。
●敵
(「何やらとても警戒されていますね」)
(「この険悪な雰囲気は‥‥」)
五日目の朝方、コルリスと琉瑞香が発見した帆船の甲板に降りて話そうとすると、斧を手に持った船員達に囲まれた。
コルリスと琉瑞香はハーフエルフである。それゆえにノルマンでは忌み嫌われる事もあるのだが、それを差し引いても異様な状況だった。
ふとコルリスが海面に目をやると弥夢海が顔を出す。そして船底付近でデビルの反応があったとのテレパシーを受け取る。
琉瑞香もデティクトアンデットで不死者の反応を感じ取った。ここからしばらくコルリスと琉瑞香による時間稼ぎが始まる。
海中の弥夢海はリュンヌ号へ急いだ。五百メートルの距離まで近づくと、十野間空にテレパシーで問いかけられる。
「コルリスさんと琉さんがシャラーノ側のものと思われる帆船と接触! デビルが潜んでいるそうです!! 方角は――」
十野間空は弥夢海から得た情報を乗船するすべての者達に大声で知らせた。
エメラルドはケルピーに跨ると海へ飛び込んだ。シルフィリアもケルピーに同乗させてもらう。
リュンヌ号は弥夢海が指し示した方向へ船首を向けた。
途中、クレアとマミがリュンヌ号の上空を通過し、十野間空のテレパシーによって状況が伝えられる。ただし、クレアとマミには河口周辺の広域調査続行が願われた。デビルが船に隠れているというわかりやすい状況はともすれば陽動の可能性が高いからだ。
コルリスと琉瑞香は一旦敵帆船から離れて監視の体制をとっていた。時折敵帆船から放たれる矢を避けながら仲間の到着を待つ。
敵帆船から悲鳴と怒号があがる。
味方のエメラルド、シルフィリア、弥夢海の姿を敵帆船の甲板上で確認したコルリスと琉瑞香は急降下を敢行する。そして一緒に甲板に飛び降り、先程までの我慢を爆発させた。
リュンヌ号が敵帆船へ接舷されると井伊貴政が飛び移り、『日本刀「姫切」』で敵船員を一刀に処す。
血走った瞳の敵船員に違和感を持ちながらも、井伊貴政は次々と仕留めていった。襲ってくる敵に情けは無用だからだ。
十野間空はテレパシーで情報をやり取りし、仲間が円滑に動けるように努めた。
レイムスは敵船員がリュンヌ号に飛び移った瞬間に『聖剣「ミュルグレス」』を振るい、海中へと突き落とす。
リノはウィンドスラッシュを敵帆船のマストへ何度も飛ばした。帆が刻まれ、やがてマストは二つに折れる。
このような状況になっても船底付近にいるはずのデビルは姿を現さなかった。
「これ以上の戦いは意味を持ちません! 投降しなさい!」
ゲドゥル秘書が敵帆船側に呼びかけるものの、敵船員はなおも怯む事はない。
船内に潜入したシルフィリアは、ぼんやりとしたランタンの灯火だけの船倉でデビルを発見した。
フライングダッチマンのダッケホー船長、そしてシフールのような妙な形の尻尾をもっったデビルだ。それは後にリリスと判明する。
「おやおや、美しいお嬢さん。また逢えましたね‥‥。やはりあなた方冒険者は侮りがたい。穏便にここにある品々をシャラーノお嬢様の元へと運ぼうとしていたのですが‥‥それも無理なようですね。これでは考え方を変えませんと」
喋りながらダッケホー船長は一歩後ろに下がる。シルフィリアが『大脇差「一文字」』を構えて駆け寄ろうとするとリリスが邪魔をした。
「な!」
突然船底が抜けて吹きだした大量の海水のせいでシルフィリアは流される。それもそのはず、ダッケホー船長が強引にゴーストシップを出現させたせいであった。
敵帆船は大きく傾いた。沈没を予感した冒険者達は急いでリュンヌ号へと戻る。
突如として現れたゴーストシップは立ちこめてきた霧の向こう側へと消えてゆく。
沈没の渦に巻き込まれないようにリュンヌ号は急いでその海上を離れた。ちなみにシルフィリアは弥夢海の補助によって無事リュンヌ号へ生還する。
ほとんどの敵船員が船と共に海の藻屑と消えた。
わずかに生き残った敵船員二人から話しを聞こうとしても無駄骨に終わる。獣のような敵意をぶつけられても為す術はなかった。
一段落した後でクレアとマミが合流する。
クレアの知識によって変な尻尾のシフールの正体はリリスと判断される。きっと魅了されたのだとクレアは敵船員を悲しそうに見つめながら呟くのだった。
●再び
ダッケホー船長が目撃された後でも臨検は続いたが、シャラーノ側とおぼしき船は見つからずに数日が過ぎ去った。
しかしそれだけでは終わらない。
「三隻の帆船と、ダッケホー船長のものと思われるゴーストシップがセーヌ河口を目指しています!」
甲板に降りたペガサスに乗るマミが仲間に報告する。時は七日目の宵の口であった。
「そういう事か」
「なるほど」
十野間空とエメラルドは顔を見合わせる。ダッケホー船長が闇に紛れて多数の帆船で強行突破するつもりだと気がついたからだ。
「全部で四隻ですかー。これは骨が折れそーですね」
甲板に現れた井伊貴政は貸してもらっていたエプロンを取り外しながら遠くを眺める。曇で覆われているのか星すらない暗闇が続いていた。
「灯りは私が何とかします」
琉瑞香がホーリーライトの魔法で光球を作りだす。
「後でトレランツ運送社が補填しますので、ソルフの実などの魔力回復の品をどうか琉さん、リノさん、クレアさんに渡して下さい。琉さんにはたくさんの光球を、リノさんとクレアさんには遠距離からの魔法攻撃をしてもらいましょう」
ゲドゥル秘書がいうまでもなく仲間達はそうするつもりでいた。
琉瑞香は時間と魔力の許す限り、たくさんの光球を作り始める。
マミ、クレア、コルリスはペガサスやグリフォンで飛び、光球を三十メートルの間隔で空中に並べてゆく。光球が持つ空間に留まる特性のおかげである。
「リノさんは思う存分に。私が守ります」
「お願いしますね、レイムスさん」
リノは魔法詠唱中にバランスを崩さないよう身体をロープでマストに固定する。レイムスはリノの側に立ち、盾を持つ左腕をあげた。
やがて迫り来る敵帆船一隻の位置が判明する。コルリスが火の点いたランタンを高度か甲板に落としてくれたからだ。
わずかな光を目印にしてリノがウィンドスラッシュを放った。
ダッケホー側にはウィザードはいないようで魔法による反撃はない。その代わり大量のブルーマンがリュンヌ号を襲おうとする。
「今ですわ! 我は導く魔神の息吹!」
クレアのファイヤーボムが夜空を焦がす。ホーリーライトの輝きがブルーマンの軌道を迷わせてくれた絶好の機会であった。
(「デビルに与する者でなければ停船を!」)
十野間空がファイヤーボムの輝きで闇から浮かび上がった船員へテレパシーで話しかけるものの反応はなかった。
「ダッケホー船長!」
マミはペガサスを駆り、ダッケホー船長のいるゴーストシップへと乗り込む。
「こんな夜更けに女性の来訪などと‥‥照れてしまうではありませんか」
マミの攻撃を弄ぶようにダッケホー船長は甲板上を逃げ回る。
「あなたの相手はわたしがしてあげるわ。追いついてごらんなさ〜い〜」
「リリス‥‥」
マミに加勢しようとしたコルリスの前をリリスが遮るように通過した。
その頃、ケルピーで海中から敵帆船Aに近づいたエメラルドとシルフィリアは甲板へとよじ登る。
「もう一度だけ訊ねる。お前達はシャラーノとダッケホー船長に協力するのだな」
エメラルドは敵船員の不意打ちを交わしながら叫んだ。しかし返事はまったくなかった。
「そうか‥‥。魅了されていたとしても情けはかけられぬ。シルフィリア、後ろは頼んだ!」
「あたいに任せておいで。そっちこそ頼んだからねぇ」
エメラルドとシルフィリアは背中合わせに武器を構える。そして敵帆船Aの船員達との戦いが始まった。
(「これが一番手っ取り早い方法ですね‥‥」)
弥夢海はブルーマンなどが海中から進攻していないのを確認すると、敵帆船Bの船底にしがみつく。そして何度も微塵隠れを使い、衝撃を与え続けた。
「何を運んでいるのかわかりませんが、通すわけにはいきませんのでー」
単身、敵帆船Cに斬り込んだ井伊貴政は存分に刀を振るう。刀が振るわれる度に赤い筋が甲板へ描かれてゆく。敵船員だけでなく、ダッケホー船長がつかわせたアンデッドも少数ながら乗っていた。
「なんとかなるでしょー。‥‥しなければなりませんね」
井伊貴政は頬についた血飛沫を拭うことなく刃を敵の身体で滑らせる。
「影爆!」
十野間空はリュンヌ号に乗り込んできた敵船員にシャドゥボムを叩き込んだ。フロストウルフ・希望が噛みついて倒れた所を狙ったのである。
「仲間を傷つける者は許しません!」
レイムスが止めを刺して静けさが戻る。前線の仲間達のおかげで、リュンヌ号には稀に敵が乗り込む程度で済んでいた。
レイムスは疲れた様子のリノを見守りながら護衛を続ける。十野間空は知り得た情報を仲間達にテレパシーで伝えていった。
弥夢海が船底に穴を開けたのか、敵帆船Bが沈没し始める。やがて敵帆船Aと敵帆船Cでも冒険者の勝ちで大勢が決まった。
負けを認識したダッケホー船長はゴーストシップを捨ててリリスと一緒に姿を消す。
敵帆船Aだけを残し、敵帆船Cも沈められた。生き残った敵船員は縛り上げられた上で敵帆船Aの船倉に幽閉されるのだった。
●そして
八日目の昼頃、リュンヌ号は敵帆船Aを引き連れてルーアンの船着き場へと入港する。
敵船員は官憲へと引き渡された。
敵帆船Aの船倉に積まれていたのは金属製の武器防具類である。
カルメン社長が冒険者達に追加の報酬と補填をするとリュンヌ号はすぐに出港した。
九日目の夕方、リュンヌ号は冒険者一行を無事パリへと送り届けるのであった。