●リプレイ本文
●海へ
一日目の朝、帆船二隻は冒険者達が乗り込むとすぐに出航する。
帆船には名前があった。太陽を意味するソレイユ号、月を意味するリュンヌ号である。
セーヌ河口から少し出た沖合がヴェルナー領ルーアン艦隊の集合地点だ。予定に間に合わせる為に二隻は急ぎセーヌ川を下った。
帆船ソレイユ号に乗船する冒険者は便宜上『ソレイユ班』と呼ばれる。
ソレイユ班は、エメラルド・シルフィユ(eb7983)、井伊貴政(ea8384)、ゼルス・ウィンディ(ea1661)、十野間修(eb4840)、チサト・ミョウオウイン(eb3601)。
帆船リュンヌ号に乗船する冒険者は『リュンヌ班』となった。
リュンヌ班は、レイムス・ドレイク(eb2277)、クァイ・エーフォメンス(eb7692)、カスミ・シュネーヴァルト(ec0317)、エル・サーディミスト(ea1743)、十野間空(eb2456)。
空からの攻撃を行う班は太陽と月に続いて星ということで『エトワール班』となる。
クレア・エルスハイマー(ea2884)、イフェリア・アイランズ(ea2890)、コルリス・フェネストラ(eb9459)がエトワール班だが、戦いの時まではソレイユ号に乗船した。
サポートとして参加するマーメイドの娘フランシスカ、青年アクセル、セイレーン姉妹のエレンとエレナはリュンヌ号に乗る予定だ。
二隻は二日目の昼前にルーアンへ入港し、サポートの四人と物資を乗せるとすぐに出航する。
ルーアンの船着き場はいつもより船の数が少なかった。かなりの帆船がラルフ領主に貸しだされたからであろう。それでも最低限の武装された帆船はある。
セーヌ川を境にして存在する隣領フレデリック領の存在が不気味であった。
トレランツの帆船二隻には人員、薬類の他に、資材もルーアンで補給された。
「これでよし」
コルリスは木板を二隻の両舷に打ちつける作業をやっていた。手の空いた船乗り達にも手伝ってもらう。仕上げに泥を塗っておくのは、少しでも火矢での着火を防ぐ為だ。
「こっちは大丈夫」
クァイも二隻の補修補強を手伝ってくれた。コルリスが木工ならクァイは鍛冶の技である。
大まかには終わるが、まだ細かい部分は残っている。時間が許す限り、両帆船の改造は行われるのだった。
「海に降りられるように社長から許可をとったよ。溺れた人の救出、お願い出来るかな?」
エルはリュンヌ号の船室でエレンと話し合う。今回はエレナも同室である。
「それと、こんなことお願いするのは筋違いかもしれないけど‥‥海賊を魅了してもらえたら、すごく助かるの」
エルはエレンの瞳をじっと見つめてお願いする。
「‥‥わかった。出来る限りの事はしよう」
「ありがと♪」
エルはエレンに抱きつく。
「エルは変わっているな。人間なのに‥‥」
エレンが言葉をもらす。今まで何の反応もしなかったエレナが振り返り、エレンではなくエルを見つめた。
エルはエレナにも声をかけるが、返事はもらえなかった。
「戦いの前にはさすがに時間はとれないか‥‥」
甲板で川面を眺めながら、エメラルドは呟く。ハーフエルフの少女、リノに一言いっておきたいことがあったのだ。
帰りに会えるのなら、時間を作ろうと考える。しかし戦いに油断は禁物である。
エメラルドはまだ見えない海を思いだし、気を引き締めるのだった。
井伊貴政は四方が囲まれた陽が当たる甲板に寝転がっていた。風が吹き込まなければ、冬場でも結構暖かいものである。もちろん厚着はしていたのだが。
「たまには『赤鬼』になるのもいーかな〜」
愛刀の鞘を掴んで太陽にかざす。
戦いの覚悟を決めた井伊貴政の瞳の奥に光が宿る。いつもの料理好きなやさしいイメージの井伊貴政とは違う一面であった。
「活躍してもらうよ。バルドス。それに海難者がいたら救助を頼む」
ゼルスは帆船に合わせて水中を移動するペットの水神亀甲竜に声をかける。
そして船縁に寄りかかりながら、海運業者マリシリの事を考えた。ルーアンを出航する際、マリシリの帆船二隻はまだ船着き場にあった。準備もされていなかったように見受けられた。
(「要注意だ‥‥」)
何人かの仲間も気にしていた。ゼルスはもう一度マリシリ対策の相談をしようと決めた。
「イフェリアさん、中継場所のこと、任せて下さいね」
「頼んだで、クレアはん。コルリスはんとも、もう一度よく話しておかなぁ〜ならんなあ〜」
クレアとイフェリアは船底で戦いの話題で盛り上がる。すぐ近くでクレアのペガサスは寝ていた。
カルメン社長に用意してもらった油もたくさんある。大体の準備は終わっていた。
「おっしゃ〜、気合い入れてくで」
「私も全力を以て勝利に貢献してみせますわ」
イフェリアとクレアは健闘を讃え合うのだった。
「この戦いで敗北した場合、海賊連合の勢いは盛んになり、何処かの街が落とされるだろう」
レイムスはリュンヌ号の船室で十野間空と作戦を含む話し合いをしていた。
「その心配はあります。焦臭い噂がありますので、少しでも不安要素は取り除いておかないといけませんね。集合場所に着いたのなら、ラルフ領主にこちらの体制や戦術などを報せるつもりです」
十野間空は発泡酒を頂く。遠洋にでる訳ではないが船といえば酒である。水ではすぐに腐ってしまうからだ。
「それがいい。連中の目論見を、此処で叩いてやる」
レイムスはワインを呑んだ。この程度で酔うレイムスではない。戦いがすぐに始まっても何も問題はなかった。
もうすぐセーヌ河口に辿り着く予定である。もうすぐの戦いを前にして、武者震いをする二人であった。
(「次は――」)
十野間修はソレイユ号内を駆け回っていた。
すべての船乗り達に話しかけて情報の共有と意志の疎通をはかる為である。
十野間修は主に海中での戦いに身を投じるつもりでいた。シャラーノやオリソートフが関係するのなら、水中からの敵にも備えておくべきだと考えたのだ。
フランシスカだけに負担はかけられなかった。場合によってはセイレーン姉妹も手伝ってくれるようだ。
船内に暖房の用意も怠らない。自分が暖まるだけでなく、海に仲間が落ちる事も大いにあり得る。
長期戦を想定して十野間修は準備をするのだった。
「フランシスカさん、アクセルさん、お願いしますね」
一時的にリュンヌ号にやってきたチサトはサポートで来てくれた二人にお願いをする。小舟などで海中に落ちた仲間などの救出を頼んだのだ。
フランシスカにはさらに水中戦の支援を頼んだ。十野間修が戦うつもりのようだが、敵が手練れの忍者の可能性もある。少しでも水中に慣れた戦力が必要であったからだ。
「海に落ちちゃった人がいたら、お姉ちゃん達と一緒に助けて下さいね」
ペットの亀、風歌にも救出を頼んでおくチサトである。
ふとチサトは窓の外に目をやる。
ほんのりと赤く空が染まりかけていた。
「海賊連合との海戦ですか‥‥ラルフ様はあの船でしょうか」
夕方、カスミは甲板に出て周囲を見渡す。
乗船するリュンヌ号はセーヌ河口に出たばかりだが遠くにルーアン艦隊が望める。
真っ赤に染まる世界に船影があった。既に九隻は集まっているようだ。
明日の朝までに全艦が集合し、それから索敵をしながら海原を航行する予定である。
ソレイユ号とリュンヌ号はルーアン艦隊に合流した。
冒険者から代表者を二名選び、ラルフ領主が乗る司令船で報告する。
空を飛べる冒険者は周囲の索敵を行った。フランシスカは水中を探ってくれる。
戦いはすでに始まっていた。
●問題
本来ならば三日目の朝に全艦集合の予定であった。しかし海運業者マリシリから借りた帆船二隻の到着が遅れ、実質的に半日の遅れが生じる。
河口近くを離れると、セーヌ川を海賊連合に上られる可能性が高くなる。かといってこのままでは埒があかない。
無人島が拠点ならば、まずは海賊連合が待機しているかを調べるべきである。そこで無人島斥候の役目はソレイユ号のアガリ船長、リュンヌ号のモリオント船長に任された。つまりは冒険者達に任されたのである。
ルーアン艦隊はセーヌ河口へすぐに戻れる範囲での索敵となった。
ソレイユ号とリュンヌ号は無人島を目指す。
空からはグリフォンのティシュトリヤに乗ったコルリス、ペガサスのフォルセティを駆るクレアが監視する。
海中の監視はマーメイドのフランシスカに任されていた。
ペット達も周囲を警戒してくれる。レイムスのイーグルドラゴンパピー、ゼルスの水神亀甲竜バルドス、エメラルドのケルピー、ナイアス達だ。
エメラルドは索敵とは別にナイアスを救護に使おうとしていたが、アガリ船長にいわれて取りやめる。エメラルドが側にいるなら問題はないのだが、単独だとどのような行動を起こすのか想像しがたいからだ。
エメラルドのいう事を聞いて溺れる者を救助するかも知れない。だが本能が働いてしまって逆の行動をとる可能性も高かった。
四日目の夕方、イフェリアが海賊連合の船影を発見する。
海原のど真ん中に海賊連合の船がたくさん漂っていた。何もする様子はなく、それが不気味だったとイフェリアは仲間に報告する。
無人島には一隻も残っていなかったというコルリスの報告もある。
いくらなんでも無人島をがら空きにするのはおかしいと冒険者達は首を捻った。
とにかく連絡すべきだとクレアがペガサスでルーアン艦隊の本隊に向かう。ソレイユ号とリュンヌ号は遠くから海賊連合の監視を行った。
●被害
不慮の出来事が起こったのは、ちょうど十五日。満月の深夜である。
海賊連合に発見された訳ではない。『津波』である。
ソレイユ号とリュンヌ号には大した被害はなかった。せいぜい火矢対策に塗った土が波ではがれた程度だ。
沖合では海面の上下がある程度で津波による被害は起こりにくい。
被害が起こりやすいのは海岸線の近くだ。海面と海底の距離が近いことで波が異常に高くなる。そして一気に海岸に波が押し寄せる。または陸に跳ね返された波で海が荒れる。
つまりは沖合より海岸線に浮かぶ艦船の方が危険であった。
冒険者達は気がついた。津波が起こる時期を海賊連合は知っていたのだと。それが不可解な行動に繋がっていたのだと。
「どうか無事でありますように」
コルリスがルーアン艦隊の無事を祈り、そして反射してくる津波を考えて黄金の竪琴を奏でた。この竪琴には水難に遭わないという伝説があるからだ。
土御門の占いをコルリスは思いだす。一つは成功、もう一つは災いの結果が訪れるという。
クァイは竪琴にのせて唄った。被害ないように心を込めて。
♪
眩しい光が 差し込んだ海
手のひら越しの空は高く
『明日になれば 新しい自分』
その言葉心の奥 包み込み
晴れない気持ちなら 遠くへ飛ばして
光の欠片に 託してみようか
♪
チサトは海難事故の原因をモンスターの仕業とまでは考えていた。しかし具体的な何なのかまでは確信がない。玄間の情報を含めても結論は出なかった。
それゆえに曖昧な進言しかラルフに出来なかった事をチサトは悔やんだ。
もう一度、海面の大きな上下はあったものの、ソレイユ号とリュンヌ号に被害は起こらなかった。
ルーアン艦隊本隊の状況は、翌日五日目の朝に戻ってきたクレアによって報告される。
沈没が二隻、重大な損傷をしたのが四隻、軽い損傷が七隻。
軽い損傷を除けば六隻が戦力外になり、ルーアン艦隊は十三隻となる。しかもその十三隻に裏切る可能性があるマリシリの船二隻も含まれる。
「海賊連合が動いたでぇ〜!」
索敵から戻ってきたイフェリアがソレイユ号、リュンヌ号を回って報告する。誰もが表情を強ばらせた。
このタイミングは最悪である。逆をいえば海賊連合側は最良の機会を得た事になる。
満月の深夜になると津波が起こる。原因はわからないが、海で生活する海賊にとってはすでに経験則となっているようだ。
指揮する上層部の海への慣れが、はっきりと明暗を分ける。この時点でのルーアン艦隊の不利は誰の目にもあきらかであった。
●戦い
空中からの偵察によって海賊連合の監視は続けられた。
海賊連合が向かう先を探ると、ルアーブルとドレスタットの間の海岸線にぶつかる。どうやらその辺りの町のどれかが襲撃予定地のようだ。
五日目の昼過ぎにはソレイユ号とリュンヌ号は本隊と合流する。重大な損傷をした四隻はセーヌ河口付近で待機であり、情報通り艦数は少なくなっていた。
海賊連合が反転し、ルーアン艦隊と対峙する構図となる。
幸いにしてルーアン艦隊は風上の位置にあった。
しばしの睨み合いが続いた後、海賊連合が動いた。ルーアン艦隊も動く。
海戦の始まりである。
ソレイユ号、リュンヌ号も陣形の一部となり、海賊連合に突進する。
互いの矢が飛び交い始めると、カスミが防壁から姿を現して風の魔法を唱えた。
「矢は効きません! 効かせません!」
カスミは進行方向の海賊連合向けてストームを放つ。強風が起こり、勢いがあった大量の矢が次々と海中へと落ちてゆく。
タイミングが計られてルーアン艦隊からの矢が放たれた。火矢はもっと近づいてからでないと有効ではなかった。
エトワール班の三人が補助魔法を使ってから大空に舞う。たくさんの油を持って海賊連合上空に向かった。
「これは!」
ペガサスで空を駆るクレアはイフェリアを掴んで胸に抱いて急に進路を変える。イフェリアは驚くが理由に気がつく。
敵海賊連合の何者かが放った特大のファイヤーボムであった。自分がやろうとしていた事を逆にやられ、クレアの心に火が点く。
「敵を引きつけますわ。その間に頼みましたわ」
クレアは小瓶の油をイフェリアに手渡すと詠唱を開始する。距離が稼げるライトニングサンダーボルトを敵陣形外側の海賊船に落とした。
空気を切り裂く轟音の中、イフェリアは波飛沫を浴びながら海面すれすれを飛んで敵海賊船へ接近する。
「では、まずは第一団投下」
コルリスはグリフォンに乗り、はるか上空から小樽を敵海賊船に向けて投下する。甲板に落ちた小樽は壊れ、中に入っていた油をぶちまける。
(「泣きっ面になること請け合いや」)
せせら笑う海賊共を後目に敵海賊船へ取り憑いたイフェリアは、持ってきた小瓶の油に火を点けた。それを油がばらまかれた甲板へと勢いよく転がす。火は燃え移り、瞬く間に炎が広がった。
味方の矢が飛んでこないうちにイフェリアは退散する。
しかしクレア、コルリスと組んでの油を使った炎作戦はまだまだ続いた。
「お願いしますね」
「任せておいて」
小舟に乗る十野間修は海面から顔を出すフランシスカと話していた。
「アクセル、救助お願いね」
話しが終わり、フランシスカは十野間修と同じく小舟に乗っているアクセルに声をかけてから潜った。
小舟から離れた位置で浮かんでいたセイレーン姉妹もフランシスカに続いて海中に潜る。
十野間修にはジレンマがある。
海中から敵海賊船を攻撃すれば一気に沈める事が出来る。しかし逆の事をやられたら味方の被害は甚大だ。
それを防ぐ為には水中攻撃を警戒するしかない。海賊連合にもウィザードはいるらしい。シャラーノの息がかかった忍者の存在も気にかかる十野間修であった。
「いたよ!」
海中に潜っていたフランシスカが、海面に顔を出して十野間修に報せる。
十野間修は急いでスクロールの魔法を使うと海に飛び込んだ。フランシスカが連れてきてくれたイルカに掴まって海中を移動する。
(「忍者ではなさそうですね‥‥」)
戦いが始まり、十野間修は敵の正体を判断した。西洋人の容姿で忍術を使う訳ではなかった。どうやら防寒を施しただけの素潜り海賊のようだ。
残念ながら影を縫うシャドウバインディングはうまく働かなかった。
それでもフランシスカやセイレーン姉妹が協力してくれたおかげで、網による海賊捕縛は成功する。忍者こそは出なかったが、セーヌ川の途中で水中戦の仕方を教えてくれた黄桜にも感謝する十野間修であった。
網で海賊の動きが鈍くなった所を一斉に仕留める。全部で七人の素潜り海賊を倒しきる。
「エルに頼まれたからね。ちょっと行ってくるよ」
エレンは別行動をして敵海賊船に近づいた。
そして唄う。全員を魅了出来た訳ではないが、互いを戦わせる事はエレンにとって容易い事であった。
舵取りをなくした海賊船は他の海賊船と衝突する。エレンは一人で二隻の海賊船を沈没させた。
海賊船へ接舷した瞬間に、先制のアイスブリザードがチサトによって放たれる。
「我々には神がついている! 母は海であろうが私達と共に在る!」
エメラルドのかけ声を合図にして冒険者達は敵船に乗り込んだ。ソレイユ号とリュンヌ号で敵海賊船一隻を挟んでの集中戦である。
ソレイユ号からはエメラルド、井伊貴政が敵海賊船甲板上で戦う。
「そこ、ダメです!」
チサトはウォーターボムを海賊に当て、エメラルドと井伊貴政を援護した。
「天を揺らし、海を震わす風の精霊の力、その身にとくと味合わせて差し上げましょう!」
ゼルスは詠唱する。近くに漂うもう一隻の海賊船に向かって全力のウインドスラッシュを放った。
帆やロープはおろか、マストまでが一瞬のうちに切断される。マスト上部はそのまま甲板へ落下し、海賊船を混乱をもたらす。
すでにヴェントリラキュイを使っていたゼルスは戦況をラルフ領主に伝えた。
「降りかかる火の粉は払わないとー」
そう呟きながら井伊貴政は太刀を振るう。同じソレイユ班であるエメラルドと一緒に海賊を排除する。
言葉は丁寧で表情も柔らかな井伊貴政であったが、頬の傷とその太刀筋は敵にとって脅威であった。
重さを生かして振り下ろされた太刀は海賊共の手足を吹き飛ばす。矢を盾で避けながら敵へとにじり寄り、叩き斬る。
乱戦になって傷つきながらも、井伊貴政は襲ってきた海賊全員を斬り伏せた。
「ありがとーございますー」
エメラルドにリカバーで回復をしてもらい、井伊貴政は笑顔でお礼をいう。
だがその姿は返り血で赤く染まっていた。まさに『赤鬼』である。
「あれが親玉か!」
エメラルドは海賊船長を発見し、剣を手に駆け寄る。一撃目は避けられるが、次の攻撃は海賊船長の肩を捉えた。
海賊船長と目が合い、互いに一歩ずつ下がる。それから再び間合いを詰める。
激しい剣技の応酬が続く。互いに避け、受けて、攻撃する。
高い波が甲板にまで届き、エメラルドはびしょ濡れになるが気にせずに斬り込んだ。
エメラルドの覇気溢れるゆえにであるが、それが仇となる。濡れた甲板に足を滑らせて、わずかに体勢を崩す。海賊船長はそれを見逃さない。優勢であったエメラルドが攻められて、劣勢に立たされた。
しかしそこで終わるエメラルドではなかった。
船の揺れを利用して一気に反撃に転じる。間合いを一気に詰め、海賊船長の喉を剣を突き、横へと切り裂く。
血飛沫をまき散らしながら、海賊船長は甲板へと力無く倒れた。
ソレイユ号とリュンヌ号で挟んだ海賊船は片づけ終わる。次はゼルスによってマストが斬られた海賊船が目標となる。
真っ先に乗り込んだのはリュンヌ班であった。
レイムス、十野間空、クァイは力を合わせて海賊達を倒してゆく。
「邪魔だ!」
レイムスは勢いよく衝撃波を飛ばし、近寄る海賊共を蹴散らす。そして混乱する海賊に斬りかかり、すべてを両断した。
倒すとすぐに軸足を中心にして姿勢を変える。背中から斬りつけようとする海賊の手首を切り落とす。吹き飛んだ手首が甲板に落ちるまでの間に、海賊の命は終わりを告げる。
手首が落ちて転がった。海賊本人も血反吐をまき散らしながら甲板に倒れ込んだ。
(「まだいるのね」)
クァイは盾で矢の攻撃を避けながら考えた。
甲板に横たわるマストを盾代わりにしてクァイは移動する。
「お前‥‥」
弓を持つ海賊が何かを言い終わる前にクァイは魔剣で仕留める。そして次々と後衛の海賊共を倒す。
風魔法を使おうとしたウィザードを倒し、少しだけクァイは安心する。
近づいてしまえばウィザードを倒すのは容易いが、それは味方にもいえる事だ。クァイはソレイユ班の加勢を確認して一旦リュンヌ号へと戻った。
(「来たよ!」)
エルは海賊がリュンヌ号に乗り込んできたのを物影から発見する。すかさずローリンググラビティーを唱えて海賊を浮かび上がらせ、落下させる。
海賊は落下した衝撃だけでなく、電撃も受けて動かなくなる。プラズマフォックスのライトニングトラップが仕掛けられていたのである。
「よくやったよ♪」
エルはプラズマフォックスの首を抱きしめて褒めてあげた。
「あ‥‥!」
物音がしてエルが振り返ると、倒したのとは別の海賊が倒れていた。どうやらエルを後ろから狙っていたらしい。月のフェアリーがスリープで助けてくれたのだ。
「ありがとね〜。シア」
エルはフェアリーも褒めるが、今度は気を抜かずに周囲への注意を怠らなかった。
(「そうです。お伝え下さい」)
十野間空はゼルス経由でマリシリが裏切りそうな状況をラルフ領主に伝えてもらう。
ムーンアローを海賊上層部に向けて放ち、判定をしたのである。マリシリの船乗り達が途中で裏切る可能性は高かった。
マストが甲板に転がる海賊船との戦いも冒険者達の勝利で終わる。
いつの間にか海賊連合とルーアン艦隊は離れていた。
いつ再開するかはわからないが、今は治療や仲間の救助の時間であった。
「周囲に海難者はいません。それに水中に敵はいないようです」
カスミは仲間と船乗り達に状況を伝える。
呼吸による生存者の判断は、範囲の限界を除けば見落としはなかった。
「エレン、エレナ、早くあがってきて♪」
エルは戻ってきたセイレーン姉妹に笑顔で声をかける。だがセイレーン姉妹は海面からエルを見上げたままだ。
「どうしたの?」
エルは嫌な予感がした。
「エル、やっぱり人間とは仲良くなれない。好きになろうと一時は考えたが無理だった‥‥。でもエルの事は好きだ。エルがいなければ、どうなっていたのかわからない。口に何も噛まさないで、話してくれた。信じてくれた。エレナと話してあの無人島に帰ることにしたんだ。人間の中にもいいやつがいるのがわかってよかったよ。それじゃあ‥‥」
エレンは伝え終わると、エレナに続いて波間に消える。
「待って! エメラルドとも話していたの! 二人が静かに暮らせる場所を探すよって! もう一度考えなおして!」
エルは何度も叫んだ。
目の前の海面に浮かび上がる者がいて、エレンが戻ってきたとエルは勘違いする。だがすぐに気がつく。フランシスカであった。
「フランシスカ、お願い! 二人を連れ戻して!」
エルの涙を見たフランシスカはやりきれない表情をするが、首を横に振る。
「わたしも二人と話したの‥‥。仲間の行動は約束出来ないけど、エレンとエレナはしばらく大人しくして人間やマーメイドの事を見守るっていってた。それ以上の事は強制できないよ‥‥」
フランシスカは呟くようにエルに答える。
エルは走って船室に飛び込んだ。そして泣き続けるのだった。
●戦いの結末
五日目の日中から始まった海戦は断続的に続き、翌日の六日目まで持ち越した。
戦力的に不利であったのにも関わらず、ルーアン艦隊は互角を維持し続ける。
マリシリの二隻は消極的な動きながら裏切る事はなかった。どうやら監視されている事に気づいた節がある。
ドレスタットの海戦騎士団の到着と共に勝負は決し、海賊連合が瓦解する。わずかに海賊船を逃したものの、ノルマン王国側の勝利となった。
捕まえられた海賊連合の海賊船長の一人から情報が得られる。
海賊連合の目的とは、まずは沿岸の町を一つ占領し、そこから新たな国を始めるというものであった。資金や人材については最後まで口を割らずに、海賊船長は自決する。
海賊連合はラルフ領主暗殺も視野に入れていた。だが、暗殺を目的とした海賊船があまりに簡単に沈められてしまい、断念したようだ。その海賊船とはエレンが沈めたものなのだが、真実は誰も知る事はなく謎のままで終わった。
「救助をしに?」
報告を聞いたラルフ領主は不可解な表情を浮かべる。
ドレスタットの海戦騎士団にわずかに遅れて、海難者を救助しに来た船団があった。
シャラーノとメテオスが率いる船団である。
二人はラルフ領主との面会を求めた。ルーアンにおいて二人は指名手配者だが、善意の押し売りとはいえ救助支援を受けている以上、捕らえる訳にもいかなかった。
息のある海賊を含めてルーアン艦隊に海難者の全員が引き渡される。少なくとも今は見返りを求めず、シャラーノとメテオスの船団は立ち去った。
七日目はゆっくりと航行し、怪我をした者達の治療に力が注がれる。
八日目の昼頃には河口へたどり着き、応急の修理が終わった四隻と共にルーアン艦隊はセーヌ川を上る。夕方にはルーアンへ入港した。
オリソートフの存在があるので宿ではなく、冒険者達全員がトレランツ本社に泊まる事になった。
エメラルドは空いた時間を探し、リノとの会話の場を設けた。
「君が秘密を口外しないのはわかる。いきなり信用してくれというのも虫のいい話だろう。だが、共に戦うのであればせめてお互いに話はして欲しい」
なるべく押しつけないようにしたつもりだが、どう受け取るのかは相手次第だ。あまり追い込まないよう言葉少なに話すエメラルドであった。
「そりゃ、仕方がないね。人の船には手を出さないなら、それでよしだよ。もしも逃がしてしまったと思っているのなら、あたしは気にしていない。エルさんはよくやってくれたよ」
セイレーン姉妹の事を報告したエルをカルメン社長は言葉で慰めた。
冒険者全員にゲドゥル秘書からお礼の品と追加の報奨金が手渡される。
エルがもらった品の中には船乗りの針があった。エレンを捕まえた時、持っていた品だという。エルの手にあるべきだとカルメン社長がゲドゥル秘書に持ってこさせたのだ。
翌日の九日朝、冒険者達はパリへの帰路につく。
十日目の昼にはパリの船着き場を踏みしめる冒険者達であった。