●リプレイ本文
●本社
二日目の昼。冒険者達がルーアンのトレランツ本社社長室を訪れる。
「遙々来てもらって恐縮だが、さっそく取りかかってもらえるかい? リノ・トゥーノスの捜索を」
カルメン社長は少々疲れた様子で話す。
「これがそうです」
ゲドゥル秘書は十野間修(eb4840)に手紙で頼まれていた物を用意していた。リノに貸していた上着を二着である。
姿を消したのは提供していた本社の個室。数日前の朝、世話する者が部屋を訪ねた時にリノの不在が確認された。
「犬で臭いを追うつもりなんだろうが、どうだろうね。雨が何度か降っているんだよ。ゲドゥルにいわせると、リノが追跡をまくために降らせた可能性が高いってさ。うちの社員達の犬もお手上げだった。水の魔法にそういうのがあるって聞いたよ」
カルメン社長の言葉に、水の魔法を知るゼルス・ウィンディ(ea1661)とカスミ・シュネーヴァルト(ec0317)は気がつく。レインコントロールをリノは使ったのだと。
十野間修の他にも、ゼルス、エメラルド・シルフィユ(eb7983)、クレア・エルスハイマー(ea2884)、護堂熊夫(eb1964)が犬を連れてきていた。
当てが外れたが、それでもリノに近づいたのなら早くに発見出来るかも知れない。犬達への期待は残っていた。
その他にも、これまでに得た細かい情報がゲドゥル秘書によって冒険者達に伝えられる。
「エルさん、大丈夫ですか?」
「うん‥‥。まあ、なんとか‥‥」
コルリス・フェネストラ(eb9459)は壁に寄りかかるエル・サーディミスト(ea1743)を心配する。
前回参加した者ならエルが落ち込んでいる理由を知っていた。とても仲良くしていたセイレーンのエレンと別れたせいである。
「変装の仕上げを急いでしましょう。早いに越したことはない」
レイムス・ドレイク(eb2277)はエメラルドと共に仲間の変装を手伝っていた。個室を借りて最後の仕上げにかかる。
「そうなのですか‥‥」
桐生和臣(eb2756)も個室で変装をする。十野間修からジャパン語で説明を聞きながら、みずら結いを梳き、束ねて肩に垂らした。なるべく普段の姿より個性を捨てるように心がける。
リノの着ていた服は切り分けられると袋に入れられて飼い犬のいる冒険者達に分けられる。
まずは取っ掛かりとなる情報を得るべく、冒険者達はルーアンの街に繰りだした。
●ゼルス
「雨に降られてはラディでも難しいですかね」
髪型を変えて変装したゼルスは、愛犬ラディと一緒にリノ探しをする。時々、服の切れ端をラディに嗅がせてはルーアンの街を探索してゆく。
ゼルスはブレスセンサーを使ってリノの行方を追う。海運業者マリシリの建物を見つけてしばらく観察する。
ふと、ゼルスは思いだす。リノに商談として話しを持ちかけた時の事を。
リノは状況を見極めるまで行動を控えると話していた。しかし今回の逃走騒ぎは真逆である。
あの時のリノは冷静を装っていただけなのだろうか。それとも新たな理由が出来たせいでトレランツを離れたのだろうかとゼルスの頭の中で巡る。
(「例えば、自分を狙う密偵がトレランツ内部にいると知った‥‥とか」)
考えすぎかも知れないが、もしもの場合もあり得る。ゼルスは心に留めておく。
ゼルスは主にマリシリの本社施設を中心にリノを探すのであった。
●エルとコルリス、そしてレイムス
「ふう‥‥」
エルは道ばたの枯れた枝を指先で弾く。
少しでも気を抜くと思いだすのはエレンの事ばかりである。その度にがんばろうと気合いを入れるが、簡単にはいかなかった。
エルは再び歩きだす。頭上をフェアリーのシアが飛び、足下を黒猫のノアがついてくる。
ルーアンの街は賑やかだ。かつてノルマン王国の首都であっただけはある。
「あちらにはいませんでした。一緒に歩いて探しましょう」
反対の通りを調べていたコルリスがエルに駆け寄る。
コルリスはオーラセンサーを使い、リノを探した。
エルもバイブレーションセンサーを使って探ってみるが、賑やかすぎて判別しにくい。もっともエルの場合は心の問題もあったのだが。
パリ出航前に行われた乱雪華による血の文字解読は失敗に終わっている。外国語ではなく、ゲルマン語を基にした暗号文でリノにしか解けない文章らしい。柊静夜とフィーレからの連絡もなく、パリには情報はないようである。
エルとコルリスはルーアンの街全体を歩いてリノを探るつもりであった。隠れていても範囲の広いオーラセンサーならすぐにわかるはずである。逃げてもバイブレーションセンサーがあれば追いやすい。
「こちらでしたか。私もご一緒させて下さい」
レイムスも合流し、三人は話しながらルーアンの石畳を歩いた。
レイムスはセイレーンと人間の混血はあり得るのかを疑っていた。リノがハーフエルフに似ているだけで、実は特別な種族なのではないかと。
謎は本社に戻った時にフランシスカが答えてくれて氷解する。セイレーンと人間の混血はあり得ない。マーメイドと人間の混血があり得ないように。
答えてくれた時のフランシスカは少し寂しそうであった。
●護堂
護堂は愛犬歩知と一緒にリノを探す。
フランシスカとアクセルの事も気になるが、今はリノを見つけるのが先決である。
仲間より最近の事に疎いので、しばらくトレランツ本社で状況を聞いてから探し始めた護堂だ。行きの船では仲間からもいろいろと聞いていた。
海運業者マリシリの建物を探し当てるとゼルスの姿がある。本社建物はゼルスに任せ、護堂は船着き場付近の様子を窺う。
愛犬の反応はない。護堂はマリシリの帆船や荷物、倉庫などをエックスレイビジョンで透視する。
リノらしき姿はどこにもなかったが、この辺りを中心にして探す事に決める。
三日目も張り込むがリノの姿はなかった。仲間も手こずっているようで、これといった情報は得られていない。
空では隼の旬が円を描きながら飛んでいた。
護堂は四日目も船着き場を見張るものの、リノは現れなかった。
●クレアとエメラルド
「そうか、ありがとう」
エメラルドは主人に礼をいって宿屋から出る。やはり一度は宿屋を当たるべきと考えたのだ。
今の所、リノの足取りは掴まえられない。ハーフエルフの少女ならば目立つはずだとエメラルドは心の中で呟く。
「エメラルドさん、どうでしたか?」
「いや、いないな‥‥。本気で野宿しているのだろうか」
近くの宿屋を調べていたクレアとエメラルドは再び合流する。
クレアは隼のリューベックと愛犬のフェリックスにテレパシーで話す。リノがいたら教えてくれと。
パリを出航する直前、レアにリノの居場所を占ってもらったが、大まかな範囲しかわからなかった。それでもルーアンの西側が怪しいようである。
イフェリアと李風龍からクレアに連絡はない。パリにリノの情報はなかった。
「西といえばセーヌがあるな。やはり‥‥ん?」
エメラルドは頬に冷たいものを感じた。雨が降りだしたのだ。クレアと共に近くの軒で雨宿りをする。
「この雨もリノさんが降らせたものなのでしょうか? そうならばまるで泣いているような‥‥」
クレアは雨雲を見上げて呟く。エメラルドが頷いた。
「リノなら水の上を歩ける。セーヌがあってもないに等しい‥‥。セーヌの上流か下流か、それとも向こう岸のフレデリック領にいるのだろうか‥‥」
「もし、バリジリの予定を知っているのなら‥‥、ルーアンに留まる必要はありませんわね。バリジリを狙える機会にだけ動けばよいし」
「レイムスはいっていたな。セーヌ近辺の小屋などが怪しいと‥‥」
「バリジリの予定が手に入ったかどうか、カスミさんに聞いてみるのがよさそうですわ」
エメラルドとクレアは海運業者マリシリに潜入しているカスミからの話を期待した。
今夜カスミはマリシリから戻る予定であった。
●カスミ、十野間修と桐生
「ようやくですが、わかりました」
四日目の夜、カスミは本社に集まった仲間の前に一枚の羊皮紙を広げた。
海運業者マリシリの社長であるバリジリの予定表の写しである。
明日の昼頃、バリジリはマリシリ帆船でパリに向かう予定であった。
カスミからの情報によると、五日程前にマリシリ本社は天災に見舞われた。
事務所内の書類が水浸しになり、業務に支障が生じたのだ。雨漏りのせいだと社員達は嘆きながら復旧を続けているようだ。そのせいでカスミもトレランツ本社に戻って来られなかった。
「他の水魔法からの推測ですが、リノさんなら建物の屋根の一部を壊し、雨を降らせて水浸しにするなど簡単でしょう。もっとも、そんな事をする必要があるのかはわかりませんが」
「もしかすると、バリジリの警護を手薄にする考えなのかも知れません。円満に辞めたとはいえ、短い期間で消えていった私を訪れたその時から雇いなおしたのです。余程手が足りないようです」
十野間修の質問にカスミが答える。
「十野間さんのサンワードによればルーアンにリノさんはいないはずです。他のみなさんの調べも同じ結論のようですし、まず間違いないでしょう。調べるべきはセーヌ川上流近辺にある洞窟や小屋などの身を潜められる場所‥‥。だと思いますが、どうでしょうか?」
桐生の言葉に多くの冒険者は同意する。
すでに深夜である。明日の夜明けと共に行動する事に決め、冒険者達はベットへ横になった。
●リノ
五日目、太陽が昇る前に冒険者達は行動を開始した。
ゲドゥル秘書が用意してくれたトレランツ帆船に乗り、上流に向かう。途中で小舟を降ろし、川の両岸に分かれた。
時間だけが過ぎ去る。
それでも、もうすぐ昼になろうとしたその時に、コルリスがオーラセンサーでリノの存在を感じ取る。
「この方角‥‥、あの森の茂みの辺りにいるはずです」
コルリスの言葉にエルとレイムスが広がって探す仲間を集めた。
問題はバリジリが乗る帆船だ。もうすぐ近くを通るはずである。
「修と和臣、このままではまずい。頼みがある」
エメラルドは十野間修と桐生を連れてトレランツ帆船へと戻ってゆく。
他の冒険者達はリノがいる森の茂みへと向かった。
もう少しという所で水の球が地面へと衝突し、先頭を走っていたコルリスが転倒する。地面がそぎ取られたへこみを前にして冒険者達は立ち止まった。
「それ以上近づくのは許しません!」
茂みに人影。リノであった。
「お久しぶりですね、リノさん。思ったよりお元気そうで何よりです」
ゼルスが一歩前に出て話し始める。
リノは冒険者達に注意を払いながらも、セーヌ川を横目で監視していた。どうやらバリジリを狙っているのは確かなようだ。
「リノさん、貴方を我々は仲間だと思っている。貴方にどんな秘密が有ろうとも、俺達は貴方を信じる!」
レイムスは叫んだ。力一杯に。
「私は貴女の力になりたい。その為には貴女の事をもっと知りたい。だから一人で抱え込まないで‥‥」
カスミは両手を広げて問いかけた。ウィザードとしてわざと無防備な姿を晒す。
「無謀です。まずは落ち着いて下さい!」
護堂は腹の底からの声をあげた。
「バリジリは共通の敵ですわ。一緒に動かぬ証拠を手に入れましょう」
クレアは使いたい魔法の射程ではない事に焦りを感じながらリノに問う。
「皆さん、このようにあなたと一緒にやりたいと考えています。選んで下さい。他人を信じる道か、それとも疑う道か」
ゼルスとリノは目を合わせる。
「今のリノじゃ、自分の目的すら何も果たせないよ?」
エルは身体を斜に構えて挑発するように告げた。
「これを! リノさんには大切なものなのでしょう!」
コルリスはカルメン社長から借りてきた血文字の布を掲げた。
リノが観たくないものなのかも知れないが、乗り越えなければ未来はない。そう、コルリスは信じていた。
リノの目の色が赤く変わる。ハーフエルフの狂化である。
コルリスは懸命に駆けた。
リノが魔法を使う。しかしでたらめで冒険者達に当たる気配はない。それでも威力は凄まじく、周囲の大地や木々を破壊してゆく。
「バリジリは、私が討ちます。ですから、貴方の苦しみを私に分けて下さい」
コルリスはリノを強く抱きしめた。激しく抵抗されるが、狂化が収まるまでひたすら我慢を重ねる。
その頃、セーヌ川では三人の仲間がマリシリ帆船を邪魔していた。
エメラルドはケルピーのナイアスに跨ってセーヌ川に潜り、マリシリ帆船の船底を叩く。あまりの冷たさにすぐに引き返すが効果はあった。マリシリ帆船が停船したのだ。
十野間修はトレランツ帆船の船長に頼んだ。助けを装ってマリシリ帆船の進路を妨害してもらう。
「あの‥‥です。そ‥うです。何が大変でしたか?」
桐生はわざと辿々しいゲルマン語でマリシリ帆船の船長に話しかけて時間を稼いだ。
三人の活躍によって三十分程度マリシリ帆船は停船を余儀なくされる。
点検が終わると、特に疑われる事なく、マリシリ帆船はセーヌ川を上っていった。
リノは狂化が終わると気を失う。
冒険者達はリノをトレランツ帆船へと運び、ルーアンへ連れ戻すのだった。
●そして
六日目の朝が訪れる。
リノは気が抜けてしまったようで、無気力になっていた。
「次には‥‥お話します‥‥。なので、少しだけ時間を下さい」
それでも言葉を振り絞ってリノは冒険者達に願った。
マリシリ帆船阻止に向かったエメラルド、十野間修、桐生もリノに伝えたい言葉があったが、今は止めておいた。
「これを‥‥」
コルリスはいくつかの品物をリノに握らせる。コルリスにとっての誓いの品である。
ゲドゥル秘書からいくらかの追加報酬が冒険者達に手渡された。
護堂は帆船へ乗る前にフランシスカ、アクセルと話す機会を得る。
「もうすぐ、また‥‥、人の世界から立ち去らなくならないといけないの‥‥」
フランシスカはうつむいて護堂に話す。アクセルは何かを話そうと口を開いたが、すぐに閉じて横を向いてしまった。
「あの時のお別れは覚えています。そうなのですね‥‥」
護堂も言葉が見つからない。
カスミが遠くから話す三人を見つめていた。なんとなく入り込めない気配を感じていたからだ。
フランシスカがカルメン社長に呼ばれ、護堂はアクセルと二人になる。フランシスカが居なくなった後、アクセルは荒れていたそうだ。再会できたときは夢ではないかと何度も疑うほどに。
どうなるにしろ、もう少しは必ず留まるという言葉をフランシスカから聞いてから、護堂は帰りの帆船に乗り込んだ。
昼頃、帆船は冒険者達を乗せて出航する。
リノがどのようなことを話してくれるのか、冒険者達は考えながら帰りの航路を過ごすのだった。