怪しき者からの輸送 〜トレランツ運送社〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:11 G 32 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月01日〜04月13日

リプレイ公開日:2008年04月09日

●オープニング

 パリから北西、セーヌ川を下ってゆくと『ルーアン』がある。セーヌ川が繋ぐパリと港町ルアーブルの間に位置する大きな町だ。
 セーヌ川を使っての輸送により、商業が発展し、同時に工業の発達も目覚ましい。
 ルーアンに拠点を置く『トレランツ運送社』もそれらを担う中堅どころの海運会社である。新鮮な食料や加工品、貴重な品などを運ぶのが生業だ。


 ルーアンでは海運業者『マリシリ』のバリジリ社長の尋問が行われる。
 闇の組織『オリソートフ』との関係や、シャラーノのグラシュー海運、武器商人メテオスとの繋がりも調べられる。
 そしてヴェルナー領内に流通したデビルスレイヤーと偽られた武器の回収も始まった。
 偽られた武器はデビルスレイヤーの力どころか魔力すらなく、デビルにはなんの効力も発しない。効果があると信じて持たれていては実際の危機に際して非常に危険である。
 トレランツ運送社のカルメン社長からの願いで、血文字の布がルーアンのマリシリの倉庫に隠されていたのかも問いつめられる。
 魔法による心の中の探りも含めて、バリジリ社長は何も知らなかった。偶然か、もしくは何者かが行った策なのかはわからないままだ。


 しばらくの後、トレランツ運送社に一つの仕事が舞い込んだ。
 羊皮紙の束によって海運業者『マリシリ』のバリジリ社長と同時に疑われた酒問屋『ローオー』の女性社長ラリオネからの依頼である。
 今まで酒の輸送を頼んでいた『マリシリ』が潰れてしまった為、新たにトレランツ運送社に仕事が回ってきたのだ。
 遠隔地から運ばれてきた酒がドレスタットまでは届いている。その酒をルーアンまで運んで欲しいとの内容だ。
「前にもグラシュー海運であったように、お酒の輸送に紛れて武器を運んでいたと考えていたのですが‥‥、うちに輸送を頼んできたことからすると違うのでしょうか?」
 社長室でゲドゥル秘書はカルメン社長と話し合う。
「バリジリが酒の輸送にかこつけて武器だけでなく禁制品を領内に運んでいたというのが、尋問で得られた事実だ。今のところ、尋問においてラリオネ社長はオリソートフとは関係ないってことになっている」
「とっても怪しいと思うのですが‥‥」
「あたしもそう思う。そこで、こんな事実があるよ。シフール便でドレスタットの支社に問い合わせをしたところ‥‥、ローオーが運んで欲しい酒と同じものを、同じ仕入先から手に入れて倉庫に仕舞っている奴がいるのさ。誰だと思う?」
「誰なのです? まさか!」
「そのまさか。シャラーノだよ」
 ゲドゥル秘書は熱さを感じて額を手の甲で拭う。額には汗が浮いていたようでびっしょりと濡れていた。
「酒が怪しいのか、それとも他に理由があるのか‥‥。そういや、リノが懸命に調べていた羊皮紙の束の写し。なんか新事実でも出てきたのかい?」
「調べているようですが、これといった事実は見つかっていない様子です。ただ、バリジリ社長とラリオネ社長はどうやらオリソートフ内で別のランク付けがされていたといってました。どちらの方が上なのかとか、そういう事はわからないようですけど」
「そうなのかい。ラリオネ社長は‥‥果たしてどうなんだろうね。敵なのかねぇ‥‥。それはそれとして、ドレスタットの倉庫にある酒をルーアンの『ローオー』に運ぶ輸送だけど、冒険者を同行させておくれ。何かありそうな気がするからね」
 嫌な予感がしたカルメン社長はゲドゥル秘書にギルドへの依頼を頼むのであった。

●今回の参加者

 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2884 クレア・エルスハイマー(23歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea8384 井伊 貴政(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2277 レイムス・ドレイク(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb2756 桐生 和臣(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4840 十野間 修(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9459 コルリス・フェネストラ(30歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec0317 カスミ・シュネーヴァルト(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

イフェリア・アイランズ(ea2890)/ 木下 茜(eb5817

●リプレイ本文

●海原
「海の夕日は格別だな‥‥」
 エメラルド・シルフィユ(eb7983)は甲板の上で呟く。
 二日目の夕方、冒険者達を乗せた輸送帆船はセーヌ河口に辿り着き、さらにドレスタットを目指す。
 パリを出発前にいろいろと調査をするつもりであったエメラルドだが、今回は出航の時間がきっちりと決まっていた。ほとんど調べられずに帆船に乗る。他の冒険者達も同様であった。
 もう一つ考えていたのが、来られなかった仲間の事だ。元気を取り戻したと聞いていたが、居なくなったセイレーンのエレンの事をまだ気にしているのかも知れない。
「お食事出来ましたよ。エメラルドさん」
 井伊貴政(ea8384)が身体からスープの香りを漂わせながら甲板に現れた。赤で統一された姿が印象的だ。
「レイムスさんも、交代して来て下さいね〜」
「わかった。あと少しで食堂に行こう」
 井伊貴政がマスト上の見張り台を見上げ、レイムス・ドレイク(eb2277)に声をかける。レイムスは特に海賊の襲来を警戒していて、かなりの時間を見張り台で過ごしていた。
「平気そうですね。引き続いて頼みます」
 ゼルス・ウィンディ(ea1661)は船縁から身を乗りだし、波間に姿を現した水神亀甲竜・バルドスに声をかけた。海中は平和なようだ。会話が出来なくても、なんとなくだが意志の疎通は出来る。
 しばらくして甲板にいた冒険者が食堂を訪れる。既に仲間の何人かがテーブルに座っていた。
「参りました‥‥」
 コルリス・フェネストラ(eb9459)は空を飛べるペットを連れて来るつもりであった。所が何らかの手違いで帆船に乗っていないのがわかる。手にしたスプーンで器の中のスープをゆっくりとかき混ぜる。
(「切り替えましょう」)
 幸いに遠方に届く強力な弓は持ってきた。これとオーラショットを併用すれば役に立てるはずとコルリスは考え直す。
「ドレスタットに着いたのなら、お酒の積み込みを特に警戒しますね」
「私は明日の昼に出発し、フォルセティでドレスタットに先乗りするつもりですわ」
 お互いにペガサスを持つカスミ・シュネーヴァルト(ec0317)とクレア・エルスハイマー(ea2884)は、様々な話題の花を咲かせていた。
「ドレスタットでの変装についてはエメラルドさんが手伝ってくれます」
「それはよかったです。‥‥とにかくグラシュー海運はこちらの酒を処分するつもりのはず。代わりに自社が持つ同じ酒をローオーに提供することでヴェルナー領との繋がりを再び得ようとしているのではないかと」
 十野間修(eb4840)と桐生和臣(eb2756)の二人はドレスタットでグラシュー海運の動きを探るつもりでいた。
「その事なんですけど――」
 隣りに座っていたコルリスが耳にした桐生和臣に考えに質問をする。この前、特例でシャラーノがルーアンに訪れたものの、本来はヴェルナー領でお尋ね者である。
 民間の酒問屋の欲しい品物が足りないからといって、指名手配が解除される程、簡単ではないはずだ。事実ラルフ領主はローオーのラリオネ社長には疑いを持っている。
「桐生さんの考えは正しいと思います。ただ、そこの部分が引っかかるんです。とっても‥‥」
 コルリスの疑問の答えは帰りの航路で桐生和臣が気づく事となる。
 トレランツの輸送帆船はドレスタットに船首を向け、海原を駆けるのであった。

●ドレスタット
 四日目の夕方にトレランツの輸送帆船はドレスタットに入港した。
 五日目から六日目が荷物の積み卸しに費やされる。
 たくさんの品々が降ろされ、そして積まれてゆく。その中にローオーの酒樽もたくさんあった。
 酒が積まれている最中、ゼルスとカスミはブレスセンサーで侵入者を警戒する。
(「酒樽周辺には見張りの井伊さんとレイムスさんだけです」)
 カスミは怠りなく、注意を払う。
 大体が積み終わり、ゼルスは酒樽の重さを量った。
「中身の酒に関して疑いを持つのは普通ですが、向こうもこちらが何の調べも確認もしないとは思っていないはず。なら、調べられた後の物に手を加えるか、すり替えるか、でなければ、調べる対象に入らなそうな物として樽そのものに細工をしておくか‥‥」
 酒の製造元は遙か海の向こうで、元々の正確な重量はわからない。だが、同じような樽と比較する分には不思議な点はなかった。
「船乗りの中に密偵を忍ばせるのが手っ取り早く感じられる。この間の城の時の手口と同じように」
「こちらの支社の封印が酒樽に貼られていますー。修さんが手配したよーですけど。ここで見張りましょー。戦闘が始まったら甲板で戦うつもりです〜」
 レイムスと井伊貴政は船底の倉庫内にテントを張って見張りをしていた。交代で眠り、わずかな間でもどちらかが酒樽を監視する体制だ。ゼルスとカスミも近づく敵を探ってくれていた。
「無理せんでいいよ」
「いいえ。手伝わせて下さい」
 船乗りに声をかけられてコルリスは笑顔で返す。
 積み卸しを手伝いながら、一人一人の船乗りの顔を覚えた上で不審者が紛れていないかコルリスは警戒していた。
 酒樽の保管場所は港近くの倉庫であったが、グラシュー海運とは別である。船乗りによれば、グラシュー海運の帆船は数日前に酒樽を積み込んで出航したようだ。行き先はフレデリック領である。
「二重底などにはなっていませんでしたわ」
「そうか‥‥。なぜグラシュー海運の酒と同じ品なのか。謎のままか」
 先行してすべての酒樽をエックスレイビジョンで調べたクレアはエメラルドに相談する。酒樽が仕舞われていた倉庫はかなり厳重で、船長から借りた割り符がなければ入れてもらえない所であった。
 例え忍者であっても騒ぎを起こさずに、侵入するのは不可能とクレアは判断する。
「後は修と和臣に任せよう」
「そうですわね」
 エメラルドにクレアが頷く。今頃二人はドレスタットの街でグラシュー海運関連の調査をしているはずだ。
 十野間修と桐生和臣の二人が帆船に戻ってきたのは、出航ギリギリの七日目朝の事であった。

●帰りの航路
 帰りの航行中、十野間修と井伊貴政の調査内容が仲間に話される。
 グラシュー海運が運ぶ酒樽の倉庫は既にもぬけの殻であった。もちろんグラシュー海運の輸送帆船も出航済みである。まるでトレランツ側の行動を前もって知っていたかのようだ。
 十野間修は『シュウ』を名乗り、浪人の風情で用心棒として雇ってもらえるよう港を中心に聞き回った。
 桐生和臣は落ち着いた雰囲気で十野間修に同行した。十野間修がお喋りで情報を得るのなら、桐生和臣は目と気配で怪しい点がないかを探す。
「どっかの貴族と取引してるから高い酒を沢山運んでるって噂を聞いたけどちがうの?」
 十野間修はわざと的外れな質問をして、相手から聞き出そうとする。
 ローオーの酒樽については港で話題になっていない。毎日、大量の積み卸しが行われる活気あるドレスタットの港にとって、酒樽はありふれた商品だ。気に留める方が珍しい。
 一晩を港近くの宿で過ごし、翌日も二人は調査する。ドレスタットの冒険者ギルドに立ち寄ってみるが、ローオーの情報はなかった。
 桐生和臣は空いた樽がたくさん置かれた倉庫に注目する。
 樽は貴重なもので、何度も繰り返し使われる。場合によっては焼印が押され、出所が特定出来るようになっていた。
「この焼印が入ったお酒、前に呑んだことがありますが、とても美味しかったんですよ。どこのお酒かわかりますか?」
 空樽の一つにローオーの刻印を見つけた桐生和臣は、倉庫の番をしていた管理人に訊ねる。いろいろと話してくれた中に、気になる事があった。何者かがローオーの焼印が入った空樽を欲していたので売り渡したのだと。
 偽物のローオーの酒樽が存在するかも知れないと、十野間修と桐生和臣は仲間に伝えるのだった。

●海賊の強襲
 多くの冒険者が危惧していた事件は八日目の夜明け頃に起こる。
 水神亀甲竜・バルドスが追跡してきた海賊船らしき二隻を発見し、主人のゼルスに知らせる。
 貨物帆船は荷物が多いだけあって動きが鈍かった。冒険者達は臨戦態勢に入り、準備を整えた。
 天候は曇り空で、波は比較的穏やかである。
 クレアはちょうどペガサスでルーアンに向かおうとしていた所で取りやめる。
 ゼルスは水神亀甲竜を、エメラルドはケルピーを海中の守りにつかせた。
 レイムスは船底の酒樽から離れず、井伊貴政は甲板で太刀の重さを確かめる。
 桐生和臣はオーラショットをいつでも撃てるように体勢を整えた。十野間修は二隻のどちらにでも魔法が放てる場所を確保する。
 海賊船かどうかは、なかなかはっきりとしなかった。徐々にゆっくりと海賊船らしき二隻は距離を縮めてくる。
 矢が甲板に突き刺さった。その瞬間に貨物帆船の船長が二隻を海賊船と判断し、戦闘が開始された。
 カスミは渾身のウインドスラッシュを一隻のマストに向かって放った。もう一隻はクレアのライトニングサンダーボルトが宙を切り裂きながら一直線に向かってゆく。
「手応えが‥‥ありません!」
 カスミは叫んだ。
「こちらも同じですわ」
 クレアが一歩退く。海賊船はホーリーフィールドを進行方向に張って防いだようだ。敵には手練れの魔術師がいるらしい。
「まずいな‥‥」
 エメラルドは状況を考える。もしかすると海賊船から遠距離魔法攻撃を仕掛けられるかも知れなかった。
 勘は当たり、輸送帆船の帆が魔法で刻まれてゆく。まずこちらの動きを止める作戦のようだ。
「船が動く以上、必ず隙があります‥‥。見つけますのでお待ちを」
 コルリスは丁寧に狙いを定めて弓を引き、海賊船に矢を放つ。ホーリーフィールドに阻まれて次々と海中に落ちてゆく。
 コルリスの横では魔力を温存するゼルスがある。カスミとクレアも待機する。
「黒い帆の敵海賊船、右舷後尾海面ぎりぎりに矢が通りました!」
 コルリスが叫び、ゼルス、カスミ、クレアが魔法発動の発光に包まれる。
 放たれた魔法はホーリーフィールドで防がれていなかった海賊船の腹に大穴を空けた。みるみるうちに海賊船の一隻が沈んでゆく。
 しかしもう一隻の海賊船に輸送帆船は横付けされる。斧を手にした海賊共が甲板に飛び移ってきた。
「呼んではいませんよ」
 桐生和臣がオーラショットで飛び移ろうとする海賊を捉える。船同士の狭間の海に海賊が落ちてゆく。
「影縛!」
 十野間修は海賊共をシャドウバインディングで甲板に縫いつけた。
「助かる!」
 エメラルドは輝く剣で足が動かせない海賊を次々と倒す。
 すぐ近くで井伊貴政はわざと隙を作り、振り向き様に海賊を一刀に処していた。
「忍者ではないよーですが‥‥、この中にいるのでしょーか」
 海賊共は数こそ多いが、実力は大した事はない。海中からの攻撃もなく、どうやら忍者はいないようだ。
「それならそれで‥‥」
 井伊貴政が軽やかなステップを踏む。太刀を振り下ろす度に海賊の悲鳴があがる。
 船底にいたレイムスは信用出来るトレランツの船乗り三名に任せ、甲板から入ったばかりの狭い廊下で戦っていた。
 剣が振れるようにドアを開け放ち、駆け寄る海賊に向かって大きく振りかぶったソードボンバーを叩き込む。
「案の定、襲撃か‥‥、戦力的に止められると考えたのだろうか。それとも他に狙いが」
 一段落がつき、レイムスは呟いた。
 大勢は決まり、横付けしていた海賊船は逃げてゆく。トレランツの輸送帆船は予備の帆を張り直して再び風を捉える。
 予定より遅れたが九日目の夕方にセーヌ河口に辿り着いた。この時点でカスミとクレアはそれぞれのペガサスでルーアンに先乗りし、酒問屋ローオーの状態を探る。特に不審な事はなかった。
 そのままセーヌ川を上り、十日目の昼頃にルーアンに輸送帆船は入港する。真っ先に下ろされた酒樽はローオーに届けられた。

●トレランツ運送社
「僕が考えたグラシュー側の意図ですが――」
 全員が集まったトレランツ本社の社長室で桐生和臣はシャラーノの陰謀が何であったのかを説明する。
 カルメン社長も開封されたイフェリアからの手紙を机の横に置いて耳を澄ませた。
 シャラーノ本人を問いつめた訳ではなく、証拠も存在しない。あくまで想像だが、その内容には真に迫っている。
 まず酒の到着を遅らせるのには意味がない。現物さえあれば少々の遅れは言い訳がつくからだ。
 酒樽には何も隠されていない。中身の酒も品質は別にして極普通のものだ。
 茶番として中身がすり替えられたとローオー側がトレランツ側に迫った所で、樽そのものは焼印まで押された確かなものである。官憲に訴えたところで言いがかりとして処理されるであろう。ドレスタットで入れ換えられたとすれば、それは預かっていた倉庫の責任だ。
 ローオーの焼印が入った空の樽についてだが、見かけの数を増やす為にグラシュー海運が購入した可能性が高い。ラリオネ社長とシャラーノが口裏を合わせるなら中身がなんであろうと問題はないからだ。ただし輸送された証拠を残す為にすべてを偽物には出来なかったのであろう。
 今回の輸送で起こりうるトレランツの被害とは、酒樽そのものがローオーに届けられなかった場合にのみ発生する。
 そうなればカルメン社長にとってかなりの屈辱的結果をもたらすからだ。
 ローオーに届けられなかったとすれば、賠償金か、もしくは代わりの品を用意する事となる。とぼけたりすれば商売の信用を失う。その場は凌げてもトレランツ運送社の将来は真っ暗だ。
 そしてラリオネ社長が近くのフレデリック領にあるグラシュー海運に同じ酒があるのを知っていれば、確実に取り寄せを迫る事だろう。
 つまり、カルメン社長は何度も煮え湯を呑まされたシャラーノへ頼みに行かなくてはならなくなる。
 その時のカルメン社長は、輸送帆船を沈められ、シャラーノに媚びなければならず、しかも高い金を払って酒樽を手に入れなくてはならない立場だ。
 シャラーノが当の昔にヴェルナー領での商売を諦めていて、あくまでもカルメン社長に赤っ恥をかかせるのが目的ならば合点がいく陰謀であった。
 桐生和臣の説明を聞いていたゲドゥル秘書はカルメン社長を横目で眺める。想像の話なのに今にもぶち切れそうなカルメン社長であった。

 レイムスは空いた時間にトレランツ本社内にいたリノと会う。
「バリジリ社長の取調べで、リノさんのお母さんの事が何か解るかも知れないが、その時には、必ず手助けする」
「ありがとう‥‥。生きていればいいのだけど」
 リノは俯きながらレイムスの手を握った。

 十一日目の昼頃、冒険者達は追加の報償をもらってルーアンを後にする。帆船は十二日目の夕方頃、パリの船着き場に入港した。