●リプレイ本文
●町
馬車を中心とした冒険者一行は、クァイ、元馬祖、イフェリアに見送られてパリを出発した。
トトノカ町に冒険者一行が到着したのは二日目の宵の口である。
開発作業は昼夜を問わず行われていたので、町の様々な場所で篝火が焚かれていた。建物から洩れる灯りも多く、地方の町なのにまるで都会の一角のようだ。
それもすべてトーネードドラゴンの脅威を払いのける為であった。
大型クロウボウの設計を行い、それを試作する毎日が続いていた。
試作された大型クロスボウは試射されては改良点が洗いだされてゆく。想定される運用方法はいくつかあり、取捨選択をするにも試行錯誤が不可欠とされていた。
通常のクロスボウの四から五倍はあるので手に持って撃つ訳にはいかない。荷馬車を改良した車輪付き射撃台に設置されるのだが、特に射角が問題である。
真上までの可動が出来るようにすれば、今度は耐久性に問題が出たり、照準の難しさに繋がってしまう。
かなりの反動があるので、用意された四本の支柱を突きださせて、さらに杭を打ち込んで射撃台を固定させなければならなかった。当然、移動しながらは使えない。
それでもボルトと呼ばれる大型クロスボウ用の矢の威力は凄まじく、飛距離にも素晴らしいものがある。
「これは本気ですね‥‥」
篝火が照らす中、シクル・ザーン(ea2350)は仲間と広場を歩いていた。ルーアンから派遣された管理者からの説明を受けながら。
広場には二十両の大型クロスボウの試作機が並ぶ。最初に作られた型がだんだんと洗練されてゆくのがよくわかった。
「射手の人員は揃えられるのか? これだけの代物だ。当たらなければ意味はないからな」
ナノック・リバーシブル(eb3979)がもっともな質問を管理者に投げかける。
その点も含めて大型クロスボウは完成される予定だと管理者は答えた。射撃に覚えのある者ならすぐに扱えるようにしなければ意味がないからだ。
「どんなに威力があっても銀か魔法の矢を使えないとデビルには通じません。何かお考えで?」
「クロスボウに使う矢はボルトと呼びまして、弓のそれとは少々違います。仰る通りでして、設計の者も苦心しています」
シクルは管理者とデビルへの効力について意見を交わす。
騎士が射撃手をするのならば、オーラパワーを付与する方法もある。その場合、騎士一人でも動かせるように簡単にボルトへ触れる設計の配慮が必要だ。
シクルはホーリーアローを参考用に技術者達へ渡してくれと管理者に預けた。
「テギュリア殿はこちらに来るようだな。その時は警護のフォローに入ろう。問題はここまでの道のりか‥‥」
李風龍(ea5808)は試作機を見上げながら呟く。主には開発者だがテギュリアの護衛も手伝うつもりの李風龍である。
現在、氷雨絃也(ea4481)とエリー・エル(ea5970)がテギュリア移送護衛でルーアンに出向いていた。四日目の昼頃にはトトノカ町に到着する予定だ。
「お二人ならば無事テギュリア翁を連れて来るはず。明日以降、兵士だけでなく職人の元も回れるとよいのですが」
フランシア・ド・フルール(ea3047)は、試作機を調整する職人の姿を見て頷く。
明日からは各部隊を回り、透明になったデビルを見つけやすくする為の色水や、グレムリンを誘いだす泡酒の必要性を伝えるつもりのフランシアであった。Tドラゴンの見分け方や、心の持ちようについても説いておかなくてはならない。
「さて、そろそろ昨日にかけておいたのが切れる頃だな」
西中島導仁(ea2741)は一日の効果があるオーラテレパスをかけ直した。機会があればTドラゴンに話しかけるつもりである。そこから新たな口が見つかるかも知れないからだ。
「フォーノリッヂの未来予知によれば、トトノカ町をデビルが襲うと様子は垣間見れました。ただそれがトーネードドラゴンなのかははっきりとは‥‥」
リアナ・レジーネス(eb1421)は仲間達に見えたビジョンを自分なりに解釈して伝える。
「森の方は大丈夫でした」
グリフォン・ヤーマオに乗った乱雪華(eb5818)が仲間の近くへ着地した。
夜であっても篝火が多く灯るトトノカ町なら着陸は容易い。
空が真っ暗闇でも耳が残されている。音に注意するだけでも護衛において大きな意味があった。
「今度は俺が調べてこよう」
ナノックがペガサス・アイギスに乗り、夜空へ消えてゆく。
「開発者が立ち寄るすべての場所を教えてくれ」
デュランダル・アウローラ(ea8820)は試作機の側でヒポグリフ・ミストラルと共に待機するつもりでいた。開発者と職人を守るにはちょうどよい場所だと考えたのだ。
冒険者達は夜にも関わらず、さっそく行動を開始した。
●テギュリア
「おじいちゃん、連れて来たよぉん♪」
愛馬に乗ったエリーが手を振りながら防壁門を潜り抜ける。
四日目の昼頃、テギュリアを乗せたルーアンからの馬車一行がトトノカ町を訪れた。
「たまには遠出もよいだろう。あれが大型クロスボウか」
馬車内にいた氷雨絃也がテギュリアに声をかけた後で振り返る。テギュリアも席から身体をずらして窓の外を眺めた。
「なるほどな。トーネードドラゴンを払う為の武器があれか」
テギュリアが広場に並ぶ試作機を観て瞳を大きく開いた。
「使い込まれた武器ではないが、設計している者達との面会を用意してやろうか?」
「ふん、まだ完成してもいない武器だわい。‥‥しかし興味はある。セッティングをしといてくれ」
氷雨絃也に憎まれ口を叩きながらも、テギュリアは試作機から目を離さない。
(「デビルと戦うとはいえ、兵器開発を守るってのもちょっとな感じなんだよねぇん‥‥」)
エリーは馬車から聞こえる二人の会話を聞きながら心の中で呟いた。
広場の側を抜けると、冒険者に用意された家屋へ到着する。
氷雨絃也はさっそくテギュリアが技術者と一緒の建物に入れるように手続きを行う。まとめて護衛が出来るので一石二鳥である。
氷雨絃也自身はトトノカ町外周の巡回に多くの時間を費やすつもりだ。
「効果が見込める武器があるのなら、二人で一体と戦った方がいいがな」
出会った兵士にはデビルとの戦い方を教える氷雨絃也であった。
「デビルだからってぇ、普通の武器が効かないだけでぇ、あとはぁ、他のモンスターと変わりないんだよぉん」
エリーは技術者の建物を警護する兵士達に指南を行う。持ってきた魔法武器の一部も貸しだした。乱雪華も同様に魔法武器を貸している。
パリ出発の時にいたクァイによれば、ヴェルナー領の兵士にはクレセントグレイブの配給が始まっていた。一部兵士の武器も確かにクレセントグレイブであった。
「ここにぃ、こんなに可愛いテンプルナイトがいるんだからぁ、心配するなんて失礼だよぉん!」
エリーの言葉で室内に笑い声が沸き上がる。
宿舎二階にある部屋にはナノック所有の白光の水晶球が設置されている。これでデビルが間近まで迫ったのならすぐにわかる。
どんな立場の者でも点滅発光を確認したら、周囲に知らせる事が義務づけられていた。
●企み
八日目の夕暮れ時、トトノカ町に緊張が走った。
夕日を浴びて縦横無尽に飛び回るTドラゴンが確認されたからだ。
空を飛ぶ手段のあるデュランダル、ナノック、乱雪華はトトノカ町上空で待機する。西中島もグリフォンを借りて空の仲間に加わった。
かなりの高い高度でTドラゴンは旋回を続けていた。
ナノックとペガサス・アイギスはホーリーフィールドを空中に張り続けてTドラゴンの急降下に備える。
地上もとても慌ただしかった。Tドラゴンを迎え撃とうと試作機が試されようとしていた。
大地に固定された射撃台には一両に付き、大型クロスボウが二基搭載されている。一両につき騎士二人の射撃手とボルトを取り付ける二人の計四人が配置につく。
誰もがTドラゴンに注目して奔走していた。
技術者用の建物、職人用の作業場、宿舎、そして試作機が置かれている広場を一括りとして、多くの冒険者が警戒する。
フランシア、シクル、リアナ、エリー、李風龍は、宿舎と試作機が置かれる広場に散らばっていた。
防壁門が閉じられ、外部からの攻撃を阻止する体制がとられたので、氷雨絃也も馳せ参じる。
兵士達も配置につき、万全の体制を整える。しかし大空で旋回するTドラゴンに注意が向きすぎた感は否めなかった。
Tドラゴンが目撃される直前に、防壁門を通過した物資搬送の荷馬車五両には誰も注目していなかった。
動かしていたのは極普通の人達だが、荷台の木箱の中身は大量の油、そしてデビル・グレムリンである。
搬送の人々は何人かの仲間を道中で人質にとられ、仕方なくグレムリンの言いなりになっていた。
グレムリンに作戦を授けたのはイペスである。そのイペスはTドラゴンに憑依し、町の上空で人々の目を釘付けにしていた。
夕焼け空を疾走する冒険者達は地上の射撃手達と連携をとった。可能な限りTドラゴンを引きつけたところで、地上からボルトが一斉発射される。
射撃手である騎士がオーラパワーをボルトに付与する形で、デビル・Tドラゴンへの攻撃が可能になっていた。予備として銀製の鏃が使われたボルトも用意されている。
Tドラゴンは茜空へと発射された多数のボルトを弧を描きながら避けてゆく。しかし一本が翼の端に命中する。
わずかな間をおいてTドラゴンが吼える。
地上で沸き立つ射撃手と兵士達をよそに、荷馬車五両が広場近くまで迫っていた。
その時、リアナは宿舎二階の部屋から監視を続けていた。白光の水晶球の点滅を確認し、急いで窓から空を眺める。
Tドラゴンはあまりに高くを飛んでいて、水晶球が反応するはずがなかった。別のデビルが近づいている証拠に他ならない。
リアナはヴェントリラキュイを使ってTドラゴンとは別のデビル襲来を多くの者に知らせる。リアナの声を聞いたうちの一人がエリーであった。
デティクトアンデットを付与済みのエリーが愛馬で広場付近を巡回する。
そしてデビルの存在を知った。
目前を通り過ぎてゆく荷馬車の中に、十五体のグレムリンらしきデビルを感じ取ったのだ。
エリーは完全に腰を浮かせると手綱をしならせて愛馬を駆けさせる。荷馬車五両を追いかけながらデビルの存在を叫んだ。
エリーの叫びを聞いたフランシアが迫り来る荷馬車の前にホーリーフィールドを張る。
次の瞬間、荷馬車に隠れていたグレムリンが一斉に飛び立つ。約半分が宿舎の方へ飛んでいった。
宿舎ではシクルが兵士達の先頭となってグレムリンに立ち向かう。
宿舎の地下には多くの技術者と職人が避難していた。地上の宿舎内で抑えきらないと惨事になるのは明白であった。
地下へと繋がる薄暗い廊下に氷雨絃也に待機していた。
黒い影が迫り、居合いで抜いた刀剣でグレムリンの翼を切り落とす。これ以上はデビルを近寄らせないつもりの氷雨絃也であった。
窓から身を乗りだしたリアナは上空を飛んでいたスモールホルス・ソルにヴェントリラキュイで伝言を頼んだ。それから宿舎に入ろうとするグレムリンをレミエラで扇状化したライトニングサンダーボルトで阻む。
グリフォンに乗る西中島はオーラテレパスでソルと会話し、地上の混乱を知る。すぐに仲間へ知らせた。
Tドラゴンはナノックとデュランダルに任せて、西中島と乱雪華が地上の仲間を援護する為に急降下する。
広場では五両の荷馬車すべてが横転して周囲は油にまみれていた。ほとんどの試作機にも飛び散って射撃作業を阻害する。
しかし一番の問題は別にある。
フランシアが高速のブラックホーリーでグレムリンを吹き飛ばす。長い爪が目立つグレムリンの手にはランタンが握られていた。
試作機に火を放つのがデビルの作戦であった。
李風龍が風精龍・飛風と組んでグレムリンを仕留めてゆく。
飛風がウインドスラッシュでグレムリンを威嚇して低空飛行をさせる。そこを李風龍がすれ違い様に大錫杖を突き立てた。
エリーは愛馬で広場を駆けて、隠れているグレムリンをデティクトアンデットで探しだしては叫んだ。
火を点けさせまいと兵士達がグレムリンに奮闘する。
駆けつけた西中島が空中からランタンを落とそうとしたグレムリンに体当たりをして広場の区画から弾き飛ばす。
乱雪華は矢を放って一時的にグレムリンを壁へと縫い止めてしまう。即座に近づいてオーラパワーを付与しておいたグリフォンの爪で止めを刺していった。
真っ赤に染まる空ではTドラゴンとの攻防が続いていた。
デュランダルは地上からのボルト攻撃によってTドラゴンの動きが制限されているのに着目する。うまく先回りをすれば、渾身の一撃を喰らわせられるかも知れないと考えた。
観察すればTドラゴンは右旋回を多用している。
動きを読んだデュランダルは、ヒポグリフを急上昇させてTドラゴンの軌道と交差させる。デビルスレイヤーが掠め、青緑鱗の欠片が空に舞った。
さらにペガサスを駆るナノックがTドラゴンの進行方向に立ちふさがり、わずかだが翼へ切れ目を入れた。
普段は機敏な動きのTドラゴンだが、重要な判断を迫られた時は必要以上にもたつく弱点がある。
Tドラゴンは急上昇して姿を消した。
地上でのグレムリン襲来も収束する。
完全に太陽が沈み、トトノカ町は普段より静かな夜を迎えるのであった。
●不幸にして幸い
Tドラゴンとの実戦は不幸な出来事といえたが同時に福音となる。
問題点が一気に洗いだされて兵器が完成に導かれたのだ。
テギュリアの意見もかなり参考になったと技術者はいう。
大型クロスボウ二基を積んだ射撃車両はテギュリアによって『ラ・ペ』と名付けられた。平和という意味らしい。四頭の馬で牽引出来る構造で移動も容易くなっていた。
トトノカ町でも生産するが、ラ・ペの設計図は写されてヴェルナー領の主要な町に配布される予定だ。
エリーと氷雨絃也は仲間より先に出発してテギュリアをルーアンに送り届ける。その他の冒険者は十二日目の朝にトトノカ町を後にした。
パリの冒険者ギルドで再会し、二人がルーアンで預かってきた報償を分配して解散となった。