●リプレイ本文
●出発
早朝に馬車二両と騎乗する護衛達がパリの城塞門を潜り抜けて北方に向かう。
ブランシュ騎士団黒分隊エフォール副長がヴェルナー領に隣するパルネ領とトーマ・アロワイヨー領を回る旅の始まりである。
二両の馬車にはそれぞれルーアンの兵士二名が御者として同乗していた。冒険者達に課せられたのはエフォール副長の安全を計る事であった。
パリ出発の直前、十野間空からアロワイヨー領主の情報を冒険者達は受け取る。クァイもタマハガネ村の情報を伝えてくれた。途中までは西中島が愛馬で護衛として同行する。
一番先頭を走るのは愛馬に跨るディグニス・ヘリオドール(eb0828)である。
続いて馬車Aにはシャルウィード・ハミルトン(eb5413)の姿があった。
馬車B内には肝心のエフォール副長、シクル・ザーン(ea2350)、フランシア・ド・フルール(ea3047)が乗り込んでいる。
エリー・エル(ea5970)が愛馬・バウバウで馬車二両の右翼、ナノック・リバーシブル(eb3979)がペガサス・アイギスで左翼である。
李風龍(ea5808)は愛馬・大風皇で最後尾から前方の馬車二両を見守った。
空中からの監視はヒポグリフ・ミストラルを駆るデュランダル・アウローラ(ea8820)、フライングブルームに乗ったリアナ・レジーネス(eb1421)、グリフォン・ヤーマオに騎乗する乱雪華(eb5818)に任される。
他にも風精龍・飛風、スモールホルス・ソル、鷹・ハルヴァードが警戒をしてくれていた。
●トーマ・アロワイヨー領
道中で特に問題は起こらず、一行は二日目の宵の口にトーマ・アロワイヨー領へと到着する。城へと招かれ、冒険者達はエフォール副長の泊まる部屋を中心にして配置についた。
シャルウィードが考えた班分けが宿泊時の見張りでも行われる。
シクル、乱雪華、フランシア、兵士AがA班。デュランダル、李風龍、兵士BがB班。ディグニス、シャルウィード、兵士CがC班。ナノック、エリー、兵士DがD班であり、二時間ごとの交代制だ。
城の警備は厳重だが、デビル側が本気になればいくらでも手が残っている。石の中の蝶、白光の水晶球、龍晶球などのデビルを探知出来るアイテムを配置して備えるものの、既に敵側にもこれらの使用はばれていると考えてよい。
実力行使ならばトーネードドラゴンによる強襲が考えられる。デビルには透明になれるタイプも多くて潜入される可能性もあり、油断はならなかった。
トーマ・アロワイヨー領への滞在は実質三日間であり、七日目の朝には再びヴェルナー領を通過してパルネ領に向かう事となる。それまでの間は城から出ずに親睦や会談に時間が割かれるようだ。
「おじいちゃん、いなくなっちゃねぇん‥‥」
広間へと繋がる扉の前にエリーは待機していた。中は会談の最中だ。
おじいちゃんとはヴェルナー城から失踪したテギュリアの事である。エリーはテギュリアについて誰かと話す機会がある度に訊ねていたが、有力な情報は得られていなかった。
「でもぉ、落ち込んでなんていられないかなぁん」
エリーは元気を出して見張りをがんばる。
(「何か仕掛けてくるとすれば、奴の事だから恐らく搦め手であろうな」)
ディグニスはエリーと同じ扉の近くだが広間の中である。広間中央の大きなテーブルで会談するエフォール副長とアロワイヨー領主へと常に注意を払っていた。
会談でいざこざを起こし、エフォール副長を窮地に追い込む事こそがデビルの策であるとディグニスは考えていたのだ。
広間へと繋がる扉はもう一つあり、そちらには李風龍とシャルウィードが待機している。李風龍が広間側、シャルウィードが廊下側だ。
(「ようやくブラーヴ騎士団を倒すことができたな‥‥。それにしても――」)
李風龍は会談を遠くで見つめながら思う。ラルフ殿は隣領の二人の領主を信頼しているのだと。
射撃車両『ラ・ペ』の設計図を無償で譲り渡すのはすでに聞いていた。味方が敵になる事も多い世の中であり、戦争の道具に転用出来るラ・ペの秘密を教えるのはかなりの覚悟が必要である。
(「羽ばたいちゃいないようだね。よし」)
廊下のシャルウィードは指にはめた石の中の蝶を時折眺める。
エフォール副長が襲われるとすれば、デビルの出方が問題となる。ブラーヴ騎士団が壊滅した現在、力押しで来るとはシャルウィードは考えていない。あり得るとすれば搦め手での接触である。
陽動に気をつけなければならないとシャルウィードは心に刻み込んだ。
広間近くのバルコニーでは空中での監視が可能な冒険者達が待機する。一人ずつ交代で城の上空を巡回していた。
「今の所、広間はごく普通の状態です」
乱雪華がオーラセンサーで広間のエフォール副長を探知していた。当初、アガリアレプトやTドラゴンを探ろうとしていたが、さすがにそれは無理だと考え直した乱雪華だ。
「他の人達も大丈夫なようです」
リアナはブレスセンサーで広間へ近づこうとする者達に警戒をする。デビルには効かないが、人間を利用する事も考えられるので必要な行動である。
「トーネードドラゴンが現れたのなら厄介だな」
ヒポグリフに乗ったデュランダルがバルコニーへと着地する。復興途中であるトーマ・アロワイヨー領は、まだ兵力に余裕がなかった。当然ラ・ペの配置もまだであり、数少ないウィザードが頼りとなる。
「俺は奴が気になって仕方がない‥‥」
デュランダルと交代したナノックはペガサスに乗って空に舞う。アガリアレプトほどのデビルだとかなりの潜入能力を持つとフランシアから聞いていた。ただし、具体的な能力については不明な点もある。
広間では会談が長く続いていた。エフォール副長の近くにはフランシアとシクルの姿がある。
「その疾さ風の如く。上位のドラゴンに比肩しうるものがわずかにいる程度と思われ――」
フランシアはトーネードドラゴンの特徴をアロワイヨー領主に説明した。それ以上は折衝に深入りする事なく護衛に徹する。
デビルの出方がどうであれ、エフォール副長は騎士である。言葉での誘惑があれば助言をするつもりだが、それ以外はエフォール副長が自ら切り開くのを期待していたフランシアだ。
(「特に注意をしなければいけませんね」)
シクルは会談の始めに許可をとって定期的にデティクトライフフォースを使う。デビルには反応しないが、生き物に憑依した場合ならば近寄るのがわかる。少しでも危険を潰そうとしていた。
ラ・ペは作り直せるが、エフォール副長はそうはいかない。デビルが狙うとすればエフォール副長だとシクルは考えていた。
三日をかけて行われたアロワイヨー領主とエフォール副長との会談は無事に終了する。
トーマ・アロワイヨー領を出発し、パルネ領に到着したのは七日目の暮れなずむ頃であった。
●パルネ領
小さなパルネ領の中心地はオーミィユ町である。領主館もオーミィユ町内にあった。
女性領主トロシーネ・パルネに出迎えられた一行は、侍従長の案内で来客者専用の部屋に通される。隣室もあり、冒険者や兵士が休む場所となった。
トーマ・アロワイヨー領と同じく、一行は厳重な警備を敷いていた。
事は深夜に起きた。デビル探知のアイテム類が次々と反応を示し始める。
寝ていた班もすぐさま起こされた。エフォール副長が休む部屋へと集まり、一部の冒険者はTドラゴンを警戒して月夜の空へと飛び立つ。
領主館はグレムリンの群れに囲まれていた。窓の戸を破っての侵入をパルネ領の兵士達が必死で抵抗する。だが、いくらかのグレムリンには突破されてしまう。
「た、助けて下さい!」
廊下で待機する冒険者達に駆け寄る侍従が一人。追いかけてきたグレムリンを李風龍が大錫杖で叩き落として始末する。
「大丈夫か?」
李風龍が声をかけた侍従の震える手にはトレイが握られていた。夜食でも頼まれて運ぼうとしていたのだろう。
ちなみにエフォール副長に出される食事のすべては冒険者達が毒味を行っていた。解毒剤も用意してきたので毒殺に関しては万全である。
「‥‥ちょっと待て」
シャルウィードが侍従の腕を掴もうとする。倒されたグレムリンの死体が消え去ったというのに、未だ石の中の蝶の羽ばたきは止まっていなかったからだ。
シャルウィードを避けた侍従が取っ手に手をかけてドアを開いた。
「デビルかも知れないよぉん!」
エリーが叫びながら侍従に体当たりをする。侍従の身体は廊下に叩きつけられるが、何か飛びだしていた。
何かはドアを潜り、エフォール副長が休む部屋の中へと侵入する。
「アガリアレプト‥‥」
ホーリーフィールドを張ったフランシアが呟く。
侍従に憑依してエフォール副長の部屋に辿り着いたのはデビル・アガリアレプトであった。
部屋の中央に立つエフォール副長の両脇にはシクル、ディグニスが武器を構えて待機していた。
多くのホーリーフィールドが張られ、ナノックが預けていった聖なる釘も発動されている。廊下にいた冒険者達も部屋へと入り、アガリアレプトは囲まれた状況となる。
外からは激しい物音と怒号が届いた。
領主館の兵士達がグレムリンと戦っている証拠だ。アガリアレプトがグレムリンを放ったのは自らのデビルの反応を誤魔化す為の策に違いなかった。
「アガリアレプト。以前にラルフ黒分隊長の所にもいったらしいが、今度はわたしのところか。何がしたいというのだ。お前は」
エフォール副長がアガリアレプトに声をかける。冒険者達は踏みだした足を止める。
外からTドラゴンの名を連呼する兵士達の声が聞こえてくる。
Tドラゴンは外で戦うデュランダル、ナノック、乱雪華、リアナに任せて、部屋の中にいるすべての者はアガリアレプトの存在に集中した。
「エフォール・ヴェルタル殿。知っています、王宮内でのお立場。わたくしの元にお出でなさい。それが最良の選択というもの」
アガリアレプトがエフォール副長に微笑みかける。
「わたしの何を知っているというのだ? それほどまでにラ・ペが怖いのか? ヴェルナー領が隣領と手を組むを阻止したいというのか?」
「ノルマン王国での報われぬ立場に疑問を感じられているのでは? 復興戦争時にウィリアム三世を救う武勲を立てたというのに、逆に断罪の一歩まで追い込まれるなどと‥‥。王宮での謀に嫌気がさしているのではありませんか?」
「デュールをそそのかしたお前が、よくそんな甘言を口に出来るものだ。その程度でわたしを懐柔出来ると考えていたのか。甘くみられたものだな」
「人には誰も守りたいものがあると聞きます。友人や恋人、家族、地位、名誉など様々ではありましょうが‥‥。復興戦争当時、亡くなった妹御もエフォール殿にとっては守りたいものであったでしょうに」
「‥‥何がいいたいのだ」
「メリーナ・ヴェルタル様は生きています。わたくしは居場所を知っております。希望ならば今すぐお連れしても構いませぬ」
「嘘をつくな!!」
エフォール副長が叫びながらシルヴァンエペを抜くと、アガリアレプトが高笑いをする。
「後で話してもらいましょう!」
頃合いと考えたシクルがミミクリーで伸ばした腕でアガリアレプト目がけて槍を突き刺そうとする。しかしアガリアレプトは抜いた剣で受け流す。
「挑発には乗らぬ!」
ディグニスはエフォール副長の前で聖剣と盾を持ったまま動きはしない。不用意な動きをしてエフォール副長を奪われたのなら元も子もないからだ。
廊下側のエリー、シャルウィード、李風龍がシクルに加勢しようとした時、アガリアレプトは姿を消した。何も残さず、魔法で探ってもまったく存在が感知出来ない。
「‥‥転移でしょう」
フランシアにも断言は出来なかったが、高位デビル特有の転移能力をアガリアレプトは使ったようだ。遙か遠くの土地でも一度訪ねたのなら一瞬で移動出来る能力である。
領主館の上空ではTドラゴンと冒険者達の戦いが続いていた。
「かなり倒したはずです」
上空を飛ぶTドラゴンは仲間に任せ、レミエラで扇状化したライトニングサンダーボルトでグレムリンを一掃していたのはリアナである。すでにパルネ領の兵士達と力を合わせて、グレムリンの群れをまばらにまで減らしていた。
「時間稼ぎ‥‥か」
デュランダルはTドラゴンが本気で攻めていないのを感じ取っていた。高速で飛んで恐怖を振りまきながらも、滅多に地上へ攻撃を仕掛けようとしていない。
デュランダルはナノック、乱雪華とアイコンタクトをとる。二人も同じように考えているようだ。
「仲間がエフォール副長を守ってくれているはず。好機は必ず訪れる!」
ナノックはペガサスと共にホーリーフィールドを空中に張り巡らせて、壁のようなものを作り上げていた。
油断をしたのかTドラゴンがホーリーフィールドへと衝突する。
一瞬の機会を見逃さなかったナノックは長槍をTドラゴンの横腹へと突き刺した。Tドラゴンは激しく吠える。
「これならどうです!」
乱雪華はオーラパワーが付与されたグリフォンの爪でTドラゴンの首に傷痕を残す。当初弓矢を試したが、まったく当たらないので攻撃方法を変えた乱雪華だ。
「これならば!!」
脱出を計ろうとしたTドラゴンとすれ違い様に、デュランダルが勢いのまま渾身の一撃を放つ。魔剣が深く突き刺さり、いくつかの鱗が弾け飛ぶ。
醜く身をねじらせながらTドラゴンは月夜の向こう側へと消えていった。
●そして
八日目は領主館の修理や清掃などで会談は行われなかった。
だが九日目、十日目には会談が開かれて無事に終了する。
Tドラゴンの脅威を目の当たりにしたトロシーネ領主は深く感謝してラ・ペの設計図を受け取った。すぐにでも製作に取りかからせるという。
十一日目の朝、一行はパルネ領を後にする。夕方にはルーアンへ到着した。
冒険者達はヴェルナー城で面会したラルフ領主に報告をする。
多くの者が気にしていたのは、生きているとアガリアレプトが言葉にしたエフォール副長の妹メリーナ・ヴェルタルの事である。
本当であるかどうかは今の所判断が難しかった。もしかするとエフォール副長を懐柔する策が続いているのかも知れない。
フランシアは神の言葉をいくつかエフォール副長に語りかけた。
謝礼の品をもらった冒険者達が十二日目の昼にルーアンを出発する。借りた馬車で十三日目の夕方にパリへと無事に戻るのであった。