●リプレイ本文
●不安
用意された一般的な馬車を中心にし、冒険者達は護衛対象のエフォール副長と共にパリを出発した。目指すはセーヌ川を境にしてヴェルナー領の反対側に位置するフレデリック領である。
エフォール副長を含め、多くの冒険者は馬やそれに近いペットを連れてきていた。馬車は御者付きなので稼働に問題はなかった。
二日目の暮れなずむ頃、フレデリック領を目前にした一行は馬車と別れる。
その際、エリー・エル(ea5970)のペンギンと、リアナ・レジーネス(eb1421)のドラゴンの子供のようなペットは、仲間の意見に従って預かってもらう。今回は目立つのが命取りになりかねない敵地フレデリック領への潜入を含むからだ。
関所を避け、あらかじめ黒分隊によって調べられてあった森の中を進んで越境を目指す。まだ森の中ではあったがフレデリック領内に足を踏み入れた頃には日が暮れていた。
ランタンやたいまつを灯して枯れ枝などを集めながら、周囲に人家がないかも同時に調べる。幸いに人の目はまったくない。
焚き火をしても煙が枝葉で拡散し、灯りが洩れにくい大きな木の下が野営地となった。
「アガリアレプトが示した森も、せめてこのぐらいだといいのだが」
エフォール副長は枯れ枝を折っては焚き火に放り込んだ。
「そうでないとすれば大変ですね。迷わないように単独行動は避けた方がよいでしょう」
シクル・ザーン(ea2350)は、とにかく警戒を怠らないように努めるつもりであった。
「とうとう、真打の登場って感じだねぇん」
エリーは笑顔を忘れない。だが瞳の光は覚悟を纏う。
「彼奴のいうエフォール殿の妹御の真実はどのようなものか、心当たりは?」
フランシア・ド・フルール(ea3047)は他にも訊ねたい事柄があったが、まずは今回の依頼の核となるメリーナを話題にした。
「メリーナは、もう亡くなったものだと‥‥そう、これまで思って生きてきたのだ。何もわからないというのが正直なところだ」
焚き火に照らされた苦み走るエフォール副長の影が激しく動く。
「悪魔の言い分を鵜呑みにするのは危険だが、妹御が本当に無事であれば良いな」
デュランダル・アウローラ(ea8820)は焚き火の近くで愛馬エクレイルの世話を続けていた。
「フォーノリッヂで調べてみましたが、これといった未来は映りませんでした。見えたものといえば――」
リアナは見えた世界を淡々と伝える。余計な想像は真実を覆い隠してしまうので、なるべくありのままを言葉にした。
「デビルなら何かしらの方法で傀儡を作り出せそうだ。‥‥相手からすればこれも籠絡の為の一手に過ぎないかも知れない。惑わせられる事なく、真実を見極めるべきだな」
ナノック・リバーシブル(eb3979)は保存食を口に運ぶ。
「とにかく、妹君の情報も手に入れられればベストというところだろうな」
李風龍(ea5808)は焚き火の中に手頃な石を忍ばせておいた。後で布に繰るんで暖まる為の懐石にするつもりである。仲間の分もあった。
「行きも確かに難しいだろうが、帰りの方が厳しそうだな。場合によっては強行突破もやむを得まい」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は罠に深く引きずり込もうとデビルが企んでいると考え、行きに攻撃されはしないだろうと踏んでいた。それでも注意を忘れるつもりはない。
「面倒だな。罠だってわかりきっているからな。ま、それがデビルの狙いなんだろうけどよ」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は一行の顔ぶれを眺める。自分も含めて誰もが何かしらの目立つ点を持っていた。
「森を出る前によかったらこちらを」
まるでシャルウィードの心を察したように、乱雪華(eb5818)が用意してきた古着を取りだして仲間に見せた。これを着れば少しは地味に見えるはずである。
話し合いは続いたが、ある程度の時間で区切り、見張りの順番を決めて就寝となる。まだ我慢出来る程度だが、そろそろ夜の寒さが身に染みる季節になっていた。
●フレデリック領
一行は素知らぬ顔で森を抜けて道を進み始めた。全員が騎乗してでの移動である。
希望の者には乱雪華が変装の化粧を施してあった。
フランシアはエフォール副長、シャルウィードはデュランダルの後部に乗っている。ナノックはペガサス・アイギスの翼を毛布と荷物で隠して普通の馬を装っていた。
先頭はディグニス、最後尾はデュランダルに任される。
エフォール副長から預かった地図で確認するのはエリーである。エリーはエフォール副長の側にいて復興戦争時の話やメリーナがどのような妹であったのかを訊いたりもする。
フランシアは機会を見つけてはエフォール副長に話しかけ、さりげなく心のあり方を導いた。
李風龍も仲間に合わせて愛馬大風皇を駆る。いざという時にはエフォール副長の背後を守る覚悟を持つ。
大空からシャルウィードの鷹ハルヴァーが飛んで周囲を警戒してくれていた。
シクルは時折すれ違うフレデリック領の領民をさりげなく観察する。怪しまれているようなら官憲を呼ばれてしまう可能性がある。余計な争いを避ける為、危うくなる前に逃げた方が懸命だ。
リアナは長時間使えるブレスセンサーを付与した上で周囲を把握する。ただし、デビルは呼吸しなくても平気なので、必ずしも探知出来るとは限らなかった。
町や集落が見えるとシャルウィードがセブンリーグブーツを履いた上で偵察に向かった。
戻る度にシャルウィードは陰気だったと語る。
作物が収穫されて喜ばしいこの時期に活気がないのはおかしい。不作の話は伝えられておらず、フレデリック領では重税が課せられているのかも知れなかった。年貢について訊ねても、誰もが口を噤むだけだったという。
デビルの噂や被害はほとんどないようで、そこが怪しくも感じられた。預言にまつわる惨事は国全体に広がったはずだ。当事者ではなくても、近隣の町や集落の被害は知っているのが普通である。
人目を避ける道を選んだ為、一行が目的の森外縁に到着するまでに一日を要した。
一晩の野営の後、四日目の朝から森に足を踏み入れる。
道らしきものはあるので無理をすれば馬に乗っても移動出来たが、途中から降りて手綱を引く。邪魔な枝葉を切り落としながら進む為である。
森を一気に脱出しなければならない状況を想像するのは容易い。そうなった時、馬で疾走しても問題がないようにする用意であった。
目的地に後一時間という所で野営の準備を行う。今まで以上の警戒体制がとられ、デビルを感知できるアイテムの設置も行われる。
アガリアレプトからの手紙には、三日目から六日目までの深夜に指定した場所で待っていると書かれてあった。内容が本当ならばアガリアレプトは間近にいるはずだ。
眠ろうとしても寝つけない深き森の夜が静かに過ぎてゆくのだった。
●アガリアレプト
「ここは‥‥」
五日目の昼、エフォール副長は到着した目的の地を見渡す。
古代に祭事が行われていたような石材で建てられた広場である。もっとも草だらけで木も石畳を割って成長し、破損も激しかった。
直径七十メートル程の範囲が広場を含めて拓けていて周囲はすべて森だ。
リアナと乱雪華は脱出経路を完全に覚える為に再び森へ戻ってゆく。
他の冒険者は細めの木を伐り、蔓で組み合わせて簡易の篝火立てを作り上げた。燃料となる枯れ枝も集められる。
篝火は森の道へと繋がる方角に偏らせて広場に八個所設置しておいた。
日は暮れて空が赤く染まる頃、リアナと乱雪華が戻る。やがて夜の帳が下りた。
誰もが緊張のまま待ち続ける。
日の入りから三時間が経過した頃、欠けた月を背に現れる黒い影があった。
影には翼があって近づくと強風が巻き起こされる。用意していた篝火のすべてが火の粉を散らしながら吹き飛んだ。やがて消え去り、辺りは一気に暗くなる。
冒険者達は持っていたランタンやたいまつに火を点ける。そして付与できる強化魔法を施した。
大きな影は石造りの祭事の広場中央に降り立っていた。
「この影はトーネードドラゴン‥‥」
フランシアが呟いた。そしてTドラゴンの背中の上の何者かが話し始めた。
「お待たせしてしまったようです。わたくしも数日前からこちらに顔を出していたのですからお互い様ということで。それにしても無粋な方々と一緒のご様子。この間のひとときを邪魔をした冒険者のようですね。確かに一人で来いとはしたためていませんでしたが‥‥」
多くの者が聞き覚えのある声だ。シャルウィードがわずかな月明かりで確認し、アガリアレプトに間違いないと仲間に教える。
「前置きはいい。メリーナの事を聞かせてもらおう」
「なら、一人でわたくしに近づくがよいでしょう。勇気があるのならば、ですが」
アガリアレプトはTドラゴンの背中から壊れた石柱の上に飛び移る。
エフォール副長はたいまつを手にしてアガリアレプトに向かって歩いた。踏み込めばアガリアレプトの立つ石柱の真下という位置まで辿り着く。
「そこでお待ちなさい」
アガリアレプトがエフォール副長を立ち止まらせると魔法を詠唱する。その様子に冒険者達は身構えるが攻撃魔法ではなかった。
「本当に。まさか‥‥」
静寂のおかげでエフォール副長が呟きが遠くの冒険者達にもよく聞こえた。アガリアレプトが使ったのは本物ような幻影を作りだすファンタズムのようだ。
「今のメリーナなのか? この女性は」
エフォール副長がアガリアレプトに問いかけた言葉で冒険者達は理解する。エフォール副長が見ている幻影はメリーナだと。
「そうです。このお姿を親愛なるエフォール殿にお見せしてあげたかったのですよ」
アガリアレプトの甘言が周囲に響いた。
冒険者達はいつでも動けるように身構えながら、互いに目を合わせた。
一番の問題はTドラゴンである。空中戦を行えるのはペガサスと共にあるナノックのみだが、一人で相手をするには荷が重すぎる敵だ。
「メリーナが本当に生きていたとして、何か目的だ。脅してデュールのようにデビノマニにでも誘うつもりか」
「誘うような真似は止めました。この間のお話しで考えを変えたのです。エフォール殿の意志でこちらに来て頂くのを待つ事に‥‥。メリーナ様をお連れするともいいましたが、それもとり止めです。代わりにゲームを致しましょう。チェスより余程面白いゲームです」
「ゲーム?」
「今エフォール殿の目前に広がるメリーナ様の幻想ですが、その背景の特徴に住まわれている場所のヒントが隠されています。もうすぐ幻影が消え去る時間です。ちゃんと覚えておきませんと後悔するのではありませんか?」
エフォール副長に話しかけるアガリアレプトの声には嘲笑が混じる。
「ただの庭では‥‥」
エフォール副長は幻想の景色に注目するが、まもなく消え去ってしまう。
「ここで皆様と戦うのも一興なのですが‥‥、とても気分がよいので退散する事に致しましょう。ただ、余興は用意させてもらいました。どうか、お楽しみを」
アガリアレプトがTドラゴンの背中に飛び乗る。
「一斉に近づいて来ました! オーガ族の群れだと思われます! 数は‥‥把握出来ません!」
リアナがブレスセンサーで探知した結果を叫んだ。まるで探られるのがわかっていたかのようにオーガ族はギリギリの位置で待機していたようだ。
不気味なわめき声の合唱が森に鳴り響いた。
アガリアレプトとTドラゴンは月夜へと消えてゆく。冒険者達は追いかけずに森からの脱出に注力した。
「森の道は任せて下さい! ついてきて下さい!」
乱雪華が愛馬ホーロンに飛び乗って先導する。
「切り開くのは任せろ!」
続いてディグニスが愛馬に飛び乗って乱雪華に続いた。
エフォール副長を守りきるには止まらずにオーガの包囲を突破すべきである。その為には自らが傷つくのもいとわなかったディグニスだ。
「失礼」
「行くぞ!」
エフォール副長は後ろにフランシアを乗せると手綱を強くしならせる。
「エフォール副長の前方は私が!」
愛馬に乗ったシクルはエフォール副長の馬を追い抜いて森の道に突入する。ミミクリーで伸ばした腕を活かして、近寄るオーガ族を退かせた。
「右は任すのねぇん!」
「では、左は俺だ!」
それぞれに騎乗するエリーと李風龍がエフォール副長の左右の防御を固めた。地上戦ではないので、エフォール副長の周囲を固めるのに徹した李風龍である。
ただ、三頭が並列で走れない道幅の個所も多い。その時はフランシアのホーリーフィールドが活躍する。
「迷わないように!」
騎乗のリアナはエフォール副長の馬の後ろについた。乱雪華と同じく森の道をよく知っているので中間の標となる。
馬エクレイルに二人乗りするデュランダルとシャルウィードは殿を努めた。
「こういう時はトンズラに限るね! それにしても馬の上はやりにくいもんだな、デュラン」
軽口を叩きながらもシャルウィードは近寄るオーガ族を近寄らせない。
「右側は任せろ!」
デュランダルは重い剣を振った上で二人乗りしながらも、馬の扱いに破綻はなかった。卓越した騎乗技術である。
「全体的に隊列が距離が伸びているぞ! 進行方向右前方に新たな一団がいる!」
ナノックはペガサスで低空を飛び、地上の仲間に状況を知らせた。
走りだして約一時間後、待ち伏せや追ってくるオーガ族はいなくなる。速度は緩めたものの、一行はそのまま走り続けて森を後にした。
その後の一行は最低限の治療と休憩をとる。そしてフレデリック領からの脱出に全力を傾けた。
●そして
十日目の昼頃、一行はパリへ戻ると冒険者ギルドを訪れる。
御者付きの馬車が待っていてくれたおかげで、一行の寝不足気味の体調も到着前には整えられていた。
エフォール副長が見せられたファンタズムの景色とは、妹のメリーナの面影を持つ女性がどこかの庭の草花に水をあげている場面であった。
とりあえずは羊皮紙に見た風景を描いたエフォール副長である。ただしお世辞にもうまいとはいえない絵だ。
「今度も助けられたな、ありがとう。これはお礼だ」
エフォール副長から追加の報酬と品が冒険者に贈られる。
メリーナが生きているのかも含めて真実を確かめるつもりだと言い残して、エフォール副長は立ち去るのだった。