●リプレイ本文
●船上
「私事の依頼だが、デビル・アガリアレプトと深い関わりがある。みなさんに同行してもらい、とても心強く感じている」
揺れる帆船の船室。ブランシュ騎士団黒分隊エフォール副長はテーブルを囲む冒険者達にあらためて挨拶をした。
パリを出航をしてまだ間もなかった。
これから帆船はセーヌ川を下って海へと出る。航海を続けて北海の港町オーステンデで下船し、馬車で向かう先が目的の町フェステナであった。
フェステナはノルマン王国の歴史と深い関わりがある。復興戦争中、ウィリアム陛下を始めとする旧王国軍が潜伏した一つがフェステナだ。
(「人の記憶は移ろいやすいもの。それの真贋を見極めるのは困難を極めるが、はてさて‥‥」)
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)はドア近くの壁に寄りかかりながら、仲間達の会話に耳を傾ける。
「メリーナ嬢らしき人物がいたとして、デビルの罠が張り巡らされているのは間違いありませんね。私は周囲の人物、例えば家族がいれば、その人達に注意を向けるつもりです」
シクル・ザーン(ea2350)の自らの考えを述べる。
「エフォール殿の妹殿か‥‥。兄妹というものはかけがえのない大事なものだからな」
李風龍(ea5808)は脳裏で弟を思い浮かべた。
「メリーナ嬢が幸せに暮らしているのであれば、そっとしておいてやったほうがいいかも知れない。だがすでにデビルが関わっていて、彼女も無関係ではいられない。即刻に保護する必要がある」
デュランダル・アウローラ(ea8820)は腕を組んで目を瞑っているエフォール副長を横目で眺める。
「結局、あの戦争が未だに糸を引いているのですか」
普段の口調とは違う言葉をエリー・エル(ea5970)は呟くように仲間に投げかけた。彼女にとっても復興戦争とは忘れない過去である。
「それらしき娘がいたとして、いつ頃から町に住んでいるのかなどを調べるつもりだ。鐘楼があるなら教会は確実にある。訪ねてみよう」
氷雨絃也(ea4481)は教会を含めて外側からの証拠固めをするつもりでいた。
「教会にはわたくしも。エフォール殿もご一緒されるのをお勧め致します」
フランシア・ド・フルール(ea3047)はそれらしき娘が発見されたのなら、いきなりの訪問はせず、町の人々をよく知るはずの教区司祭に紹介してもらうつもりである。
「当然のようにエフォール氏の妹らしき者はフェステナにいるだろう。それが奴らのやり口だ」
ナノック・リバーシブル(eb3979)はアガリアレプトの狡猾さを思い浮かべて眉をひそめる。そして町ではなるべく目立たないように行動すべきだと提案した。
「アガリアレプトもそうですが、トーネードドラゴンについても気をつけた方がよさそうです」
乱雪華(eb5818)は町の近くに巨体が隠せそうな森がないかを気にしていた。
「フォーノリッヂで特にわかった事実はありません。オーステンデに到着したら、もう一度試してみます」
リアナ・レジーネス(eb1421)も乱雪華と同じく町の周囲を調べるつもりだ。馬車での移動の最中、上空から敵を索敵する用意もある。
一行を乗せた帆船は二日目の宵の口にセーヌ河口を通過する。ドーバー海峡を通過し、北海の港町オーステンデに入港したのは三日目の夕方であった。
●フェステナ
一晩をオーステンデで過ごした一行は馬車を中心にした編成でフェステナを目指した。
だんだんと天候が崩れて小雨が降りだす。やがて大降りへと変化してゆく。まだ夕暮れ時のはずだが、フェステナに着いた頃には辺りは真っ暗である。
町ではエフォール副長が借りた宿に泊まった。翌日の四日目も雨が降り続いていた。
シクルが道中で描いてくれた数枚の似顔絵を手に一行は手分けして聞き込みを行う。デビルが潜んでいないか町の外側を調べる者もいた。
あいにくと冬の雨の日に外出している町の人は少なかった。それぞれに一軒ずつドアを叩いて訊ねる。町には酒場や料理店もあったが、どこも寂れていた。
シクルの絵を描く才能は非凡だが、肝心のエフォール副長の記憶が曖昧なせいで似顔絵はあまり似ていないようである。
五日目も雨は止まない。アガリアレプトの策略の一つではないかと愚痴をこぼす冒険者もいた。
夜には宿へ集まり、昼間の成果を全員でつき合わせる。町に来て実質二日で、ようやくそれらしき娘の絞り込みが終わるのであった。
●教会
六日目の朝、一行は鐘楼の目立つ教会へと足を運んだ。未だ雨は降り続いていた。
午前中のミサが終わった後、全員で司祭に話を伺う。
「よく礼拝に来られる信仰深いご家族です」
氷雨絃也とフランシアが、それらしき娘が暮らすエジラ家についてを訊ねると司祭は答えてくれた。
「あちらのご家庭は御夫婦と娘さんの三人暮らし。娘の名はメリーナではなく、フォリア・エジラのはず。生い立ちなどは特に存じていません。ご主人は石工で、奥様は普段娘さんと一緒に御自宅におられる様子です」
司祭の評価だとエジラ家は善良なノルマン国民のようである。特に不審な点はないという。
教会を立ち去ると、一行はエジラ家の近くで待機した。司祭は多忙で一緒に来訪出来ないかわりに、紹介状を用意してくれる。
「あの家、あの庭‥‥。季節が違うせいか印象は違うが、アガリアレプトが見せたものと似ている。もちろん鐘楼もだ」
馬車内の窓から家を眺めるエフォール副長が呟く。
エジラ家の主人らしき中年男性が戻るのを確認した上で冒険者達は家を訪ねる。司祭からの紹介状を見せると信用してくれた。
エフォール副長と一緒に出入り口のドアを潜り抜けたのは、シクル、フランシア、エリーである。
氷雨絃也、ディグニス、ナノック、乱雪華は庭で待機した。
家を取り囲む塀の外では李風龍、リアナが注意深く警戒する。
雨にも関わらず上空ではデュランダルがヒポグリフに騎乗して家全体を見下ろしていた。
家にあがった四人はテーブルにつき、夫人が用意したハーブティのカップを手に取る。
先程の男性はやはり家の主人であった。娘と一緒に部屋へと現れる。
「そういわれましても‥‥困りましたわ」
エフォール副長が事情を話すと娘フォリアは困惑の表情を浮かべる。
自分の本当の名前がメリーナ・ヴェルタルであり、目の前の男が腹違いの兄といわれても心当たりがなかった。しかも、その根拠となるのがデビルの発言である。
幼い頃の記憶を訊ねても、エジラ家の一人娘としての思い出しかフォリアは持ち合わせていなかった。
夫人に呼ばれ、フォリアが一旦部屋を去る。しばらく待ったが一向に戻って来ない。
「あ‥‥」
フランシアが頭に右手を当てると、テーブルに伏せた。
「どうした?」
立ち上がったエフォール副長がフランシアに近寄ろうとするものの、うまく歩けない。
「なんか‥おかしいのねぇん」
エリーも床にお尻から落ちる。
「謀り‥‥ましたね」
シクルがテーブルに腕を突っ伏しながら家の主人を睨んだ。
「そう、あのお茶には身体の自由が利かなくなる毒が入っていたのですよ。みなさんお丈夫のようで少々時間がかかりましたが‥‥」
家の主人は口の端をあげて笑う。
「やはり貴様等はデビルの下僕‥‥」
「さすがはブランシュ騎士団の者、察しが早いですな。しかしアガリアレプト様も何を考えていらっしゃるのか‥‥。長年言いつけを守ってきた私達夫婦には何も伝えずに、こんな事を」
エフォール副長に答えながら家の主人は剣を取りだす。
「さようなら、副長」
家の主人がエフォール副長の喉に剣先を向けようとした瞬間、火花が散った。
主人の剣が宙を舞って天井に突き刺さる。
エフォール副長が抜いたシルヴァンエペを構えて家の主人を見据える。動けないはずの三人も立ち上がり、家の主人を取り囲んだ。
「庭の草木は毒になりそうな植物ばっかりだったのよぉん」
エリーは植物により詳しい乱雪華とリアナに相談して確信を得ていた。
「散見される悪魔崇拝で使われる品。見破られないと考えるは実に浅はか」
フランシアはホーリーフィールドを念の為に張る。
「最初から疑っていたのです。ハーブティは飲んだふりです」
シクルが仲間から借りたロープで家の主人を後ろ手に縛る。
「私は単なる時間稼ぎ。フォリアは妻が逃がしているはず」
家の主人は勝ち誇った顔をする。だが四人は冷ややかに見下ろしていた。
「もしや‥‥」
家の主人の呟きと同時にドアが勢いよく開く。
「隠し通路まであるとはな。監視していてよかったが、こういった地味な作戦は不得手だな」
氷雨絃也が捕まえた夫人を部屋の椅子に座らせる。
「危害は加えませんので、どうか落ち着いて下さい」
「お父様、お母様、これは一体‥‥」
乱雪華によってフォリアは確保されていた。夫婦を見たフォリアが首を何度も振る。
「デビルだ!!」
斬撃の音と一緒に庭から聞こえてきたのはディグニスの声である。
一行はデビルの潜伏を魔法やアイテムによって家を訪ねる以前から知っていた。司祭を同行させなかった本当の理由はここにある。
「これは‥‥?」
剣を抜いたナノックはペガサスと共に家へ侵入しようとするデビルと対峙した。
しかしいつもと勝手が違う。インプやグレムリン以外のデビルも数体混じって指揮をしている。
インプに似ていたが、より大型で炎をまとっていた。後にわかるが『ネルガル』である。
「厄介だが、トーネードドラゴンに比べれば‥‥」
デュランダルは巨大な禿鷹のようなデビル『アクババ』二体と空中戦を繰り広げる。
ナノックと同じくデュランダルも疑問を持ちながら戦う。ここまでのデビルの多様性はこれまでになかった。デビル側に何かしらの変化があったのではないかと推測する。
やがて透明化したネルガルが家屋に侵入して火災を起こした。
室内にいた一同は庭へと出ようとする。
「こちらです」
乱雪華は先に庭へ出て鳴弦の弓をかき鳴らす。
「トリニア、危ないわ。こっちにおいで!」
フォリアが逃げる途中で飼っていた黒猫を見つけ、呼び寄せようとする。
「その猫こそ神敵!」
「止まれ!」
フランシアの叫びに反応した氷雨絃也が黒猫を聖剣で斬りつけた。
「そんな‥‥」
飼っていた黒猫トリニアの背中から蝙蝠のような翼が生えてさらに巨大化する。気を失って倒れかかったフォリアをエフォール副長が支えた。
黒猫の正体はグリマルキンであった。
「町中だというのにデビルだらけか。強行突破だな」
ディグニスが氷雨絃也に加勢しようとすると、グリマルキンは退散してゆく。
「塀のこの部分に隠された脱出口があるぞ!」
ナノックの導きで外の道へと全員が脱出した。
「大丈夫だったか!」
塀の外で戦っていた李風龍の足下には消えかかったグレムリンが転がる。
すぐさま仲間に近寄った李風龍は怪我をしている者をリカバーで治療する。
「脱出の道、確保!!」
リアナが慎重に狙いを定めてレミエラで扇状化したライトニングサンダーボルトを放った。襲ってきたインプとグレムリンの群れが地面に叩き落とされる。
デュランダルも合流し、一行はエジラ家の三人を連れて広い空き地へと避難した。わずかに追いかけてきたデビルがいたものの、事態は収束に向かう。
火事を知って町の人々が集まり始めた頃には、デビルはどこかに去っていた。
空き地からも火に包まれるエジラの家屋の様子がはっきりとわかる。石造りとはいえ、家財が燃えやすければ火の手は広がる。
雨はさらに強まり、隣家に移る事なく鎮火するのだった。
●そして
フェステナに滞在できる期間内でエジラ家の夫婦に尋問が行われる。
夫人は特に薬や毒の扱いに長けていた。これまでフォリアに記憶が混乱する薬を投与し続けてきた事が判明する。つまり記憶を失わせた上で、別の過去を思い込ませたようだ。庭で育てられていた毒植物が証拠となった。
エフォール副長とフェステナに滞在する官憲との交渉により、罪深き夫婦はルーアンのラルフ卿の預かりになるのが決まった。
一番の問題はフォリアだ。
今のところ、彼女がエフォール副長の他人である証拠は存在していない。エジラ夫婦はアガリアレプトから幼いフォリアを預かっただけで素性は知らないという。
状況証拠としてはメリーナである可能性が高い。よってひとまず彼女はメリーナだと判断された。
九日目の朝、一行はフェステナを後にする。
「やはりデビルの罠でしたか」
シクルとディグニスはそれぞれの愛馬で一行の先頭を走る。
「メリーナだと思われる女性を保護出来たのはよしとしよう。しかしこれからが大変だ」
ディグニスは後ろを走る馬車へ振り返った。
「やっぱりぃ、家族は一緒じゃなくちゃねぇん」
馬車の右側を愛馬で走るエリーは、本当の意味での家族の絆がメリーナへ訪れるようにと祈る。
「アクババにネルガルか‥‥。胸騒ぎがするな」
李風龍はエリーの反対側を愛馬で駆けていた。胸元に入れてある焼いた石の布包みの暖かさが身に染みる。景色はすっかり冬である。息も早朝だと真っ白だ。
(「一体ずつならばとるにたりない敵だ。しかし‥‥」)
デュランダルは飛行するヒポグリフの背中でアクババとの戦いを思いだす。
「町を出る前にフォリアさんの未来を観ましたが、悩んでいる姿ばかりでした」
「そっと後でエフォール副長に教えてあげた方がいいと思います」
愛馬で並んで走るリアナと乱雪華は、同時に前方の馬車を見つめた。
「とにかく亡者の化生ではなくてよかったな。そうなら妹とかいってられん」
氷雨絃也は馬車の窓から外を眺める。雨も上がって澄んだ空が広がっていた。
「最終的に真贋を見定めるも彼女の扱いを決めるも、エフォール殿自身です」
フランシアは馬車内で真向かいに座るエフォール副長に頷く。
「これからが大変だぞ、エフォール氏。彼女を通じて何かを仕掛ける、または彼女をどうこうする事で氏の心への攻撃が行われるだろうから‥な」
ナノックはペガサスで低空を飛んで馬車内のエフォール副長に声をかけた。
「そうだな。みなさんの言うとおりだ。とにかくわたしは全力で彼女を守ろう」
エフォール副長が視線を落とす。傍らで眠るフォリアの頬には涙の跡が残っていた。
十日目の朝、一行はオーステンデで帆船に乗り込んだ。
十一日目の昼、エフォール副長はエジラ夫婦とフォリアを連れてルーアンで下船する。この時、冒険者達には追加の報酬とお礼の品が贈られる。
そのまま帆船に乗ったまま、冒険者達は十二日目の夕方にパリの地を踏んだのであった。