●リプレイ本文
●ブルッヘ
セーヌ川に浮かぶ帆船に乗り込み、パリを出航して三日目の夕方。北海沿いの湾から続く水路を南下して辿り着いたのがブルッヘである。
下船したエフォールとメリーナ、そして冒険者達はひとまず宿へと泊まった。町の散策は明日からの予定になる。
「ねぇ、そういえばぁ、何か、形見の品物みたいなものは持っていないのぉん」
夕食の時、エリー・エル(ea5970)がメリーナに話題をふった。
「そういわれましても、わたくしは何も‥‥」
「ないのなら、それでいいのねぇん。このお魚の入ったスープ美味しいよぉん」
エリーは笑顔でスープをメリーナに勧める。
(「昔のメリーナには彼氏がいなかったっていってたのぉん。小さい頃だったからそれが普通らしいのねぇん」)
船旅でエフォール副長と交わした会話をエリーは思いだす。
「ねぇ、彼氏とかいないのぉん?」
「えっと‥‥いないんです。すみません」
謝る必要はないとエリーは微笑んだ。どうやらフェステナ町では、デビルを除けば両親以外にメリーナの周囲を監視していた表だった者はいなかったらしい。
(「あっけなさ過ぎる気がします‥‥」)
シクル・ザーン(ea2350)はスープに浸したパンを口に運びながら、これまでの出来事を頭の中で反すうする。
アガリアレプトが告げてメリーナが発見された。
メリーナは本来の記憶を洗脳の薬によって消されている。育ててくれた両親は悪魔崇拝者であり、当然本物ではない。
エフォール副長とメリーナ、両者にとって大きな試練であるが、この程度の策をアガリアレプトが何年にも渡って計画していたとはシクルには思えなかった。
「ちょっといいか?」
食事が終わると李風龍(ea5808)がメリーナに声をかける。
「小龍って名前だ。連絡役として預けておくのでよろしくな」
李風龍が掌に乗ったフェアリーの小龍をメリーナの前に差しだす。
「まあ、可愛い。よろしくお願いしますね、しゃおろん♪」
メリーナが挨拶をすると小龍は手を振るのであった。
エリーと李風龍に連れられて先にメリーナが食堂から立ち去ると、エフォール副長の周りに他の冒険者達が集まる。
「この街で印象的な出来事があったとしたら、それを再現してくる可能性が高いじゃろうて。思い当たる事は?」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)の質問にエフォール副長が答えた。
ブラーヴ騎士団に入隊する前に家族で住んでいたのがブルッヘだという。約一年間、貴族の身分を隠して生活をしていただけで特に事件があった訳ではない。
ちなみにメリーナが焼け死んだと思われた火災はフェステナでもブルッヘでもなく、別の町で起きたものだ。その時のエフォールは一騎士として戦いの場に赴いていて側にはいなかった。
両親は火事から無事逃れたものの、騒ぎの最中に何者かに襲われて金品を奪われた上に殺されたのだと、エフォール副長は伝え聞いていた。
「アガリアレプトの主眼は堕落への誘い」
フランシア・ド・フルール(ea3047)はもしもと断った上で、いくつかの考えられる謀を言葉にする。
「火に巻かれた当時と同じ状況で妹御の命を奪う。或いはエフォール殿が妹御を討たざるを得ぬよう仕向け、絶望の中に神を呪わせる等々――」
「心に留めておこう。アガリアレプトに惑わされぬ為に」
フランシアの忠告をエフォール副長は受け入れた。多くの仲間もフランシアと同じ考えである。
「どうも敵のやり口が変わってきたようだな。デビルの種類も増えている。これも噂とやらに関係があるのか‥」
「デビルの不穏な動きは確かに存在する。気を付けなければな」
エフォール副長に話しかけるデュランダル・アウローラ(ea8820)の心配は地獄からのデビル侵攻という形で現実のものとなる。しかし、それを知るにはもう少し時間が必要であった。
「俺は行商人の格好で馬の手綱を握って歩きながら、つかず離れずでいるつもりだ。せっかくの旅行、兄妹でゆっくりしてくれ」
「心遣い感謝する。安らぎが必要だと思うのだ。メリーナ、いやフォリアには」
氷雨絃也(ea4481)はエフォール副長の優しい一面を感じ取る。
「明日、ゴンドラに乗るのなら船頭は任せて下さい。この格好なら必要以上の警戒もされないでしょう」
「確かにそうだな」
乱雪華(eb5818)の姿を改めて見たエフォール副長はクスリと笑う。乱雪華はまるごときたりすを着込んでいた。とても強そうには見えない格好だ。
「私は魔法を駆使して敵を感知して守りましょう。どうかご安心を」
「期待している。フォリアも喜ぶ事だろう」
リアナ・レジーネス(eb1421)が差しだした手をエフォール副長が強く握り返した。
「ではエフォール氏。フォリア氏と共に骨休みを楽しんで欲しい」
「とても助かる。お任せしよう」
ナノック・リバーシブル(eb3979)はエフォール副長から明日からのプランに変更がないのを確認する。
町の地図も用意されているので、追跡は比較的簡単であった。ナノックは翼を隠したペガサス・アイギスも連れてゆくので、いざとなれば空からの追跡も可能だ。
(「判断が難しいが、常に用心しなくては、な」)
部屋へと続く廊下で最後尾を歩きながらナノックは心の中で呟くのだった。
●運河
「とても綺麗だわ」
メリーナは水面に右手を浸し、エフォール副長に微笑む。
四日目の昼過ぎ、エフォール副長とメリーナはゴンドラに乗ってブルッヘの町を散策していた。
船頭は本職に頼んで交代してもらった乱雪華。同乗者としてフランシアの姿もある。
シクル、エリー、デュランダルは別のゴンドラに乗って一緒に移動していた。
氷雨絃也、李風龍、ディグニス、リアナ、ナノックは変装をして周囲の陸地から監視をする。
様々な魔法やアイテムでデビルを監視する。水中への警戒の為に運河にはエリーのペンギンとヒポカンプスが放たれていた。
冬の日であったが、陽の当たる個所ならばそれなりに暖かかった。兄妹の笑顔が零れる。
しかし白昼の運河の上で事態が急変する。
「あの猫、トリニアに似ているわ‥‥」
メリーナが遠くの陸地に黒猫を発見する。同時に冒険者達はデビルの反応を感じ取った。
黒猫はまさしくメリーナが飼っていたトリニアで、本来のグリマルキンの姿に変貌する。
それだけでなく、空からインプとグレムリンの群れ、そしてネルガルもゴンドラ二艘を取り囲んだ。
激しい攻撃が始まるかと思われたが、フランシアのホーリーフィールドを破壊する程度にしかデビル側は攻撃をしてこない。
(「敵は謀の機会を待っているのでしょうか?」)
フランシアはホーリーフィールドを張りなおしながら周囲に目配せする。
(「敵は何が狙いだ?」)
陸にいた氷雨絃也は聖なる釘を地面に打ちつけながら水上の様子を眺める。他の陸上の仲間達も二艘が浮かぶ運河の周囲に集まっていた。
「フォリア?」
突然眠りに就いたフォリアにエフォール副長が声をかける。
デビルの群れの中に混じっていた霧のような存在が放ったスリープによるものだ。後でフランシアによって説明されるが、インキュバスかサキュバスかのどちらかである。
眠ったのとほとんど同時に急降下してきた黒い鳥がメリーナの中に入り込む。その正体はエフィアルテスという、こちらも夢魔の一種であった。
「フォリアくんならきっと平気よねぇん!」
エリーがホーリーを放ち、メリーナに憑依していた子鬼のような鳥のようなエフィアルテスがたまらずに飛びだした。
「逃がしません!」
ミミクリーで腕を伸ばしたシクルはエフィアルテスの片翼を霊刀で切り落とす。バランスを欠いたエフィアルテスは回転しながら落下する。
「何が目的だ! デビル!」
デュランダルが水面に落ちたエフィアルテスをシクルと共に仕留める。デビル側は不気味な唸り声をあげるだけでそれ以上動く気配はなかった。
「埒があかない。あの水辺の階段の側へ」
エフォール副長の指示の元、乱雪華が櫂でゴンドラを大きく動かす。もう一艘も続いた。
機を感じた陸地の仲間も一斉に動く。
「退け! 何者にもやらせない!」
ナノックはペガサス・アイギスで飛翔し、デビルの群れに突っ込んで蹴散らした。
「ここは盾になろうぞ。早く!」
ディグニスが陸にあがったメリーナとエフォール副長に声をかける。そしてグレムリンの突進を身体で食い止めた。
「ここに居てくれ。デビルは近寄れん!」
氷雨絃也は聖なる釘の結界にメリーナを導く。
「大丈夫です。気を楽にしてください」
リアナはメリーナに声をかけて安心させた。結界の周囲にミラーオブトルースを張って感知しにくいデビルの接近も見逃さないように心がけるリアナであった。
「こちらは任せてくれ! エフォール殿!」
「了解した!」
李風龍はエフォール副長と共に結界に迫り来るデビルを倒してゆく。互いの死角をかばいながら、結界には決して近寄らせない。
大半を倒し終わると、デビル側は撤退を始める。
「はい。怪我は特にありません」
わずかな間憑依はされたものの、メリーナに怪我はなかった。
一同は安心するものの、フランシアはメリーナが一瞬だけ見せた陰りの表情が気にかかる。
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ‥‥、どこにも怪我は」
フランシアに毛布をかけてもらったメリーナは同じ言葉を繰り返すだけだった。
一旦宿へ戻ろうとするエフォール一行を遠くの建物の屋上で見下ろす者が一人いた。
「種は撒かれ、そして今、芽吹きに至る。真っ赤に咲き乱れる薔薇のような現実はそう遠くない日に‥‥。エフォール、楽しみにして待っているがよい」
人の姿に化けたアガリアレプトは半分閉じた瞳で見つめたまま、口の端をあげるのであった。
●人混み
より警戒をしながらも旅は続いた。
造船所があるおかげで各地から職人が集まってより賑やかになってゆくブルッヘ。船着き場として物資も集まれば、その他の職を持った人達も自然と引き寄せられる。
船着き場周辺は特に賑やかであった。
先日のデビル側とエフォール一行の戦いは町の噂にはなっていない。デビル側が何らかの方法で人々をあの周囲から一時的に排除したと考えられる。
目撃者がいたとしても数人程度のようで特に被害があった訳でもなく、官憲も動かなかったのだ。
デビル側の作戦の緻密さに冒険者達はアガリアレプトの存在を頭の隅に置いていた。アガリアレプトが直接の指揮をしているではないかという疑いである。
事実は多くの人々が行き交う市場で、文字通り白日に晒される。
「アガリアレプト‥‥」
石の中の蝶を確認したナノックが呟く。
人混みの中を歩くエフォール一行を遮るように立っていたのは、人の姿へ化けたアガリアレプトであった。
「楽しいご旅行を邪魔するようですみませんが、少々お話を」
礼をしたアガリアレプトはメリーナへわずかに振り向いた後で、エフォール副長を凝視する。この状況で戦闘が始まったのなら、市場の人々に被害が及ぶのは必至である。それを踏まえてのアガリアレプトの行動なのだろう。
「メリーナ様を介した戯れは別にして、わたくしもデビル侵攻の一翼として動く所存であります。これから伝える内容はエフォール殿からラルフ殿に伝えてもらえますでしょうか? ‥‥忠実なラルフ殿の部下であるエフォール殿なら心配はないでしょうが、念のため」
「もったいぶるのが趣味のようだな。何を企んでいる?」
「そちらのクレリックのように聡明な方が周囲にいらっしゃるようなので、既にご存じかも知れませんが、宣言させて頂きましょう。この地上にいるデビルの身体は偽りの存在。本体より派生させた一種の擬似的な身体に他なりません。本体は地獄にあって、例え倒されても再びの復活が可能。そちらの冒険者の何名かに倒されたアビゴールもいつかは蘇るはず」
「何がいいたいのだ?」
「このブルッヘにいるあなた方は知り得ませんが、地獄への道が開かれた今、望むのならわたくしどもは本来の力を得られるようになったのです」
アガリアレプトはデビルの姿へと戻る。額には二本の角、そして背中には黒き両翼が現れた。
翼が大きく広げられると人々が気づいて、市場はパニックに陥る。
「人に勝ち目は皆無。諦めなさい、そして絶望の中で苦悶するがよい!!」
一瞬にしてエフォール一行の前からアガリアレプトはいなくなる。上級デビルが持つ瞬間転移によって。
これ以上の旅は無理だとエフォール副長は判断する。一行は予定より一日早い七日目の朝にブルッヘを後にした。
その代わり、八日目の昼過ぎにルーアンで下船した一行はヴェルナー城へと向かった。ブランシュ騎士団黒分隊隊長でもあるラルフ領主との面会の為だ。
各地にムーンロードのようなものが出現し、垣間見える地獄の状況がラルフ領主の元にも届いていた。
「ただ単に魔力が込められた武器では、倒せないデビルもいたと報告にある。デビルスレイヤー能力やその他に強化されたものでないと、通常の武器のようにデビルに傷一つつけられないらしい」
ラルフ領主はエフォール副長と冒険者達からの報告を聞いた上で、自分が知り得た情報を提供する。魔法についても威力が弱いと、ダメージを負わせられないという。
「伝承によれば本来の力を得たデビルは確かに強大だが、倒せば二度と復活は出来ないとある。考え方を変えてみれば、好機ともいえる。デビルを永遠に葬る事が出来るかも知れないのだからな」
アガリアレプトとは反対にラルフ・ヴェルナーは希望を語る。果たしてどちらが本当なのかは、今の時点では誰にもわからなかった。
活用して欲しいとラルフ領主は冒険者達にレミエラを贈った。
エジラ夫妻の警戒は厳重に行っていると手紙を送ってくれたフランシアにラルフが答えて面会は終了する。
九日目の昼前、再び帆船に乗り込んだ一行は翌日の夕方にはパリの地を踏むのであった。