●リプレイ本文
●警戒
早朝のパリ船着き場。エフォール副長とメリーナの兄妹、そして護衛の冒険者十名はブルッヘ行きの帆船へと乗り込んだ。
変装が必要な冒険者を手伝った見送りのティズ・ティンと大宗院亞莉子は、セーヌ川の下流に向かう帆船へ手を振る。
「‥‥私は辛い昔の記憶なんて蘇らせてたくはないです‥‥」
甲板に立つエリー・エル(ea5970)は船室へ降りてゆくメリーナとエフォール副長の背中を見つめながらポツリと呟く。エリーには思うところがあった。
「私、今日は二十三歳の誕生日だから祝って!」
メリーナに駆け寄ったエリーは笑顔でおどけてみせる。容姿は発言通りであるが、実年齢については内緒である。
「それはおめでたいですね。エフォール様、何か致しましょうか」
「そうだな。船の上なので特別な事は無理だが、船のコックに腕を奮ってもらおうか」
エフォール副長とメリーナは兄妹でエリーに微笑んだ。
一行を乗せた帆船はセーヌ川からドーバー海峡に出る。そして北海のズウィン湾内から伸びる水路を南下した。三日目の夕方頃、内陸部のブルッヘに入港する。
宿屋に泊まる際、メリーナはフランシア・ド・フルール(ea3047)、エリー、リアナ・レジーネス(eb1421)、乱雪華(eb5818)と一緒に休む事になった。つまりは女同士である。
この前の旅でデビル・アガリアレプトからの刺客に襲われたのが今いるブルッヘである。細心の注意が求められるのを冒険者達は心に刻んでいた。
女性陣は順番を決めて室内で見張りを行う。
エフォール副長を含む、男性陣のシクル・ザーン(ea2350)、氷雨絃也(ea4481)、李風龍(ea5808)、デュランダル・アウローラ(ea8820)、ディグニス・ヘリオドール(eb0828)、ナノック・リバーシブル(eb3979)は女性陣の隣室に宿をとっていた。
役割と順番を決めて、廊下や宿屋の周囲などで警戒を怠らない。それぞれに持ち込んだデビル感知のアイテムや魔法探知に加え、やはり直接の視覚や聴覚による監視は不可欠であった。
メリーナを洗脳した上で育てていた偽の両親は悪魔崇拝者である。つまりデビルに手を貸している人にも狙われるかも知れない。
「エフォール殿はどのような態度をなされたので?」
「微笑んでらっしゃいました。とってもお優しいですわ。本当のお兄様だと思いだしたのなら、どんなに嬉しい事でしょう」
就寝の前、フランシアがメリーナとのお喋りのひとときを過ごす。
(「推し量るつもりですが、果たして‥‥」)
これまでの道中でもメリーナがデビルに憑依された以前と比べて変化があったかどうかを注意してきたフランシアである。
「それではゆっくりお休みになって下さい。明日はトーロスですので」
「ええ。見張りの方、無理をなさないでね。雪華様」
ベットに横たわったメリーナに毛布をかけ直してあげる乱雪華である。
ランタンを消し、暖炉の炎だけが室内を照らす。乱雪華は鳴弦の弓を離さずに見張りを続けた。
(「メリーナとエフォール副長の様子に変化はなし。一人、宿屋に近づいてきたがそのまま素通り‥‥。乱れた呼吸からして泥酔の様子‥‥」)
リアナは広範囲の超越ブレスセンサーによって呼吸を探り続けた。もしも変化があればすぐさま仲間に知らせるつもりである。ナノックが貸してくれた白光の水晶球も活用し、呼吸をしなくてもよいデビルの接近にも用心する。
道中で行ったフォーノリッヂでは重要な未来を知る事は出来なかった。
「ダメなのよぉん‥‥。無理しないでね、メリーナくん」
先に寝ていたエリーがベットの上で寝言を呟く。まだ眠っていなかった隣りのベットのメリーナがくすりと笑った。
その頃、男性陣の部屋ではエフォール副長と何人かの冒険者がメリーナについてを話題にしていた。
「エフォール氏、あれからフォリア氏はどうだろう? デビルに一度、憑依されたが検査に異常無かっただろうか?」
ナノックの問いにエフォール副長が一呼吸開けてから口を開く。フォリアとはメリーナの事である。
「身体的には大丈夫のようだ。何かしらの魔法がかかっているとも考えられないらしい。ただ、以前より思い悩んでいる時間が増えた気はする」
エフォール副長は包み隠さずに答えた。ナノックはもしもに備えて解毒剤をエフォール副長に預ける。
「この間の夢魔襲撃はメリーナ嬢の記憶を蘇らせるためのものでしょう。アガリアレプトの罠は彼女の記憶の中に隠されている‥‥のでは?」
「わたしも何となくだが、そうではないかと――」
シクルは彼女の過去に何らかの罪があるのではと考え、エフォール副長に予め伝えておく。外れればそれでいいし、当たったとすれば心の準備に繋がるからだ。
「明日、俺はトーロス町に先に入って動向を探るつもりだ。悪魔崇拝者を見極めるのは困難だが、目が合えば殺気ぐらいは察知出来るはず。一番安全そうな宿を探しておこう」
「助かる。少しでも危険は避けたい。この旅は戦う為のものではないのでね」
氷雨絃也にエフォール副長が感謝する。
交代の時間になり、ナノックとシクルが部屋の外に出ていった。代わりに李風龍とディグニスが戻る。
就寝する前にディグニスはエフォール副長に言葉を残す。
「これから起こる事はヌシとメリーナにとって最悪の出来事になるかもしれぬ。だが、それに正面から立ち向かわなければ決して道は開かれぬであろう。互いを信頼する事がそれを乗越える術である事を努々忘れるでないぞ」
「覚えておこう。ありがとう、ディグニス殿」
ディグニスはエフォール副長に大きく頷いてからベットで横になった。道中でメリーナにも同じ言葉をかけたディグニスであった。
「外は静かだった。ゆっくりと流れる運河の水音と俺の足音だけが聞こえてきたよ‥‥。エフォール殿、くれぐれも気をつけてくれ。御身もメリーナ殿も様子も含めて。日中は主にメリーナ殿の護衛監視をするつもりだ」
「相手はデビルだ、どう出てくるかわからない。わたしも注意するが、風龍殿もフォリ、いやメリーナを見守ってやって欲しい」
李風龍はしばらく暖炉の前で暖まりながらエフォール副長と会話する。それからベットに向かった。
「戦火の思い出か‥‥。これもまたアガリアレプトの予期した道の一つなのだろうな。だが、避けては通れない道だ」
眠っていたはずのデュランダルが上半身をベットから起こし、エフォール副長へ振り向いた。
「そうなのだろう。火種を予め用意しておくのがアガリアレプトのやり口‥‥」
「二人の心の強さを俺は信じている。早く寝た方がいいぞ、エフォール殿。室内での待機は俺が引き継ぐ」
デュランダルが完全に起きあがると、エフォール副長はベットに潜り込んだ。
四日目の朝、ブルッヘで借りた馬車で一行はトーロス町へと向かう。氷雨絃也が先行して町中を探り、どこにも立ち寄らずに宿屋へ直接乗り込む。
その日の夜、ブルッヘと同じような厳重な警戒が行われる。
トーロス町の散策は翌日の予定となっていた。
●過去の記憶
「ここが‥‥」
五日目の昼頃、冒険者達に護衛されたメリーナが煉瓦で造られた建物を見上げる。窓の位置からいって三階建てのようだ。
火災で崩れた建物はとうの昔に取り壊されている。よく見れば下部の煉瓦の色や大きさが上部と微妙に違う。どうやら過去の建物の土台を流用して建てられたらしい。一部に焦げも残っていた。
昨晩から今日の午前の間に、何人かの冒険者は現在の建物の情報を仕入れていた。
現在の建物は復興戦争後に建てられたものだ。しかし持ち主が不明で、今までに誰も引っ越してきた事実がない。
十何年の年月の間に建物の出入り口付近で侵入者らしき死体が何度か発見されている。官憲によって調査が行われたものの、未解決のまま立ち消えてしまう。今では町の誰も近寄らなくなっていた。
一行は悩んだ末、建物内に足を踏み入れる。メリーナとエフォール副長がランタンを灯しながら進んだ。
「フォリア、どうした?」
「あの‥‥なんとなくですが覚えがあります。この様子‥‥」
廊下を凝視するメリーナの肩にエフォール副長が手をかける。
「もしや、わざわざ同じ内装の建物を建て直したのでしょうか?」
「だとすれば、アガリアレプトの仕業かも知れないな」
シクルとデュランダルの意見が一致する。
「この建物自体が罠の可能性もある」
李風龍は大錫杖を握りしめ、よりメリーナへと近づいた。
「大丈夫よぉん。メリーナくん」
エリーはメリーナの手を握って微笑んだ。
「今の所、デビルの反応はない」
ナノックが指輪の石の中の蝶を確認する。
「建物の中は大丈夫。外にいる人々は判断しにくいですが、今の所は妙な動きはありません」
リアナがブレスセンサーで探った結果を仲間に報告した。
「魔法的な仕掛けは見当たりません」
フランシアは試しにホーリーフィールドを張り、ニュートラルマジックを壁にかけて反応を確かめた。
「俺は出入り口に戻って見張りをしよう。嫌な予感がする。脱出経路は確保すべきだらかな」
「拙者もそうしよう。何かあれば声をあげられよ。この建物なら隅々まで届くはず」
氷雨絃也とディグニスは出入り口付近へと戻ってゆく。他の者達は三階まで階段を登った。
「待って下さい。ここは私が」
乱雪華はメリーナの代わりにドアを開く。何が仕掛けられているかわからないからだ。
「何もないな。いや、机があるか」
エフォール副長はランタンを掲げて室内を照らす。机に近づいてみると、一本のナイフが置かれてある。
「メリーナ殿?」
「メリーナくん!」
ナイフを目撃したメリーナがいきなり倒れて李風龍とエリーが支える。
「デビルの反応!」
ナノックが叫んだのと殆ど同時に窓の戸が吹き飛んだ。
暗い室内に日差しが射し込む。不気味な逆光の影が窓枠の中央に浮かび上がる。
「お嬢ちゃん、お久しぶりだな。懐かしいだろ、そのナイフ」
瞼を閉じそうなメリーナに声をかけた逆光の影は、翼らしきものを広げて空に飛び立った。
「デビル、ネルガルに間違いなく!」
フランシアが叫ぶとすぐにナノックが窓へと駆け寄る。
「アイギス!」
ナノックの呼びかけに呼応した路上のペガサスは毛布に隠されていた翼を広げた。空中を駆け、飛び降りたナノックを背中に乗せる。
「私達は早くこの建物を脱出しましょう!」
シクルが先頭になって階段を降り始める。
完全に気絶したメリーナは李風龍が背負った。
「出入り口付近で戦いが始まっています。襲撃は人なので悪魔崇拝者と思われます」
リアナがブレスセンサーで得た情報で状況を推測する。
「いつの間に潜り込んだのだ!」
「邪魔だ!」
刀剣を抜いていたエフォール副長とデュランダルは、突如として現れたインプやグレムリンと火花を散らす。
「今のうちに!」
乱雪華は鳴弦の弓をかき鳴らして仲間を支援した。
戦いの間はホーリーフィールドでメリーナを保護したフランシアである。
その頃、一階の出入り口付近では氷雨絃也とディグニスが倒した人々を踏みつけながら戦い続けていた。
「無駄に散るならそれもよし、生きて迷うより俺が冥途に確り送り届けてやろう!」
氷雨絃也は建物になだれ込もうとする悪魔崇拝者を可能な限り気絶させた。しかしいざとなれば斬り捨てるつもりである。
しばらくして一行は合流し、一気に悪魔崇拝者を排除してゆく。
「どうした! メリーナに何があったのだ」
「怪我はないし、憑依もされていない。気絶したのみだ。もしかするとナイフとネルガルの問いかけで何かを思いだしたのかも知れないな」
メリーナを背負う李風龍に戦い終わったディグニスが近寄る。
ネルガル一体を仕留めたナノックが戻る。そのすぐ後に騒ぎを聞きつけた官憲も現れた。
官憲との対応はエフォール副長が引き受けてくれた。事情の説明で滞在の一日は潰れたものの、咎められる事はなかった。
建物での騒動が起きていた時、アガリアレプトが遠巻きに眺めていたのは誰も知る由もない事実であった。
●過去
「わたくしが殺したのですわ‥‥。お父様とお母様を‥‥」
「フォリア、しばらく休んだ方がいい」
「もうフォリアではありません。わたくしはメリーナ、メリーナ・ヴェルタル‥‥。でもその名を語る資格は‥‥わたくしには‥‥」
「メリーナ‥‥」
帰りの船室。メリーナはエフォール副長と二人きりの時、思いだした過去の過ちを告げた。
ネルガルが起こしたと考えられる火災の時、幼かったメリーナはどうしていいかわからないまま泣き叫んでいたという。
「いつの間にかこの間見たネルガルともう一体、デビルが現れたのです‥‥。何かを囁かれたわたくしは炎上する建物内を駆けめぐるうちに、偶然にも外に脱出しました。そして見つけたのです‥‥」
路地裏に立つメリーナが目撃したのは、怪我によって足が不自由になり戦場に赴く事が出来なくなっていたヴェルタル家当主と、その後妻であった。つまりメリーナの実の両親である。
「わたくしを置いて先に火災から逃げだした両親に対し、どす黒い感情が沸き上がり‥‥そしてわたくしは‥‥!」
メリーナは両手で顔を覆う。
「なぜ、そんな衝動にかられたのか‥‥わかりません。でも、わたくしがお父様とお母様を刺したのは事実‥‥。ナイフで突き刺した手応えまで、思いだし‥‥」
泣きながら懺悔するメリーナを、エフォール副長は抱きしめる事しか出来なかった。
翌日、冒険者達にはエフォール副長の口からメリーナの過ちが伝えられる。
冒険者の何人かは面会を望んだがメリーナに断られる。
パリに到着するまでメリーナは船室に閉じこもり続けた。
●そして
「わたしがメリーナを支えるつもりだ。みなさんの気持ち、ちゃんとメリーナもわかっているはず。もちろんわたしも受け取っている」
追加の謝礼を渡す時、エフォール副長は冒険者一人一人に感謝する。
お迎えの馬車が船着き場に停まり、エフォール副長とメリーナが乗り込む。
走り去る馬車を見送ってから冒険者達はギルドに向かうのであった。