●リプレイ本文
●野営
闇の中に揺らめく炎。
西中島、クレア、ソペリエに見送られたエフォールを始めとした馬車一行は野営で夜を過ごしていた。順調ならば明日の暮れなずむ頃にはルーアンに到着する。
行き先がルーアンならば、帆船でセーヌ川を下る方法もあった。
ここしばらくは形を潜めているデビル・トーネードドラゴン。デビル・イペスの憑依によって一筋縄ではいかない破壊行動をとる強大な敵である。
もしものトーネードドラゴンの来襲を考えた時、川面に浮かぶ帆船よりも陸上の馬車を中心とした移動の方が戦いやすい。そうエフォールは判断した。
エリー・エル(ea5970)は焚き火から離れた岩に寝転がって星空を見つめていた。
「彼女は私と同じ様に罪を背負って生きていかなければいけないのでしょうか‥‥」
上半身を起きあがらせたエリーはぽつりと呟く。
悲しげな表情をいつもの明るいものに変えると、焚き火近くのメリーナの側に寄って抱きついた。
「ここで安心してはいけない。特にあの速さは脅威以外のなにものでもないからな」
「デュールら亡き今、連中の戦力でそれを可能にするのはやはり‥‥トーネードドラゴン」
ナノック・リバーシブル(eb3979)がエフォールの考えに同調する。このまま旅が何事もなく済むはずがないと。
「私は空を飛ぶ手段がないので、このまま馬車の御者を続けます。袋小路に陥らない経路選択が必要ですね」
シクル・ザーン(ea2350)はエフォールから借りた地図をあらためて確かめる。足下にはデュランダル・アウローラ(ea8820)から借りたゲイボルクがあった。
「俺はトーネードドラゴンが現れたのなら、ミストラルに乗って戦うつもりだ。しかし未だ有効な手だてが‥‥。それに他のデビルも侮れなくなっているようだ。黒い瘴気をまとったデビルにはそれ相応の武器が必要と聞いている」
デュランダルの言葉にあるミストラルとはヒポグリフの名前である。
「トーネードドラゴンか。あの化けもんは適した奴に任すぜ」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は小枝を折って焚き火に放り込んだ。シャルウィードもまた黒い瘴気に注意を払っていた。その為の方策としてオーラパワーを忘れないようにと心に刻む。
「どのような事があっても主たちは離れるでないぞ。ワシらに任せておけば良い」
「は、はい。よろしくお願いします。ディグニス様」
俯き加減のメリーナをディグニス・ヘリオドール(eb0828)が励ます。昼間もディグニスが馬車より愛馬で先行して状況確認をしてくれていた。
「それにしてもコンスタンスか‥‥懐かしいな」
李風龍(ea5808)はこれから向かうサン・アル修道院で待つ少女コンスタンスの事をよく知っている。
「私も懐かしく感じています。もうすぐお会いできますね」
乱雪華(eb5818)がグリフォン・ヤーマオの世話をしながら会話に参加する。明日も空からの馬車を護衛するつもりの乱雪華である。
「山賊やオーガ族にも注意しないといけませんね」
乱雪華の横でリアナ・レジーネス(eb1421)は愛馬ヘリコンに水を飲ませていた。
先程フォーノリッヂのスクロールで予知を行ってみたが、大した事はわからなかった。
(「当時の幼きメリーナ殿では成人の両親殺害は困難。恐らく‥‥」)
フランシア・ド・フルール(ea3047)はメリーナの過去について想像を巡らせる。デビルならば心を操る邪術を持ってして女児の心を操るのも容易いだろうと。
メリーナは刃物で刺したのみで実際に手を掛けたのはデビルと思われるが、証拠は何も残ってはいなかった。
就寝の時間となり、見張りの何名かを残して一行はテントや馬車内に潜り込む。
「星明かりはあるが、気は抜けないね」
寒くはあったものの、星空の瞬く夜はとても綺麗である。
それでは足りないとシャルウィードは見張りの間、燃えにくい細めの幹を組み合わせて簡易の篝火を作り、闇に沈む辺りへ配置するのだった。
●デビル
朝日が昇ったばかりの二日目の早朝。
「主に叛きし愚かなる者どもが近辺に!」
出発の直前、フランシアが急いで仲間に知らせた。ナノックから借りた白光の水晶球の発光を確認したのである。
「最近のデビルはますます元気で困るぜ。で、どうするのさ」
シャルウィードが振り向き様にエフォールに訊ねた。
「ここにいても埒があかない。先に進もう。ルーアンに近づけば加勢も期待出来る」
エフォールの意見によって一行は移動を開始する。
「行きます! これまでと違って激しく揺れますので!」
シクルが手綱をしならせて馬車を疾走させた。
一瞬でもホーリーフィールドの効果があるようにとフランシアが御者台のシクルの横に座った。
メリーナから離れない為にエフォールは馬車内に留まる。
シャルウィードは馬車の屋根部分に登って周囲を見回す。
馬車の右翼は騎乗のエリー、左翼は騎乗の李風龍、後方は騎乗のリアナである。
ディグニスはしばし野営地に留まった。
澄んだ空にはペガサスを駆るナノック、グリフォンの背に乗った乱雪華、ヒポグリフに騎乗のデュランダルが飛翔する。すぐ近くを李風龍とリアナが連れてきた二体のスモールホルスが滑空していた。
「来るぞ!」
指輪・龍晶球を発動させておいたナノックが叫ぶ。森から溢れでるデビルの群れがまもなく確認された。
「黒い瘴気、気を付けろ!」
レミエラ発動の為に遅れたディグニスが愛馬で馬車を追い抜いた。刹那、噂の黒き瘴気のグレムリンとすれ違い様に攻撃を試みる。
『タイタンブレード+1』の能力に加え、レミエラによって周囲のデビルの能力が弱体化されている。そのおかげか以前と変わらない斬れ味を感じ取った。
「フラン、行ってくるぜ。馬車の守りは任せた!」
シャルウィードが馬車から転がるように地面へ着地する。セブンリーグブーツを履いているので、馬車に追いつくのは比較的簡単である。
(「なんとかなりそうだな‥‥」)
シャルウィードはオーラパワーを付与した『降魔刀+0デビルスレイヤー』で黒き瘴気のグレムリンを斬り裂く。
「オーガ族らしき敵も隠れています!」
リアナがブレスセンサーで伏兵を探り当てる。
「奴らの狙いは戦いではない。進路妨害だ!」
ディグニスがオーガ族の意図をいち早く読んだ。
「わかりました。少しだけ遠回りをします!」
シクルはミミクリーで伸ばした腕で『ゲイボルク+2』を握り、黒き瘴気のグレムリンを弾く。そして馬車の進行方向を予定の森ではなく、見晴らしの良い草原に変える。
これによってオーガ族との衝突は回避された。残る敵は多くのグレムリンである。
「確かに以前のグレムリンとは、違うな!」
李風龍は『大錫杖「昇竜」+1』を黒き瘴気をまとった馬車に迫り来るグレムリンの腹に突き立てる。傷を負わせた感触はあったものの、手強さを感じ取った。
「あっちいってなのよぉん!」
エリーはブレッシングで聖別しておいた『聖剣「アルマス」デビルスレイヤー』で黒い瘴気のグレムリンを排除する。
戦いそのものよりも、なるべく仲間へのフォローを優先したエリーであった。
「これが黒き瘴気の力!」
フランシアは初級効果の高速詠唱ホーリーフィールドでは黒き瘴気のグレムリンを弾き飛ばせない事を知る。専門効果に切り替えるとようやく安定した効力を得られた。
ホーリーフィールドのタイミングが間に合わない時があっても、『シルヴァンエペ+1デビルスレイヤー』を手にしたエフォールがいれば安心である。メリーナに危害が加えられる事態は起こりようもなかった。
空中のナノック、デュランダル、乱雪華もグレムリンの排除を手伝う。
残念ながらスモールホルスの牙攻撃は黒き瘴気のグレムリンに役立たない。初級の風魔法も同様である。
「みなさん聞いて下さい! 大事な事です!」
シクルが御者台の席から腰を浮かして周囲の仲間に向かって叫んだ。最大でも六分程度でグレムリンの黒き瘴気は晴れると。
元に戻ったグレムリンは再び黒き瘴気をまとえない。少なくてもすぐには無理のようだ。
それから間もなく、一陣の風が遙か上空を通過する。
「トーネードドラゴン襲来です!」
Tドラゴンを確認した乱雪華は仲間が有利になるようにと『長弓「鳴弦の弓」』をかき鳴らした。
「こいつは黒き瘴気をまとっていないのか」
デュランダルは『テンペスト+2オールスレイヤー』を構えながら、すれ違ったTドラゴンを冷静に観察する。黒き瘴気をわざとまとっていないのか、それともまとえないのかは判断に苦しむ所であった。
「俺とアイギスがホーリーフィールドでTドラゴンの動きを狭めさせてやる!」
ナノックはペガサスで空を駆け昇る。
そしてペガサスと共にホーリーフィールドを空中に張り、障壁を作り上げた。聖女の祈りによって強化されたものである。
「こっちだ。トーネードドラゴン!!」
デュランダルが先回りをし、Tドラゴンを眼下の馬車へは近づかせない。遠距離からの攻撃方法も多彩なTドラゴンなので、少しの油断も許されなかった。
スモールホルス二体も素速さでTドラゴンの動きを牽制してくれた。
ナノックはすれ違い様に『クロスブレード+1デビルスレイヤー』でTドラゴンの翼に傷をつける。
乱雪華の鳴弦の弓の効果もおかげもあってか、どこかTドラゴンには覇気がなかった。
「しばし耐えて下さい。連絡しています!」
魔力が切れた乱雪華がグリフォンにしがみつくようにして一人先を急ぐ。ルーアンの城塞はもうすぐであった。
ルーアンのある方角から大きな鐘の音が鳴り響く。
合図だと勘づいたデュランダルとナノックは急降下を試みる。
まもなく幾条もの軌跡が大空に現れた。城塞付近に設置された射撃車両『ラ・ペ』からのボルト攻撃である。
Tドラゴンはとてつもない飛翔速度であったが、直線かまたは緩やかな曲線運動で先読みがしやすい。追いかけるのは至難の業でも、遠距離からの射撃攻撃には弱かった。
ラ・ペの的として耐えきれなくなったTドラゴンは撤退する。グレムリンの群れも退いてゆく。
エフォール馬車一行は城塞門を潜り抜け、ルーアンに到着した。
●コンスタンス・アフレ
ラルフ領主の厚意でヴェルナー城に一晩泊まったエフォール一行は、三日目の昼頃サン・アル修道院を訪れる。
「元気なようでよかった」
「昔を振り返りますと妙な物言いですが、久しぶりに会えてとても嬉しいです」
最初に李風龍が修道服に身を包んだコンスタンスと挨拶を交わした。
「初めてだけど、よろしくお願いよぉん」
「こちらこそ。コンスタンス・アフレと申します」
初対面のエリーとコンスタンスは握手をする。
「とても懐かしい。覚えているだろうか」
「ええ。生まれ変わったわたくしをどうかよろしくお願い致します」
デュランダルは握手をしながらコンスタンスのこれからを考える。
アガリアレプトがメリーナを狙うならコンスタンスの身も今まで以上に危なくなるはずである。
「ここを訪れた理由はすでに知っていると思う。俺からもメリーナ氏を頼む」
「はい。少しでもお役に立つようにしたいと考えています」
ナノックにコンスタンスが頷いた。
「メリーナさんをお願いしますね。しばらく滞在しますのでご安心を」
「ありがとうございます」
乱雪華ともコンスタンスは強く握手をする。
「先程アフレと仰ったような。ではエミリール殿の養女に?」
「いえ、新しい姓名をとラルフ様がいわれたとき、浮かんだのがアフレであったのです。罪を忘れない為にコンスタンスの名は残しましたが、未来を見据えられるよう姓を恩人から頂いてアフレと。その場でエミリール様の許可も頂きました」
フランシアとコンスタンスはそれぞれに十字架を胸元で握っていた。教義は違うものの、互いにジーザス教徒である。
「わたくしから――」
フランシアはコンスタンスとメリーナの双方を改めて紹介した。
「メリーナ嬢をよろしくお願いします」
「はい。シクル様」
シクルは優しい瞳でコンスタンスを見つめた。
シクルもまたメリーナをサン・アル修道院に預けるようにエフォールへ勧めた一人である。
コンスタンスと会うだけでなく、もっと長い日数を過ごした方がメリーナの為になると考えた冒険者は多かった。
すでにエフォールによってメリーナは説得されていた。
「皆様、ようこそサン・アル修道院へ」
エフォールと別室で話していたエミリール・アフレが現れた。アイスコフィンによって過去から蘇った経緯を持つシスターだ。
「しばらくこちらに居られると聞きました。よろしいのですね、メリーナさん」
「はい。よろしくお願いします」
メリーナがサン・アル修道院に留まるのが正式に決まる。
(「どんなに平和にみえても、闇ってのはどこにでもあるもんさ」)
ルーアン滞在の間、シャルウィードはサン・アル修道院の周囲地域でデビルや悪魔崇拝者を含めた闇を探った。
(「安らぎが訪れればよいのだが‥‥」)
ディグニスはサン・アル修道院を見張りながら、メリーナの行く末を考える。
「怪しい動きはありませんね」
夜、リアナはブレスセンサーでサン・アル修道院の周囲で妙な動きをする輩がいないかを探ってくれた。
デビルの存在はなかったが、悪魔崇拝とおぼしき存在が確認される。情報は領主であるラルフ卿へと伝わった。
六日目の朝、冒険者とエフォールはメリーナをサン・アル修道院に残し、ルーアンを後にする。
馬車を見送ってくれたメリーナの表情を見て、立ち直りを予感した冒険者は多かった。
●そして
七日目の暮れなずむ頃、エフォール馬車一行はパリに到着する。
襲われた行きとは違い、帰りは何事も起きなかった。デビルの目的はやはりメリーナのようである。
「これはお礼だ。受け取って欲しい。メリーナをサン・アル修道院に残すかどうかは悩んでいたのだ。背中を押してくれて助かった」
エフォールは冒険者達に追加報酬を渡した。消費した魔力回復のアイテムも補填する。
馬車が去った後、冒険者達はギルドで報告を終えるのだった。