未確認のヘルズゲート 〜ノワール〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:15 G 20 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月24日〜03月05日

リプレイ公開日:2009年02月28日

●オープニング

 パリ北西にあるルーアンのヴェルナー城地下には一時的な幽閉施設が存在していた。
「こちらに入ってから二日しか経っておりませんし、まだ尋問すら行っておりません。しかし、このような状態に」
 ヴェルナー領の領主ラルフ卿は看守長の説明を受けながら小窓から牢を覗き込む。騎士の成れの果てがそこに転がっていた。
 デビルに屋敷を提供し、バノリーア町の人々から魂を奪うのを手伝ったのがイヴァン・イリューアである。
「地獄の門だぁ〜。デビルがやってくるぞぉ〜。みんな死んじまえぇ〜!」
 イヴァンは冷たい石床で笑い転げていた。
「どのような方法かわかりませんが、イヴァンがこうなるようにデビルがあらかじめ仕組んだのでは?」
「そうかも知れないし、そうでないかも知れない。判断が難しいな」
 覗くのを止めたラルフ卿はしばらく看守長と話し込んだ。これまでにイヴァンが口にした言葉の一覧に目を通しながら。
 大抵は同じような意味の繰り返しである。組み替えて読んでみると、ヴェルナー領にも地獄への門『ヘルズゲート』が存在し、そこからデビルの侵攻が始まるのだという。
「荒唐無稽だな」
 ラルフ卿は真剣に取り合わなかった。デビル側からすればイヴァンは利用して棄てるだけの存在であろう。そんな者にアガリアレプトのような上位のデビルが秘密を洩らすとは考えにくかった。わざと情報を流して罠を仕掛けるにしても、デビル側の利点はないに等しい。
「テギュリア!!」
 牢から聞こえた声にラルフ卿は大きく目を開いた。再び小窓から牢を覗き込んでイヴァンに話しかける。テギュリアを知っているのかと。
 しかしイヴァンは笑うだけだ。
 テギュリア・ボールトンとは二百歳を越えたエルフの老翁であり、ヴェルナー城に滞在していた時期もある。
 かつてアガリアレプトと友人関係であった人物。異端審問にかけられたのなら断罪の烙印を真っ先に押される思想の持ち主だ。彼にいわせれば真実を求めるのに天使も悪魔もないらしい。
 ヴェルナー城から失踪する直前にはアガリアレプトとの信頼も無くし、デビルからも追われる身になっていたはずである。
 ラルフ卿は執務室に戻り、ブランシュ騎士団黒分隊隊長としての出撃命令書をパリに送った。バノリーア町にあるイリューア家の再捜索を黒分隊で行うつもりである。
「ここは応援を頼むべきだな」
 ラルフ卿は使者をルーアン内のサン・アル修道院に送った。コンスタンスとエミリールに同行を求める書状を持たせて。
 そしてパリの冒険者ギルドにも協力を求めるのだった。

●今回の参加者

 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea4481 氷雨 絃也(33歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5808 李 風龍(30歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea5970 エリー・エル(44歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0828 ディグニス・ヘリオドール(36歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

大宗院 鳴(ea1569)/ ネフティス・ネト・アメン(ea2834)/ 琉 瑞香(ec3981

●リプレイ本文

●始まり
 一日目早朝、ギルド前にはこれからヴェルナー領に向かう冒険者達の他に三人の見送りの姿があった。
 ネフティスはフォーノリッヂで目撃した戦いを暗示させる景色をフランシア・ド・フルール(ea3047)に伝える。
 大宗院鳴はイヴァンとの面会を望んだが、初日のみの行動では無理があった。
 琉瑞香は『今のところパリでは大きな動きはないようです』とリアナ・レジーネス(eb1421)に教えた。夜明け前の酒場で調べたようだ。
 馬車を中心にした一行がルーアンのサン・アル修道院に到着したのが二日目の暮れなずむ頃である。コンスタンスとエミリールを連れてバノリーア町に出発するには微妙な時間となっていた。
 そこで一行は一晩をサン・アル修道院で過ごす。翌日ルーアンを出発し、バノリーア町に到着したのは昼頃であった。
 一行はまずブランシュ騎士団黒分隊へ挨拶をする為にイヴァンの屋敷に近い建物を訪れた。一時的な黒分隊の執務室として借りられていたからだ。
 ラルフ黒分隊長とエフォール副長に挨拶をして調査の進行状況を教えてもらう。その上で調査範囲が重なっても構わないとラルフ黒分隊長から告げられた。
 同じ事実を目にしても、体験者によって違う印象を持つ場合もある。ラルフ黒分隊長がサン・アル修道院のクレリック二人と共に冒険者達を呼んだのは、別の視点が欲しかったからだ。
 シクル・ザーン(ea2350)とナノック・リバーシブル(eb3979)がバノリーア町への射撃車両『ラ・ペ』の配備をラルフ黒分隊長に願った。
 一行は同じ建物の別の階の部屋を貸してもらい、そこを拠点とする。
 コンスタンスとエミリールは目的を別としたので護衛も二手に分かれた。
 テギュリアの足取りを追うのはコンスタンスである。テギュリアに興味があって護衛を望んだ乱雪華(eb5818)、エリー・エル(ea5970)、ディグニス・ヘリオドール(eb0828)が同行する。
 生き残った二人の使用人から聞き取りを行うのはエミリールだ。同じ行動を願うフランシア、護衛として氷雨絃也(ea4481)と李風龍(ea5808)の付き添いが決まった。
 焼け残ったイヴァンの屋敷を探るのはシクルとリアナに任される。
 バノリーア町上空での警戒を行うのがデュランダル・アウローラ(ea8820)。主に地上からのデビル探索を行うのがナノックであった。

●情報
 調査にあたった一同の数日間の努力により、バノリーア町で何が行われてきたのかがおぼろげながら判明してくる。
 生き残った使用人二人の証言、テギュリアの足取り、焼け残ったイヴァンの屋敷の調査。どれもが絡み合って一つの流れを導きだす。
 生き残った使用人二人はイヴァンの屋敷で起きた出来事を、拠点の部屋で淡々と話してくれた。それにフランシアとエミリールが耳を傾ける。デビルによる罠が隠されているかも知れないが、今は信じるしか方法はなかった。
 エルフの老翁テギュリアをイヴァンが屋敷に連れてきたのは去年の九月の下旬。ちょうどテギュリアがヴェルナー城から消えた頃にあたる。
 イヴァンはテギュリアが求める物や情報を与え続けた。
 テギュリアは長期の滞在を予定していたのか、屋敷の地下に作られた研究室を充実させてゆく。
 特に本に関してはすさまじいものがあったという。
 大量の羊皮紙を用意させ、テギュリアはペンを走らせ続けた。あっという間に書き連ねられた分厚い羊皮紙の束が出来上がる。それらを製本するのも使用人の役目であったらしい。
 なぜそんな真似が出来るのかと使用人の一人がテギュリアに訊ねた事がある。するとテギュリアは記憶した頭の中の本を書き写しているだけだと笑ったそうだ。
 一ヶ月も経つと隙間だらけであった研究室の本棚はすべて埋まる。
 やがてイヴァンを通じてヴェルナー領の各地へ向かわせた使用人達が調査から戻ってきた。それからのテギュリアは得た情報を精査する日々を送っていたという。
「兎?」
 フランシアは使用人の一人が呟いた言葉を繰り返す。
 エミリールも疑問の表情を浮かべる。近くで聞いていた護衛の氷雨絃也と李風龍をも含めて釈然としない空気が部屋に立ちこめた。
 テギュリアが調べさせていたのは、ヴェルナー領を中心にした土地に棲息する兎についてである。体格や毛の色を含める特徴の分布をテギュリアは知りたがっていた。
 シクルとリアナが担当したイヴァンの屋敷の調査結果が使用人二人の証言を裏付ける。
 屋敷の地下にはテギュリアが使っていたと思われる研究室があり、同一の筆跡の書物が本棚に並んでいた。それらは左右が逆になったラテン語の鏡文字で書かれてある。製本の道具類も発見された。
 黒分隊のラテン語に通じた隊員の協力を得て兎に関連する資料を選り分ける作業が続けられている。後でラテン語に詳しいコンスタンスを始めとした仲間に内容の判断をしてもらう予定である。
 使用人二人の記憶によれば、去年の聖夜祭を迎える前にテギュリアは屋敷から姿を消したという。
 その後のテギュリアの足取りはコンスタンスが追った。主にバノリーア町で聞き込みが行われる。
 乱雪華、エリー、ディグニスの誰か一人はコンスタンスの側での護衛を忘れない。その上で町の人々への質問を手伝う。
 イヴァンの屋敷から逃げる際のテギュリアは相当追いつめられていたのか、なりふり構わない大胆な行動をしたようだ。馬や馬車、食料などの必要な物を即座に手に入れる為に大量の金を町の人々にばらまいていた。
 金の出所は不明だが、イヴァンの屋敷から盗んだものであろうと推測される。
 アガリアレプトの影が近づいているのをテギュリアは察知していたのか知れない。事実、テギュリアが去った後でイヴァンはそそのかされ、屋敷はデビルの巣窟となったのだから。
(「テギュリア・ボールトン‥‥」)
 コンスタンスは想像する。
 アガリアレプトがイヴァンを誘惑した事、そして配下のデビルが周辺の住民の魂を奪った事は二次的な行動に過ぎず、真の狙いはテギュリアの捜索にあったのではないかと。
 テギュリアが去った後の地下の研究室でネルガルと思われるデビルが資料をあさっている様子が生き残った使用人によって目撃されている。
 なぜ『兎』なのかは判明していないものの、ここに重要な秘密が隠されていると考えたコンスタンスであった。

●襲撃の目的
「いないようだな‥‥」
 ナノックはペガサスを駆ってバノリーア町を隅々まで移動し、デビルが潜んでいないかを探っていた。デビルに反応する指輪はもちろん怪しく感じた周囲では白光の水晶球を発動させて念を入れる。
 今は六日目の昼過ぎ。町に到着してからこれまで一体のデビルにすら遭遇していない。
「空で見かけるのは野鳥だけだ」
「こちらも異常はない」
 ヒポグリフに乗って上空を警戒するデュランダルと定期的に接触して情報の交換を行うものの、新しい展開はなかった。
 デビルが現れなければ調査は順調に進むものの不気味でもある。
「あれは‥‥!」
 デュランダルは遠くの空に黒い雲を発見する。よく観察すれば、その正体はインプとグレムリンの群れである。
 バノリーア町を囲んでの来襲であった。
 デュランダルは上空警戒を行っていたグリフォン騎乗の黒分隊隊員にラルフ黒分隊長への伝達を要請する。自らは仲間達の元へと空を駆けた。
「狙うとすれば‥‥イヴァンの屋敷以外にはあり得ない」
 デュランダルの考えに仲間達が賛同してくれる。
 これまでの調査結果から考えれば、デビルの目的はテギュリアが残した資料であろう。テギュリアが近隣に身を隠しているのならば話は変わるが、その可能性は非常に低かった。
 インプとグレムリンの群れは黒分隊に任せ、サン・アル修道院の二人と冒険者達はイヴァンの屋敷周辺を固めた。
「おじいちゃんの本を一冊でも多く運ぶよぉん!」
 エリーが愛馬を屋敷内に連れて行き、研究室の本を運ぼうとする。デティクトアンデットを絶やさないようにして、デビル接近の注意も忘れない。
 ある程度はすでに屋敷から運びだされていたが、テギュリアが兎を調べていた理由がわからない以上、本当に重要な資料がどれかは判断つきにくかった。故に出来るだけの搬送が望まれていた。
「愚者の思惑がこの中に」
 フランシアも本運びを手伝う。
「すみません! 通ります!」
 シクルも愛馬で屋敷内を駆けて本や資料を外へと運びだす。
「御大将自らお出でになるかも知れんな」
「アガリアレプトが来るとすれば厄介だな」
 氷雨絃也と李風龍は武器を手に構え、出入り口付近で警戒を続けた。
 ディグニスは資料を保管する拠点の建物の地下で、コンスタンスとエミリールの護衛に徹する。二人と本を守りきるのがディグニスの役目であった。
「嘘八百の中に真実が隠されているものだ、往々にして、な」
 運ばれた本を眺めてディグニスが呟いた。
「ソルもお願いしますね」
 リアナは拠点の建物の屋根に登って周囲を警戒する。上空にはスモールホルス・ソルの姿もある。
 ブレスセンサーを使っていたリアナだが、デビルにはあまり効果はない。呼吸をしないでもデビルは存在を維持できるからだ。
 突然、風のような速さでバノリーア町上空に巨体が現れる。冒険者が危惧していた敵、トーネードドラゴンである。
「ヤーマオ、私と一緒に戦って下さい」
 乱雪華はグリフォン・ヤーマオの爪にオーラパワーを付与してから空へと飛び立つ。上空で待機していたデュランダルとナノックと共にTドラゴンへ立ち向かう。
「仲間や黒分隊隊員もまだ中にいる! ブレス攻撃で屋敷の破壊だけは避けなければならない!」
 ヒポグリフ騎乗のデュランダルが『アイギスの盾+3』を構えた。
「ラ・ペの配備はまだだ! ここは俺達が阻止しなければならない!」
 ナノックはアガリアレプトの襲来も危惧していたが、今は目前のTドラゴンが最重要である。
「タイミングをはかって鳴弦の弓をかき鳴らしてTドラゴンの動きを鈍らせます!」
 乱雪華がTドラゴンを強い瞳で睨む。
 イヴァンの屋敷を狙っている以上、Tドラゴンの動きは限定される。どんなに速く飛んでも屋敷を中心にしているからだ。
 ナノックがホーリーフィールドで空中に障壁を作り上げ、Tドラゴンの進路を潰してゆく。乱雪華はオーラパワーを付与してあるグリフォンの爪で牽制した。デュランダルは魔法の盾でTドラゴンの体当たり攻撃を軽減する。
 Tドラゴンが稲妻の息を吐こうとする動作を見逃さず、空飛ぶ三騎は絶えず何らかの攻撃を仕掛け続けた。
 Tドラゴンの体当たりが屋敷の壁材を弾き飛ばす。震える屋敷の中、本の運び出しは続いていた。
「頃合いか?」
「もう少しよぉん!」
 黒分隊隊員をリカバーで治療する李風龍にエリーが答えた。
「豪い力の入れようだな。誘い出すために撒いた情報なのかそうでないのか分からんようになるな」
 氷雨絃也はグレムリンを倒した後で窓近くを通り過ぎるTドラゴンを目撃する。
「本はこれで最後です!」
 愛馬に騎乗したシクルがミミクリーで伸ばした腕で槍を握り、インプを突き刺す。そのまま階段を駆け上がって屋敷を脱出する。
 その頃、拠点がある建物は大変な事態に陥っていた。黒い瘴気をまとうアガリアレプトが侵入してきたのである。
 警備に残った黒分隊隊員の攻撃をはね除け、アガリアレプトは地下へと続く階段を降りる。
「行かせん!! 何だと?」
 ディグニスは『タイタンブレード+1』で一撃を打ち込むが、アガリアレプトは涼やかな表情を浮かべた。
「これならば!」
 フランシアが達人級のホーリーフィールドを階段真下の空間に張る。瘴気をまとったアガリアレプトでもさすがに素通りは出来なかった。
 コンスタンスとエミリールも手伝い、達人級のホーリーフィールドを周囲に張り巡らせる。
「これなら!」
 駆けつけたリアナは薄暗い階段を見下ろした。すかさずライトニングサンダーボルトを放とうとするものの、足音に気がついたアガリアレプトが空中に浮かんでしまう。そのせいでリアナからは死角となった。
「テギュリアの資料、消し去っておきたかったのですが‥‥」
 建物の外から覚えのある冒険者達の声が聞こえ、アガリアレプトは眉をひそめる。失敗だと判断すると即座に瞬間移動をして建物から姿を消した。
 Tドラゴンも遠くの空へと飛び去る。インプやグレムリンの群れも少し遅れて撤退を始めるのだった。

●そして
 襲撃の事態に、テギュリアが残した本や資料の精査は後回される。まずはルーアンのヴェルナー城に運び入れる事が優先された。
 一行も黒分隊を手伝い、七日目の夕方には移動のすべてを完了する。生き残りの使用人二人は城で保護される事となる。
 城を去る際、ラルフ黒分隊長から謝礼が冒険者達に贈られる。
 サン・アル修道院での宿泊時、フランシアとナノックがコンスタンスに話しかけた。火の精霊魔法をコンスタンスが封印した事に対してである。
「わたくしには其が真の贖罪とは思えません。過去に蓋をし目を背けるのではなく、如何に辛くともしっかと見据え自身の糧と為す事こそが賢者への道」
 フランシアは結論を急がず、もう一度考え直してみるのを勧めた。その上で決めたのならば、それはコンスタンスの強い意志なのだろう。
「過去の用途に罪を感じるか? だが、力そのものに罪は無い。その力で今度は救ってみろ」
 ナノックは信頼の意味を込めて強く意見を述べた。
 熟考の末に結論を出すとコンスタンスは二人に返答する。
 翌朝、冒険者を乗せた馬車がパリへの帰路につく。
「兎とは何でしょう?」
「本の中に理由が書かれてあればいいのですが」
 コンスタンスとエミリールは馬車を見送りながら言葉を交わした。
 九日目の暮れなずむ頃、冒険者一行を乗せた馬車はパリ城塞門を潜り抜けるのだった。