●リプレイ本文
●集合
早朝の冒険者ギルド前。
停められた馬車周辺にこれから出発する冒険者が集まる。見送りをする知人友人の姿もあった。
「兎‥ですか」
「主に叛きし愚かなる者どもが謀を巡らし蠢動するこの時にあの翁が追うならば、ただの兎ではないでしょう」
優れた猟師の技術を持つエスリンは、旅立つフランシア・ド・フルール(ea3047)にポイントとなる兎の習性などを教えた。
「まさか兎狩りとはなあ。とにかくデビルにいらん事をされる前に、急いでテギュリアの身柄を確保せねば。行って来る」
李風龍(ea5808)は見送りの三人に声をかける。
「そうですわね――」
クレアは兎についての知識を李風龍に伝えた。大抵が地面に穴を掘って棲むアナウサギであろうと。
「じゃあな。気を付けて」
西中島が李風龍の背中を軽く押した。
「負けるんやないでぇ〜。ファイトやぁ〜!」
イフェリアは気合い入れまくりの見送りである。
「よぉし、おじいちゃんを探すよぉん♪」
元気にポーズをとったエリー・エル(ea5970)は大宗院透とティズの二人に大きく手を振る。
「元気で戻ってきて下さい‥‥」
「見つかるといいね!」
それぞれに知る限りのテギュリアの情報を提供した二人がエリーを見送った。
冒険者一行はパリ城塞門を潜り抜けてルーアンを目指す。
馬車を中心にした一行は二日目の昼過ぎにルーアンのサン・アル修道院に到着する。
「ようこそ。出発は明日にしましょう」
出迎えたコンスタンスに従ってその日は修道院に泊まる。その間に細かな意志疎通が図られた。
「私はブレスセンサーでアナウサギらしき呼吸がないかを確認するつもりです」
リアナ・レジーネス(eb1421)は兎探しを優先するつもりでいた。
「ただの兎というわけでもなさそうですね。『何か』を秘めている、と考えた方がいいんでしょうか?」
乱雪華(eb5818)は考えてきた推理を仲間に話す。
「テギュリア翁が探しているのは、特定の単一個体のようですね。まさか、その兎がデビルの探す『冠』‥‥なんて事は無いと思いたいですが」
シクル・ザーン(ea2350)も只の兎ではないと想像していた。
「俺もまさかとは思うが。それがなにを意味するのか見当も付かないが、アガリアレプトに関係することなのだろうな。いずれにせよテギュリア翁を見つけ出せば判ることか」
デュランダル・アウローラ(ea8820)はシクルと似た推測をしていた。
「そのじーさんの単なる知的好奇心だったっつー可能性も大アリだな、どっちにしてもデビルに狙われてる身でよくやるぜ」
椅子を後ろに傾けたシャルウィード・ハミルトン(eb5413)はあきれた表情でコンスタンスに視線を向ける。
「とりあえず兎を追っていけば良いのであるな?」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は兎の正体をデビル・アガリアレプトに変身させられた何者かでないかと想像する。しかし言葉にはせず心のうちに秘めた。テギュリアを見つけられれば自然とわかる答えであろうと。
「とにかくテギュリア氏にとってはかなり重要な事のようだ。デビルが彼を先に捕捉する事態は避けねば」
ナノック・リバーシブル(eb3979)の意見には誰もが賛成である。これまでの経緯からいってデビル側もテギュリアを追っているのははっきりとしている。少しでも早く接触してテギュリアの身柄を確保する事こそが利に繋がるはずだ。
(「世が乱れた時代にのみ現れる特別な種や、特定の儀式の生贄に必ず用いよと定められた種という可能性――」)
フランシアは書物マッパ・ムンディの頁を捲りながらテギュリアが探す兎が何かを考察する。
一晩をサン・アル修道院で過ごした一行は翌日の朝、フミッシュが指摘したヴェルナー領の中心から東よりの土地を目指した。
手頃な町に到着したのは三日目の暮れなずむ頃であった。
●足取り
四日目の朝が訪れる。
コンスタンスとエミリールの護衛を主にしながらテギュリアを探したのはエリーと李風龍だ。
エリーは多くの人から聞き込みをした。李風龍は時折テギュリアの臭いを愛犬の疾風に嗅がせて反応を確かめる。
周辺の猟師に接触して兎かテギュリアの情報を得ようとしたのはフランシア、デュランダル、ナノック、シャルウィード、ディグニスである。
毛皮などの確認や、兎そのものの情報、または兎を調査しているエルフの老人がいないかを確かめた。
ディグニスも李風龍と同じように手掛かりが得られたのなら愛犬にテギュリアの臭いを追わせるつもりでいた。残念ながら地図にダウジングペンデュラムを垂らしても、これといった反応を示さなかった。
特徴のある兎そのものを探そうとしたのがリアナ、シクル、乱雪華であった。探知系の魔法も駆使してそれらしき存在を片っ端から調べ上げる。
散らばって行動しても夜には全員が基点とする宿などに集まって情報をつき合わせる。
デビルが忍んでいる様子は今の所感じられなかったが注意は必要だ。何かしらの方法でコンスタンスを見張っている可能性が高いからだ。
サン・アル修道院近辺はラルフ卿の指示もあって完全な警備体制だが、一歩ルーアンの外に出れば監視されていても不思議ではない。もっともデビル側が大規模な行動を取るには時間がかかると考えてよかった。
テギュリアの発見は想像していたよりも簡単だった。前もってフミッシュの絞り込みがされていたおかげである。
リアナのブレスセンサー感知からさらに犬達が辿り、最終的には雑木林内で兎を探していた所をフランシアのフェアリー・ヨハネスによって見つけられる。
「おや、見た顔ばかりじゃ。もう少し時間稼ぎが出来たと考えておったのに残念だぞ」
悪びれた様子もなく淡々とした様子のテギュリアにあきれ顔の冒険者も多かった。そんな状況でもエリーはテギュリアに抱きついて再会を喜んだ。
ひとまず町の宿屋までテギュリアを連れてゆき、そこでゆっくりと話しを聞く事になった。
「で、何なのさ。兎っていうのはさ」
シャルウィードは疑念を持ちながらテギュリアに訊ねる。テギュリアが探す兎に何が隠されているのかわからないが、このままで終わるとは考えられなかったからだ。
「あの屋敷にはたくさんの本を残してしまったからバレバレか。デビルから逃げるのに精一杯でどうにも出来なかったからの」
テギュリアがバックからワインを取りだすと、フランシアが優しく奪い取ってテーブルの隅に置く。
「はてさてどこから話そう‥‥。まずは『兎』そのものを探しているのは本当ぞ。黒くて背中に小さな白い斑点が三つあり、切歯の右が少し大きなアナウサギをな。なぜ領主とデビルに追われている状況で悠長に見える兎探しをしているかといえばじゃな‥‥。ヘルズゲートに関係するのじゃよ」
テギュリアの言葉に誰もが息を呑んだ。
「ラルフ様からの使者から聞き及んでいます。テギュリア様を匿っていたイヴァン・イリューアもヘルズゲートの存在を口走っていたそうです」
コンスタンスは思いだしたように冒険者達へ伝える。
「どういう事だ? 何故、兎とヘルズゲートが関係する? 話の趣旨が見えないのだが」
「そう焦るな。それには‥‥ほれ、あれが必要じゃ」
テギュリアはナノックの瞳を見つめながらワインを指さす。頷くフランシアからナノックはワイン受け取るとテギュリアに渡した。
「昔アガリアレプトから聞いたのだが、奴の支配する地獄の階層で一羽の兎が発見されたそうじゃ。泥だらけの兎は地上のもので、足に布きれが縛りつけられておった。布きれには『ルーアン行き』とあったらしい」
「それはデビルが持ち込んだものなのか?」
ディグニスの質問にテギュリアは首を横に振る。
「アガリアレプトは絶対に違うといっておったぞ。厳しく地上の品を持ち込むのは禁止してたようじゃし、直接行っていた配下もほんのわずか。ありえんそうじゃ」
「なぜ兎が‥‥。もしや!!」
理由を思いついたデュランダルは思わず声をあげる。普段静かなデュランダルにしては珍しい行動であった。
「きっとその想像通りじゃ。地上の兎が勝手に地獄へやって来たとすればヘルズゲートしかあるまいて。同じ想像をアガリアレプトの奴もしていての。躍起になって自分の支配する階層を探したが、見つからなかったようじゃ。だが、その疑念は未だ消えておらぬ」
テギュリアが容器から直接ワインを呑む。
「つまりテギュリア翁は兎を手掛かりにしてまだ未発見の、しかもアガリアレプトの地獄の階層と繋がっているはずのヘルズゲートを探していたと、そういう訳なのですね」
「その通りじゃよ。わくわくするじゃろ。地上からとはいえ、あのアガリアレプトの知らぬヘルズゲートを先に見つけるなんて」
シクルはテギュリアにワインを勧められたが断った。
「おじいちゃん、そのヘルズゲートは見つかったのぉん?」
「いや。丁度お前らに発見された辺りが怪しいと思うんじゃが見つかってはおらん。ま、ルーアン行きの布きれがあったとはいえ、遙か遠くから運ぼうとしていたのかも知れんし、確実な話ではないがな」
エリーはカップを持ってきてテギュリアにワインを注いでもらう。テギュリアの機嫌を損ねないようにしたエリーである。
「それでも可能性は高い。そういうことか」
「そうじゃ。命を狙われておるのに意味のない兎を追う程このテギュリアも老いぼれてはおらん」
李風龍にテギュリアが笑いながら答えた。
「おぬしの護衛、しばらく拙者が引き受けよう」
「それは頼もしい。なんせ歳じゃからな。戦いは若いもんに任せよう」
ディグニスの申し出を受けたテギュリアは受ける。シクル、李風龍、エリーもテギュリアを中心とした護衛を行う予定であった。
「もうしばらくアナウサギを探すのでしょうか?」
「私も気になっていました。今は安全ですがデビルにいつ狙われるかも知れません」
リアナと乱雪華の心配はもっともである。
「それなんじゃが‥‥そこの者、昔アビゴールの元にいた娘っ子じゃろ。なら遅かれ早かれわしと接触した事実はアガリアレプトにばれよう。奴が監視をつけない訳がないからの」
テギュリアがコンスタンスを睨むように見つめた。
「そこで奴らの目を誤魔化そうとおもうのじゃよ」
テギュリアが説明した作戦はとても簡単なものであった。これから数日間、本命ではない個所を調べる真似をしようという。
例えデビル側にテギュリアの居場所がばれたとしても、これならどこを調べたらいいのかわからないはずである。
「この状況なら調査は一気にやるべきじゃ。またの機会にラルフの力でも借りて一気に調べようぞ」
テギュリアはラルフ卿の元へ戻るのを自ら望んだ。
(「テギュリア翁‥‥」)
フランシアはテギュリアを横目で眺める。
ヘルズゲートを先にアガリアレプトに見つけられたとすればノルマン王国の被害は計り知れない。テギュリアの調査は地上に住む者達にとって有益である。だがそれは結果論であり、彼にとっては知的好奇心を満たす行為に他ならなかった。
「こりゃ大事だぜ‥‥」
シャルウィードは床で胡座をかいて頭を掻く。
一行はテギュリアの提案通り七日目まで関係のない場所を調査した。
六日目の途中からデビルの監視に気がついていたが、コンスタンスとエミリール、テギュリアの護衛を忘れずに偽の調査は続行された。
●デビル
「やはり来たか!」
李風龍は愛馬で馬車に併走しながら可能な限り高速詠唱でグットラックを仲間にかけてゆく。
七日目の暮れなずむ頃、これまで静観していたデビル達が動き始める。一行が城塞都市ルーアンへ到着する前にテギュリアを奪うつもりであろう。
(「本気だが、戦力は整わなかった‥‥、そんな辺りか」)
デュランダルはヒポグリフ・ミストラルを空を駆け、瘴気をまとった複数のグレムリンと対峙する。統率があまりとれておらず、集団の力を充分に生かし切れていない印象を受けた。
「今の所、大した敵ではない! 早くにルーアンへ!」
ナノックは馬車の御者をするディグニスに声をかけ、ペガサス・アイギスで飛翔する。
「テギュリア、コンスタンス、エミリール、しばらく荒くなるぞ。どこかに掴まれ」
御者のディグニスは全力で馬車を走らせる。土煙を巻き上げながら馬車は遠くに見えるルーアンを目指した。
「今はわたくしの使命を果たすが肝心」
フランシアは時々ホーリーフィールドを張って瞬間的な防御とする。
「おじいちゃん、大丈夫だからねぇん」
エリーは馬車後部から身を乗りだす。取り憑こうとしているデビルがいたのなら対処する用意であった。
「それじゃあ、あたしは上といこうかねぇ」
シャルウィードは御者台へと移動してから馬車の屋根へと登る。
空ではナノックとデュランダル。馬車を囲む地上では李風龍、乱雪華、リアナ、シクルがデビルを退けてくれた。
「やらせません!」
シクルはミミクリーで伸ばした腕で槍を握り、グレムリンの翼を串刺しにした。ある程度が経つとグレムリンは瘴気をまとえなくなって戦いも楽になる。
「それではお任せします」
乱雪華は仲間へのオーラパワー付与が終わると愛馬から馬車へと飛び乗って鳴弦の弓をかき鳴らす。
「それではよい標的です」
リアナはグレムリンが密集している部分へと輝く雷光を放つ。騎乗中なので高速詠唱である。
「あと少しだ!」
李風龍が大錫杖を振り回しながらネルガルに打ちつけて弾き飛ばした。ルーアンを囲む城塞壁に作られた門はもう間近である。
ほどなくして馬車は門を通過し、デビルも諦めて撤退し始める。
「不甲斐ないですね。もう少し粘ってもらえれば」
瞬間移動で草原に現れたばかりのアガリアレプトは呟く。
以前にアガリアレプトがヴェルナー城へ忍び込んだ時より強固なデビル対策が現在のルーアンには施されていた。潜入するにはアガリアレプトであってもかなりの覚悟が必要である。仕方なくアガリアレプトは撤退するのだった。
●そして
冒険者達はテギュリアをヴェルナー城のラルフ卿の元へと連れてゆく。その際に感謝としてレミエラが贈られた。
今後の兎にまつわるヘルズゲート探しはラルフ卿の判断に委ねられる。
コンスタンスとエミリールをサン・アル修道院に送り届けると、冒険者達はパリへの帰路につくのだった。