●リプレイ本文
●出立
太陽が昇ったばかりのパリに教会の鐘の音が鳴り響く。
城塞壁に近い空き地に停められた一両の馬車はブランシュ騎士団黒分隊から貸しだされたものだ。その馬車を中心にして依頼に参加した冒険者達は集まる。
「世界の子供達のためにゲートは死守しないといけません」
開いていた右手を握りながらエリー・エル(ea5970)は呟く。
冒険者ギルドに貼りだされた依頼書にはクレリックの護衛についてしか記されていなかったが、正式な参加が決まった時点でより詳しい情報が参加者に伝えられていた。
ヴェルナー領の領主でもある黒分隊隊長ラルフ・ヴェルナー卿が覚悟を決めて行おうとしているのは、ヘルズゲート探索である。
ヴェルナー領に存在するかも知れないヘルズゲートは、テギュリアによればデビル・アガリアレプトが支配する地獄の階層に繋がっている可能性が高いという。アガリアレプトに先駆けて押さえなければ大事になるのは明白だった。
エリーは見送りに来てくれた大宗院透と炎龍寺真志亜といくらか言葉を交わしてから愛馬バウバウに飛び乗る。二人ともエリーがこれから成そうとしている護衛への助言をくれた。
「三人とも危険だが、せっぱ詰まったものではない‥‥か」
デュランダル・アウローラ(ea8820)は見送りのアズライール・スルーシが占った結果を復唱する。三人とはルーアンで合流して護衛をするテギュリア、コンスタンス、エミリールの事だ。
アズライールに礼をいったデュランダルはヒポグリフ・ミストラルに跨っていつでも出発出来るよう準備を整えた。
「これといって何もないようですが‥‥」
フライングブルームの飛行能力を発動させるとリアナ・レジーネス(eb1421)は俯いた状態から一気に空を見上げた。
つい先程フォーノリッヂのスクロールで『ヘルズゲート』や『アガリアレプト』の未来視をしたのだが、夜空や篝火などの極普通な情景しか見えなかった。それが返ってリアナを不安にさせる。
準備が整ってまもなく馬車を中心にした冒険者一行はパリを出立した。
「まさかウサギの穴が地獄に通じていたなんて‥‥。ともかく、早い所確保する必要がありますね」
御者台に座り、手綱を持っていたのはシクル・ザーン(ea2350)である。自分の周囲にいる仲間達へと話しかける。
「厄介なものが見つかりそうだな‥‥。デビルよりも先に見つけて、デビルの攻撃をしのがねばならんな」
李風龍(ea5808)は愛馬・大風皇で大地を駆ける。主に馬車の右側を守っていた。
「俺は護衛に専念しよう。ゲートの探索で役立てそうにないからな」
氷雨絃也(ea4481)は御者台のシクルの横に座っていた。馬車の御者役を時々交代する為だ。
「わたくしはルーアンに辿り着いたのなら、まずは翁に質す所存でおります」
フランシア・ド・フルール(ea3047)はヘルズゲートとテギュリアという危険な存在を使いこなす事こそ主の御心と考えていた。毒も使い方次第で薬になると。
「この間は敵の体制に不備が感じられたが、次は流石に見逃してはくれなさそうじゃの」
隊列の先頭を愛馬で駆けるディグニス・ヘリオドール(eb0828)は後方の仲間達を自分の肩越しに眺める。
「トーネードドラゴンの来襲も危惧しておかないと」
乱雪華(eb5818)はグリフォン・ヤーマで馬車近くの低空を飛翔していた。他の仲間もTドラゴンの存在を気にしているようだ。
「巣穴を作って地中に潜る兎がヘルズゲートを偶然見つけたとすれば納得がいく。兎が泥だらけだった説明もつく。しかし、そうなると‥‥高確率でゲートの先も地中か」
ナノック・リバーシブル(eb3979)はペガサス・アイギスで地上を走る。
テギュリアによれば地獄の階層側からヘルズゲートは発見されていない。人の世界と同じように地獄の階層でも地下に広がっているはずだとナノックは考えた。
「地獄への門か。こちらの手にあれば地獄への攻撃への道となるが、敵の手にあれば地獄からの侵攻の道になる諸刃の剣だ。なんとしてもアガリアレプトより先に確保しなくてはならないな」
デュランダルはヒポグリフで大地を駆ける。空を飛ぶ事が多いものの、白馬の下半身を持ち合わせたヒポグリフの歩行速度はかなりのものだ。馬にも決してひけはとらない。
冒険者一行は二日目の昼頃にルーアンへと到着する。サン・アル修道院でコンスタンスとエミリールと合流し、そしてヴェルナー城で一夜を過ごす事となった。
「さて、翁。かの悪魔より先に新たな地獄門を見出す事を望むは判りました。ではその後、どうする心積もりでした‥‥いえ、今でもどうするお積りですか?」
ランタンが照らす小部屋でフランシアはテギュリアに訊ねる。コンスタンスとエミリールも同席していた。
「そういわれてものう‥‥」
テギュリアは相変わらずの惚けた態度をとる。
「聡明な翁ならば、見出すのみが目的ではありますまい?」
フランシアはテギュリアの瞳を正面から見つめる。
「まあなんというか、地獄をこの目で見ておきたいというのがヘルズゲートを探した理由の一つじゃ。わしとしては今行われている大規模な戦い、人が勝ってもデビルが勝ってもどちらでもよい。但し‥‥」
テギュリアが話しを区切って林檎酒を口にする。フランシア、コンスタンス、エミリールは次の言葉をじっと待つ。
「アガリアレプトは強い。とてつもなく‥‥。あれを倒すのは並大抵ではないぞ。何といっても頭が切れて多くの情報を握っておるからな。上級のデビルゆえ連続では使えんようじゃが瞬間移動も持っておる。力任せの奴より余程やりにくいわ。それ故に倒しがいがあるともいえる。どうすれば倒せるのか、興味は尽きんよ」
「どう用いらば彼奴等に最も大きな打撃を与え得るとお考えですか?」
「地獄のデビルは総じて強いそうじゃ。黒い瘴気をまとった状態が常に続くようなものと聞いた。もっともそれが本来の力であるらしいがの。それ故に倒せたのなら二度とデビルの復活はあり得ん」
「アガリアレプトすらも?」
フランシアの質問にテギュリアが大きく頷いてからカップの林檎酒を呑み干す。
夜が明けて、ラルフ卿率いる黒分隊とルーアンの兵士混合の合同発掘隊は出発する。冒険者一行も隊に混じって目的の地を目指した。
合同発掘隊がヴェルナー領の中心付近に辿り着いたのは三日目の夕方であった。
●地中
四日目の早朝から早速発掘は始まる。
テギュリアの指示でいくつかの範囲が決められ、そこを兵士達が掘り返す。
黒分隊の隊員達は主に周囲の警戒を行った。デビルが動く事は最初からラルフ卿の中で折り込み済みである。
発見されるまでは監視に留めるだろうとも予想する。問題はヘルズゲートの位置が特定されてからだ。
準備として対トーネードドラゴン用に射撃車両『ラ・ペ』が六基周囲に配備されていた。
黒分隊と同じく冒険者の一部も周囲の警戒に当たる。
テギュリアの側で常に護衛を行っていたのはフランシアとエリー。
コンスタンスとエミリールの護衛は氷雨絃也、李風龍、乱雪華の三人。
空から警戒していたのはデュランダルとナノック。
鷹を飛ばして小高い丘で監視をしていたのはディグニスだ。
シクルはレミエラの力を借りたミミクリーで蛇に変身し、まだ未発掘の地域に空いた兎の穴へと潜り込んでヘルズゲートを探す。
リアナもまたクレバスセンサーを使ってヘルズゲートの探索を手伝っていた。
デビル探知のアイテム類も活用されて隙のない警戒が続けられる。
エリーは時々兵士達を労う。食事を配ったりして優しい言葉をかけた。
大地にいくつもの穴が掘られてゆき、ようやく七日目の夕方に手応えが感じられる半ば埋まった地中の空洞が発見される。
突貫で作業は続けられ、真夜中には妙な空間に辿り着く。
「これは‥‥ヘルズゲートは様々だとは聞いていたが」
ラルフ卿は空間に空いた漆黒の穴を凝視した。篝火やランタンなどいくら灯りがあっても内部が照らされる事はない。まるで光が吸い込まれているように何も見えはしなかった。
ヘルズゲート発見から一時間も経たない間に警戒の笛が鳴らされる。
誰もが予想していた通り、アガリアレプト率いるデビルの襲来であった。
●夜空での戦い
月を覆い隠す影。
黒き翼を羽ばたかせて、インプやグレムリンが夜空に浮かぶ。その中には稀にネルガルの姿もあった。
それらを追い抜き、青緑色の鱗に覆われたTドラゴンが発掘地上空に到達する。
既に待機していた黒分隊隊員によってオーラパワーが付与されたボルトがラ・ペ六基から次々と射出された。
トーネードドラゴンは向かってくるボルト六本とすれ違うように地上を目指す。一本は肩口に突き刺さるものの、残りはすべて避けて一基のラ・ペに爪をたてた。
ラ・ペが横転し、Tドラゴンの動きと相まって怒号と土煙が舞い上がる。
「トーネードドラゴン! そこまでだ!」
ヒポグリフ・ミストラルを駆るデュランダルがアイギスの盾+3を構え、Tドラゴンに突進する。
「やはり来たか!!」
ナノックはデュランダルとは反対側からペガサス・アイギスでTドラゴンに接近した。
二人の動きを見切ったTドラゴンが再び上昇する。
「大丈夫か!」
ナノックは倒れたラ・ペに乗っていた黒分隊隊員に声をかける。
「こちらでラ・ペは立て直します。お二人はどうかトーネードドラゴンを!!」
黒分隊隊員の返事にナノックとデュランダルは目を合わせて軽く頷いた。
「これ以上はやらせない!!」
デュランダルはヒポグリフと共にまるで坂道を駆けるように上昇し、Tドラゴンに剣を突き立てた。
「イペス! ドラゴンに憑依しているのだろう! 姿を現せ!」
ペガサスに騎乗するナノックの二撃目がTドラゴン喉元に突き刺さり、稲妻の息が回避される。
しかしそれだけでTドラゴンが止まるはずもない。大きく旋回したTドラゴンは翼を広げてさらに地上を襲おうとした。
ラ・ペによる援護射撃の元、ナノックはペガサスと共に複数のホーリーフィールドを空中に展開して敵のみに通じる障害を作り上げてゆく。
やがてインプやグレムリンの群れが辿り着く時、グリフォンに跨った黒分隊隊員達も空中戦に参加した。
「遅くなりました!」
地上の仲間にオーラパワーを付与してきた乱雪華も空中での戦いに参加する。グリフォン・ヤーマオで夜空に舞う。
ただ鳴弦の弓をかき鳴らそうとしたものの、激しい戦いの中ではとても難しい行為であった。
考え直した乱雪華はタイミングを計って『清酒「般若湯」』をTドラゴンにふりかける。そして一旦地上へと戻り、グリフォンにオーラパワーを付与する。
夜空へと戻った乱雪華はグリフォンの鋭い爪でデビル共に深い傷を負わせてゆく。
そして夜空の攻防からわずかに遅れて地上でも本格的な戦いが始まった。
●守るべき三人
「おじいちゃん、ここでじっとしていてねぇん。動いちゃだめよぉん」
エリーがテントの中にいるテギュリアへと声をかける。その後はディテクトアンデッドで周囲のデビルの動きを察知し、前もって仲間に知らせるつもりでエリーは神経を研ぎ澄ました。
「大丈夫じゃよ。もう逃げたりはせん」
エリーに返事をしながらテギュリアが気にしていたのは側にいたフランシアの視線である。
「翁、しばらくの辛抱ですので」
フランシアはテントを包むようにホーリーフィールドを展開する。つまり今の所、テギュリアはフランシアに敵意を持っていない事になる。
クレリックであるコンスタンスとエミリールもいるので、中心のホーリーフィールドを囲むようにさらに何重もの結界が作られていた。
「さて‥‥、効力は素晴らしいが時間がかかるのだけは難点だな」
聖なる釘の発動を終えた氷雨絃也は立ち上がって聖者の剣+1を抜く。
「すでに始まっているようじゃな」
ディグニスは篝火に照らされた遠方を眺める。野営のテントが集中している自分達の位置から二百メートル程先ではデビルとの地上戦が始まっていた。
「もうすぐここも襲われるはずだ」
李風龍は大錫杖「昇竜」+1を強く握りしめる。
「この剣なら黒い霧に包まれたデビルにもなんとか攻撃が通じるでしょう」
そういってシクルはジャイアントクルセイダーソード+2を見つめた。
「空からまとめて襲ってくるデビルは任せて下さい」
リアナのライトニングサンダーボルトはレミエラによって広範囲に放てる。
「そろそろ乱さんが付与してくれたオーラパワーが消える頃だ」
テギュリアを始めとした三人を守る地上の冒険者達の側にはエフォール副長の姿もあった。黒き瘴気に備えて冒険者達の武器にオーラパワーを付与してくれる。
付与魔法が消えると冒険者達は定期的にかけ直す。
やがて少数だがインプを中心にしたデビルがテント近くにも出現し始める。エリーがデビルの位置を正確に探知してくれるおかげですぐに倒された。
周囲を取り巻く黒分隊と兵士達の活躍でテント周辺は楽な状況にあった。あるデビルがやって来るまでは。
「息災のようでなによりですね」
「なっ!」
突然、空中から舞い降りてきたアガリアレプトの剣撃を李風龍が受け止める。
ネルガル二体の攻撃は氷雨絃也とディグニスがいなす。
「テギュリア、こうなってしまったからには、あなたを捕らえる意味は露ほどにもなくなりました。ですが‥‥わたくしの顔に泥を塗ったからには生かしておく訳にはまいりませんので」
アガリアレプトがテギュリアがいるテント内に向けて冷酷な視線を放つ。
「アガリアレプト!!」
その時、氷雨絃也は腰を屈めて大地が蹴った。ネルガルの攻撃に身を晒しながらもアガリアレプトの懐へと入り込む。
「ほう!」
氷雨絃也が放った刃がアガリアレプトの二の腕を傷をつけた。しかし二撃目はアガリアレプトに受け止められてしまい、後ろへと弾き飛ばされる。
「虫けらのごときとあなた方を一笑に付すのは簡単な事。ここはわたくしにも本気を出させていただきましょう」
アガリアレプトは前方をネルガル二体に任せてわずかに退くと黒き瘴気を纏った。
「やらせん!」
ディグニスはアガリアレプトの攻撃を肩で受けながらも勢いのままジャイアントクルセイダーソード+2を振り下ろす。
両足をふんばって剣で受け止めたアガリアレプトだが、後方からシクルが放ったジャイアントクルセイダーソード+2での一撃で背中に大きな傷を刻まれてしまう。
シクルとディグニスがそれぞれに持つジャイアントクルセイダーソード+2はあまりの重量の為に俊敏な動きは難しい。そのかわりチームでの攻撃ならばやりようがあった。
さらにエフォール副長が扱うシルヴァンエペ+1がアガリアレプトの右脇腹に突き刺さる。
もっともアガリアレプトが一方的にやられていた訳ではない。冒険者達も深い傷を負わされていった。
「テントの後ろに回ったよぉん! 柱の右側!」
「わかりました!」
エリーの叫びに反応してリアナが稲妻を扇状に闇の空中へと放つ。見事黒き瘴気を纏うネルガル二体に命中して地上へと落下させる。
「こちらは任せろ!」
「エリーは中の三人を頼んだ!」
李風龍と氷雨絃也は起きあがったネルガル二体と対峙した。
「エミリール殿とコンスタンス殿、翁から離れぬように」
フランシアはテント内から外を覗きながらニュートラルマジックを唱える。アガリアレプトを含めたデビルに付与された魔法があったのなら、これで解呪されたはずである。
(「大魔法を使う者がいたのならば‥‥」)
フランシアはデスの魔法を唱える心の準備を終えていた。魔力を使いすぎた敵がいたのなら一気に死へ至らしめられる強力な魔法であった。
「これはおかしい‥‥何故にアガリアレプトはわしを狙う?」
「それはどの様な意味で」
テギュリアの独り言を耳にしたコンスタンスが小声で訊ねる。
「少し考えればわかる事じゃ。わしは確かにあやつにとって憎むべき敵じゃろうて。しかしじゃ、ヘルズゲート奪取の方が比較にならぬ程重要なはず」
「確かにその通りです。確か最初の布陣によるとヘルズゲート周辺を守っているのはラルフ様率いる黒分隊の方々でしたよね」
テギュリアとコンスタンスはしばらく話し続けた。それからコンスタンスはエミリールへと近づく。
「コンスタンス、私の推測ですがアガリアレプトはヘルズゲートを諦めてはいないはずです」
「エミリール様。つまり、後々でアガリアレプトはヘルズゲートへ向かうつもりだと?」
エミリールはアガリアレプトが物量でヘルズゲートを奪おうとしているのではないか想像していた。
インプやグレムリンはたとえ黒き瘴気を纏っていたとしてもラルフ卿率いる黒分隊隊員の敵ではなかった。黒分隊隊員に比べれば劣るであろうが、ルーアンの兵士達もまた手練れのはずだ。それでも大量のデビルを払うには限界がある。
「アガリアレプトがこの場で戦っている間はまだよいのです‥‥。もしも他に移動する事があったのなら‥‥その時はヘルズゲートを狙っている時でしょう」
コンスタンスはエミリールの厳しい表情から外が覗けるテントの隙間へと視線を移すのであった。
●ヘルズゲート
「もう少しだ、持ちこたえろ!」
ラルフ卿は黒分隊を率いてデビルと対峙していた。
ヘルズゲートへと繋がる地下へと続く穴を目指して次々とデビルが飛来する。
その勢いは激流の如く凄まじく、黒分隊の鉄壁を徐々に後方へと退かせた。捨て身のインプとグレムリンの群れは牙を剥いて特攻を仕掛けてくる。
翼がもがれて地に落ちてもデビルは這いずって穴の奥を目指す。黒分隊隊員は疲れ切った表情でシルヴァンエペを瀕死のデビルに突き立てた。
「この風は!」
突然の突風にラルフ卿は身構える。
遠くに浮かぶ巨大な影の正体はTドラゴンであった。戦いで傷つきながらもなお狂気の仕草で威嚇する。
Tドラゴンの口蓋が開かれて稲妻の息が放たれようとした時、輝く存在が長槍を頬へと突き立てた。
「プリンシュパリティ‥‥ハニエル」
ラルフ卿はグレムリンをシルヴァンエペ+1で裂きながら夜空を見上げる。月夜に浮かんでいたのはペガサスを駆る天使ハニエルであった。
ハニエルの攻撃に続いてナノックとデュランダルの一撃も決まり、Tドラゴンは奇声をあげた。
「後ろだ! ラルフ!!」
遠くからの聞き覚えのある声に反応したラルフ卿は振り向き様に剣を横一文字に斬りつけた。知らぬ間に背後で剣を振り上げていたアガリアレプトの左胸を深くえぐりとる。
「おのれ! 人の分際でわたくしを!!」
アガリアレプトは怯まずにラルフ卿を睨みつけると剣撃を打ち込んできた。いなしたラルフ卿だが、アガリアレプトに隙は見つからない。
まもなくテント周辺にいた冒険者達もヘルズゲート付近に辿り着いてラルフ卿に加勢する。
Tドラゴンの稲妻の息が防がれた時点で、すでに勝敗は決していた。それにようやく気がついたアガリアレプトは我に返る。
「‥‥そうですね。やはり地上での戦力には限界があったと認めなければなりません。ここは一旦引き下がり、地獄であなた方の到着を待つ事にしましょうか」
アガリアレプトが手を挙げると蠢くデビルの群れは撤退を始める。
「楽しみにしていますよ、ラルフ殿。そして冒険者の方々。そしてテギュリア、地獄へ訪れたのならこれ以上ないぐらいに丁寧に刻んで差し上げましょう。コンスタンス、地獄へ来たのなら懐かしい者達に逢えるかも知れませんよ」
そう言い残してアガリアレプトは瞬間移動で姿を消す。
デビルが撤退しハニエルが天へと遠ざかってゆく頃、夜空は既に白み始めていた。
●そして
八日目の朝に行われたのは合同発掘隊全員の治療である。
回復の薬や治癒魔法を使う為に魔力回復の薬が大量に消費された。それでも助けられずに兵士十名と黒分隊隊員二名が亡くなる。
痛ましい事実だが、これだけで済んだのは不幸中の幸いといえた。それだけデビルの攻撃は激しいものであった。
冒険者達が戦いの最中で消費した薬類が補充される。その際に追加の報酬も贈られた。
ラルフ卿の判断で、ヘルズゲートを通過するのは完全な防御体制が整ってからとなった。無防備に地獄の階層に突入したのならアガリアレプトの思うつぼだからだ。
遺体を運ぶ一部兵士等の馬車と共に冒険者一行もルーアンへの帰路につく。ラルフ卿を含めて多くの者達はヘルズゲードを守るためにその場に残る。
コンスタンスとエミリールと共にテギュリアも冒険者達の護衛でルーアンへと戻された。
テギュリアを目の届く所に置いておきたかったラルフ卿だが、再び戦場になるかも知れない土地で監視するにはあまりに骨が折れる人物である。それならばと仕方なくルーアンのヴェルナー城へと戻す事にしたのだ。
十日目の朝に出発し、冒険者一行は夕方にルーアンへと到着する。テギュリアを城へ送り届けた冒険者一行はサン・アル修道院で一晩を過ごす。
翌日の十一日目、コンスタンスとエミリールと別れの挨拶を交わして冒険者達はパリへの道を辿り始めた。
冒険者一行がパリの城塞門を潜り抜けたのは十二日目の夕方であった。