●リプレイ本文
●集合
一日目の早朝、クレア、ラヴィ、綾小路の三人に見送られて冒険者一行は馬車を中心にパリを出発する。
ルーアンに到着したのは二日目の昼過ぎ。まずはサン・アル修道院に寄ってクレリックのコンスタンスとエミリールと合流した。
その後、ヴェルナー城に移動してエルフの老翁テギュリアを連れて、そのままヴェルナー領中央の丘陵地へと向かう。到着したのは三日目の午後であった。
ヘルズゲートへと続く地下通路近くは以前と様変わり、柵や家屋などが建てられていた。
黒分隊隊員に案内されて一行はアガリアレプト討伐隊の簡易施設へと入る。
待っていたのはヴェルナー領の領主でもあるブランシュ騎士団黒分隊長のラルフ・ヴェルナーだ。ヴェルナー領側担当のエフォール副長の姿もあった。
「よく来てくれた。これですべてが整ったといえる」
ラルフ黒分隊長はヘルズゲートの通過を明朝の日の出同時と定める。
「こちらから攻勢に出られるのはとても大きい。しかし本当に大変なのはここからだな」
ナノック・リバーシブル(eb3979)は射撃車両『ラ・ペ』の運用をラルフ卿に訊ねた。
トーネードドラゴンがどのように動くのかわからないので、まずは二両を地獄へ運ぶつもりらしい。ちなみにヘルズゲートの狭さから一部分解して運ばなくてはならず、地獄側で組み立てる作業が必要であった。
「地獄では想像を絶する難敵が予想されるが、俺も好機だと考える。ここで彼らを討てば、真の滅びを与えることができるのだからな」
淡々と話すデュランダル・アウローラ(ea8820)だが、聞いていた誰もが込められた熱意を感じ取る。
「まったくちょいと前までは考えられなかったよな。地獄に攻め込んで行くなんてよ」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は窓の向こう側で準備に追われる隊員達の姿を見て呟いた。
物資と人員はかなりのものが投入されるようだ。その規模はヴェルナー領の財政に少なからず影響を与えていると思われた。
「道中、こちらの方々と相談しましたが、アガリアレプトの地獄についてはこれといった伝承は見つからぬまま。ただ一つ、荒涼とした土地とだけ」
フランシア・ド・フルール(ea3047)はテギュリア、エミリール、コンスタンスと話した結論をその場の全員に伝えた。
「まだヘルズゲートの先は確認されていないのですね?」
「慎重を期するべく、一度も行われていない」
シクル・ザーン(ea2350)は答えてくれたエフォール副長に頷き、そして考える。もし地獄側も地中に繋がっていたのなら、ミミクリーで蛇に変化して地上への隙間を探そうと。
「もし地下であったなら穴掘りは任せて下さい!」
乱雪華(eb5818)は特に張り切っていた。その証拠に『ほりほりもぐらくん』へと着替え済みだ。
「地獄の様子がどうであれ、俺は大地からの護衛に専念しよう。いくらなんでも足場はあるだろうからな」
李風龍(ea5808)は外に待たせてある愛犬の疾風と共に行動するつもりでいた。場合によってはラルフ黒分隊長とコンスタンス等の護衛につく心づもりである。
「未来予知をしたところ、はっきりした事はわかりませんでした」
リアナ・レジーネス(eb1421)はフォーノリッヂでの結果を報告する。
「おじいちゃん、アガレプトの弱点や急所とかはないのぉん?」
「うむ、ないな。あやつに勝つには、あやつ以上に強くなり、そして知恵を働かせなければ無理じゃろ」
エリー・エル(ea5970)の質問にテギュリアが即答した。
「少々心配しているのだが――」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は討伐隊に組み込まれた一般兵についてをラルフ卿とエフォール副長に進言する。地獄への突入にあたって黒分隊に所属する猛者ならば心配ないだろうが、一般兵には配慮が必要であろうと。
話し合いは続いたが、日が暮れる前には終了する。
「どうかしましたか?」
「‥‥地獄とはどの様な所か想像しておりました」
かつてデビル側だったコンスタンスにとって地獄とは、より特別な意味があるのだろうとエミリールは想像する。二人はしばらく星空を見上げるのであった。
●暗黒の地
討伐隊は四日目の太陽が地平から昇るのを合図にして地下に存在するヘルズゲートの通過を開始した。
ランタンやたいまつを持っていても視界の確保に苦労させられる。通過中のほんのわずかな間だが漆黒の闇に包まれた。やがて灯りが役に立ち始めて周囲が見えるようになる。
前もって予想していた通り、ヘルズゲートを抜けた先は地中であった。
「苦労しそうだな‥‥」
ラルフ卿は周囲の様子を眺めて呟く。地下空洞だと思われる空間は狭くて熱気が凄まじい。掘削作業するには二十人が限界と思われた。
「きっとこの穴だろうさ。兎が通ったっていうのは」
シャルウィードがさっそく上へと向かっている細い穴を発見する。とてもではないが人が通れる幅はない。
「さっそくいってまいります」
シクルはレミエラの効果で装備を身につけたままミミクリーで蛇に変化して穴に潜り込む。距離を測る為に尻尾には糸をくくりつけてもらう。
蛇になったシクルは地上を目指して身体をくねらせる。暗闇の中を手探りではなく腹探りで進んだ。少しでも広がった空間を見つけてミミクリーをかけ直す。やがて地上へと到達した。
(「これは‥‥」)
近くにあった岩の窪みに身を潜めながらシクルは元の姿へと戻って周囲を確かめる。霧が立ちこめ、稀にみえる空は真っ赤に染まっていた。
シクルはここが地獄なのだと認識する。
霧のせいで十メートル先ですら見えにくいので断言はできないが、少なくとも足下は赤茶けた荒涼とした大地である。草木一本生えていなかった。
シクルはデビルに発見されないうちに蛇へ変化して仲間達が待つ空間へと戻る。糸の長さから考えるに地上までは垂直で約九メートルだと答えが導きだされた。
さっそく地獄の地上を目指す掘削が始まった。昼夜問わず交代して作業が行われる。
シクルはドワーフのつるはしを仲間に貸しだし、地上での監視役を務めた。地上に近づくにつれて掘削の音でデビルに発見される可能性が高くなるからだ。
偵察のインプを発見する度にシクルは穴へと続く糸を引いて地下の仲間に危険を知らせた。アガリアレプト側も討伐隊が来るのを見越して警戒態勢をとっているようだ。
地獄の地上まで開通したのは六日目の深夜である。
冒険者達は地獄の地上へと飛びだして戦闘体勢を整える。穴を隠す術はないに等しいので偵察のデビルを片っ端から倒さなくてはならないからだ。いつかはアガリアレプト側にばれるだろうが、それまでは時間稼ぎを優先した。
地獄空の護りはペガサスを駆るナノックとヒポグリフに乗ったデュランダル。
地獄地上の護りは李風龍、ディグニス、シャルウィード。
乱雪華、リアナ、シクルは続いていた地下への拡張工事を手伝う。
フランシアはホーリーフィールドを数多く張って一時的な防護壁を用意する。その際に魔力回復のソルフの実が討伐隊から支給された。
エリーは常にテギュリアの近くで護衛に徹する。
「急げ!」
ラルフ卿が檄を飛ばす。
次々とヴェルナー領側から物資が運ばれて陣が形作られてゆく。まずはラ・ペが設置されて塹壕も掘られた。
七日目の昼頃、ナノックが設置した白光の水晶球に反応が現れる。それは消えることなく、輝きを増していった。
「何やら懐かしい顔だ」
「お前は!」
右側面からの槍先をペガサスを駆るナノックがかろうじてかわす。
霧の中に消え去ってしまい一瞬しか目視出来なかったものの、ナノックには誰なのかがはっきりとわかった。
「アビゴールとヘルホースだ!! 注意しろ!」
ナノックの声がデュランダルの耳に届く。
「そのようだな‥‥」
デュランダルはムーンドラゴンパピー・ラファールを傍らにして、ヒポグリフ・ミストラルに跨って飛んでいた。霧の中に浮かんでいたのはまさにナノックのいうアビゴールだ。
「お前達と再び会えるとは。存分にもてなす必要がありそうだ‥‥」
以前より痩せた感じのアビゴールであったが、その眼光は変わってはいない。
数多くのグレムリンがアビゴールとデュランダルの周囲を飛び回って奇声をあげる。
「トーネードドラゴンの襲来はわからないが、まずはアビゴールだ!」
「それが正しいようだな!」
急接近してきたナノックに応え、デュランダルもアビゴールに突っ込んだ。グレムリンが身をもってアビゴールの盾となり、一気に戦闘へ突入してゆく。
グリフォンに乗った黒分隊隊員達も参加して、デビルとの空中戦が始まった。
その頃、地獄の地上でもう一つの再会が行われていた。グレムリンの群れに紛れてやって来た男にコンスタンスの視線は釘付けになる。
「エドガ・アーレンス‥‥」
「コンスタンス、何の冗談だ? その聖職者の格好は」
エドガを正面にしたコンスタンスの横にフランシアとエミリールが立つ。二人ともホーリーフィールドを張ってエドガの不意打ちを防ぎ始める。
(「贖罪の試練の始まり、見届けさせて頂きましょう」)
フランシアもエドガを知っている。デビル・アビゴールの下で悪魔崇拝のラヴェリテ教団を率いた元は人の指導者である。かつてはコンスタンスも教団に所属していた。
「アビゴール様もこちらにいらっしゃる。あの時の裏切りは一時の気の迷いだったのだろう? こちらに来い、コンスタンス」
「その様な迷いはとっくの昔に捨て去りました。デビノマニにまで堕ちたエドガ‥‥。あわれな‥‥」
コンスタンスに向けて嘲笑を浮かべたエドガは剣を振り上げてホーリーフィールドの一つを破壊する。
「そこまでだ。エドガ!」
さらに一歩踏みだしたエドガの前に立ち塞がったのは李風龍だ。大錫杖「昇竜」+1を構える。
「腐れ縁というのはこういうのをいうのでしょうか」
ミミクリで腕を伸ばしたシクルがエドガに攻撃を仕掛けた。
「逃がしはしませんよ」
エドガの頭上を抑えたのは、グリフォン・ヤーマオに乗った乱雪華だ。
「そういうことか‥‥。偽りの安息を手に入れたせいで、そのような気概のない抜け殻になってしまったのだな。コンスタンス」
エドガは李風龍の一撃を剣で受け止めながら呟く。
「おぬしか!」
ディグニスは愛馬で駆け抜けながら鎧姿のエドガの腹に強烈な一撃を加える。
それを機会にしてシクル、李風龍、乱雪華がエドガを攻めようとした時、端整な顔立ちの角を生やしたデビルが霧の中から現れる。
「この周辺の地下にヘルズゲートは隠れていたのですね‥‥」
アガリアレプトはまるで見学に訪れたような態度で作りかけの陣を見回した。そして遠くのエリーに護られたテギュリアを見つめる。
「おじいちゃんは私が護るんだよぉん!」
エリーはアガリアレプトに向けて口の両側を指で引っ張ってイーッとやってみせた。
討伐隊とデビルの戦いが繰り広げられる中、コンスタンスを中心とした一角だけは睨み合いだけが続く。
「ヘルズゲートがここならわたくしどもの勝ちは決まったようなもの。あなた方にもおいおいわかるでしょう。‥‥エドガ、先にお帰りなさい」
アガリアレプトの一言てエドガが引き下がる。アガリアレプトは瞬間移動で姿を消す。
仲間達から離れた位置で戦っていたリアナとシャルウィードは状況の変化に気がついた。
「撤退が始まったようです」
リアナはアイスコフィンで凍らせた土嚢を盾にしながら、レミエラで扇状化したライトニングサンダーボルトをグレムリンの集団に放っていた。
「やけに撤退するのが早いな‥‥。しかしこれはチャンスか」
シャルウィードは近いデビルを仕留め終わった後で赤い空を見上げる。一時的に霧が薄まったおかげで去ってゆくグレムリンの姿が窺えた。
「ちょっと探ってくる。みんなにはいっておいてくれ」
シャルウィードはリアナに言葉を残して撤退のデビルを追いかけてゆく。
戦いが収まると陣の建設はすぐに再開された。
シャルウィードが戻ったのは八日目の朝であった。
●そして
集まった一同はシャルウィードの報告に耳を傾ける。
結論からいえばシャルウィードは撤退のデビルを完全には追いきれなかった。途中、大きな湖に遮られてしまったのである。
アガリアレプトが居を構える城がこの地獄の階層にあるのはテギュリアの話から判明していた。どうやらその城とヘルズゲートとはかなりの距離があるようだ。
そして間に大きな湖が横たわり、さらに霧が視界を遮る。城まで辿り着くのには困難を極めるだろうとシャルウィードは語った。
「湖を避けるとなれば、遠回りにならざるをえん。もしも船を調達出来たとしても湖に何が潜んでいるかわしにもわからん‥‥」
テギュリアの一言が落ち込む一同の気持ちに拍車をかける。
「困難は最初からわかっていた。それでもヴェルナー領のみならずノルマン王国の為にやり遂げなければならない。今後はまた考えよう。今回は助かった。これを受け取ってもらえるだろうか?」
ラルフ黒分隊長は冒険者達にデビルスレイヤーを付与出来るレミエラを贈る。
「すでにデビルスレイヤーの能力を得ている武器であっても、このレミエラのデビルスレイヤーでさらにもう一段階の威力を増す事が可能のはずだ」
もし不必要ならば必要な者に譲ってあげて欲しいとラルフ黒分隊長は言葉を添える。
コンスタンス、エミリール、テギュリアの三人は討伐隊と共に地獄へ残る事になる。本人達の希望である。
冒険者達はヘルズゲートを潜ってヴェルナー領側に移動した。
そこでエフォール副長から驚きの情報を聞かされる。つい先頃Tドラゴンが現れて撃退したばかりだという。Tドラゴンが地獄側ではなくヴェルナー領側を襲った理由は不明のまま終わった。
冒険者一行はルーアンには立ち寄らず、十日目の午後に無事パリ城塞門を潜り抜けるのだった。