●リプレイ本文
●地獄の階層
「頑張ってくれ!」
「おりゃ〜、ケツの穴きっちし締めて行って来〜〜〜〜い!」
李風龍(ea5808)を見送るのは西中島とイフェリア。
早朝のパリを依頼を受けた冒険者達は馬車を中心にして出発する。
ひとまずの目的地であるヴェルナー領のアガリアレプト討伐隊駐屯地に到着したのは二日目の夕方であった。
広がる草原の地下にあるのはデビル・アガリアレプトが支配する地獄階層へと繋がるヘルズゲートだ。
十名の冒険者はそのままヘルズゲートを潜り抜け、地獄階層側の駐屯地で一晩を過ごした。そして三日目の朝方に湖に浮かぶ島まで向かう。
デュランダル・アウローラ(ea8820)、ナノック・リバーシブル(eb3979)、乱雪華(eb5818)、リアナ・レジーネス(eb1421)は飛行可能なペットに騎乗。
シクル・ザーン(ea2350)、ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は討伐隊からグリフォンを貸してもらう。
李風龍、フランシア・ド・フルール(ea3047)、エリー・エル(ea5970)、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は討伐隊隊員に相乗りさせてもらった。
深い霧の中を地図を頼りに飛行を続ける。湖の畔までたどり着くと一旦休憩をし、島の土を踏みしめたのは夕方であった。
「よく来てくれた。待っていたぞ」
島に造られた簡易の施設でラルフ卿が冒険者達を出迎えてくれる。
ラルフ卿はブランシュ騎士団黒分隊長、そしてヴェルナー領主でもあり、今はアガリアレプト討伐隊の地獄階層側の指揮を執っていた。
アガリアレプト討伐隊とは黒分隊と選りすぐったヴェルナー領の兵士との混合部隊である。
明朝から湖の対岸調査が行われるので、冒険者達は島を護りを任された。
他に島へ残るのは討伐隊の十五名。そしてエルフの老翁テギュリア、クレリックのコンスタンス嬢とエミリール嬢である。
「しっかし、広すぎだろ、この湖」
シャルウィードは岩の上で胡座をかいた。
人の移動はグリフォンで何とかなるとしても、物資の大量搬送はとても難しい状況である。島で帆船が発見された事実はラルフ卿から報されていたが、残していったのが、あのデビル・アビゴールだ。使用するには躊躇してしまう。
フランシアもまた、帆船の素性に疑問を感じていた。すでに夜であったが隊員に案内してもらい、仲間達と一緒に帆船を確認しに向かう。テギュリアとクレリック二人も一緒であった。
「罠か何か隠されているか、或いは既に一定の役割を果たしているか‥‥。使用された痕跡、特に船倉に何か出し入れをした様子は無いかを調べましょう。岸壁洞穴への出入口も併せて」
フランシアの意見に同意した仲間達はたいまつを片手に帆船や洞窟内を調べ上げた。
「いつデビルが襲ってくるかも知れませんし‥‥」
「そうですね。警戒するに越したことはありません」
乱雪華とリアナは洞窟の外で見張りを行う。グリフォン・ヤーマオとロック鳥・マリーナフカも一緒である。
「普通の木材のような感触ですが‥‥」
ミミクリーで腕を伸ばしたシクルは、普通だと触りにくい位置を掴んで確認する。
「おじいちゃん、この船はどうなのぉん?」
「うむ。わしもよう知らんのじゃ。材質などはどこにでもあるオーク材なのじゃが――」
エリーはテギュリアと一緒に湯を沸かし、二人で紅茶を頂いていた。ちなみに紅茶はテギュリアがラルフ卿からもらったものらしい。
調べが終わった者にも紅茶が用意される。エリーは外で待機する案内してくれた隊員や見張りの乱雪華とリアナに紅茶の入ったカップを届けた。
「形は少し変わっているようだが、普通の船だな」
「拙者もそう思ったのぅ。しかしあの飾りは何ぞ?」
デュランダルとディグニスは二人一緒に紅茶を囲む仲間達の元へ戻る。ディグニスが気にしていたのは船首部分に取りつけられていた女性像だ。
テギュリアに聞いてみたが、はっきりとした返事はなかった。
(「今、妙な感じが?」)
フランシアはテギュリアの態度に違和感を持つ。惚けた印象を受けたのだ。
「デビルにも人型はたくさんいるようだ。しかし角はなく、どことなくエルフのような気もしないでもない‥‥」
ナノックは女性像の感想を語った。
「今はたくさん人がいるからいいが、明日からあたしら入れて三十人弱。巡回場所に入れるとしても、デビルの絶好の隠れ場所だねぇ」
シャルウィードは頬杖をつきながら紅茶を口に含む。
一行は夜が更けないうちに簡易施設へと戻るのだった。
●警戒
四日目早朝。
グリフォンに騎乗した対岸調査の討伐隊が次々と島から離陸し、地獄の赤い空に消えていった。
ここからが依頼の本領である。
冒険者達は役割ごとに班を分けていた。島の広さが直径三キロにも及ぶからである。
索敵班はシクル、エリー、デュランダル、リアナ。
島内駐屯地を護る防衛班はフランシア、李風龍、ディグニス、ナノック、シャルウィード、乱雪華。
テギュリア、コンスタンス、エミリールの三人は実質的に防衛班である。
残留の討伐隊員の半分は駐屯地に残り、他はグリフォンによる空中警戒を行った。
濃い霧のせいで視界が悪く、さらに森の茂みが邪魔をする。ディグニスの案で手が空いている者達で島の駐屯地近くの伐採が行われた。
フランシアはテギュリア、コンスタンス、エミリールの三人に地上や別の地獄の様子を語る。御遣いの降臨や祈りへの招きなど、デビルに屈しない人々の思いと行いを伝えるのだった。
●湖と空
「今日はいつもより霧が濃いような気がするな」
六日目の早朝。李風龍は赤い霧に覆われた空を見上げる。
霧は均一ではなかった。たまに遠くまで見通せたり、逆に一メートル先でさえ目視するのが困難な時もある。
島の駐屯地にはナノックの白光の水晶球が置かれていた。複数のクレリックによって発動されているので、デビルが近づけばすぐにわかる寸法だ。
「あれれぇん?」
「どうかしましたか?」
シクルはエリーを後ろに乗せてグリフォンを飛ばしていた。ちょうど島の外縁を飛んでいた時の事だ。
「不死者の反応があったよぉん。でも、ものすごく大きくて、それに湖の中みたいなんだけ‥‥」
エリーがいいかけた途中で地鳴りのような音が足下から鳴り響く。
「どうした?」
「何です? この音は」
ペガサスを駆るデュランダルとロック鳥に乗ったリアナが、シクルとエリーが騎乗するグリフォンに近づいた。
「わからないんです。でもエリーさんのデティクトアンデッドに反応があったみたいで」
困惑した表情でシクルが説明する。
「あっちだよぉん」
エリーが指さした方向に四人は向かってみた。近づくにつれて凄まじい悪臭に悩まされる。
その正体がわかった時、四人の誰もが酷く表情を歪ませた。なぜなら島の畔に乗りあげていたのは腐ったクジラであったからだ。
「呼吸の反応はありませんね。デビルの可能性もありますが‥姿からいってやはりアンデッドでしょうか?」
リアナがブレスセンサーの結果を伝えたその時、クジラの口が大きく開いた。
「あれは‥‥動く死体か」
歪ませたデュランダルの口から言葉が零れる。
クジラの口の中からゆっくりと歩みだしていた大軍がある。腐りかけた様子からすぐにズゥンビ系のアンデッドだとわかった。
そしてクジラは一頭のみではない。離れた位置に二頭が畔に乗りあげていた。
どのクジラからもズゥンビ系アンデッドが上陸を始める。
「どうしましたか?」
「あれを見て下さい」
グリフォンで巡回していた討伐隊員にシクルが説明する。
冒険者四名は討伐隊員と一緒に島の駐屯地へと戻った。アンデッドの歩みは極度に遅いので、まだ余裕があると考えたからだ。
アンデッドのクジラについては島の外縁から動けないので無視を決め込んだ。後で余裕がある時に退治すればよい。
問題は近づいてくるアンデッドをどうやって退けるからだ。
アンデッドは退治しなくてはならない。しかし三方から近づいているので戦力はどうしてもばらけてしまう。
「この様な手を打つ者は‥‥おそらくエドガでしょう」
コンスタンスはデビノマニのエドガが作戦を立てたのだろうと推測した。分散してアンデッド退治をしている最中に冒険者や討伐隊員の各個撃破をエドガは企んでいるのではないかと。
「ここを離れるは愚策。しかしどの用な方策が的確か‥‥」
フランシアは顎に手をあてて考え込む。
「‥‥つまり、隊長さんらが戻ってくるまで時間稼ぎをすりゃいいってわけだ。‥‥アンデッドはあたしに任せてくれ」
冷たい光をシャルウィードの瞳は浮かべていた。
冒険者達は索敵班と防衛班を再編し、討伐隊員十五名、テギュリア、コンスタンス、エミリールと対策に乗りだすのだった。
●地上のアンデッド
アンデッド排除を任されたのは三組。
北方面担当の李風龍とコンスタンス。
南西担当はシャルウィードとエミリール。
南東担当はエリーと討伐隊員一人である。
ペアにしたのはデビルに襲撃された時を考えてだ。
(「簡単に倒せるが‥‥。これは時間との勝負か」)
島の北方に向かった李風龍は大錫杖でアンデッドの肢体を吹き飛ばす。李風龍にとって目前のアンデッドは敵ではなかった。
しかし気がかりが一つある。それは一緒にいるコンスタンスの事だ。
エドガとコンスタンスはかつて深い関わりがあった。そしてこれまでの発言からすると、エドガはコンスタンスをあきらめていないようにも思える。
李風龍はコンスタンスが張ったホーリーフィールド内で休憩をとった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。さてと、もう少し頑張ってくるか」
今のコンスタンスから、かつての非道な姿は想像出来ない。李風龍はコンスタンスに何かがあってはならないと注意しながらアンデッドと戦った。
南西で戦うシャルウィードは無言のまま、ひたすらに戦いに没頭していた。ソードボンバーでアンデッド達の動きを鈍らせ、二刀で切り刻んでゆく。
「あの‥‥?」
エミリールが声をかけてもシャルウィードは何も話さなかった。目前のアンデッドすべてが動かなくなるまでは。
「たくさんいるよぉん!」
「こちらもまだまだですね」
エリーは討伐隊員と背中を合わせて南東にたむろうアンデッドを排除する。テギュリアの事が気がかりなエリーだが、今はフランシアに任せる事にした。
アンデッドとの戦いが始まった頃、赤い空を漂う黒い群れが島に近づこうとしていた。多くはインプやグレムリンだったが、ネルガルも含まれる。
そして異質な鷹が一羽。それはエドガが変身した姿であった。
●駐屯地
島の駐屯地上空に稲妻が走る。
黒いデビルの群れに放たれたのは扇状化されたリアナのライトニングサンダーボルト。その凄まじい威力にデビルの雨が島に降り注いだ。
「後はお願いします」
リアナは振り返り、空を飛ぶ手段を持つ仲間達に叫んだ。いざという時には傍らのロック鳥で飛び立つつもりだが、しばらくは魔法攻撃を担うつもりのリアナであった。
「拙者に任せろ」
ディグニスは借りたグリフォンを器用に操り、まばらになった上空のデビルへと急接近する。振り上げた大剣を叩きつけ、一気に止めを刺してゆく。
「先にこちらを片づけましょう」
シクルはグリフォンで空中戦に参加する前に討伐隊員達と協力して島に落下したデビルを始末する。
「協力します」
乱雪華もまずは地上のデビル殲滅を優先した。フランシアが張ってくれたホーリーフィールド内でデビルの勢いが弱まるように鳴弦の弓をかき鳴らす。
「翁はこちらでお静かに」
「彷徨くような真似はせぬよ。用があれば向こうから来るじゃろうからな」
フランシアは物資が置かれた簡易の倉庫内にテギュリアと一緒に隠れていた。ホーリーフィールドを張って簡単には攻め込まれないように仕掛けてある。
駐屯地の施設は非常に簡易なもので、破壊されても大した損害ではない。肝心なのはここまで運ばれた貴重な物資である。
「やはり‥‥」
倉庫を囲む防護とは別のフィールドが破壊される。建物の隙間からフランシアが確認したのはエドガであった。
倉庫内に設置されていた白光の水晶球の点滅が速まってゆく。
「テギュリアよ。そこにいるのか? お前のよく知る者から手紙を預かってきた‥‥?!」
エドガは間一髪のところで頭上からの攻撃をかわす。ナノックが乗るペガサスが島の大地を踏みしめる。
「アビゴールと思えばエドガか」
ペガサスを反転させたナノックは今一度エドガに攻撃を仕掛けた。
「邪魔が入ったようだな!」
エドガは大木の裏に隠れてナノックの剣を避ける。
「あの船は一体なんなのだ!」
「船? ああ、この島の、あの帆船の事か」
デュランダルもヒポグリフで現れてエドガを攻めた。
「島の奪還作戦は失敗のようだな‥‥。まあ、いい。一番の目的はこれをテギュリアに渡す事だからな」
エドガは目立つように一通の手紙を空中へ放り投げた。
そして茂みに隠れると鷹に化けて濃い霧の空へと飛んでゆく。ナノックとデュランダルは追いかけたが、途中で湖に突入されて見失ってしまった。
デビルの群れもラルフ卿率いる対岸調査の討伐隊が戻ると撤退を始めた。
「この手紙‥‥」
テギュリアは地面に落ちていた手紙を拾う。送り主の名はなかったが、封蝋には押された印があった。
●そして
エドガが運んできた手紙をテギュリアは開けようともしなかった。
そして誰に訊ねられても、ずっと黙ったままを通す。それがラルフ卿であってもだ。
冒険者達は追加の報酬をラルフ卿から贈られると帰路についた。
湖の対岸の様子は簡単に教えてもらったが、詳しくは次の機会である。
地獄側の駐屯地へ戻り、ヘルズゲートを通ってヴェルナー領側へと抜けた。
「あの手紙は一体‥‥」
フランシアはふとヘルズゲートへと振り向くのだった。