手紙とテギュリア 〜ノワール〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:21 G 72 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:08月15日〜08月30日

リプレイ公開日:2009年08月24日

●オープニング

 ノルマン王国ヴェルナー領のヘルズゲートを潜り抜けた先に広がる地獄のアガリアレプト階層。荒涼とした大地と霧深い空は赤く染まっていた。
 アガリアレプトの居城があると思われる方角には赤い水で満たされた湖が佇み、グリフォンの航続でようやく辿り着ける島が存在する。
 これまでデビルの拠点となっていたが、ラルフ卿率いるアガリアレプト討伐隊が奪取。その際に冒険者達の活躍があったのはいうまでもない。
 島を中継地として、ヘルズゲートがある方角とは反対側の湖畔の調査が行われる。
 その結果、いくつかの事が判明する。
 どこまでも見通せるとまではいえないが、霧がかなり薄くなっていた。
 そして島と同じように植物の緑が存在していたのである。不毛の大地と思われていた地獄にはあまりにも似つかわしくない風景だった。
 とはいえ、すべてではなく一部の個所に密集して森のような存在がある程度だ。幻覚でないのは確認済みである。
 島で発見された帆船はもしかしたら地獄で育ったオークの木で造られたものかも知れなかった。
 輸送路が確保されたおかげで物資を中継し、湖の対岸にも駐屯地が築かれた。
 ヘルズゲート駐屯地、湖島駐屯地、そして対岸駐屯地と三個所となった為に討伐隊の人員も補充された。トーマ・アロワイヨー領からの資金提供のおかげで滞りなく行えたのだが、それに至った経緯は別の話である。
 順調に思える討伐隊の進攻だが、大きな謎が残っていた。
 敵であるデビノマニ・エドガがエルフの老翁テギュリアに届けた一通の手紙についてだ。手紙を開封せずにテギュリアは押し黙ったまま、かなりの日数が経過してしまう。
 ようやく開いたテギュリアの口から語られた内容はラルフ卿を驚愕させるものであった。
 手紙の送り主はテギュリアの娘、イフエナ。
 イフエナはアガリアレプトの寵姫の一人だという。
「島にあった帆船の船首に飾られた像はわしの娘、イフエナの姿を象ったもの‥‥。あの船はアガリアレプトがイフエナに贈ったものじゃろうて」
 テギュリアは手紙にも目を通す。
「とても笑わせる内容じゃ。今更、親子がどうのこうのとあのバカ娘め。あやつはすでにデビノマニ。人ですらないというのに‥‥」
 それ以上テギュリアは喋らず、またラルフ卿も訊ねはしなかった。
 しばらくして準備が整えば、さらなる進攻が予定されていた。
 すでにパリの冒険者ギルドに向けて依頼の使者は送られている。作戦決行は間近であった。

●今回の参加者

 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea5808 李 風龍(30歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea5970 エリー・エル(44歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0828 ディグニス・ヘリオドール(36歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5413 シャルウィード・ハミルトン(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

西中島 導仁(ea2741)/ 李 雷龍(ea2756)/ レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)/ ヴァジェト・バヌー(ec6589

●リプレイ本文

●出立
 早朝、パリ城塞門近くの空き地には、ブランシュ騎士団黒分隊から借り受けた馬車を中心にして旅立とうとする冒険者達が集まっていた。
「それではな」
「がんばってこいよ」
 西中島と軽く握手を交わした李風龍(ea5808)は愛馬・大風皇に跨る。地上のヘルズゲート駐屯地に預けて地獄には連れてゆくつもりはないが、それまでは相棒である。他の冒険者達も似たような行動をとろうと考えていた。
「おそらく相手は自分の領域深くまで引き込むつもりでしょう。ゲートからの距離には注意して下さい」
 ヴァジェトから助言を受けたリアナ・レジーネス(eb1421)はロック鳥・マリーナフカの背中へよじ登る。
「フランちゃん、頑張ってね。アビゴールなんかパーっと蹴散らして、また一緒にお酒飲もう♪」
 レヴィの声援を受けたフランシア・ド・フルール(ea3047)は、馬車の窓から顔を出して微笑んでみせる。
 準備が済むと冒険者一行はすぐに出発した。
 ヴェルナー領中央周辺の地下にアガリアレプトの地獄階層へと通じるヘルズゲートは存在する。現在では石造りの砦が構える強固な護りの駐屯地が完成していた。地上側の責任者はブランシュ騎士団黒分隊副長のエフォールである。
 二日目の夕方、馬車を中心にした冒険者一行はヴェルナー領側のヘルズゲート駐屯地に到着。ヘルズゲートを潜り抜け、地獄側の駐屯地で一夜を過ごす。
 翌朝には飛行可能な騎乗ペットで霧に覆われた赤い空へと飛び立つ。自前のペットがいない者は討伐隊のグリフォンを借りる。もしくは討伐隊の隊員に相乗りさせてもらうのだった。
 湖に浮かぶ湖島駐屯地に着陸したのが夕方。三日目の早朝に再び飛び立った一行は、対岸に駐屯地を構えていたラルフ卿が率いるアガリアレプト討伐隊と昼前に合流を果たす。
「テギュリア翁の娘、ですか‥‥」
 シクル・ザーン(ea2350)は、司令部として使われていた巨大なテント内で仲間達と共にラルフ卿から事情を聞いていた。エドガがテギュリアに届けた手紙が気になっていたシクルである。
 テギュリアの娘、イフエナがデビル・アガリアレプトの寵姫である事。島で発見された帆船の船首に飾られていた像はイフエナを象ったもの。さらにイフエナはデビノマニであるらしい。
(「成る程。あの船自体があそこに在る事で、手紙と併せ翁へのメッセージの役割を果たしていたと」)
 フランシアは、この場にはいないテギュリアと後で会って話さなければならないと考えていた。
(「できることならイフエナを救ってやりたいが、完全なデビノマニを元に戻す術は聞いたことがないな‥‥」)
 デュランダル・アウローラ(ea8820)はひとまずイフエナの事は忘れ、目下の敵となるアビゴールとエドガに集中しようと考える。
(「ともすれば内部から壊そうと‥‥失敗しても損はなし、と言う事か」)
 ナノック・リバーシブル(eb3979)はエドガの企みに思慮を巡らす。イフエナを使っての何らかの揺さぶりをかけてくるのだろうと想像する。
「他の地獄ではルシファーが封印されたと聞く。しかし拙者等の進攻を指を銜えて待つデビルではないだろう。必ず迎撃が来るはず」
 ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は冷静に分析していた。
「アレの本拠地まで、このまま地続きだといいんだが‥‥」
 シャルウィード・ハミルトン(eb5413)のいうアレとはアガリアレプトを指す。今後、敵の焦り方が大まかな目安になるのかも知れない。
「テギュリアさんは他の方々にお任せして、お二人には私がつきましょう。その方が実力を出しやすいでしょうし」
 乱雪華(eb5818)が自らコンスタンスとエミリールの護衛を買ってでてくれる。
 ラルフ卿との話し合いの末、討伐隊の進攻は四日目の朝からと決まるのだった。

●テギュリア
(「やはり悩んでいるのですね‥‥。肉親の事で‥‥」)
 宵の口にテギュリアのテントを訪れたエリー・エル(ea5970)は寂しそうな瞳をしていた。
 テント内は司令部よりも狭いが、立って歩き回れる程の高さと広さがある。
 エリーが明るく接してもテギュリアからは適当な言葉しか返ってこない。どうやって手に入れたのかわからないが、空の酒瓶がテント内に転がっていた。
(「このような様子では注意が必要だな‥‥」)
 ランタンの灯りを頼りに李風龍が酒瓶を拾い上げて一個所に集める。テギュリアの護衛をエリーと李風龍は自ら志願して務めていた。
「少々お話してもよろしいでしょうか」
 フランシアがテントを訪れてもテギュリアは振り返りもしなかった。やはり反応は薄く、フランシアが一方的に話しかけるだけで終わってしまう。内容は親族の関係に立ち入ったものではなく、作戦やごく一般的なものであったのだが。
(「大丈夫だと思いますが‥‥」)
 テントから立ち去る時、フランシアは一瞬だけテギュリアに振り向いた。
 フランシアの知るテギュリアは考える事を決して放棄しない人物だ。神の道に生きるフランシアにとって許せない行動であっても、それは自暴自棄からの無軌道なものではない。仲間の誰かが側にいれば、テギュリアが裏切る事はないだろうとフランシアは判断する。
 フランシアは正しかった。
 ただ、やはりテギュリアも人の子であった。感情が強く揺さぶられているせいで、思考の一部に隙間が生じていたのである。

●アビゴールの策
 翌日、アガリアレプト討伐隊は湖畔を離れて進攻を開始した。
 主にグリフォンでの移動になったが、慎重を期す為に進みはゆっくりである。
 少数ながらインプなどの下級デビルとの遭遇はあった。しかし戦いこそしたものの、深追いはせずにやり過ごされる。なぜならデビルの殲滅ではなく、隊の名が示す通りアガリアレプトの討伐こそが目的だからだ。
 点在する森を調べてみると、地上と大差がない植物ばかりが発見される。正確にいえば、ノルマン王国内の植生と非常に似通っていた。
 そこに理由が存在するのか、冒険者を含めて討伐隊の誰もが答えを導き出せなかった。唯一人、テギュリアを除いては。
「バカ娘が好きだった森の様子にそっくりじゃわい。アガリアレプトの奴、わざわざそっくりに作ったのに違いあるまいて。楽しみにしておった地獄の風景じゃというのに風情もなにもあったもんじゃないのお」
 ようやく吹っ切ったようで、テギュリアはいつものように憎まれ口を叩くようになる。
「つまり人工の森という事か。いや、デビルとはいえ何者かの手が入っているのならば、本来は林というべきなのだろうが‥‥」
 デュランダルは森への警戒をさらに強めた。
 大規模なデビル側の勢力とアガリアレプト討伐隊が接触したのは、七日目午後のまもなく。ゲリラ戦ではなく、遠方からデビル側の勢力が徐々に近づいてくるという大規模戦の様相を呈す。
 有視界による索敵によればデビル側の指揮はネルガルが執っていた。アビゴールやエドガの姿は何処にもない。ましてやこの地獄階層を支配するアガリアレプトであるはずもなかった。
 ただどこかに隠れている可能性は誰も否定しきれない。
 空からはグレムリンの群れ、地上からは蠢く大量のアンデッドが迫る。
 討伐隊の臨戦態勢は整っていた。即座に応戦し、圧倒的な勢いでグレムリンやアンデッドを殲滅してゆく。
 グレムリンとはいえ、地獄においての本来の力は侮りがたい。とはいえ精鋭である討伐隊と冒険者達は実力と共に装備も充実していた。
 地上のアンデッドを刻んでいったのはシャルウィード。
 空中からの戦いを挑んだのはシクル、ディグニス、リアナ、ナノック、デュランダル。シクルとディグニスはグリフォンを借りての出撃である。
 地上の後方で支援を行うのはフランシア、コンスタンス、エミリール。後衛の中にはテギュリアの姿もある。後衛の守りとしてエリーと李風龍、そして乱雪華が任務についていた。
「わしは‥‥大切な事を伝え忘れていたのかも知れん! ラルフ、ラルフ卿はどこじゃ!!」
 戦いの最中、突然にテギュリアが騒ぎだす。李風龍とエリーはテギュリアへ振り返って何度も瞬きをする。
「後衛の守りは私に任せて下さい」
 乱雪華の頼もしい言葉に、エリーと李風龍がテギュリアを連れて特に激しい戦の場へ足を踏み入れた。
 伸びてしまった戦域のせいで、ラルフ卿をなかなか発見出来なかった。テレパシーが使える討伐隊隊員を見つけだしてラルフ卿に連絡をとろうとしても難しい。
 ようやくグリフォンを駆って戦うラルフ卿を見つけだし、エリーはウイングドラゴンパピー・ドンドンを飛ばして合図を送る。戦いに区切りをつけて降りてきたラルフ卿に、テギュリアが矢継ぎ早に事を伝えた。
 テギュリアがラルフ卿に話したのはイフエナの能力についてだ。デビノマニとなった今となっては定かではないが、少なくとも昔は火の精霊魔法を得意としていた。
「確かに脅威だな。心に留めておこう」
「ラルフ卿、おぬしはわかっておらん! イフエナが攻撃魔法が得意なだけのウィザードならわしも心配などせんよ! 親のわしがいうのも何だが、あやつは知恵が働くのじゃよ。とっておきの悪知恵をな!!」
 ラルフ卿にテギュリアが食ってかかった。
 その時、戦場の一部となっていた遠くの森で火球が膨れあがって弾け飛ぶ。離れていたラルフ卿達にもはっきりとわかる程の巨大なものだ。
「あのファイヤーボムはきっとイフエナのもの‥‥。あの一撃はかなりきついはずじゃ」
 テギュリアの呟きを耳にしたラルフ卿はグリフォンを離陸させて森の上空へと急行する。
「大丈夫か? しっかりしろ!! すぐに後方へ!」
 ファイヤーボムによって深い傷を負った討伐隊隊員は数多くいた。蝿が集るように止めを刺そうとするグレムリン等をラルフ卿がシルヴァンエペで斬り落としてゆく。
「ラルフ!!」
 その時、真下の森から急上昇してきたのはヘルホースを駆るアビゴールであった。アビゴールが放った槍先がラルフ卿の頬を掠める。
 ラルフ卿が上空のアビゴールを見上げた。アビゴールが反転すると、ラルフ卿を見下ろす。
 次の瞬間、周囲が赤く輝いた。ファイヤーボムである。
 その威力は凄まじく、先程まで息のあった討伐隊の隊員達がグリフォンと一緒に次々と落下してゆく。その中には巻き添えになったグレムリンも混じっていた。
 ラルフ卿もアビゴールも火球に逃れられなかった。
「イフエナ‥‥。貴様!! わたしを巻き添えにするとは。裏切るつもりか!!」
 炎の中から現れたアビゴールは声を振り絞って眼下の森へと叫ぶ。
 アビゴールの問いかけも空しく、さらなるファイヤーボムの火球種が森の中から地獄の空へと放たれた。
「ラルフ卿!」
 事態を察知したナノックはペガサスで空を駆け抜けて、二度のファイヤーボムに巻き込まれたラルフ卿に手を貸そうとする。
「どうしたのです! そ、それは‥‥」
 続いてやってきたシクルもナノックに続いて気がついた。ラルフ卿の肘から先の右腕がなくなっていたのを。
「三発目は撃たせません!」
 リアナはロック鳥の背中からライトニングサンダーボルトを森へと放ち、隠れているはずのウィザードを威嚇する。
 ウィザードの正体はイフエナだと思われるが、この時のリアナはそれを知らなかった。
 ナノックとシクルはひとまずラルフ卿を安全な場所まで運ぼうとする。
 途中でラルフ卿が乗っていたグリフォンが飛ぶ力を無くす。
 そこでナノックはラルフ卿をペガサスの後ろに乗せる。シクルはラルフ卿を狙うグレムリン等をミミクリーによって伸ばした腕で斬って払った。
「アビゴール!」
 デュランダルは飛行するヒポグリフの勢いのまま、ファイヤーボムの巻き添えで弱っていたアビゴールにホーリーランス+2を突き立てる。
「ぬしの最後よ!!」
 ディグニスは『ジャイアントクルセイダーソード+2』を水平に振り、アビゴールの首を跳ね飛ばした。首無しとなったアビゴールの身体もヘルホースと共に落下してゆく。
(「ん?」)
 アンデッドとの戦いに身を投じていたシャルウィードは、何かボールのようなものが空から落ちてきたのに気がついた。
「こりゃ、もしかしてアビゴールの‥‥かね?」
 左足で踏んで転がして顔を確認すると、確かにアビゴールの首から上である。
 シャルウィードは悪臭を放つアンデットの群れに向かってアビゴールの頭部を蹴り飛ばす。途中でチリのようにアビゴールの頭部が崩れてゆく。これがアビゴールの最後であった。
 戦いはアガリアレプト討伐隊の勝ちで終わり、デビル側の勢力が撤退してゆく。
 ただ、アガリアレプト討伐隊にとって指揮するラルフ卿の負傷は大きな痛手である。情報は瞬く間に討伐隊を駆け抜ける。
「おそらく、あのバカ娘は天秤にかけたのじゃ。ラルフ卿を倒せるのならアビゴールの命など安いものだとな。そういう考え方をする奴じゃよ‥‥」
 治療を受ける重体のラルフ卿の側からテギュリアは離れようとはしなかった。
「コンスタンス‥‥」
 岩場に座って深く考え込んでいたコンスタンスにエミリールが声をかける。
「大丈夫です。エミリール様」
 コンスタンスはイフエナが火の精霊魔法の使い手だと知って自らと重ね合わせていた。
(「もしもずっとわたくしがエドガと一緒にアビゴールの側にいたのなら、きっとイフエナのように生きていたはず‥‥。デビノマニにも、もしかして――」)
 コンスタンスは闇の訪れまで、赤い空を見つめ続けた。

●そして
 ラルフ卿は命を取り留めたものの、右腕についてはあきらめるしか道は残っていなかった。
 不幸中の幸いとして、ラルフ卿は左利きである。利き腕を無くした訳ではない。
 アビゴール討伐隊は戦いのあった周辺でひとまず陣を構えた。この地点からしばらく偵察を行ってアガリアレプトの居城を探すつもりのようだ。
 冒険者一行は十二日目の朝にパリへの帰路に就くのであった。