●リプレイ本文
●出発から到着
補給物資を載せた荷馬車十五両が早朝のパリを出発した。
護衛として同行したのは冒険者達十名。李雷龍とクレア・エルスハイマーに見送られてパリ城塞門を後にする。
ヴェルナー領中央付近にある砦には二日目の夕方に到着。隊員達の噂によれば、近々今までよりも優れた馬が用意され、わずかながらパリから駐屯地までの時間が短縮されるらしい。そうなれば地獄階層のアガリアレプト討伐隊・進攻部隊と合流するのも楽になりそうだと冒険者達は話題にした。
補給物資の一部は冒険者達が護衛する隊員のグリフォンに載せかえられて最前線に送られる。
ラルフ卿が率いる進攻部隊の最前線駐屯地に到着したのは四日目の深夜であった。
「敵の喉元までとはいわないが、アガリアレプトが構える居城はそう遠くでないはずだ」
ラルフ卿がテーブルに広げた地図を前に最前線駐屯地の位置を指さす。
一同が集合していたのは丸太小屋。近くの森の木を伐採して建てられたものだ。暖炉の炎といくつかのランタンで小屋内はほんのりと明るかった。
丸太小屋には冒険者十名とラルフ卿の他に討伐隊上級隊員が六名、コンスタンスとエミリール、そしてテギュリアの姿がある。
「敵が退いてった方角から大体あっちっつうのはわかんだが‥‥。敵もその辺は承知してるんだろうなぁ」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)が最後に唸る。
「こちらを騙す為に常に違う方角からデビルは攻めたり逃げたりしている‥‥とも考えられなくはないが、その線は薄い。待ち伏せも気をつけなくてはならないが――」
ラルフ卿はデビル・アビゴールを犠牲にしてまでも自らを亡き者にしようとしたデビル・アガリアレプトの焦りを指摘する。細かな策を練る程の余裕が敵にはないという判断だ。
「すんなりといくとは思えないが、インプの一、二匹をわざと逃がし、後をつけるのはどうだろうか?」
「それについてだが――」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)の提案はラルフ卿の指揮の元ですでに何度か試されていた。しかしどのような手を敵が使っているのかわからないが、最後まで追えた事はない。一度は気づかれた瞬間に自決されてしまったのだという。
「すでにお気づきだろうが、この辺りの山岳地帯が一番怪しい。平地とは違って非常に探しにくいのが一番の問題だが、何とかなるだろう」
ラルフ卿が掌をおいた地図上には何も描かれていなかった。不思議に感じた乱雪華(eb5818)が首を傾げる。
「ここが山岳部のはずなのですよね。探索は隊員達によってある程度進んでいるはずなのに、なぜ何も描かれていないのですか?」
「遠目で観た景色と近寄った時の状況があまりに違っていて、地形を把握しきれていないのだ。みなさんが到着してから詳しい探索と考えていたので、まだ手つかずといってもよい」
乱雪華に答えたラルフ卿が胸の前で腕を組む。
「山中が一番怪しいとは思いますが、森にも注意を払った方がよいでしょう。この間のような事があるかも知れず。魔法による目眩ましにも注意が必要かと」
フランシア・ド・フルール(ea3047)は看破の為にニュートラルマジックを度々使おうと考えていた。
(「イフエナを助けてやりたいなどと思っていたが‥‥」)
デュランダル・アウローラ(ea8820)は仲間達の話しを聞きながらテギュリアの様子を横目で眺めた。テギュリアの娘イフエナだが、今ではデビノマニとなったアガリアレプトの寵姫だという。
「山岳部での探索なら、私は乱さんのグリフォンに同乗させてもらうつもりです」
リアナ・レジーネス(eb1421)が乱雪華と視線を合わせて頷く。話し合いは山岳部を重点的に調べるべきだという内容で大筋で決まる。
「俺はフランシアと一緒に相棒のアイギスに乗って行動する予定だ。どのみち空からの偵察が主になるだろうしな」
ナノック・リバーシブル(eb3979)とフランシアは、イフエナの存在を特に危険視していた。イフエナの氷のような冷淡さを以前の戦いの最中に感じたナノックである。
「物を直接破壊するファイヤーボムのような魔法を山岳地帯でデビルに使われると、土砂崩れが起こる可能性も。もし雪が積もっていたのなら雪崩が起こるでしょう。低空と飛ぶ時には特に注意が必要ですね」
シクル・ザーン(ea2350)はあらかじめ仲間達に注意を呼びかけておいた。
話し合いが終わると、李風龍(ea5808)がラルフ卿へと近づく。
「覚悟はこの間にも聞かせてもらったが‥‥やはり戦う仲間として、もう一言いわせてもらおう。一旦地上へと帰って、なくした腕を再生すべきだ」
「敵の大将の首をとれば勝利が決まる。わたしが地獄階層から一時的にでも去るというのは、首をとられたのと同じだと考えている。アガリアレプトはこちらの隙を狙っているはず。集団戦においての命令系統の変更は、それだけ重大な意味を持っているのだ。故に一時でも立ち去る訳にはいかない‥‥心配してくれてありがとう」
李風龍とラルフ卿の会話に、やがてエリー・エル(ea5970)が加わる。
「私がぁ、クローニングを使えればよかったんだけどねぇん。ごめんねぇん」
「いや、そんなことはない。すべてはわたしの不注意からだ」
エリーは申し訳なさそうにラルフ卿を見上げる。
「そういえばおじいちゃんがいってたよぉん」
エリーはテギュリアから聞いた話をラルフ卿に伝えるのだった。アガリアレプトの居城は雪深い場所にあるらしいと。
●幻
五日目からはアガリアレプトの居城探索に冒険者達が加わった。
自前の飛翔可能なペットを駆る者。討伐隊からグリフォンを借りて飛ぶ者。相乗りさせてもらう者など様々だが、範囲が広いために探索は主に空中から行われた。
遠くを望んでみれば、確かに霧の向こう側に山の連なりが横たわる。しかし、近づいてみると景色は一変する。
山の連なりに違いはないのだが、どう見ても先程の姿とは違っていた。昨日、ラルフ卿がいっていた通りである。この状況で地図を描く事など出来るはずがなかった。
ナノックのペガサス後部に乗せてもらっていたフランシアは、怪しいすべてにニュートラルマジックを唱えてみる。
やがて空間を対象にして景色を戻す事に成功する。おそらくはマジカルミラージュによる蜃気楼だったのだろう。
「なんという‥‥」
ナノックの呟きを耳にしながらフランシアが息を呑む。
遠くにあるはずなのに見上げる程の雪に覆われた高い山脈がそびえていた。散らばっていた仲間達や隊員も呆然とする。
ノルマン王国にも山はあるがこれ程ではなかった。目測でゆうに普通の山の三倍以上の高さがある。裾の広がりは比較にならない程だ。
地面へと降りたナノックとフランシアの元に仲間や隊員達が自然と集まった。
「あれれぇん?」
景色が比較的低い山脈の姿に変わる様子を見てエリーが声をあげる。おそらくはデビル側によってマジカルミラージュがかけ直されたのだろう。
フランシアは解呪を繰り返すが、その度にマジカルミラージュは復活する。超越クラスだと十キロの遠距離からかけられるので、敵を特定するのはとても難しい状況にあった。
「あれだけ高いと呼吸が苦しくなると噂に聞きました。もしこれほどの山だと知らずに無謀にも挑んでいたのなら‥‥。おそらくは全滅の憂き目に」
ある程度の山岳知識を持つ乱雪華が仲間や討伐隊隊員に高山の恐ろしさを説明する。
「ハルが混乱していたのはこのせいか。そりゃ視角と本能の感じ方が食い違っていりゃ、戸惑うってもんだぜ」
偵察から戻ってきた時の鷹の様子が妙であった理由がわかって、シャルウィードは何度も頷いた。
「何ということだ! すぐに駐屯地で待つラルフ卿に知らせなければ」
李風龍は右の拳で左の掌を叩いて音を響かせる。身体を気づかって探索は自分達に任せるようラルフ卿に進言したのは李風龍である。
「相当の装備を調えて挑まなければなりませんね。グリフォンに乗って向かうとはいえ、かなりの困難が待ち受けているでしょう。もし、イフエナがファイヤーボムで雪の斜面を攻撃したのなら‥‥」
シクルは想像しただけで背筋が寒くなる。
「インプが自害してまで追跡させなかったのは、この秘密を守る為か」
ディグニスはデビル側の悪辣さに怒りを覚えるが、今は心の底に仕舞った。その時が来れば放てばよいと。
「山脈の麓付近は樹海になっているように見えましたね。イフエナが隠れるには絶好の自然です」
リアナは念の為にレジストファイヤーをグリフォンなどの騎乗動物達にかけ直す。この前のように突然ファイヤーボムを地上から放たれたのなら、初撃を防ぐ手だては限られている。事前の策なしで防ぐのはまず不可能であった。
「高度に気をつけながら、空を飛ばなければならないな」
デュランダルは側のヒポグリフ・ミストラルの背を撫でる。今後、非常に高い山脈を飛ぶにあたってかなり頼らなくてはならない相棒だ。
「この様子ですと探索を続行しても意味がありませんね。デビル側はマジカルミラージュをかけ直す準備をすでに整えているでしょう」
エミリールの意見に反対する者はいなかった。ニュートラルマジックを無尽蔵に使えない限り、詳しい調査は難しい。
(「うつむくばかりの様子ですね」)
フランシアは口数の少ないコンスタンスが気にかかる。
「ラルフ卿には頑張ってもらわんとな‥‥」
テギュリアが見せかけの山脈をしばらく望んでいた。後々で聞いてみれば、デビノマニになってしまったイフエナを倒すにはラルフ卿の力が必要だと考えていたようである。
そんなテギュリアを悲しそうな瞳でエリーは見つめるのだった。
●イフエナ
それから数日間はフランシアにソルフの実などの魔力補給の品を渡し、ニュートラルマジックでマジカルミラージュを相殺してもらう日々となった。
あらかじめ隊員達を配置につかせ、本物の山脈と周囲の様子を調べ上げてゆく。大きな戦いも起こらずに時は過ぎていった。
「コンスタンス、イフエナに嘗ての己の姿を見ましたか?」
機会をみてフランシアはコンスタンスを励ます。主の御言葉を受け改心し、己を律し得ている貴女は、主に叛きし愚かなる者に堕した心弱きかの者に既に勝利しているのだと。
冒険者達が活動する最終日の十一日目の午後。最前線の駐屯地は臨戦体勢に入る。
デビノマニの二人、エドガ・アーレンスとイフエナ・ボールトンがデビル側の使者として来訪したのである。
当然の事ながら駐屯地の中に迎える訳にはいかなかった。屋根も何もない平野で離れた位置でのやり取りとなる。討伐隊側はホーリーフィールド、デビル側はカオスフィールドでそれぞれに防護の壁を張った。
アガリアレプトの使者であるデビノマニの二人はともかく討伐隊を率いるラルフ卿にはかなりの葛藤があった。
言葉を交わさずともデビルは敵。話し合いとは交渉とも言い換えられる。デビルと交渉するなどはもってのほかというのがその理由だ。
しかし敵の腹の中を探るには絶好の機会ともいえた。デビルが真実を語るはずもないが、そこに意図があるのは間違いないからである。たとえそれが時間稼ぎだとしても。
ラルフ卿が話し合いの場に連れて行ったのは冒険者十名と側近十名、そしてコンスタンスのみだ。
エミリールはコンスタンスに任せるといって辞退。テギュリアはバカ娘には会いたくないといって酒を呑んで駐屯地内でふてくされていた。
イフエナはテギュリアの面影がわずかに残っていたものの、美しい容姿をしたエルフであった。正確にはデビノマニなのだが、一見した姿からは判別不可能である。
憂いを帯びた瞳が哀愁を誘う。話し合いはエドガに任せて自らは参加せず、黙って討伐隊側の者達を観察していた。
「旧知の仲を温め合う雑談も楽しそうだが、悠長な事はお互いにいってられないだろう。本題を話させてもらう。‥‥ヘルズゲートを明け渡して欲しい」
エドガの言葉によって討伐隊側に少なからず衝撃が走る。
「はいそうですかと‥‥、わたしがいうとでも?」
ラルフ卿は表情を変えず、真っ直ぐにエドガを見つめた。
「そちらにも利点はある。一時的に明け渡しさえしてくれれば、こちらはヘルズゲートを閉じる祭儀を執り行う。そうなればヴェルナー領と地獄階層の繋がりはなくなるだろう。こちらには仮の身体を地上に送る策は残っているので、そちらにとってすべてが解決する訳ではないがな」
「真にデビルを倒す好機をわざわざ手放すとでも思っているのか?」
「知ったのだろう? アガリアレプト様の居城の大まかな所在地を。そうだ、あの頂きにこそ住まわれている。信じるも信じないも勝手だがな」
「それが本当だとして、何がいいたいのだ、エドガ」
「人の身であの山脈を登り、アガリアレプト様に刃を突き立てられると‥‥本気でそう考えているとすれば滑稽だ。ラルフ殿、あなたは立派な道化師になれるぞ」
「デビノマニとはいえ顔を洗うはず。今日は忘れたのか? ヘルズゲートが欲しいと顔中に書いてあるようだが――」
ラルフ卿とエドガの話し合いは平行線のままで終わりを迎えた。
「お土産をお渡しするのを忘れていましたわ」
初めて言葉を発したイフエナが突然にファイヤーボムを放つ。その方向は話し合いの場にいた討伐隊の位置ではない。最前線の駐屯地へと伸びてゆく。
リアナが高速のライトニングサンダーボルトを当てて事なきを得るが、その隙にエドガとイフエナは姿を消してしまった。
「山脈の頂上付近にアガリアレプトの居城があるのはおそらく本当でしょう。テギュリア様だけでなく、わたくしも雪の深く積もる地にあると聞いたような覚えが。デビル側はすでに大きな痛手を負っています。他所のヘルズゲート内でルシファが封印されたのが最たるもの。さらに上位の一角であるアガリアレプトが倒されたのなら、デビル瓦解のきっかけになるかも知れず。おそらくはデビル側は焦っているのでしょう」
コンスタンスはようやくまとまった考えをその場の全員に伝えた。
●そして
冒険者達は十二日目の早朝、パリへの帰路に就く。
アガリアレプトのいる山脈の頂にどうすればたどり着けるかを思い悩みながら、冒険者達は飛翔騎乗ペットの背に乗って地獄の赤い空を飛び続けるのであった。