●リプレイ本文
●雪山
これまで幾多の困難をラルフ卿率いるアガリアレプト討伐隊と共に潜り抜けてきた冒険者十名にとって、地獄の最前線駐屯地に到達するまではすでに慣れたものであった。
パリからヴェルナー領の砦まで馬車などで移動してヘルズゲートを潜り抜ける。そしてグリフォンなどの騎獣を活用してアガリアレプト地獄階層の赤い霧に覆われた空を飛び、湖の島を中継して辿り着いたのが四日目の昼過ぎ。
道中で話題にしたのは、やはりアガリアレプトの居城があるという山脈についてだ。
グリフォンなどの騎獣で到達出来るのは中腹まで。そこから上は自らの足での登らなければならない。
視界を奪う吹雪。足をとられる積雪。これまでに体験した事がない極寒。喋ることさえ億劫になる希薄な空気。断崖が行く手を阻むであろう事は、出発前にも予想される。
前線の駐屯地では防寒服の中に着込む特別製の服を用意していると同行の討伐隊の隊員達が教えてくれる。それでも行動は制限されるはずである。
デュランダル・アウローラ(ea8820)、シクル・ザーン(ea2350)、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)の三人は特に雪崩の心配をしていた。
敵であるアガリアレプトの寵姫、デビノマニのイフエナは火の精霊魔法も操る。ファイヤーボムを雪の斜面に使われたのなら人工的に雪崩を起こすのはとても容易い。
ファイヤーボムといえば同行するコンスタンスもかつては得意としていた。シスターになった今では封印しているようであったが。
半日の間、一緒に山登りをするラルフ卿を含めた隊員達との間で作戦が煮つめられた。ちなみにラルフ卿は登山用にと鈎のついた義手を右腕にはめている。今回限りの特別で普段つけるつもりはないらしい。
そして別依頼で届けられた新たな刀をラルフ卿は装備していた。
銘は『ヴェルナーエペ・真打』。対デビル殲滅用として鍛冶師シルヴァンがラルフ卿の為に打った純ブラン製の刀である。スレイヤー能力も含めてデビルを討伐するのにこれ以上の武器を探すのは難しい業物だ。
ラルフ卿と隊員から選抜された六名、冒険者十名、さらにコンスタンスを加えた十八名は五日目の朝方にグリフォンなどの騎獣に乗って前線の駐屯地を飛び立った。
目指す山脈を便宜上をペイン山脈と名付ける。一番高い頂を持つ周辺をディアブル山と呼ぶ事にした。
遭遇、もしくは監視のデビルを殲滅しながらの約一日の飛行でペイン山脈中腹へ辿り着く。すでに吹雪は酷く、視界のほとんどは遮られていた。
ナノック・リバーシブル(eb3979)が持ってきた白光の水晶球を発動させて、野営地周辺のデビルを警戒する。
今はまだ樹木を見かけるので風よけになるし、焚き火の燃料も事欠かない。しかし乱雪華(eb5818)によれば、あまりに高所だと巨木は育たなくなるという。
もしもこの吹雪が魔法による天候変化ならニュートラルマジックで打ち消せるのではとフランシア・ド・フルール(ea3047)は考えていた。
それは正しいのだが、コンスタンスの意見を聞いて今は使うのを取りやめる。何故なら効果があった瞬間、デビル側の警戒が強まるに違いないからだ。マジカルミラージュによる蜃気楼の時のようにお互いに魔法を繰り返すいたちごっこになるかも知れない。自然な悪天候の可能性も非常に高いのだが、ここぞという時までニュートラルマジックは温存される事となった。
これからペイン山脈を本格的に登るにあたってリアナ・レジーネス(eb1421)のクリエイトエアーが非常となる。
中腹だというのにすでに空気が薄いようで息苦しく感じられた。試しにクリエイトエアーが周囲の空間にかけられると途端に呼吸が楽になってゆく。
体力勝負だなと呟いたディグニス・ヘリオドール(eb0828)に反対の意見をいう者は誰一人としていなかった。
デュランダルは雪山に対して歯がゆい思い出がある。それ故に人一倍準備を整えてきたようだ。デュランダルが持ってきた酒を体の中から暖まるようにと少しずつ全員で分け合う。
李風龍(ea5808)は地上で熱をよく蓄える石を山登りをする人数分だけ拾ってきた。焚き火で焼いて布に包んで身体を温める為の懐石とする。フランシアも作業を手伝ってくれた。
エリー・エル(ea5970)がアガリアレプトに詳しいテギュリア翁と一緒に登りたかったと口にする。するとシャルウィードが思いだしたかのようにテギュリアから聞いた話を全員に語った。
アガリアレプトの居城の外観まではわからないが、おそらくは地下施設だろうとテギュリアは想像していた。内装については、以前にアガリアレプトから聞いた話ではとても豪華な造りになっているようだ。
呼吸も普段通りになって誰もが安堵する。そして待ちかまえている困難を想像して全員が気を引き締めるのだった。
●困難
深い積雪の中、一列になって調査隊が進む。
(「くそ! 負けてたまるか!」)
先頭を買って出た李風龍は心の中で叫んだ。吹雪いている最中であっても、不用意な大声を出せばデビルに気づかれてしまうかも知れないからだ。
雪崩の危険もあるし、木霊によってかなり遠くまで声が届いてしまう。
今の顔ぶれなら地獄の環境であっても下級デビル程度なら瞬殺である。しかし厳寒の状況下で戦闘を控えたいのも事実であった。
中腹まで運んでくれた騎獣達は隊員の一人が留まって世話をしてくれる。頂上を目指すのは十七名に決まった。
「俺が代わろう」
小声で李風龍に話しかけたナノックが先頭を代わる。道具を揃えてきても身体は新雪に沈んだ。膝ほどまで隠れた状態で先頭の者は雪を掻き分ける役目も担う。体力に自信がある前衛の者達が交代で行った。
「ちょうど良さそうな洞窟があったぞ。ここで休もう」
ディグニスが提案した通り出発してから二時間程度で休憩がとられる。
「空気を作りますので、少しお待ちを」
リアナによってクリエイトエアーが施され、疲労した身体に新鮮な空気が取り込まれてゆく。
焚き火も最初のうちは何とかなったが、登るうちに木などの燃やせるものは少なくなっていった。やがて一面が雪と岩だけの世界になる。
「おそらく岩盤をくり抜いて居城は造ったんじゃろ‥‥とかじいさんいってたよな」
仲間が休んでいる間にシャルウィードは一人斥候に出た。炎の指輪おかげで寒さのハンデはまったくないシャルウィードだ。とはいえ息苦しさと雪面の厄介さは残っていたのだが。
得意のクライミング技術で岩壁を登って目を凝らす。わずかな時間だけ吹雪が止む時があり、その時が見渡す絶好の機会であった。
「そうですね。こちらの方が安全でしょう――」
シャルウィードの記憶から描き写した簡易な地図を手に乱雪華が登るルートを選択する。
マジカルミラージュの蜃気楼による幻惑も疑わなくてはならないが、その可能性は低いと見積もられていた。何故なら日光が射している状況でないと使えない魔法だからだ。ミラーオブトルースに関しては位置関係のせいで役に立たなかった。
他にも楽に登れそうなルートはあったものの、第二、第三の頂を通過した上でディアブル山が目指される。
人にとって過酷な極地である山頂付近にアガリアレプトの居城があるのは間違いないとほとんどの者は考えていた。だからといって一番の高地に必ずあるとは限らない。あのエドガ・アーレンスの言葉を信じられる者など、この場にいるはずがなかった。
「フランシア様、大丈夫ですか?」
フランシアが細く削った木炭を持つ震える手を懐石で温めている姿を見てコンスタンスが心配する。
「大丈夫です。明日はさらに大変になるでしょうから早くにお休みなさい」
コンスタンスの瞳を見つめながらフランシアは微笑んで頷く。
ここまでの道程を寒さに震えながら地図に描き込んでからフランシアは眠りに就いた。アガリアレプトの居城を目撃出来たとしても、再度辿り着けなければ意味がないからだ。
「私から離れないで下さい。一斉にかけます」
七日目の朝からはリアナのレジストコールドを付与した上で山登りが再開される。仲間達からソルフの実などの魔力回復の品を提供されていたが、もしもに備えて温存していたのである。
「ここで雪崩があったらひとたまりもありませんね」
シクルが見上げた先には雪と氷の急な斜面が長く続いていた。しかし他のルートとなると絶壁をよじ登らなければならない。
「それにあまりにも目立つ‥‥。どうしたものか」
「ラルフ殿、こちらに来てもらえるだろうか。見せたいものがある」
悩んでいるラルフ卿をデュランダルが誘う。崖を迂回すると遠くに絶壁が両側に迫る峡谷が佇んでいた。
「あれを登れるだろうか」
「この腕なら心配しないでくれ。見たところいくつか迫り出している部分もあるので休憩もとれるだろう。デビルと遭遇するかは運次第だが、斜面を登るよりも目立たないはず。よじ登るしか道はなさそうだ」
ラルフ卿は即断した。
「デティクトアンデッドでデビルに注意するのは任せてねぇん♪」
二人の後をついてきてきたエリーが真っ白な息を吐きながら胸元で手袋に包まれている拳を元気よく握った。
体力を考えて仲間の荷物を李風龍とディグニスが肩代わりして持つ。極限の中では助け合いこそが必要である。
フランシアとラルフ卿にはリアナがリトルフライをかけてくれる。これなら強風の中でもロープを伝って仲間達と一緒に行動出来るはずである。こちらも全員にかけたいところだが、やはり魔力消費の問題で今は控えられた。
「あたしの動きを真似てついてきな」
一番最初に登るのはクライミングに一番長けていたシャルウィード。間にクライミングに心得のある討伐隊の五名をはめ込みながら殿はデュランダルが受け持つ。
ロープを崖に取り付けてはシャルウィードが登る。その後を残る全員がロープを伝ってついてゆく。
突風が吹き、ロープに掴まった状態で大きく揺られたりもした。雪の塊だけでなく、時には石が身体をかすめるように落下していった。
実際より峡谷の狭間を登る時間は非常に長く感じられる。
峡谷を登り切るとそこはペイン山脈の第三の高さを誇る周辺だった。ここまでの高さになると雪は下から巻きあがってくるような印象があった。
アガリアレプトの居城らしき建物、または地下空洞を探してみたものの、それらしい存在は発見されない。少し下山したところで二人か三人ずつに分けて雪に掘った穴で一晩を過ごした。
翌日、初めての晴れた天候の中、全員が山を登りなおして周囲を見渡す。
「ありゃ、変だぞ」
シャルウィードがペイン山脈の中で第二の高さの周辺を指さした。よく見れば斜面に迫り出した施設のようなものがある。非常に遠距離である為に細かいところまではわからなかったが、確かに高山に不釣り合いな建築物が存在していた。
「アガリアレプトの居城と考えて間違いないのでは」
「そうか。強行すれば近づくことも可能だが‥‥」
コンスタンスとラルフ卿が相談していると、突然頭上から声が聞こえる。
「まったく‥‥アガリアレプト様に頼んでせっかく晴れにして頂いたのに。久しぶりの空中散歩を楽しんでいる最中に、こんな無粋な者共と遭遇するなんて」
気がつけば宙に一人のエルフ女性が漂っていた。
正確にはエルフではなくデビノマニ。かつてテギュリアの娘であったイフエナである。お供なのだろうが多くのインプやグレムリン、ネルガルが取り囲んでいた。
即座にラルフ卿が掌で出したのは撤退の合図。
フランシアが高速詠唱でホーリーフィールドを敵との間に出現させる。続いて乱雪華と隊員二名が矢を放ち、イフエナ等を威嚇した。
エリーはホリーによってイフエナに聖なる衝撃を与える。これによって警戒したイフエナは一定距離までしか近づけなくなった。
シクルはミミクリーで伸ばした腕でジャイアントクルセイダーソード+2を振り回してデビルを近づけさせない。
その間にリアナがリトルフライを仲間達へ付与してゆく。戦闘には不向きな魔法なのだが、これ以外に手段はなかった。
フライングブルームやベゾムがある者は発動させて準備が整うと、一気に下山を敢行する。登る時には避けた見晴らしのよい雪の急斜面を飛び跳ねながら一気に駆け下りたのである。
「逃げられると考えているところが、と・て・も・浅はか。埋まってしまいなさい!!」
イフエナは特大のファイヤーボムを雪の斜面に放つ。二度目の巨大な火球が破裂した時、地響きと共に雪崩が発生した。
「みなさんは真っ直ぐに降りてください!」
しかし一行にとってはお見通しの敵の出方であった。フライングブルームで先に降りたコンスタンスが岩の上に降り立ち、精霊魔法の詠唱を開始する。
過去を振り切るようにコンスタンスのファイヤーボムが雪崩に向かって放たれた。止めた訳ではないが、雪のうねりは四散して勢いを弱める。
その間にラルフ卿と討伐隊の五名、そして冒険者達は雪崩の届かない比較的足場のよい場所へ着地する。
リアナがクリエイトエアーで仲間達の呼吸を助ける場を作り上げる。さらにフランシアのホーリーフィールドで安全地帯と化した。
まもなくイフエナの指示で襲いかかってきたデビルとの戦いが始まる。
イフエナが増援の為に一体のインプを居城に向かわせたのをラルフ卿は見抜いていた。ある程度のデビルを倒すと一行は再び下山を強行する。
天候が急激に悪くなってゆく中、フランシアがニュートラルマジックを使って打ち消しに成功する。これでデビル側が魔法で天候を崩しているのが明らかとなった。結局はお互いに魔法を繰り返すはめになったが、おかげで天候の悪化は停滞する。
登頂時にはデビル側に発見されないように注意してきたが、アガリアレプトの居城の位置がわかった現在、守る意味は失われている。
約半日をかけて、山脈の中腹で待機する騎獣達と隊員のところまで辿り着く。日が暮れたのも構わずにグリフォン等に乗って山脈周辺からの脱出に成功した。
傷だらけになりながらも、誰一人欠ける事なく作戦は達成される。
前線の駐屯地に戻って治療が行われると、冒険者達はパリへの帰路につくのだった。