●リプレイ本文
●会議
冒険者達十名は馬車を中心にしてパリを出立する。ヴェルナー領の砦『ファニアール』に辿り着いたのは二日目の昼頃であった。
すぐに砦地下のヘルズゲートを通過し、アガリアレプト・地獄階層の霧に覆われた赤い空を騎獣で飛行した。
移動の間にもラルフ卿に提案する話し合いは続けられる。パリで黒分隊の隊員から議案の概要を聞いていたからだ。
一日の間に二度アガリアレプトを追いつめなければ討伐隊側に勝利はあり得ない。その為の作戦を練るために冒険者達は呼ばれていた。
湖の島で一晩を過ごし、四日目の暮れなずむ頃に最前線の駐屯地へと着陸する。
ラルフ卿と作戦参謀の隊員達との会議は即座に開かれた。
最初はまず各々の意見出しから始まる。
「いっそ、空飛ぶ絨毯を使えないでしょうか? 空飛ぶ絨毯ならそれなりの人数を乗せられますし、グリフォンのように凍えたり、呼吸が苦しくなる事もないでしょう」
地面から三十メートルの高度まで上昇可能な空飛ぶ絨毯なら登頂も楽なのではとシクル・ザーン(ea2350)は提案する。
「逃げる時に使用するのは問題ない。見張りのデビルに発見されても後は脱出するだけだからな。だが辿り着く際には目立ちすぎるのだ」
シクルの方法はラルフ卿は難しいだろうと判断した。何かしらの魔法で透明化すればよいかも知れないが、そうすれば視界の問題が出てくる。吹雪の中、さらに見えにくくなる透明化の魔法を使うのは命取りになりかねなかった。
「アガリアレプトを最初に追いつめた後は、私達を含めた少数で攻めるのがいいと思うよぉん」
エリー・エル(ea5970)が披露した考えは大筋において問題はない。ラルフ卿を囮として使うのも一つのやり方だ。ただ、どうやってフィステェス山の頂上付近に辿り着いたらいいかの案は含まれていなかった。
「登るときの話は別のやつに任せるとしてさ。最初に敵の大将さんを城へ転移させるっつー話だけどよ――」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)はアガリアレプトを前線に引っ張り出す方法を話題にする。地獄階層においてアガリアレプトは滅多に現れない。殆どは配下に任せた状態だ。
「で、だ。アビゴールがいなくなった今、残る敵の指揮官級はエドガぐらいか? イフエナってのは違うっぽいしな。奴を倒しさえすれば大将さんもやってくると思うわけだが」
「なるほど‥‥。エドガを確実に屠ることこそ、アガリアレプトを倒す為の一歩となる。そういうことだな?」
シャルウィードの意見にラルフ卿は強く頷いた。
ナノック・リバーシブル(eb3979)の意見もシャルウィードのものに近く、エドガ討伐の為の部隊編成と作戦の準備が提案された。
「真っ先に考えられるのは攻め手を増やす事。二手に分かれても大丈夫なように冒険者ギルドでの募集を増やされてみては?」
フランシア・ド・フルール(ea3047)は単純だが一番確実な作戦を語る。仲間の増員を図った上で山頂付近に予め小隊を配置。これならば時間的制約はなくなる。
だが戦力の分散によるリスクが増大する。その為に仲間を増やすのだが、功を奏すかどうかは今の所わからなかった。
それについてはデュランダル・アウローラ(ea8820)が懸念払拭をしてくれる。
「この駐屯地か、または山裾で戦う事となるだろう討伐隊の本隊の働きが鍵だ。いくらこの地獄階層がデビルのテリトリーとはいえ、戦力に上限はあるはず。そしてその戦力のほとんどはおそらく居城のアガリアレプトの周囲で固められているはず。討伐隊の本隊がアガリアレプトを含めてデビルを多く引き寄せてくれれば、山頂の居城は手薄になるはず」
「配下のデビルに瞬間移動は不可能。戻るとしてもそれなりの時間がかかる。その前にアガリアレプトを叩く‥‥という訳か」
デュランダルの意見をラルフ卿は頭の中で何度も反すうした。
この時点で冒険者を含めた討伐隊・進攻隊を二手に分けるのが本決まりとなる。
「吹雪は天候魔法によるものだとわかった。自然の場合もあるのだろうが、なるべく吹雪になるように調節しているのだろう。俺も使えるが山頂で待機する小隊にニュートラルマジックを使える者は不可欠だな」
居城への突入の際、討伐隊側にとって有利な天候の判断は難しい。どうであれ、即座に対応出来なければならないとナノックは提案する。
「身を隠すのに吹雪が必要かも知れないし、その方がいいだろうな」
ラルフ卿も意見を出しながら細かな部分が煮つめられてゆく。
李風龍(ea5808)、リアナ・レジーネス(eb1421)、乱雪華(eb5818)、アンドリー・フィルス(ec0129)は特に作戦について強い意見を出す事はなかった。それよりも迫り来る危機に心が動いていたからだ。四人だけでなく、嫌な予感を感じていた者は他にも多くいた。
会議は翌日、翌々日にも行われたのだが、五日目の未明から雪が降り始めていた。
六日目の昼には見渡す景色が雪に覆われる。赤い空のせいか白くはなく、ピンク色に染まった雪景色であった。
●エドガ
七日目の昼過ぎ、駐屯地にデビル襲来を報せる鐘の音が鳴り響いた。
最初は日常的なデビルの斥候との接触程度と思われた。
しかしいつもなら一度か二度で終わるはずが何度も繰り返される。夜になっても終わる気配は感じられなかった。
姿を消した敵が近づいてくる緊張は多くの隊員の心を圧迫する。初歩的な心理作戦だが、今までデビル側が実行しなかったのには事情がある。地獄階層でのデビルの身体は本物だ。倒されたのならそこで消滅してしまう。デビル側にとって相当の覚悟がなければ、とれない作戦であった。
ラルフ卿は最大基準の警戒体制を敷いた。敵の本気を感じ取ったのである。
「これでよしと」
李風龍は本部となる建物の出入り口付近でヘキサグラム・タリスマンを発動させる。仲間にも手渡したが布で包んだ懐石も懐に入れてあった。
雪のせいか天候はさらに厳しいものになっていた。ちなみにフランシアのニュートラルマジックで何も起こらなかったので、雪は自然現象だと判明してる。
「では次の方に」
リアナは隊員や仲間達を自分の近くに寄せて超越のレジストコールドを付与していった。一時間の限定だが寒さによる不利はなくなる。ただ戦いが長引いた時にかけ直す暇はないであろう。
「やはり無理のようですね」
乱雪華はオーラセンサーでエドガの存在を探ってみたが何もわからなかった。それは別にして討伐隊から矢の補給を受ける。足りなくなれば手持ちも使うつもりだ。
「さて、エドガなる者を倒して、次にアガリアレプトを前線まで引きずり出さなくては」
昨晩の眠る前にアンドリーはオーラエリベイションとオーラマックスを自らに付与してあった。丸一日持つので切れるまでには大分余裕がある。他にスライシングで武器を強化し、フライで空中で戦う術を手に入れておいた。
ラルフ卿の想像通り、まもなくデビル側の大攻勢が始まる。デビル等は時折エドガの名を叫んでいた。
デビルが放った多数のブラックフレイムが駐屯地周辺のホーリーフィールドを消滅させてゆく。フランシア、コンスタンス、エミリール、シクル、ナノック、ペガサス・アイギスが重ならないよう事前に張ってくれたものだ。
新たなホーリーフィールドを張ってゆくが、このままではじり貧であった。それはデビル側にもいえる。魔力補給の用意はしてあったとしても限界はあるからだ。
我慢に堪えきれず、先に動きだしたのはデビル側だった。
シクルはグリフォンを借りて雪降る暗がりの空に飛び立つ。そしてミミクリーを付与して伸ばした腕で巨大な剣を振るった。
「本気‥‥というわけですか」
対峙していた敵は黒い肌に黒い翼を持ち、頭には六本の角を持っていた。顔はまるでドラゴンのようだ。
さらにグレムリンを指揮してシクルとグリフォンを駆る討伐隊隊員を翻弄してきた。後に特徴をフランシアに告げてカホルだとわかるが、今はただデビルであるとしかわからなかった。
「カラコール!」
乱雪華はグリフォン・ヤーマオの背に跨り、シクルを襲おうとするデビルに矢を多数放った。カホル以外の雑魚をシクルに近寄らせない為である。
(「今はまだ‥‥」)
フランシアは地上でコンスタンス、エミリールと背中を合わせて三方向の一方を睨んでいた。ホーリーフィールドの展開を第一にして駐屯地を守る。
「こんな年寄りの手で気がすすまんだろうが、非常時じゃからな」
籠を手にしたテギュリアが魔力補給の為にクレリック達の口へソルフの実を放り込む。たまに戦場の様を眺めて深くため息をついたテギュリアである。
「そういえば、エリーのやつはどこにいるんじゃろうか」
テギュリアはエリーを探すが見あたらない。それもそのはず、エリーは囮として駐屯地の外で敵をおびき寄せていた。
「エリー、がんばっちゃうよぉん!」
ムーンドラゴン・ツキツキとウイングドラゴン・ドンドンの援護を得てエリーは奮闘していた。敵をなるべくラルフ卿の元へ行かせないように。
エリーを襲うデビルは蛇の姿をしていた。オティスという名は戦いの後で判明する。
(「数はあちらさん、質はこっちだと思っていたんだがねぇ」)
シャルウィードは枯れ木の上からオティスの背中に飛び降りると『神剣「滅魂」+2デビルスレイヤー』を突き立てた。
オティスもそうだが、これまで見たこともないデビルが目につく。おそらくアビゴールと同じ中級クラスに違いないとシャルウィードの勘が囁いた。
その頃、駐屯地の一角ではラルフ卿と共にいた李風龍が大錫杖でネルガルを仕留めていた。
(「この程度の敵なら気にかける必要はないな」)
李風龍は戦いながら横目でラルフ卿を確認する。片腕がなくてもラルフ卿の身のこなしは敵を圧倒していた。以前のラルフ卿より強くなった印象を李風龍が持つ程に。
利き手の左で握るヴェルナーエペ・真打の刃が、まるで焼け火箸で蝋燭に触れたかのようにデビルを斬り裂いていた。
「いました。エドガに間違いありません」
激しく雪が降る上空、隊員のグリフォンに同乗させてもらうリアナは地上を見下ろしていた。スクロールのテレスコープでくまなく観察し、ようやくエドガを見つけだしたのである。
リアナはライトニングサンダーボルトを唱え、地上付近のエドガに向かって稲妻を走らせる。それはエドガの位置を示す合図にもなっていた。
それまで駐屯地付近の敵をいなしていたナノック、デュランダル、アンドリーが一斉に稲妻へ振り向いた。アンドリーは付与してあった魔法で浮かびあがり、ナノックとデュランダルは騎獣の翼を稲妻の方角へと羽ばたかせる。
アンドリーのパラスプリントは厚い雪雲に太陽が覆われたせいで非常に暗く、今は自由に使えなかった。元々この地獄に照らす真っ赤な日の光が弱かったせいもある。
ホーリーフィールドの障壁を盾としてうまく使いながら、三人がエドガを目指す。
近寄ろうとするデビル等を仲間達が退けてくれたおかげで、エドガは目と鼻の先であった。
「何だと!」
ペガサスを駆るナノックの真下を黒い風が通り過ぎてゆく。超低空飛行でエドガは飛翔したのである。
エドガもこの機会を待っていた。これまで何度も妨害してきた冒険者が自分を狙って動きだすのを。
ナノック、アンドリー、デュランダルは反転するものの、デビル等が展開し始めたカオスフィールドが邪魔で一直線に引き返せなかった。
乱雪華が矢を放ち、シクルが体当たりを敢行する。高空からリアナが雷を落としてエドガの動きを止めようと必死になる。
エリーとシャルウィードはエドガに迫り、飛翔の軌道を変える。
状況のおかしさに気がついた李風龍はラルフ卿の側から離れなかった。
コンスタンスが放ったファイヤーボムに巻き込まれてもエドガは突進を止めない。しかし駐屯地の柵を越えたところで、フランシアのホーリーフィールドがエドガを阻む。
最初にエドガを討とうとした三人が追いついた。
「行かせはしない!」
アンドリーは黄金剣の輝きを放ち、エドガの視力を奪う。さらに渾身の一撃でエドガの左肩を鎧ごと削り取る。
「二度目の討滅、その身に刻め!」
ナノックのクロスブレードはエドガの腹に深く突き刺さる。血のような滴りが地獄の大地へと降り注いで雪を汚してゆく。
「エドガ‥‥」
デュランダルの魔剣アヴェンジャーは真一文字に舞い、エドガの両目を斬り裂いた。
「何かを手に入れられたのか? エドガ・アーレンス」
李風龍と共に現れたラルフ卿は、雪に半分埋もれて倒れていたエドガに話しかける。しかしエドガはラルフ卿に答えることなく、ただ塵となって崩れ去った。
エドガが討たれた事を知った他のデビル等は一斉に撤退を始める。
「エドガよ。嘗て地上で滅びた刻と同じ言葉にて問いましょう。己が身と心を主に叛きし愚かなる者へと堕し、何を得ました?」
風に舞って消えてゆくエドガの塵に向かってフランシアは今一度、言葉を投げかける。
ラルフ卿も似た意味をエドガに語りかけたのを、後で仲間から知らされるフランシアであった。
●そして
デビノマニであったエドガは完全に消滅する。しかし中級デビルに関しては後一歩のところまで追いつめたものの、どれも倒すまでには至っていなかった。
フランシアがビショップを目指していたのを知ったラルフ卿は、推薦として一通の手紙をしたためてくれた。宛先はコンスタンチノープルの教皇庁であり、これまでのアガリアレプトとの戦いにおいての功績が綴られてあった。的確な行動と助言は黒教義を体言したものだったという内容だ。
それとは別に一通、フランシアはラルフ卿からの手紙を預かっていた。見送ってくれたヴェニーへの返事だが、心の強い女性がわたしの好みだと書かれているようだ。
ギルドでの報告を終えた後、冒険者達はラルフ卿からの追加報酬を分け合う。そして次の戦いについてしばらく話し込んだ。きっと、これまでで最大の戦いとなるはずだと。