●リプレイ本文
●迫る戦い
静かなる夜明け前のパリ。デビル・アガリアレプトを倒す為に地獄階層へ向かおうとする冒険者一行が城塞門近くに集まっていた。見送ろうとする者達の姿もある。
「いまさら拙者ごときが言うことではござらんが、デュランダル殿、どうか見事アガリアレプトを討ち取られんことを。ご武運をお祈りいたす」
「ようやく永きに渡る因縁に決着を付けるときが来たのだ。この機会を逃すわけにはいかない」
零式改とデュランダル・アウローラ(ea8820)は強く握手を交わす。
「せめて出発を見送らせてもらおう思ってな。できることなら共に肩を並べて戦いたいところだが――」
「その気持ちだけで十分だ」
零式改とデュランダルの握手の上に手を重ねたのは虚空牙である。
「これはデビルの侯爵が持っていたものです。同じデビルにも効果のある矢ですのでいざという時にお使いください」
「ありがとう。ここぞという時に使わせてもらいます」
オグマ・リゴネメティス(ec3793)はマロースから赤羽根の矢を受け取ると大切に仕舞う。
(「元気で戻ってきてくださいね」)
(「先程の助言は確かにラルフ殿に伝えましょう。攻城で彼奴を探す手掛りとして」)
フランシア・ド・フルール(ea3047)はネフティスがフォーノリッヂで観た未来をラルフに伝えると約束する。言葉が通じなかったので李風龍(ea5808)から借りた指輪でテレパシーを付与して行う。
馬車二両に分かれて一行はパリを旅立った。
二日目の昼頃、ヴェルナー領の砦『ファニアール』の地下にあるヘルズゲートを潜り抜ける。
「狭くなったような気がするのだが‥‥気のせいか」
李風龍の印象は正しい。ヘルズゲートは数日前からわずかずつだが狭まってきていると案内の隊員が教えてくれた。この事実はすでにラルフ卿へ伝えられてある。
地獄階層の赤く染まる空を多数のグリフォンで飛び、最前線駐屯地に辿り着いたのは四日目の夕方。フランシアは友人の未来視によって麓の襲撃とアガリアレプトのどちらでも吹雪が確認されたとラルフ卿に伝える。
「二日後、わたしが率いる進攻隊はこの前線の駐屯地を放棄し、ペイン山脈を登るフリをする。そうすればフィステェス山の麓付近で、アガリアレプト率いるデビル軍との衝突に発展するに違いない。敵にとってかかっているのは最後の防衛ラインだ。他に任せられる指揮官がいない以上、アガリアレプトが自ら執るはず。冒険者を中心とした登山隊のみなさんには一眠りの後ですぐに登頂を開始して欲しいのだが、それでよろしいだろうか? 薬などの品はこちらでも用意したので持っていってくれ。それと放棄するとはいえ何人かはこの駐屯地に残す。ペット達はその者達に世話をさせよう」
ラルフ卿は互いの成すべき事をあらためて確認した。
「最初の一手の方は任すぜ、隊長さん。出来るだけ痛めつけて転移させてくれれば更に良しだ。無茶は言わんけど」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)はすべてを聞き終わった後でラルフ卿にそう告げた。
冒険者達はさっそく就寝する。
まだ夜が明け切らない頃、冒険者達にクレリック・コンスタンスを加えた十四名は最前線の駐屯地を後にした。
「おじいちゃん、行ってくるねぇん」
「寒いなんてもんじゃないのは知っておろうが‥‥とにかく元気でな」
エリー・エル(ea5970)が後ろ向きに歩きながら、見送りのエルフの老翁テギュリアに手を振った。
コンスタンスはエミリールから目を離さずに歩き続ける。やがて闇に阻まれて駐屯地はぽつりと輝くただの光点となった。
「白い布大きな布を用意してきました。これで少しでも雪に紛れて発見されにくくなると思います」
シクル・ザーン(ea2350)は休憩時、全員に身体が覆える程の布を手渡す。ディグニス・ヘリオドール(eb0828)はスノーマントという自前の白いマントを用意していたので好意だけを受け取る。
「完全に気を許せるわけではないが、白いテントなら休憩時も安全だろう」
眠る時、安心出来るようテントに細工していたディグニスだ。旅の途中で仲間のテントも白く布を被せてある。
「千載一遇、だろう。恐らくこれを外せばもう、俺が生きているうちにはチャンスが来ない‥‥全てを賭すに値する戦いだ」
デビルを滅ぼす為にナノック・リバーシブル(eb3979)はこれまで奔走してきたといっても過言ではない。残してきたペガサス・アイギスには麓の戦いで傷ついた隊員達を治療するようにと言い残してあった。
「山頂付近の居城がどのような構造なのか、そしてうまくアガリアレプトが転移してきたとしてそれを知る方法があるのか‥‥。この辺りが不安材料でしょうか」
雀尾嵐淡(ec0843)は問題点をいくつか語る。麓から山頂はあまりに遠いので連絡する手段がまったくない。未来視を信じるなら居城内に直接ではなく吹雪く山頂のどこかにアガリアレプトが出現すると考えられるのだが。
疑問点は別にして戦いがいつ起きても有利なよう仲間へ超越のレジストデビルをかける雀尾嵐淡だ。
ペイン山脈に近づくにつれて、だんだんと雪深くなってゆく。
「この付近に雪面に動くものは見あたりません」
リーマ・アベツ(ec4801)は吹雪に遮られる視界を補助する為にバイブレーションセンサーによる振動探知を忘れなかった。
「あの木の先はおそらく雪庇で乗ったら落下します。避けて通るようにしましょう」
乱雪華(eb5818)は雪上と山岳の知識を活かして自然による事故を未然に防ぐ。
「空気を作ります。すぐに呼吸が楽になりますので」
登山が進むにつれてリアナ・レジーネス(eb1421)の魔法クリエイトエアーが非常に重要な意味を持つようになる。寒さ対策としてレジストコールドのかけ直しも行われた。
魔法が唱えられると周辺に新鮮な空気が沸いてくる。そして苦しさが嘘のように晴れてゆく。これがなければおそらく酷い頭痛と疲労が登山隊にのし掛かってきたであろう。
岩を風よけにしてテントを張って焚き火をする。あまりに風が強いときには雪に穴を掘ってやり過ごす。
デビルを警戒しながら登山隊は雪の斜面を踏みしめて登る。ラルフ卿率いる進攻隊がアガリアレプトに深い傷を負わせ、瞬間移動を使わせるのを信じて。
●ラルフ卿対アガリアレプト
六日目の早朝、アガリアレプト討伐隊・進攻隊は最前線の駐屯地を捨ててペイン山脈を目指した。
事前の作戦通り、進攻隊に登頂の予定はなかった。そう見せかけてアガリアレプト等デビルを呼び寄せる為の嘘である。
三分の二の隊員がグリフォンを駆り、残りは徒歩。夕方にはペイン山脈の麓に辿り着いた。すでに天候は崩れた状態で雪が降りしきる白い世界が広がる。
ラルフ卿は吹雪に阻まれて見えはしないペイン山脈の方角を睨んだ。ノルマン王国を混乱に陥れたあのアガリアレプトに鉄槌を喰らわせようと。
進攻隊はひたすらにデビルの襲撃を待つ。
インプの偵察を見かけても止めまでは刺さずに見失ったように振る舞う。ただあまりに多い時には数減らしを忘れなかった。デビルが連絡の為にフィステェス山頂まで飛ぶのであれば、登山隊の発見される危険が高まるからだ。
デビル側が動いたのは七日目の昼過ぎ。進攻隊が完全に山といえる周辺に差し掛かろうとしていた矢先である。
ラルフ卿は側近に命じて笛を吹かせた。笛音の間隔には危険を報せると共に事前に決めた作戦指示が含まれている。アガリアレプトの存在を確認するまでは防戦に徹するのが作戦だった。
吹雪の中、進攻隊とデビルとの激しい戦いが始まる。
グリフォンに騎乗しての空中戦が主であったが、当然ながら雪上戦も行われた。対策はとられていたものの雪に沈んで足がとられる状況に隊員達は四苦八苦する。
雪上にはデビルの他にズゥンビ系アンデッドの姿も見受けられた。
様々な条件を考えてデビル軍が雪深いこの場所を襲撃地に選んだのは明白である。それは同時にアガリアレプトが背後にいるのを臭わせていた。
開戦から一時間が経ち、二時間が経過する。
進攻隊はわずかずつだが後退。デビル側が攻勢を強める。
さらに雪深い吹き溜まりへと追い込まれる進攻隊。
だがこれはラルフ卿の想定の内だ。デビル軍にファイヤーボムを得意とするデビノマニ・イフエナがいるのは計算のうちに入っている。雪崩は元々デビル軍の前に進攻隊側で起こすつもりだったのである。
後方に潜んでいた進攻隊のウィザードがイフエナ並のファイヤーボムを急な斜面へと放つ。次の瞬間、グリフォンで宙を駆る隊員達は雪面にいる仲間を後部へと乗せて高く飛翔する。あらかじめ立てられた計画だからこそ順調に事が運んだ。
一方、隙をつかれた形のデビル軍は、低位置にいたデビルやアンデッドが押し寄せる雪崩に巻き込まれる。
激しい雪の勢いであってもデビルがそれで倒される事はない。だが埋もれたせいで一時的に数が減り、這い上がってくるまでデビル軍の勢力が衰えるのは必定であった。
エミリールはホーリーフィールドを使って後方に安全な空間を作り上げ、そこをポーションなどで回復を行う支援場所とする。
ラルフ卿はこの機会を待っていた。守りを棄てて一気に攻め入る。
飛翔するグリフォンに相乗りしていた後部の隊員はデビル目がけて飛び降りて刀剣を突き立ててゆく。
中級デビルのオティスとカホルを一部の隊員が抑えた。その隙にラルフ卿がグリフォンを駆って吹雪の中を一直線に飛翔する。これまでに幾多の戦いを共に潜り抜けてきた黒分隊の騎士達と共に。すでにアガリアレプトの居場所は特定されていた。
ブラックフレイムによる遠距離攻撃で傷を負っても怯むことなくラルフ達は突き進む。
「アガリアレプト!! 滅せよ!」
ラルフ卿が振るう高速のヴェルナーエペ真打が触れる雪を溶かしながらアガリアレプトの左胸をえぐる。アガリアレプトの剣がラルフ卿の肩部分の鎧を弾き飛ばす。
「このアガリアレプトワールドで、あなた方は朽ち果てようとする死体にわくウジ虫同然。そのウジ虫がこのわたくしに滅せと? ラルフ殿、それは笑えませんよ」
軽口を叩くアガリアレプトだが表情に余裕はなかった。
徐々にラルフ卿とアガリアレプトの戦いの周囲にデビルが集まり始める。
「アガリアレプ‥‥!!」
イフエナも飛翔して応戦に現れるものの、何者かが放った矢が項から喉元を貫く。次々と矢が背中を中心にして突き刺さり、やがてイフエナは雪面に墜ちた。
「哀れな娘よ‥‥。せめて苦しまずに消え去るがよい」
手にしていた弓を捨てたテギュリアは、懐から取りだした小刀で雪面に埋もれかけた娘のイフエナに止めを刺す。
塵となって消えゆく娘を見届けたテギュリアは上空を仰いだ。吹雪のせいではっきりとは見えないが、確かに戦いの衝突音が聞こえてくる。
刃を交えたラルフ卿とアガリアレプトは体中から血を滴らせる。
ラルフ卿のヴェルナーエペ真打がアガリアレプトの額に深い傷を刻む。大きな叫び声をあげたアガリアレプトは高く空へと舞い上がってから瞬間移動で姿を消した。
「任せたぞ‥‥。冒険者達、そしてコンスタンスよ」
遠のきそうになる意識を繋ぎ止めながらラルフ卿は呟く。
アガリアレプトという指揮官を失ったデビル軍の動きは自然に瓦解する。
そしてアガリアレプトの討伐はフィステェス山頂付近で息を潜めている登山隊に委ねられるのであった。
●アガリアレプトは何処に
吹き飛ばされそうな吹雪とむき出しの岩肌が支配する極地。
強風に吹き飛ばされるせいでフィステェス山頂上付近の積雪は非常に少なかった。それでも身を隠す程度の雪穴は掘れる。白い布でカモフラージュしながら登山隊は岩と雪に囲まれ、寝袋に入りながら機会を待ち続けた。リアナのクリエイトエアーとレジストコールドのおかげで極限の状況下でも持ちこたえられる状態だ。それでも定期的に李風龍、エリー、雀尾嵐淡、コンスタンスのリカバーで体力の回復が図られる。
アガリアレプトの居城監視は主にシャルウィード、オグマ、リーマ、リアナの役目となる。それぞれに偵察に有利な技を身につけていたのがその理由だ。
居城をあらかじめ占拠してアガリアレプトを迎え討つ作戦も考えられていたのだが採用されなかった。登頂の間に多数の偵察するデビルの存在を知ったからである。わかっているだけでも五十を越えていた。
一匹残らず居城に待機するデビルを殲滅させるのはおそらく不可能であろう。つまり一時的な占拠が成功したとしても周辺警戒の任務を帯びていたデビル等が呼び戻されるのは必至だ。そうなれば隠れてアガリアレプトを待っているどころではなくなる。
アガリアレプトがいつ戻ってくるのかわからない状況では無謀な作戦といえた。そこでアガリアレプトが居城に戻ってくる機会を見計らっての突入作戦を選択した登山隊だった。
吹雪の中では時間の感覚が狂い始め、今がいつ頃かもわからなくなる。
ただ何故この極限の高地にいる理由だけは忘れていなかった。
すべてはノルマン王国を滅ぼそうとした首魁アガリアレプトを倒すためだ。
「変化があったぜ。乗り込むなら今だ」
監視から雪穴に戻ってきたシャルウィードが仲間達の身体を揺らして起こす。居城からたくさんの灯りが洩れて怒号が外まで聞こえてきたのだという。この声の中にアガリアレプトの名が含まれていた。
吹雪のせいではっきりと目視出来なかったが、外に張り出しているバルコニーにアガリアレプトらしき人物も認められた。リーマはバイブレーションセンサーで突然に振動を感じたと仲間達に告げる。
「今こそ!」
李風龍が左の掌を右の拳で叩いて小さく音を出す。
決行の意志を固めて登山隊は動きだした。
「援護しますので、その間に近づいて下さい」
リアナは仲間に次々とリトルフライを付与してゆく。
「集まって。少しでも有利にしておきましょう」
全員にまとめてレジストデビルを施したのは雀尾嵐淡である。
その他にも付与魔法を行い、さらに減少した魔力を補給し直す。アガリアレプトに回復の機会を与えない為にも迅速さが求められる。
「落ち着いたらすぐに突入を」
フランシアがニュートラルマジックによって魔法で変えられている悪天候の解呪を試みた。しばしの時間を置いて吹雪の勢いが弱まってくる。
再び悪天候にされる前に登山隊の多くが空中に浮かんで居城を目指す。
「仲間には近づけさせません。この閃光で!!」
リアナがライトニングサンダーボルトの稲妻を宙に走らせて遠距離からの援護を行う。仲間達の存在に気がついたデビル等を串刺しにする。
「みなさんが入るまでは‥‥」
リーマはグラビティーキャノンを放つ。仲間達に近寄ろうとするデビル等に衝撃を与えると共に落下させていった。
少々の怪我を負いながらも先行した仲間達全員が居城にとりつく。今度は先行した仲間達がデビル等を押さえ込んで、その間にリアナとリーマも居城まで到達する。
「主より揮う許しを賜った破壊の力「ディストロイ』にて!」
フランシアによって壁面の一部が破壊され、そこから全員が居城内部へと侵入した。
「さて‥しばらくはデビルと無縁な冒険者ライフを送るためにもがんばらないとな。ここは任せておきな!」
シャルウィードが通路の一角で立ち止まると仲間達を見送った。
「ここの空気で呼吸して下さい。健闘を祈ります」
「助かるぜ。これで地上と大して変わらねぇよな」
リアナがシャルウィードの為に空気がわき出る空間を作ってから仲間達を追いかける。
インプやグレムリンの他にズゥンビの姿を目にしたシャルウィードは両手に刀剣を持って構えた。
一同は広間に差し掛かった。そのまま突っ切ろうとするものの、李風龍が柱の影に隠れていた犬のようなデビルに魅了で狙われる。
「ここは俺が。先に行け! 片づいたら追いかける!」
李風龍は魅了される事なく、正気のまま大錫杖を手にデビルと対峙した。後に判明するのだが戦ったデビルの名はカークリノラース。人々の争いを眺めるのが何より好きなデビルであった。
雀尾嵐淡の超越デティクトアンデッド、リーマの超越バイブレーションセンサーで相互的に判断されてアガリアレプトの位置が割り出される。
寄ってくるデビルを打ち払いながら一同はひたすらに目指す。その間、フランシアとコンスタンスはホーリーフィールドを通路の所々に張ってデビルが追いつきにくくするのを忘れなかった。
「行きます! おそらくここまで炎が伸びてきます!!」
コンスタンスは非常に長い廊下の奥に向かって全力のファイヤーボムを放つ。膨らんだ火球は壁や天井、床に遮られて廊下に沿って拡散する。
何も知らずに近づこうとしていたデビルやアンデッドが魔法の炎に巻き込まれてゆく。
一同はファイヤーボムが届く直前に扉を潜り抜けて部屋に飛び込んだ。ディグニスが抱えてくれたおかげでコンスタンスも無事である。
その部屋は目指していた中心。酷い怪我の治療をするアガリアレプトの姿があった。
「デッドライジング!」
オグマは即座に矢を連射してアガリアレプトの治療進行を止めさせる。
「動けば今度は致命傷になる個所を狙います」
アガリアレプトの側にいたデビノマニらしき女性二人に狙いを定めたのは乱雪華だ。
「失われた多くの命と流された涙に懸けて。わが名はデュランダル。この身は魔を断つ剣とならん!」
デュランダルは自分と同じ名を持つ剣を構えて前へと出る。一気にアガリアレプトへ攻め寄った。
「何故ここに!」
いつも涼しい表情をしていたアガリアレプトの姿はここにはない。アガリアレプトは必死に拾い上げた剣でデュランダルの攻撃をいなそうとする。
「アガリアレプトよ。どうした? おぬしらしくないではないか」
ディグニスはアガリアレプトの逃げ道を塞ぐようにどっしりと構えた。剣で斬りつけられても動じずに反撃の剣を叩きつけた。
「貴方の仲間からの贈り物です」
そういってオグマは赤羽根の矢をアガリアレプトの右腿に命中させて動きを鈍くさせる。
「強化があったとしても、もう切れているはず」
雀尾嵐淡はニュートラルマジックの唱えを繰り返してアガリアレプトにかかっている強化魔法をすべて消し去った。
「これで全力で動いても大丈夫でしょう」
リアナはクリエイトエアーを忘れなかった。あまりにも空気が薄いので少しの運動でも体力の消耗がとても激しい。空気があれば気にせずに戦えた。
「無に帰せ‥永遠に!」
エボリューションが気がかりだったナノックは安心して攻撃に徹する。
「逃がしませんよ! もう瞬間移動が出来ないのはわかっています!」
シクルはミミクリーで伸ばした腕で浮かびあがったアガリアレプトの足を掴み、床へと引っ張り降ろす。
「ここがあなたが消え去る場所です」
エリーは剣先を向け、真面目な口調で呟きながらアガリアレプトを冷淡な瞳で睨みつけた。戦いの寸前にイドゥンのりんごを食べて体力は回復してある。仲間の為に聖なる釘で安全地帯も作ってあった。
「主の怒り以て‥‥滅びよアガリアレプト!!」
乱雪華が鳴弦の弓をかき鳴らす中、フランシア渾身のディストロイがアガリアレプトの身体に変化をもたらす。
ナノックが前衛の仲間達へとアイコンタクトを送った。ディグニス、デュランダル、エリー、ナノック、シクルの刀剣が一斉にアガリアレプトの身体を貫く。
「人など、わたくしが‥‥手を下さなくても‥‥い‥‥ずれ‥‥‥‥は‥‥‥‥」
すべてを語る事なくアガリアレプトの身体は弾け飛んだ。やがてすべては塵となって消えていった。
登山隊の全員が再集結し、居城からの脱出を図る。アガリアレプトを討伐した今、この地にいる理由は何もなかった。
可能ならばすべてのデビルを殲滅すべきなのだが、常にクリエイトエアーの空気が満ちる場所で戦えるとは限らない。体力を回復させる術は残っていたが精神的な部分での疲労の蓄積はかなり溜まっている。これ以上の長居は無用であった。
魔法のリトルフライや魔法アイテムのベゾムなどを活用しながらの下山となる。遠隔攻撃に長けた者達が主戦力となり、前衛の者達が殿を務めての脱出となった。
アガリアレプトという非常に大きな主を失ったデビル等の怒りは登山隊の想像を超えていた。捨て身の攻撃に手こずりながらの帰路となる。
麓まで辿り着くとラルフ卿率いる進攻隊が待機していた。追ってきたデビル等は殲滅される。
グリフォンなどの騎獣に乗っての地獄階層撤退が始まった。駐屯地に残してきたペット達は無事である。
最後の隊員が潜り抜けた時、ヘルズゲートは直径一メートル円ほどの大きさになっていた。
約二時間後、ノルマン王国ヴェルナー領とアガリアレプト地獄階層を繋げていたヘルズゲートは完全に閉じて消え去る。
ここにアガリアレプトとの長かった戦いに終止符が打たれた。
●そして
砦『ファニアール』にはコンスタンチノープルにある教皇庁から手紙が届いていた。
ラルフ卿がフランシアの前で開封して目を通す。そこにはフランシアに対し、ビショップとして認めるとの文章が記されていた。
「おじいちゃん‥‥」
「何、これは定めじゃよ」
エリーは落ち込んだ様子のテギュリアとなるべく一緒にいる。
「ついにあのアガリアレプトを‥‥。落ち着いたらみなさんをヴェルナー城に招こう。近々聖夜祭の晩餐会も開かれるのだが、それとは別だ。聖夜祭の方にも顔を出してくれたら嬉しいが、厳しい戦いが終わったばかり。身体を休めて欲しい」
ラルフ卿は感謝の意味を込めて冒険者達と強く握手を交わす。エフォール副長も冒険者達と握手をした。
冒険者一行はラルフ卿と生き残った討伐隊の半数と共にルーアンへと移動する。そしてセーヌ川に浮かぶ帆船でパリへと戻るのであった。