●リプレイ本文
●出発
シクル・ザーン(ea2350)が手綱をしならせると、馬車の車輪がゆっくりと動き始める。
ブランシュ騎士団黒分隊から借りた馬車で冒険者一行はパリを出発した。
残念ながら突然の用で冒険者の一人は現れない。
リアナ・レジーネス(eb1421)はフライングブルーム、乱雪華(eb5818)はグリフォン・ヤーマオに乗って目的のポーム町へ先に向かう。
リアナのペット、フォレストドラゴンパピーについては、重たくて運ぶ手段も用意されてないのでパリに残される。荷物だけは馬車に載せてもらった。
「どうしてぇ、町の人達に迷惑かけるかなぁん」
愛馬バウバウで馬車に併走するエリー・エル(ea5970)は口を尖らせる。どうにもアガリアレプトのやり口が気に入らなかった。
エリーがほっぺたを軽く膨らませてむくれていると、韋駄天の草履を履いた李風龍(ea5808)が近づいた。
「確かに町の人には迷惑だな。防衛が精一杯かもしれんが、アガリアレプトにせめて一泡吹かせてやろう」
李風龍は馬上のエリーを見上げた。
「その心意気ですわ」
途中まで護衛を買ってでてくれた愛馬に騎乗するクレアもエリーに声をかける。
馬車内でも冒険者同士で話しが交わされる。もっぱら防衛の仕方が話題となっていた。
「元ブラーヴの騎士の動向も注意しませんと。内応する可能性もあります‥‥」
御者台のシクルは後ろの仲間に向けて語りかけた。
「全てに注意が必要。主に叛きし愚かなる者どもは、ヒトへの試練としてのみ在り様を赦されたモノ。聞けばラルフ殿に謀りを巡らした様。真の狙いが何処にあるのかを探り、打ち砕くことこそ、町の守護に繋がるはず」
フランシア・ド・フルール(ea3047)はフェアリー・ヨハネスを膝に乗せていた。
「何処を護るのか、何を護るのかが問題だな。地上の敵は城塞門での足止めをし、町の人達は一個所に集めた方が護衛がしやすいはずだ。あの石だった本も護るべきだし‥‥。着いたのなら黒分隊とよく相談すべきだ」
氷雨絃也(ea4481)は腕を組み、窓から外を眺める。輝くような春であっても、現実は容赦ない。血はいくらか流れるであろう。
馬車より先をデュランダル・アウローラ(ea8820)が愛馬エクレイルで駆ける。
しばらくして、ペガサス・アイギスで飛翔するナノック・リバーシブル(eb3979)が地上すれすれまで降りてきた。
「今のところ、平和なものだ。問題は町に着いてからだな。本を見つけた時からこうなる予感はしていたが‥‥。移送は早めに検討した方が良さそうだな」
ナノックがデュランダルに話しかけた。
「話しによれば、ラルフ殿のところに直接アガリアレプトが宣言しにいったようだ。‥‥決着の時が近づいているのだろうか」
デュランダルが自らの考えを述べる。
パリからポーム町までは一日で到着するのは距離があった。無理をすれば深夜に到着する事もできたが、それでは後々に響く。
馬車一行は早めに進みを止め、野営の準備を行う。明日、到着と共に町の守護が出来るようにと。
●ポーム町
二日目の昼前、馬車一行はポーム町を望んだ。
ポーム町の高台へと繋がる坂道の警戒は厳重であった。かなりの衛兵の姿が目に付く。
城塞門を潜り抜けると、騎乗する使者の姿がある。
案内され町の執政を行う屋敷に到着すると、リアナと乱雪華が待っていた。
全員がラルフ黒分隊長、エフォール副長、ジュエール町長が待つ大きな広間へと通される。町の官憲を束ねる責任者もいた。
ボグリームを含む六人の元ブラーヴの騎士は出席していない。望んでいたようだが、処分保留の状態であり、意見をいえる立場ではなかったからだ。
会議が始まり、議論が活発にやり取りされる。
ジュエール町長は、まず町民の安全確保を第一に掲げた。
エフォール副長から黒分隊の考えとして、デビル殲滅の優先を提唱する。
ポーム町の官憲の責任者ボルディは町の保護を訴えた。
ジュエール町長は、直接の町民の警護を願っている。黒分隊は町民に被害が及ぶ前に敵を叩こうと考えていた。官憲の責任者は町を護れば自然と町民も助かるという思考だ。
たくさんの本が所蔵されるリュミエール図書館の警護、石化した本が管理されている町の教会についても話し合われる。
冒険者達も意見を伝えた。
白熱した会議となったが、結果として三つの役割が決められた。
町を囲む城塞壁突破阻止を目的とした城塞防護隊。
町民を避難させる図書館周辺の建物を護る町民防衛隊。
石化していた本を護る為の教会守護隊。
冒険者達は自らの力が発揮できる場所への配置を願う。
城塞防護隊にはシクル、リアナ、乱雪華。対空戦闘を行うつもりのナノックもこことなる。指揮はエフォール副長。黒分隊が母体となり、元々城塞を管理する衛兵と兵士の一部も護りについた。
町民防衛隊にはフランシア、エリー。指揮は官憲の責任者ボルディだ。町の憲兵、兵士が母体となる。ジュエール町長はここでの待機だ。
教会守護隊には氷雨絃也、李風龍、デュランダル。ラルフ黒分隊長は黒分隊をエフォール副長に任せて教会を護る事となった。元ブラーヴの騎士六名も暫定的にこちらとなる。
作戦が完全に決まり、まずは町民の移動が始まる。
「教会に向かって下さい。ゆっくりとお願いしますー」
リアナはフライングブルームで空中に漂いながら、町民を図書館まで誘導する。
「大丈夫です。大人しいですから」
乱雪華は城塞壁の見張り塔の天辺にいた。
グリフォンに怯える兵士達に役に立つからと一生懸命に説明を続けた。
当初、町民防衛隊に入ろうと考えていた乱雪華だが、グリフォンの運用を考えて城塞防護隊に所属したのだ。
「この薬をいざという時に使って下さい」
シクルはリカバーポーションを一緒に戦う城塞壁の兵士達の一部に配った。混戦になれば、どうしても無傷という訳にはいかないとシクルは考える。
乱雪華もいくらかの薬の配布をしていた。
「是非にご協力を。消えて近づくは主に叛きし愚かなる者たちの手段なのです」
フランシアは図書館付近に集まった町民達に協力を頼んだ。色水を入れた樽を用意してもらい、様々な場所に配置する。
「大丈夫だから、安心して欲しいのねぇん。お姉ちゃんたち、強いのねぇん」
図書館の一室でエリーは子供達に声をかけて元気づけた。その後、隠れてデティクトアンデットを使ってから避難してきた人々の中を歩いて回る。デビルの反応はなかったが安心は出来ない。人であってもデビルに加担する者はいるからだ。
「飛風、空は頼んだぞ」
李風龍は教会の窓から遙か上空の風精龍・飛風を見上げる。そしてラルフ黒分隊長の所へ教会守護隊の仲間と共に集まった。
「聖遺物箱をいくつか用意して、どれかわからないままでの遊撃か‥‥。わかった。しかし教会を放置する訳にはいかない。周辺ということならば受け入れよう」
ラルフ黒分隊長は氷雨絃也からの意見をある程度受け入れる。
シクルとエリーから借りた聖遺物箱が二箱。教会で管理された石化していた本が収まる聖遺物箱と合わせて三箱となった。
本の偽物も用意される。
教会の司祭によって、どれに本物が入っているのかわからないように中身が交換された。さらにデュランダル、氷雨絃也、ラルフ黒分隊長が箱を選び直す。ここまでするのは、心を探られたりして、どれが本物か知られてしまう可能性があるからだ。
李風龍はラルフ黒分隊長の背中を護るつもりでいた。石化していた本も大事だが、デビルの目的が何か今一はっきりとしていなかったからだ。
「ドライ、エクレイルに載せるから見張っていてくれ」
デュランダルは愛犬ドライに聖遺物箱の臭いを嗅がせておく。
「イペスを優先的に狙うが、そうでなければ敵戦力の数を減らすのを優先するつもりだ」
氷雨絃也は自らの考えを仲間に伝えておく。
いつもならデビル共は行動がばらばらで、そこに付け入る隙があった。だが、ラルフ黒分隊長によれば、今回はアガリアレプトの存在が大きい。気を引き締めなければならなかった。
ナノックはペガサス・アイギスでポーム町の上空を漂う。デビルへの警戒と、警備に不備がないかを調べる為だ。
「わざわざ予告付きだ。それに際した策があると見ていい‥‥」
ナノックは地上を見下ろしながら呟いた。
●緊張の日々
日を過ぎるごとに、ヴェルナー領各所から援軍が集まる。
ルーアン程の規模はないものの、ポーム町はヴェルナー領内でかなりの大きな町だ。元々は小さな町であったのが、陸上交通の要所の意味と、リュミエール図書館建設によって大規模拡張が行われて現在の姿にまでなった。
ルーアン大聖堂の大司教の命によって神聖魔法を操れるクレリックも応援にやってきた。ほとんどの者達が戦闘に疎く、ホーリーフィールドの防御要員である。
白と黒の教義の違いはあるものの、デビルとの戦いに慣れたフランシアが白教義クレリック達にデビルとの戦いにおける注意点を施した。
ただ張るだけではなく、デビルの魔法の特徴を熟知しなければ防ぎきる事は不可能だからだ。
集まってくれた兵士の中にはウィザードもいた。バーニングソードなどの魔法付与で普通の武器を魔法武器に出来るウィザードを魔力回復の薬などを持たせて慎重に配置する。
騎士にもオーラパワーを武器に付与出来る者がわずかながらおり、こちらも魔力補給の薬が用意される。
さらにウィザードの中で攻撃に特化した者達は別に集められた。
余分に魔法武器を持ってきて、兵士達に貸してくれた冒険者もいた。通常の武器ではデビルを倒す事は出来ないので、とても感謝される。
朝が来て夜が来るのを繰り返す。
交代で見張りはするものの、人々の精神は疲弊してゆく。これこそがアガリアレプトの策であると錯覚する程に。
戦いが起こったのは七日目、真夜中の出来事であった。
●攻防
月はなく、星の瞬きだけが夜空には広がっていた。
空から見下ろせば、城塞壁に用意されたかがり火で町の形が手に取るようにわかる。
黒き翼を広げて楕円のポーム町を眺めたアガリアレプトは、隣りに控えるイペスに呟いた。『一撃を持って侵攻の合図にする』と。
アガリアレプトは唱えて出現させた輝けるムーンアローを放った。
目標は領主であり、ブランシュ騎士団黒分隊隊長であるラルフだ。
「ほう‥‥。少しは手応えがありそうだ」
放ったムーンアローはポーム町上空に張られたホーリーフィールドに阻まれた。
結果はどうであれ、侵攻は開始される。
インプとグレムリンの群れがポーム町に滑空してゆく。
地上ではそそのかされたオーガ族の大群が土煙をあげて城塞壁への坂道を駆け上る。
デュール以下、ブラーヴ騎士団の騎士達は後方に控えていた。
「なるほどな。まるっきりのバカではないらしい」
アガリアレプトは地上からの攻撃を観察した。
様々な属性の輝きを纏った魔法攻撃が始まる。捉えられたデビルの黒き翼はもがれ、地面へと叩きつけられてゆく。しかしその程度でデビルが怯む道理はなかった。無事に町へ降り立ったデビル仲間と共に奇声をあげて人を捜し始める。
城塞壁周辺でも戦いは始まる。力押しのオーガ族に対し、熱湯や巨大な岩を落として人は対抗していた。群れに対しては、矢などで攻撃するより効率がよい。感心してアガリアレプトは頷く。
しかし使役したオーガ族はかなりの数である。数にすればオーガ族だけでも町の人口に匹敵するはずだ。
「蹂躙せよ。全てをひれ伏せさせるがいい」
アガリアレプトはパリ侵攻で為し得なかった光景を見下ろして恍惚の笑みを浮かべた。
「アガリアレプト!」
地の底からの声がアガリアレプトの耳に届く。足下でインプを退けながら夜空を駆け上るペガサスに跨る者がいた。
「無謀な輩もいるようだ」
冷笑のアガリアレプトはブラックフレイムを放つ。
一撃を受けたペガサスを駆るナノックは体勢を崩して落下した。
アガリアレプトが腕を伸ばし、ブラックフレイムの二撃目がナノックに放たれようとする。その時、李風龍の風精龍が放ったウインドスラッシュが牽制となり、ナノックは射程距離から外れた。
舌打ちをしたアガリアレプトは、二撃目のブラックフレイムを風精龍に撃ち込んだ。
「さて‥‥」
周囲に邪魔者がいなくなると、アガリアレプトは首元に指を差し込んで服装を正す。戦いは始まったばかりであった。
●城塞防護隊
「空からの攻撃は抑えます! ですから次の攻撃を!」
城塞壁の上部。シクルはレジストマジックを付与したミミクリーで伸ばした腕で、夜空に羽ばたくデビル共を斬り落とす。
インプやグレムリンは大抵デスハートンのみを扱える場合が多い。その役目が魂を手に入れて上位デビルに献上するからである。
しかし今回のデビルは様子が違っていた。捨て駒として用意された下っ端デビルは主にブラックフレイムを操る。
威力は弱く、冒険者や黒分隊隊員を傷つけることは滅多にない。しかし一般の兵達は違う。負傷が溜まれば大事になる。
石造りの城塞壁外縁をオーガ族の大群は囲んでいた。城塞防護隊は岩や熱湯などを落としてオーガ族の排除を行う。
オーガ族の呻き声と叫び声など、周囲は騒然としていた。
シクルは伸びた腕でさらに衝撃波を頭上に放つ。バランスを崩して落ちたデビルを兵士達が止めを刺してゆく。
「今のうちです! 落として下さい」
乱雪華は鳴弦の弓をかき鳴らしながらデビルを弱らせる。空からの襲来がある程度収まれば乱雪華自身も戦う用意はあった。
「姉さんのペットもがんばっているぜ!」
デビルスレイヤーの槍を貸した兵士が乱雪華に声をかける。
夜空では乱雪華のグリフォン・ヤーマオが飛翔速度を生かしてインプを蹴散らしていた。乱雪華がグリフォンの爪にオーラパワーを付与したのである。他の騎士も付与を手伝ってくれた。
(「南側に移動するオーガの群れがあります。お気をつけて」)
リアナはヴェントリラキュイで別の方角で護るエフォール副長率いる黒分隊に連絡を取った。
今のところ、味方は善戦している。しかし、オーガ族の動きに衰えはない。
町中に目を移せば、所々で火の手が上がっていた。石造りの建物が多いのだが、木造を狙って火が点けられているようだ。空から侵入したデビルの仕業である。
リアナは夜空を覆うグレムリンの群れに向かってライトニングサンダーボルトを走らせた。
「熱湯が間に合いません!」
兵士の誰かが叫んだ。
オーガ族の一部が城塞壁を登り始める。たっぷり用意したつもりの熱湯が間に合わなくなる程、侵攻しようとするオーガ族の数は多かった。
じりじりと敵が迫ってくる状況に城塞防護隊の者達は必死に抵抗を続けるのだった。
●町民防衛隊
「ただ怯えて祈っても主は救い給いません。己の中にある弱さと恐怖に屈する事なく、耐え忍ぶだけであっても自らの役割を只管に果たしなさい!」
フランシアは庭に立ち、後方の図書館内にいる町の人々へ声をかける。
建物自体にもある程度はデビル対策が施されてあった。しかし物理的破壊が行われれば、そんなものは意味がなくなる。
デビルを留まらせる事こそが求められた。
フランシアはあらゆる方向にホーリーフィールドを張って見えない壁を作り上げた。白教義のクレリック達にも手伝ってもらい、完璧に仕上げる。
しかし問題もあった。
今は破壊されるホーリーフィールドの張り直しが間に合っているが、攻勢が続くとどうなるかわからない。特に数で押してくるオーガ族が町になだれ込んだのなら、地獄絵図になるのはあきらかであった。
憲兵、兵士達は近づいたインプとの戦いを繰り広げていた。魔法が付与された武器を手に、レジストデビルの応援を得て。
幼い子供達も一生懸命に色水を周囲に撒いて、デビルへの警戒をしてくれていた。
フランシアは気合いを入れて敵との攻防に身を投じる。
「セーラ様の名において、皆様はテンプルナイトであるエリー・エルが守り抜きます」
優しい笑顔を町の人々に向けてからエリーは戦いに赴いていた。神聖なる誓いをたて、祝福をした上で。
両手に武器を振るい、一気に敵を叩きつぶす。特に腕や首などの細い部分を狙い、一撃で動けなくするのを心がけた。
官憲の責任者ボルディの指揮によって、図書館近くの建物から魔法攻撃の光が夜空に放たれる。
ウィザード達渾身の魔法だが、それでもすり抜けて地上に降り立つデビルはいた。
「みんな、ここで負ける訳にはいかないのだ! 大人は大聖水を持って外壁の近くで待機だ!」
図書館の中ではジュエール町長が避難者達の指揮をとる。
怪我人はいくらか出たが今のところ死人はない。町の人々を狙うデビルとの攻防は熾烈だった。
●教会守護隊
火災は燃え広がる。
月のない真夜中なのにランタンもかがり火も必要ない程、赤くポーム町は染まる。
重要拠点とされた図書館周辺と教会付近だけは未だデビルとの攻防の最中であった。
城塞防護隊の踏ん張りによって、城塞壁を越えたオーガ族は一匹たりともいない。
教会守護隊は往来のない通りでデビル共と対峙していた。
「これはブラフなのか」
氷雨絃也は後方から襲ってきたグレムリンを一刀に処した。
ウィザード達の活躍もあり、手負いのデビルが多いのはわかっていた。だが、あまりの手応えのなさ氷雨絃也は不安になる。
「まるで夢の中だ‥‥。走っていても前に進まない。そんな感じの」
ラルフ黒分隊長の呟きを李風龍が耳にする。
(「確かに温い戦闘が続いている。町に目をやれば建物は燃えさかり、夜空を見上げれば攻撃魔法が輝き、城塞壁からはオーガ族のざわめきが聞こえるのに‥‥」)
李風龍もラルフ黒分隊長と同じ感想を持つ。
「これは‥‥他の場所の激しさに比べてどうなのか」
愛馬に騎乗して戦うデュランダルも仲間と同様に感じる。試しで重量のある大降りの剣でデビル共と戦っても問題が生じない。もっとも魔力が付加されてデビルに効くようになった剣は凄まじいものがある。
石化していた本を確保しているとはいえ、教会守護隊はこの場を離れる訳にはいかなかった。何故なら教会は最後の拠になる場所だからだ。対デビル対策が一番施されているのも教会である。教会内部は元ブラーヴの騎士六名に任されていた。
「あれは‥‥」
夜空を駆け下りるペガサスを、李風龍は目の端で捉える。最初、ナノックかと思ったが違った。
「気を付けなさい。戯れであってもアガリアレプトの力は強大です」
地上に舞い降りたのはペガサスを駆る天使プリンシュパリティ・ハニエルであった。
ハニエルはふわりと白い翼を広げて地面に足をつける。
戦いの前、リアナによって未来予知が試されたものの、はっきりとした事はわからなかった。あまりに不確定な要素が多すぎて見えたものの理解がしにくかったのだ。
「ここにアガリアレプトが来るのですか?」
「ええ、間もなく来るはずです。あなたの命を狙いに」
ハニエルは夜空を仰ぎながらラルフ黒分隊長に頷きながら答える。
「これは、ハニエル殿。またお会いできるとは」
甘い声が響き渡り、一同は振り向きながら見上げた。
教会の塔の上に黒き翼を広げた者が降りる。アガリアレプトであった。側には奇怪なデビル・イペスとデビノマニとなったブランシュ騎士団団長デュール・クラミルの姿もある。
「ここにいたか!」
どこからかナノックの声が響く。
建物の隙間を縫ってペガサス・アイギスがアガリアレプトへと一直線に飛翔する。伏せていた身体をナノックは起こし、剣を構える。
デュールがナノックの剣を受け止めて火花が飛び散った。
落下するペガサス・アイギスだが、地面すれすれで立て直して地面に蹄をつける。続いて風精龍・飛風も地上に舞い降りた。
ナノック、アイギス、飛風は傷だらけであった。
「参りましたね。これだけの実力者が揃うとは考えていませんでした。勝てますが、こちらも無傷では済みそうにもありませんね」
アガリアレプトが冷たい眼で一人一人を見下ろす。何かしらの合図を出したのか、周囲の下っ端デビル共も大人しくしていた。
「奴は‥‥ラルフ黒分隊長を晒し者にしようと画策していたのだ‥‥」
ナノックは怪我の痛みを堪えながら、アガリアレプトとの戦いの中で知った事実を語り始める。
アガリアレプトの目的は町ではなく、石化していた本でもない。ポーム町の人々でもなかった。
狙っていたのはヴェルナー領主でもあるラルフ黒分隊長だった。
領民に見せつける形でのラルフ黒分隊長の処刑を、アガリアレプトは望んでいた。
「戦で勝つのは容易いもの‥‥。全滅させる必要はない。敵の監督者の首さえ手に入れれば、それで勝手に崩壊する。ただ、今回は時間がかかりすぎたようだ。まったく、わたくしとあろう者が、こんなウジ虫共にしてやられるとは」
本気か冗談か、どちらともとれないため息をアガリアレプトはついた。
「ラルフ殿、ハニエル殿に会えたのでこの度はよしとしよう。そちらの方々の名前も知りたいものだな。顔は覚えた。次に会う時を楽しみにしているよ」
挨拶をした瞬間、アガリアレプトは姿を消した。イペスとデュールも下っ端デビルの目眩ましの間にいなくなる。
ポーム町を蹂躙していたインプとグレムリンの集団は撤退する。
オーガ族の群れも城塞門を破る寸前で我に返って退却し始めた。
「アガリアレプトは遠くで貴方達、そして貴方達の仲間を観察していたようです。ラルフに力を貸す者達の実力を計る意味も、この町を襲った理由の一つなのでしょう」
ハニエルは多くの人の怪我を治すとペガサスと共に天へと消えていった。
太陽が昇り、町の惨状が把握された。まずは未だ燃えている建物の消火である。
冒険者達も手伝うが、完全な消火まで丸二日が費やされた。
●そして
ポーム町は三分の一を炭と化したが、奇跡的に死者は一人もでなかった。
十日目、石化していた本はラルフ黒分隊長の護衛を兼ねた黒分隊によってルーアンに運ばれる段取りとなる。
ちなみに本物の本が入っていたのは氷雨絃也が持っていた聖遺物箱であった。
「また助けられたな。せめてものお礼だ。受け取ってもらえるだろうか」
ラルフ黒分隊長はいくらかの謝礼を冒険者達に渡した。
「これじゃあ、埒があかないよぉん。こっちから乗り込めないのぉん?」
居ても立ってもいられず、エリーがラルフ黒分隊長に質問をする。
「アガリアレプトの根城が果たして地上にあるのかすらわかっていないのだ。誘いだすしか手がないのは、とても歯がゆいものなのだが‥‥」
アガリアレプトを含むデビルの根城に攻め入りたいのはラルフ黒分隊長も一緒であった。ただ手だては今の所発見されていない。
「拝見する時間がなかったのは至極残念。次こそは読み解きましょう」
フランシアは黒分隊の出発を見送る。
冒険者達は十一日目の昼頃にポーム町を後にした。
十二日目の暮れなずむ頃に、無事パリへと到着するのだった。