●リプレイ本文
●湖畔
「不気味な感じですね。こんなところに住んでいるお年寄りが住んでいるなんて」
三日目の夕方、御者をするシクル・ザーン(ea2350)は馬車を停めるとしばらく湖の中央にある小島を眺め続けた。
残念ながら一人の冒険者は急用があった為か来られずに九人体制である。
馬車後方で護衛をしていた氷雨絃也(ea4481)が騎乗したまま、御者台のシクルに近づく。
「何を好きこのんであのような場所に‥‥」
呆れた氷雨絃也は軽いため息をついた。
「周囲にはデビルはいませんでした。ただ、遠くでこちらの出方を窺っていてもおかしくはありませんね」
グリフォン・ヤーマオに跨る乱雪華(eb5818)が地上に舞い降りる。
「こちらもいませんでした。コルリスによればルーアンも一段落したようですし、連れてゆくそのものは問題なさそうですが‥‥」
リアナ・レジーネス(eb1421)はフライングブルームで馬車近くを浮かぶ。
「偏屈なおじいさんだったらぁ、難しそうだねぇん。私の可愛さじゃ靡かなそうだしねぇん」
エリー・エル(ea5970)は冗談をいいながら、愛馬バウバウから飛び降りる。そして連れてきたもう一頭のヒポカンプス・ポンポンを湖に放った。深い湖の底にデビルが潜んでいれば、地上へと飛びだしてくるに違いない。
「エルフの老翁か。‥‥どんな感じか今一つ想像がつかんな」
馬車から飛び降りた李風龍(ea5808)は、仲間と同じように遠くの小島に振り向いた。大きめの家屋が一軒と小屋が二軒ほど建っている。羊が飼われているようで、鳴き声が聞こえた。
パリ出発時、見送りに来てくれたクレアが興味あるものにしか反応しない人物なのではといっていたのを李風龍は思いだす。
「おそらく、テギュリアという御仁は自分の欲求に素直なのだろうな。こういう者は自分の考えや行動を否定されるのを一番嫌うから、そこを押さえておかないと臍を曲げられるぞ」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は仲間と話しながら、湖の畔に小舟を見つけた。四人も乗ったら一杯になる程の小さなものである。
「ヨハネス、頼みましたよ」
馬車から下りると、フランシア・ド・フルール(ea3047)はフェアリーのヨハネスに手紙を託す。シフール便は叶わなかったので、礼儀として面会の許可を求める為だ。
テギュリアは文字を読めると聞いていたので、手紙自体には不安はない。問題は返事をくれるかどうかであった。
夕日が照らして真っ赤に染まる湖の上をヨハネスが飛んでゆく。
「返事が届くまでは待機だ。今のうちに周囲を細かく調べておこう。説得にどのくらいかかるかわからないからな」
ナノック・リバーシブル(eb3979)はテントを張り、中に白光の水晶球を設置して発動させる。広範囲にデビルを探知出来る優れものだ。
どのみち、冒険者の何人かは湖の周囲での警戒になる。落ち木を拾い、野営の準備を整えた。
ヨハネスが戻ってきたのは真夜中であった。心配していたフランシアはほっと胸を撫で下ろす。
フランシアは焚き火の明るさを頼りに手紙を読んだ。
来るのは構わないが大人数が入る余裕はなく、招いたわけでもないので、一切の世話はしないとある。来訪は明日の昼以降が指定されていた。
ヨハネスの機嫌はすこぶるよい。どうやらテギュリアに気に入られたとフランシアは考えた。
冒険者達はデビルを警戒しながら湖の畔で一晩を過ごしたのだった。
●テギュリア・ボールトン
四日目の昼過ぎ、冒険者達は行動を開始した。
説得を行うフランシア、シクル、エリーは小舟で向かう。
エリーが櫂でゆっくりと小舟を漕いだ。小舟の下にはヒポカンプスの影があり、エリーは安心して進ませる。
小舟上空ではグリフォンに乗った乱雪華とリアナが警戒を行う。
他の冒険者達は湖の畔に散らばってデビルの警戒である。出来れば小島まで行きたいところだが、そうすればテギュリアの機嫌を損ねてしまうかも知れない。
いざとなればナノックはペガサス・アイギスでひとっ飛びに小島まで行ける。李風龍はウイバーン・飛風を向かわせられるし、不安は少なかった。
湖の底にデビルが潜んでいないのは、ヒポカンプスによって判明している。湖面ギリギリで確認された石の中の蝶の反応や、移動させては発動させた白光の水晶球からも裏付けされていた。
小島に辿り着いた説得の三人は、さっそく家屋へと向かった。
たくさんの家畜がいて、木と木に渡されたロープにはたくさんの魚が干されている。どうやらテギュリアは自給自足の生活を送っているようだ。
家屋入り口のドアをノックをすると『入れ』と声が聞こえる。
中に入ると日光が差し込む部屋がある。机に向かっていたしわくちゃの老翁の姿があった。
「この前の方々とは違うな。ルーアンの領主はわしを呼びつけてどうしようというのじゃろうか」
テギュリアは手にしていたペンを片づけてから、冒険者達に向き合う。
説得の三人はそれぞれに挨拶をした。まずは李風龍から預かったベルモットを土産として渡す。リアナの杖テュルソスは残念ながら興味がないと返された。
空いている椅子に適当に座れとテギュリアはいう。
最初にフランシアが話しを切りだす。アガリアレプトの事が書かれた写本にテギュリアの名前があるのを本人は知っている。
フランシアは説得の中で、写本に描写されるテギュリアに触れた。
テギュリアはアガリアレプトの相談役として物語に登場する。テギュリアによってアガリアレプトは人の醜さをと弱さを知り、神の験しを罪とし、刹那的快楽こそが世界の至上と謳っていた。
フランシアは話しながらテギュリアを観察するが、淡々とした様子である。年の功なのか、ただ単に聞く耳を持っていないのかはわかりづらかった。
「エドガなる者、悪魔に忠誠を尽くしながらも末路は悲惨の一言。テギュリア殿はアガリアレプトと、いかなる繋がりがおありなのでしょう?」
話しが逸れながらも、フランシアは核心に迫る質問をした。
「簡単な事。アガリアレプトとわしは友だ。別に人間がデビルと仲良くしてはいけないという法は‥‥ありそうじゃな。まあ、そういことじゃ」
テギュリアの言葉にフランシアだけでなく、シクル、エリーも唖然とする。あまりに単純で、わかりやすく、しかし信じにくい答えであった。
「‥‥アガリアレプトは、デビルは、人々を苦しめ、陥れ、堕落させる敵なのですよ。彼等のせいで命を落とした罪も無い人が何人も‥‥」
シクルはたまらず声を荒らげた。フランシアが質問をシクルに譲る。
「そういわれてもな。あやつはユニークじゃぞ。あんな変わったものの見方をする奴は滅多におらん。一つの物事を様々な視点から眺めて考察するのがわしの趣味じゃ。そんなわしが絶対に思いつかん考えを持っておる」
「だから‥‥デビルと友人であると?」
「そうじゃ」
シクルは椅子から立ち上がったまま、テギュリアを見据えてしばらく黙り込む。
「あなたに比べればわずかしか生きていない私では、どういい返せばいいのか、わかりません‥‥。でも、愚かな私でも言える事があります。人は生きる限り、より良い未来を目指すもの。せめてルーアンに来て話をしてくれませんか?」
そう言い残してシクルは家屋の外に出ていった。握る拳を震えさせながら。
「えっと‥‥」
エリーはしばらく天井を見つめる。デビルをエリーも許せない。だがテギュリアをルーアンに連れてゆくのは最終的にデビル討伐に繋がるはずだと考え、仲間の土産の酒瓶を手に取った。
「折角だからぁ、このお酒、私にも欲しいなぁん」
「ま、よいぞ。昼酒もまた一興じゃ」
エリーはテギュリアに抱きついて喜ぶ。フランシアも酒を勧められたが呑みはせず、周囲の注意に意識を傾けた。
「なんでも刀も好きだって聞いたねぇん。仲間がすっごい鍛冶屋さんを領主さんは知ってるっていってたよぉん」
エリーはナノックから聞いた話をテギュリアに伝える。
「刀のコレクションがあったら見たいって、他の仲間もいっていたけど‥‥見あたらないのねぇん」
「ピカピカの刀剣など興味はないのじゃ。刀剣に出来た染み、歪み、刃こぼれなどを眺めながら、どのように使われてきたかを想像し、酒の肴にするのがよいのじゃよ。それを見せてもらえるか?」
テギュリアはエリーの聖剣を指さした。少しだけといってエリーは鞘から全部を抜かず、刀身を見せる。
その時のテギュリアの真剣な瞳をエリーとフランシアは見逃さなかった。
説得は五日目、六日目も続いた。アガリアレプトの事を話すかどうかは、ラルフと会ってから決めるという条件でテギュリアはルーアン行きを受け入れた。
数人ずつ訪れて武器を見せたのが功を奏したようだ。
七日目の朝、冒険者達は湖畔を馬車で出発する。心配していた湖での戦闘は行われなかった。冒険者達の監視が行き届いたおかげであろう。
しかし、ルーアンまでは馬車で三日はかかる。
遠くの空でいくつかの黒い翼が羽ばたいたのを冒険者達は知る由もなかった。
●焦燥
「行け! 行くのだ!」
天使の姿をしたデビル・イペスはインプとグレムリンの群れに号令をかけた。
九日目の昼、冒険者達の馬車が細く長い崖の狭間を走り始めた頃にイペスは攻撃を仕掛ける。
イペスは自らが動かせる限りのデビルを引き連れてきていた。アガリアレプトの態度からもう後がないのをひしひしと感じ取っていたイペスである。
「馬車を停めさえすれば‥‥」
空に舞いながらイペスは冒険者の馬車目がけてサンレーザーを放つ。だが、タイミングよく現れたホーリーフィールドに阻まれる。
御者台にいるシクルの横で李風龍が一時的に御者を務めていた。タイミングを計り、御者台にいるシクルと馬車の中にいるフランシアが交互にホーリーフィールドを張る。
魔力には限りがあり、いつまでも器用な真似が続かないのは冒険者の誰もわかっていた。ようは時間稼ぎである。
空中を守るリアナ、乱雪華、ナノックが見つけだした、道幅が広がった場所に馬車が停車する。
イペスは嬉々として、さらなる命令を出した。集中攻撃である。
「馬車には近寄らせないのねぇん!」
エリーは愛馬に騎乗し、聖剣を手に牙を剥くグレムリンを払う。
デビルの攻撃は激しかった。張られたホーリーフィールドが飛散し、デビルが侵入しようとするとエリー、氷雨絃也、李風龍、ディグニスが阻止する。排除が終わると新たなホーリーフィールドが張られ直された。
「今しばらくは‥‥」
乱雪華は鳴弦の弓をかき鳴らして仲間を支援する。ペットのエシュロン・チャオリエが空中にファイヤーウォールによる炎の壁を次々と作りだして、デビルの動きを食い止める。
「喰らいなさい!」
リアナが上空に放ったレミエラの能力によって扇状に広がったライトニングサンダーボルトは、大量のデビルを行動不能に陥らせる。
「そこか!」
イペスを発見したナノックはペガサスで一気に空を駆け上がる。知ったイペスは即座に逃げだした。その姿は情けなく、警護のグレムリンも慌てた様子でイペスを追いかけてゆく。
空を飛ぶ速度そのものはペガサスの方が上でもイペスは小回りがきいた。なかなか捉えることが出来ない。
風精龍がウインドスラッシュでイペスの逃げ道を潰してくれる。一撃、ナノックの剣がイペスを捉える。
回転しながら落ちてゆくイペスを、地上では氷雨絃也が待っていた。
「先回切り落としてやった羽は生えたのか?」
氷雨絃也は偽の天使姿のイペスの右翼を切り落とす。悲鳴をあげたイペスは泥にまみれる。
イペスに止めを刺そうとした氷雨絃也に多くのインプがまとわりついた。
「見たことはないな‥‥。あのデビルは」
馬車の窓を開いたテギュリアが呟く。
「今は一大事。しばらくは大人しくされよ」
馬車の外で鎚を手にするディグニスは、不用意なテギュリアの行動に注意を促す。
ごく稀に冒険者達の攻撃をすり抜けて馬車まで辿り着くデビルがいる。しかし最終的にはディグニスが阻み、馬車には傷一つ、ついていなかった。
「イペス!」
李風龍は大錫杖を手にしてイペスを倒そうとする氷雨絃也に加勢した。
デビル共は攻撃というより、イペスを逃がすための策を弄し始める。
イペスが透明化し、どこにいるのか判別しにくくなった。かなりの数のデビルが狼に変身し、躍動した動きで冒険者を牙で狙う。
イペスを逃がし終わると、インプとグレムリンは一斉に退散した。
冒険者達は深追いはせず、状況の把握に努めた。
わずかに負った仲間の怪我の手当てを終えると、一行は移動を再開する。宵の口、無事に光溢れるルーアンの街へ辿り着くのであった。
●そして
冒険者達はヴェルナー城に滞在して経緯を見守ったが、特に進展はなかった。
予定通り、ラルフとテギュリアの謁見は行われる。ただ、テギュリアはまったくといっていいほど、アガリアレプトについては話さなかった。
テギュリアが来訪するにあたり、拷問、尋問を行わない約束であった。それを不服とする者がかなりいるのを領主ラルフは知っていたが、今は仕方ないと考えていた。
領主としてのラルフには興味を示さなかったテギュリアだが、ブランシュ騎士団黒分隊を率いる長としてのラルフには興味を持ったようだ。
湖の小島でもそうであったが、ルーアンまでの道のりでも冒険者達はテギュリアにせがまれて刀剣を見せている。余程戦いの跡が残る刀剣が好きなようだ。
テギュリアを連れてきてくれた礼として、ラルフ領主からレミエラが冒険者達に手渡された。
それぞれの個性に合った特性の品を渡したかったラルフだが、まだ手に入れられるのは少ない為、同一のものとなる。
十一日目の朝、冒険者達はパリ行きの帆船に乗り込む。
十二日、夕方にはパリの地を踏む冒険者達であった。