●リプレイ本文
●出発
一日目のパリ早朝。
リアナ、ソペリエ、シェアトに見送られながら馬車が出発する。パリを囲む城塞門を抜けて目指すのは精霊の森だ。
「珍しなぁ、クールネはんがこないな曖昧なお文書くんは」
ルイーゼ・コゥ(ea7929)はアーレアンから貸してもらった薄い木の皮で出来た手紙に目を通す。
「確かにアーレアン様のいった通り、旅について話したいとしかありませんわね」
シャクリローゼ・ライラ(ea2762)はルイーゼの背中越しに手紙を覗き込む。ランとフィーネルを含むフェアリー達も真似をする。
「なんでしょうね。まぁ、僕としては何か聞かれても、わかることと、自分の事位しか答えれないけど」
壬護蒼樹(ea8341)は腕を組んで大きく首を傾げた。
「手紙に書かなかったって事は、会ってちゃんと話したいって意味だとは思うんだけどね」
アーレアンは窓枠に肘をかけながら流れてゆく風景を眺める。
「それよりも気になるのは、あの結果さ。先にリーマに飛んでもらったから不意をつかれる事はないだろうけどね」
手綱を握る諫早似鳥(ea7900)が話題にしたのはフォーノリッヂのスクロールによる結果だ。出発前、見送りのリアナの予知によればワーシャークの不穏な様子が窺えたらしい。
この場にいないリーマ・アベツ(ec4801)は自前の空飛ぶ絨毯で精霊の森に先行していた。アーレアンが書いた手紙をいち早くクールネに渡す為である。
手紙にはエルフのノーム、ワーシャーク夫婦への警戒と放火の懸念が記してあった。
「確かにこの森はワーシャークにとって侵入しやすそうです」
レイムス・ドレイク(eb2277)は検討に使われた地図を再度眺める。風向きを考えて火が放たれたのなら一大事になりそうだ。
「それと諫早さん、疲れたら御者を代わりますので」
「助かるよ、ドレイク」
レイムスは窓から顔を出して諫早似鳥に話しかける。同じ座っているにしても、御者台と馬車内では寒さが全然違う。一人に御者を任せるのは酷であった。
「こっちの世界でも精霊がいるのか。世の中精霊だらけなのかな。みんなが考えているように敵にとって焼きうちは有効かな。何故なら私もよくやる手法だから」
サイクザエラ・マイ(ec4873)の一言に多くの冒険者が視線を向ける。要注意だと悪評が流れている人物なので、何人かの冒険者は最初から警戒していた。
リーマを乗せた空飛ぶ絨毯は宵の口に精霊の森へと到着する。これまで何度も往復した道のりなので最短を飛んで、魔力も充分に足りたのである。
二、三センチだが、精霊の森にはすでに雪が降り積もっていた。
「こちらの手紙を預かってまいりました。まずは読ませて頂きます」
リーマは湖近くでクールネとキリオートに手紙の内容を伝える。集落にも向かい、人々に森へ放火される危険性を知らせるのだった。
●相談
二日目の夕方、一行を乗せた馬車は精霊の森に到着する。
まずは集落でリーマと合流し、馬車を預かってもらう。そして徒歩で湖へと向かった。
「お待ちしておりました。是非に相談したいことがありまして」
湖の精霊クールネを始めとして森の精霊キリオートやフェアリー達が一行の周辺に集まる。
手紙の助言によってキリオートが監視役のフェアリー達を森の各所に配置している。特に湖へ繋がる川については厳重だ。
ちらほらと降っている雪はクールネのレインコントロールによるものである。これで放火は難しくなるだろう。加えてキリオートによるフォレストラビリンスで主要な侵入経路付近は迷宮化されていた。
「実はイグドラシル遺跡の島に送ったフェアリーの使者達が戻ってきたのです。ゴーゴンによる人々や動物の石化、ワーシャーク夫婦、エルフのノームの話などすべてを伝えました。もちろん舞踊の横笛についてもです」
イグドラシル遺跡はドレスタット北東の湖中央に浮かぶ島に存在する。精霊とドラゴンの集う地といわれていた。
「遠く離れているせいもあり交流のない状態でしたが、それではいけないと考えたのです。そこでわたしが直接イグドラシル遺跡を訪れようかと考えています。その際、旅の同行を頼めないでしょうか? 長い滞在が予想されます。人が島に長く留まるのは難しいはずなので、みなさんにはドレスタットで待機して欲しいのです」
クールネは丁寧に頭を垂れる。
「いいのかい? 大切なこの湖を離れてさ」
「わたしもそうはしたくないのですが、今回は特別です。大きな災いは過ぎましたし、キリオートが森を守ってくれるなら湖も大丈夫でしょう」
諫早似鳥の疑問にクールネは答えた。
「俺は決めた。一緒に行くぜ。まだ処分していない舞踊の横笛、持っていった方がいい?」
「イグドラシル遺跡にはギャラルホルンという舞踊の横笛以上のものが存在します。一緒に保管してもらうのが最良かと。ただ、舞踊の横笛の処分は冒険者のみなさんに一任しましたので、この森と湖が安全になるならどのようにも」
アーレアンはドレスタットへの滞在を含めて旅の同行を即座に決める。ちなみに舞踊の横笛は現在パリの安全な場所に隠されていた。
(「僕はどうしようかなぁ〜」)
壬護蒼樹は焚き火の近くの岩に座りながら交わされる話を聞いていた。幼いチーターを頭の上に乗せて、抱えたぶち猫の喉を撫でる。
パリから遠く離れられない事情もあるかも知れず、アーレアン以外の冒険者の返事は保留となった。次の依頼参加が意志表明となるだろう。
「クールネ様からみて、これまでご依頼いただいた内容に叶いましたか?」
「被害も少なく、とても助かりました。あの時アーレアンに頼んでよかったと思っています。みなさんのように素晴らしい方々を出会えましたので」
これまでの結果を気にしていたシャクリローゼはクールネの答えに胸のつかえがとれたような気がする。
「古代遺跡からの侵入さえなければ、おのずと経路は絞られますね」
レイムスはイグドラシルの話よりも湖の周囲に注意を向けていた。シャクリローゼが浮かべてくれたライトの光球のおかげで日が暮れたのに周囲はどこも明るかった。
「ワーシャーク? 鮫人間? また珍妙な存在がいるんだな。もう何が出てきても驚かなくなってきたぞ」
サイクザエラは一人湖の周囲を歩き始める。
(「なんや胸騒ぎしはりますよって。うちも呼吸探査で注意するやさかい、頼みましたで。風上の方角は特に要注意どすえ」)
ルイーゼは指輪のオーラテレパスでフェアリー達と話した。加えてクールネに天候についての助言もする。このまま定期的に天候操作を行えば降雪の状態を維持出来ると。
「私は寝る前に巡回してきます」
リーマはバイブレーションセンサーを自らに付与すると空飛ぶ絨毯を発動させた。
冒険者達はもしもを考えて集落に泊まらずに湖近くで野営をする。大木の下のまだ雪が降り積もっていない周辺にテントを張った。
パリへの帰路につくのは六日目の朝である。それまでたくさんの時間が残っているので、冒険者達は引き続きクールネと話し合った。
イグドラシル遺跡を統治しているのは、理性を持つ特異なゴースト『オーディン』。しかし滅多に人前には姿を現さないようだ。
連絡をとった感触でいえば、イグドラシル側も他の地域の精霊やドラゴンとの接触を望んでいる節がある。何かしらの事情を抱えていると考えるのが自然だろう。
焚き火で暖まりながらの野営は続くのであった。
●ヒリーノ
六日目の夕暮れ時、一体のフェアリーがアーレアンが休むテントの中に飛び込んでくる。
「えっ? ワーシャークが一人、見つかったって?」
すぐにテントから飛びだしたアーレアンは仲間に状況を知らせた。
陽動かも知れないので注意が必要だとアーレアンはキリオートに伝える。
「飛びます。狭いし、振り落とされないように」
リーマが発動させた空飛ぶ絨毯にはアーレアン、クールネ、レイムス、サイクザエラが乗り込んだ。
シフールのシャクリローゼとルイーゼは自らの羽根で飛翔する。
「小紋太、もしもがあったら頼んだよ!」
諫早似鳥は愛犬を残してフライングブルームで浮かび上がった。壬護蒼樹も自前の空飛ぶ箒でついてゆく。
知らせてくれたフェアリーの手振り身振りからすると、ワーシャークの一人は川からの侵入はせず、ばれるのを覚悟して馬車で森に侵入したようだ。
一同は静かに森の中へ着陸した。
アーレアンが木々の隙間から覗き込むとワーシャークの女性ヒリーノの姿が見える。
ヒリーノは右手には剣、左手にはたいまつを持つ。風の吹き溜まりに集まる枯葉や枯れ草へ放火をしていた。
ヒリーノが乗ってきたと思われる馬車は派手に燃えさかっている。しかし樹木や枝葉に被さる雪のせいか、火の手は広がっていなかった。
「?‥‥この呼吸。鮫の嫁はん、一人?」
ルイーゼがブレスセンサーで調べ直してもギーノとノームは見つからない。ヒリーノのみである。
「鮫のヒリーノはん、ここにいるのですえ〜!」
ルイーゼの声に反応したヒリーノは逃げだしたが、それはヴェントリラキュイによる引っかけであった。冒険者達が待ち伏せる場所へとおびき寄せられる。
さらにルイーゼはストームで暴風を起こし、戦いやすい位置でヒリーノの足を止めさせた。
「お前達!」
暴風が止んで目を開いたヒリーノが叫ぶ。
前には壬護蒼樹、後ろにはレイムスが立ち塞がっていた。
ヒリーノはたいまつを投げ捨てると剣を両手で握って壬護蒼樹に襲いかかる。
レイムスと壬護蒼樹は諫早似鳥から鞭を借りていた。しかし壬護蒼樹はもしもの為に腰に下げていたが、装備はしていなかった。
「!」
振り下ろしたヒリーノの剣を腰を落とした壬護蒼樹が両手で挟んで受け止める。そのまま捻り、勢いで剣を奪い取った。真剣白刃どりである。
「移動するまでの間、静かにしてもらいます」
リーマがストーンをかけるとヒリーノが徐々に固まり始めた。
「ちょっと失礼しますわ。気にならさず」
シャクリローゼは自害をさせない為にヒリーノの口に布で猿ぐつわを噛ませた。
「今回は火消しに徹するか」
クールネが魔法で馬車や枯葉の炎を消す側で、サイクザエラもプットアウトを唱えて手伝っていた。
(「今回は大丈夫だったようですが‥‥」)
レイムスがサイクザエラの様子を確認してから鞭を仕舞う。ヒリーノだけに注意を向けていたレイムスではなかった。
完全にヒリーノが石になったところで、更地となった集落跡に運んだ。
日が暮れたので、集落跡に残っていた廃材で焚き火が用意される。それからリーマのコカトリスの瞳によってヒリーノの石化が解呪された。
雪が舞い落ちる中、地面へ座り込むヒリーノの猿ぐつわが外される。そして冒険者による質問か行われた。
最初は黙り込んでいたヒリーノだが、あきらめたのか答え始める。
ギーノがノームに殺された事実は多くの冒険者を驚かせた。ヒリーノが人で森を襲った理由も頷けた。
約一年前、イグドラシル遺跡の島で子供二人が殺されたのは事実である。ただしその瞬間をワーシャーク夫婦が直接目撃した訳ではない。
マジックアイテムをくれたのはノーム。舞踊の横笛の存在も教えてくれたのもノームである。
「もう‥‥いいの。殺したいでしょう、わたしを。早くすればいい」
ヒリーノがぼんやりとした表情で冒険者達を見上げる。
(「思い違いなのか、それともまだ未成熟なのでしょうか‥‥」)
リーマはテレパシーリングでヒリーノのお腹の中に話しかけたが、反応はなかった。
(「それじゃカマでもかけてみようかね」)
リーマからテレパシーを受け取った諫早似鳥はヒリーノに近づく。諫早似鳥はヒリーノがギーノとの新たな子供を宿しているのではと考えていた。
「そんなの望んでないだろ。『家族』という生きる理由を失ったから、死ぬ理由が欲しかった、だろ?」
諫早似鳥から目をそらしたヒリーノが震える。
「そうよ。わたしにはもう‥‥」
「生きる理由ね‥‥今のあんたの腹ん中はどうなのさ」
ヒリーノは涙を零して両手で顔を覆う。
「だけど‥‥この子には、もう父親が‥‥」
泣き咽せるヒリーノに壬護蒼樹も近寄った。
「ヒノーリさん、僕は僧です。地獄にあるという賽の河原の話をしましょう」
壬護蒼樹は親より先に亡くなった子供にまつわるジャパンの伝承を語る。
「子供の罪は親が嘆いた分だけ重くなるそうです。お子さんも大好きだったお母さんがこんな事をするのを望んでいるとは思いません。きっと幸せになって欲しいと願っているはずです」
壬護蒼樹は静かな口調で諭した。
そしてシャクリローゼは雪の舞い散る中、唄い踊った。彼女なりのヒリーノへの投げかけである。
「♪出会えた幸せ、失われた悲しみ
種に関らず誰も同じ軌跡を辿ります
過去に遺した記憶のしおり、刻んだ傷も絆も永遠に
それでも
未来に陽がまた昇るように、物語は続きます
今がきっと分岐点
私達も、貴女も、精霊様達も
私は貴女を知らない
私は貴女が知りたい
何が貴女を駆り立てるのか
まずはそれを教えてください
子の過ちが親に還るよう
親の過ちも子に還る
断ち切るべき円環の物語もあるのです♪」
ヒリーノはシャクリローゼの舞いの途中で泣き崩れるのだった。
●そして
六日目の朝、冒険者一行はクールネから謝礼を贈られた。そして馬車に乗り込んで帰路につく。馬車内にはヒリーノの姿もあった。
七日目の夕方、馬車はパリに到着する。
冒険者ギルドで報告を終えたアーレアンはヒリーノを知人に預かってもらう。人の法でビーストマンを裁くのが適切かどうかは悩むところであったからだ。それにすべてを信じるのは早計だが、彼女の発言が正しければ元凶はノームである。
ギルドに預けられたシェアトの書き置きにはノームの情報を得られなかったと書かれてあった。
「まずはクールネとヒリーノを連れてパリからイグドラシルを目指す旅になるはずだ。その後はドレスタットに滞在して、クールネからの連絡を待つ事になると思うんだけど‥‥。出来れば一緒に行ってくれると嬉しいな。特に長いつき合いの人はさ」
アーレアンは別れ際、仲間に誘いの言葉を残して去っていった。