震える精霊の森 〜アーレアン〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 48 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月24日〜12月01日

リプレイ公開日:2008年11月30日

●オープニング

 外では木枯らし吹き荒ぶ日の冒険者ギルド。
 青年ウィザードであるアーレアンはテーブルへ被さるように座っていた。
 アーレアンの掌になったのは薄い木の皮の手紙である。
 フェアリー達が運んできてくれたクールネからの手紙には、最近の精霊の森についてが書かれてあった。
 手紙には夜になると笛の音が風に乗って聞こえてくるとある。
 まず間違いなく舞踊の横笛の音色であろう。あまりに遠くなので精霊達は正気を保っていたが、森の中の不安はより深まっていた。
 笛の音は日を追って近づいている。不安を煽る意味と、襲来の予告が含まれているに違いない。
「今度こそはと考えているんだろうか‥‥。ワーシャーク夫婦とウィザードのノームは」
 やりきれない思いをアーレアンは抱えていた。
 エルフであるノームの精霊に対する怒りについてはまだ何もわかっていなかった。しかしワーシャーク夫婦については大体が判明している。
 イグドラシル遺跡がある島で何らかの事件が起こり、ワーシャーク夫婦は子供を失った。その恨みを晴らすために二人は行動しており、湖の精霊クールネを仮想敵としているようだ。本物の敵はイグドラシル遺跡のある島か、もしくはその周辺にいると考えられる。
「アーレアン、右から二番目のカウンター空いたぞ」
「ありがとう、ハンス。依頼、出してくるよ」
 友人であるギルド員ハンスに声をかけられたアーレアンはテーブルから立ち上がる。
「横笛をなんとかすれば‥‥」
 アーレアンはカウンターに向かって歩きながら呟くのだった。

●今回の参加者

 ea2762 シャクリローゼ・ライラ(28歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea7900 諫早 似鳥(38歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ea7929 ルイーゼ・コゥ(37歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea8341 壬護 蒼樹(32歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4801 リーマ・アベツ(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

アニエス・グラン・クリュ(eb2949)/ 雀尾 嵐淡(ec0843)/ ソペリエ・メハイエ(ec5570

●リプレイ本文

●出発の時
 一日目、馬が嘶く空き地へと冒険者達が集まる。
 集合場所にはアーレアンによって手配された馬車が停まっていた。
「相手の魔法が地の魔法であるなら、それを使わせない環境に誘い込むしかないでしょうね」
 雀尾が品物を渡しながら琉瑞香(ec3981)に助言をする。側にはソペリエの姿もあった。
「精霊達のケアなどを中心に活動された方がいいかと思います」
 ソペリエの助言も聞いた琉瑞香は穏やかに頷く。
「現地までよろしくね。リクビエル」
 リーマ・アベツ(ec4801)は行きの道中で世話になる愛馬をなだめる。馬車で二日というのはそれなりの距離だ。いつ盗賊と遭遇してもおかしくはない。警戒は必要である。
「どうしたの? 元気ないな」
 アーレアンは大きな背中を丸めて岩に腰掛けている壬護蒼樹(ea8341)に声をかけた。
「出来れば‥‥出来れば話し合いで、ギーノさんとヒリーノさんとの誤解を解いて、丸く収められたらって‥‥。でも、もうどうしようもないのかなって」
「ワーシャーク夫婦はなまじ言葉が通じる相手だからそう思うよな。俺は違う考えだけどさ、壬護さんの言いたい事もよくわかるよ。‥‥生きるってのは大変だよな、って若造の俺がいっても説得力ないんだけどさ」
 アーレアンと壬護蒼樹はしばらく二人で語り合った。
「きっと大変な戦いが起こるはずですわ。フィーにも手伝ってもらいたいの。森のお友だちから、不安なこと、気になることを聞いたら教えてちょうだいね」
 シャクリローゼ・ライラ(ea2762)はインタプリティングリングによるオーラテレパスでフェアリーのフィーネルと相談をしておく。
「お嬢、使わせてもらうよ。助かった」
 諫早似鳥(ea7900)はアニエスから小さな花の種や砂を受け取ると馬車の後部へと載せた。そして御者台へ飛び乗る。仲間も次々と馬車へ乗り込んだ。
 雀尾、ソペリエ、アニエスに見送られながら馬車は出発した。琉瑞香はセブンリーグブーツ、リーマは愛馬で併走する。
「‥‥怖いこと思いつきましてん。ちょいと皆に相談なんやけど――」
 馬車の屋根に座っていたルイーゼ・コゥ(ea7929)が飛んで御者の諫早似鳥の隣りへと移った。もちろん馬車内の仲間にもルイーゼの声は届いている。
「敵のノームはん、何か霊的なモンに憑かれとる可能性ありまへん? 具体的にはようわからへんけど、幽霊、デビルとか‥‥。あるいはイグドラシルの未知の精霊とか」
「俺、少し調べたんだよ。ハンスに頼んでイグドラシル遺跡関連をさ。そうしたらオーディンっていうゴーストなんだけど、真っ当な意識を持った中心的存在がいるらしい。あくまで噂であって確証は何もないんだけど。もちろん、そいつがノームに憑いてるとかいうつもりはないけど、なんか繋がりとか‥‥あるのやら、ないのやら‥‥どうなんだろ?」
 ルイーゼの疑問に答えるつもりがアーレアンの頭の中はこんがらがる。
 とにかくデビルであればルイーゼが用意してきた指輪『石の中の蝶』が反応するはずであった。アーレアンはしばらく指輪を借りる。
「なんにせよ、本気で来るつもりだろうさ。あいつらも。こっちも周到な作戦と準備って奴が必要だね」
 諫早似鳥は城塞門を潜り抜けると手綱をしならせて馬車を少し速めるのだった。

●復興の集落
 馬車一行は二日目の夕方に精霊の森へ到着する。
 まずは集落に立ち寄って、馬ごと馬車を預かってもらった。
 リーマは大量の保存食とコカトリスの瞳十個を集落の人へ寄付をした。保存食は緊急用、そしてコカトリスの瞳はまだ石化している家畜を元に戻すためである。
 集落の人々に聞いてみると、少し前にはクルーネからの手紙にあったように森の外から笛の音が流れてきたという。だが、二日前の夜から聞こえなくなっていた。
 なるべく集落を出ないように注意した方がよいと言葉を残し、冒険者達は完全に日が暮れないうちに湖畔へと向かった。
 冒険者達が訪れると湖を中心にして精霊達が集う。
 湖の精霊、フィディエルのクールネ。
 森の精霊、アースソウルのキリオート。
 そして多くのフェアリー達。
 冒険者達の湖畔の野営準備を精霊達は手伝ってくれた。今時期の森にはたくさんの枯葉が落ちているので、それが焚き火の燃料となる。
 星が瞬き始めた頃、相談が行われた。
「奴らが来たら湖上で戦う。アースダイブでワーシャークに潜られたら厄介なのは、この前でよくわかったからね。それと空飛ぶ絨毯が戦いの要となるが、こいつは地面から三十メートルまでしか飛べない代物なのさ。アーレ坊から湖には深い場所があるって聞いたよ。具体的にどの辺りなのか教えてもらえるかい?」
 諫早似鳥の質問にクールネは速やかに答えてくれた。
 湖中央の南西にある一部が急に深くなっていた。上空から見下ろせば深緑色になっているので判別がつくはずである。
 夜だとわかりにくいので、シフールのシャクリローゼがライトの光球を目印として浮かべる役目となった。今夜最初の光球はクールネが湖上に運んでくれるという。
「クールネはんとキリオートはんは別にして、森の妖精はん達は戦いの間、木のウロとかに隠れていてくれんやろか? 笛が鳴って踊りだしてしもうても出来るだけ外に出んようにしてもらえると、さらに助かるんやけど」
 ルイーゼの心配はクールネによってフェアリー達に伝えられる。どうやらほとんどのフェアリーに納得してもらえたようだ。わずかな残りは地道に説得するしかなかった。
「たくさんの妖精様の中で最近いなくなった方はいらっしゃいます? もし人質にとられているようなら、それも含めて作戦を考えませんといけませんし。どうでしょうか?」
 シャクリローゼが質問をすると妖精達が騒ぎ始めた。単語での会話や手振り身振りで意志疎通をはかっている。
「そういうフェアリーはいないみたいだよ。みんないるみたい」
 キリオートが代表となってシャクリローゼに伝える。
「それとクールネ様にも質問が。以前、地震かあると湖の水位が下がるといってましたが、どれだけ昔、何度位ありました?」
「そうですね。水位低下が起こるほどの地震は一番近いので十年程前だったかと。回数はよく覚えていません。かなり昔からこの湖を統べていますので」
 どうやらワーシャーク夫婦が絡む一連の出来事と過去の地震は関係なさそうである。
 しかしもっとも注目しなければならないのは、急激な水位低下もあり得る事実だ。とても凄まじいようで湖のいくつかの個所で大きな渦が起こり、浅い周辺では湖の底が現れた事例もあるらしい。
「今日はもう無理ですが、明日イカダみたいなものを作って湖上に避難場所を作りたいと考えています。リーマさんにはすでにお願いしてありますが、クールネさんにも手伝ってもらえますか? クーリングの魔法で氷を作ってもらいたいんです」
 クールネは壬護蒼樹に協力すると即答してくれた。
 壬護蒼樹の作る変わったイカダ。そして諫早似鳥は目つぶしの粉を用意するつもりである。
「フェアリーのみなさん、時間がある時は森の今後の為に相談にのって下さい。私はテレパシーを使えますので――」
 リーマはわざと相談に『のる』でなく『のって』と逆の立場で話す機会を作ろうとした。こうした方が話しやすいだろうと考えたからである。少しでもフェアリー達の緊張を解きほぐし、パニックを抑えなければならない。
「初めまして。私もみなさんと仲良くなりたいです。よろしくお願いしますね」
 琉瑞香は丁寧に挨拶をする。不安を感じている精霊がいたのならメンタルリカバーで少しでも和らげてあげるつもりでいた。
「みんなも感じていると思うけど、あいつら今度、本気の本気で襲って来るはず。そうなった時、俺達は舞踊の横笛を何とかするつもりだ。ワーシャーク夫婦やエルフのノームがいくら強くたって、あの横笛がなければこれから先、行き詰まるのは確実だからさ。なんかまとまりがない話だけど‥‥とにかく任せてくれ」
 アーレアンが緊張でつっかえながらも森の精霊達に呼びかける。すると冒険者達の周囲をフェアリー達が舞って応えてくれた。
 細かい点についても相談がされて解散となる。
「時々でいいから頼んだよ」
 諫早似鳥は愛犬小紋太に狼の遠吠えを真似させて敵への牽制とした。
 そして見張りを残し、冒険者達は眠りに就くのだった。

●準備と緊張
「よいっしょっと!」
 壬護蒼樹は作ったイカダのようなものを湖に浮かべてみる。
 廃材を使ってストーンで強化をし、氷を挟んだものだ。上に乗ることは可能だし、水中から攻撃されても耐えられるはずである。もしも襲来が遅ければ、もう一度氷を作り直さなければならないが、これで有利に戦える。
 湖には小島が存在するものの、もしものアースダイブによる奇襲を受けないように工夫した壬護蒼樹であった。
 手伝ってくれたリーマとクールネに壬護蒼樹はお礼をいう。
「敵が来るのはいつ頃でしょうか?」
「横笛が吹かれていたのは夜。油断は禁物ですが普通に考えれば夜でしょう」
 リーマとクールネが湖を見ながら雑談をする。
「こんな感じでいい?」
「ああ、これでいいよ」
 諫早似鳥の目つぶしの粉作りをアーレアンが手伝う。
 焚き火の跡に残った灰、そしてアニエスが持たせてくれた砂や種などを混ぜてボロ手袋に詰めておく。
 アーレアンもボロ手袋を持っていたので予定より多く作っておいた。持てない分は湖畔の木々の枝の上などに隠す。
「いくつかの祠に入って確認をしてみましたわ。特に異常はありませんでした。念の為にクレアボアシンスで確認をしてみたら、一瞬古代遺跡の水没した一角で光ったものがあったような。繰り返し見てみましたが、それっきりでした」
 シャクリローゼは夕食時に昼間の出来事を仲間へ報告する。光が気になるものの、今から古代遺跡に潜る時間は残っていなかった。
 フェアリーのフィーネルから特に不安を感じている森のフェアリーを教えてもらい、お話もしたシャクリローゼである。
「森ん中ぎょうさん探して、妖精はんが隠れられそうなとこ、いくつか見つけておいたで。祠にしよかと思うたけどやめといたわ。なんか嫌な予感がするんやわ」
 ルイーゼも状況を仲間に伝える。理由は定かではないが、風のざわめきが気になるルイーゼであった。
「精霊達は大分落ち着きを取り戻したようですね」
「私の方もそうです。横笛を吹かれてもそうでもなくても、パニックになるような事態は避けられそうです」
 リーマと琉瑞香は精霊達との相談の成果を話題にする。
 今一度、冒険者達は作戦の確認を行った。
 準備も整い、後は注意をしながらひたすら待つのみである。
 冒険者達が予想した通り、敵がクールネを目標に襲ってきたのは夜の出来事であった。

●舞踊の横笛
 太陽が沈み四日目の終わりが訪れる。
 諫早似鳥は岩に座りながら焚き火にあたっていた。そして盗賊の手袋をはめ直す。
(「おちつけ。己の手首、指先の感覚を研ぎ澄ませ。忘れんなよ、この十本に森の未来が懸かってる事を‥‥」)
 作戦の重要な部分で諫早似鳥の指先の器用さが問われる。諫早似鳥は心を落ち着かせようと深呼吸をした。
 嫌な予感がしていたのは諫早似鳥だけではなかった。
 今夜に関しては全員が眠らずに待機する。
「水中の岩場にはめといたシャクリローゼはんの光球のおかげで、一瞬ワーシャーク夫婦が浮かび上がったわ。来るで!」
 湖から下流へと流れる川沿いの木のウロの中にルイーゼは隠れて監視をしていた。ヴェントリラキュイを使って百メートル離れた位置に待機していたシャクリローゼに声を届けたのである。
 その内容をシャクリローゼは他の仲間へと伝えた。
「ノームは来ないのか?」
 森の中に身を潜めるアーレアンが小声でシャクリローゼに呟く。すぐ側にはクールネとキリオートの姿もあった。
「いや、これは‥‥、少し森の奥を覗いたら、迷わせるフォレストラビリンスが使われたような気がするんだ。おいらがしたんじゃないよ。ノームのせいじゃないかな?」
 キリオートの考えは当たっていた。
 同じ頃、別の場所に隠れていたリーマが森の低空をフライングブルームで飛ぶノームの姿を目撃する。
「こうなったからには‥‥覚悟を決めないと」
 壬護蒼樹は湖面に浮かぶイカダの上に立っていた。履水珠で水上歩行の魔法も自らに付与する。
 イカダの上には何故かクールネとキリオートの姿もあった。
 粗忽人形によって作られた二人の死体である。それを生きているかのように座らせていたのだ。星明かりの下では偽者だと気づかれないはずである。
 敵はクルーネを第一目標として狙っている。第二とあるとすればキリオートであろう。つまり、二つの死体は敵をおびき寄せる囮であった。
「うおおおおっ!」
 間もなく鮫の形態をしたワーシャーク夫婦が湖面上に跳ねて襲う。壬護蒼樹は大錫杖を大きく回し、弾き飛ばした。
 舞踊の横笛はまだ吹かれていない。
 以前のように最初から精霊達の混乱を誘うのではなく、ここぞという時に敵は使うつもりなのだと壬護蒼樹は戦いながら想像した。
 こうなると敵三人のうち誰が舞踊の横笛を所持しているのかがわからなくなる。
 敵の戦力からいってヒリーノであろうと推測は出来るものの確実ではない。
 壬護蒼樹が眼を凝らして確認すると、どちらのワーシャークとも袋のようなものをぶら下げていた。
(「いくよ!」)
 諫早似鳥は右前腕から鷹の真砂を飛び立たせると、背を低くさせて履水珠の魔力で湖面を駆ける。
「クールネはやらせないよ!」
 諫早似鳥は跳ねるワーシャークに向けて手裏剣を放った。
 当てるつもりはなく、すべては威嚇だ。レミエラのおかげで手元に手裏剣は戻ってくる。鷹も急降下してワーシャーク夫婦の行動を阻害してくれた。
 二対二の戦いが湖上で繰り広げられる中、湖畔に現れたのがエルフの女性ウィザード、ノームである。
「なんや? この状況でクエイクやなんて?」
 リーマが操る空飛ぶ絨毯に乗っていた夜空のルイーゼが首を傾げる。
 まずは敵の主戦力であるノームの魔法を把握しようとしていたルイーゼだが、極狭い範囲にしか地震を起こせないクエイクを繰り返す姿に疑問を感じていたのだ。
 しかし突然の地響きが精霊の森に轟いた。
 森の地面の一部が陥没し、湖面が大きく揺れる。それは本来、クエイク程度で起こせるものではなかった。
 ワーシャークのギーノが予め施した行動によって森の地底に広がる古代遺跡は崩壊の一歩手前の状態にあった。ノームが行ったクエイクは呼び水のようなもので最後の一押しとなる。
「これは?」
 壬護蒼樹がイカダの周囲に現れた渦を見て叫んだ。
「これがクールネがいってた水位低下だろうね!」
 戦いながら諫早似鳥が壬護蒼樹に答える。
「好き勝手にはやらせません」
 その時、履水珠によって湖面を渡ってきた琉瑞香が地面を踏みしめる。そしてノームに向かってコアギュレイトで呪縛しようとした。
 すんでのところで射程外へと移動してノームが逃れる。これも冒険者達が考えた作戦通りであった。
 すべては舞踊の横笛を手に入れる為。時間稼ぎをし、舞踊の横笛を誰が持っているかをはっきりさせる事こそが大切なのである。
「ウチも手伝うで!」
 ルイーゼが空中からストームを放ち、ノームの逃げ道を狭まらせてゆく。
(「バレたようだね」)
 ワーシャーク夫婦の行動変化を諫早似鳥は見逃さなかった。粗忽人形で出来たクールネとキリオートの死体が偽者だとワーシャーク夫婦は気づいたようである。
 ギーノとヒリーノが湖畔にあがって人の姿へ変化した。諫早似鳥はフライングブルームに跨ると、二人を追いかけて森へ姿を消す。
「行きますわよ!」
 森に隠れていたシャクリローゼが空飛ぶ絨毯を操縦して飛びだした。その上にはアーレアン、クールネ、キリオートも乗っていた。
 目指すは湖の畔にいる敵ノームである。
「壬護さん、少し休んだほうが」
「そ、そうはいかないんです。僕自身が決めたことなので」
 渦に巻き込まれそうになりながらも、壬護蒼樹は陸地に辿り着いていた。一生懸命に走る壬護蒼樹の上空を通り過ぎながらアーレアンが声をかける。
 空飛ぶ絨毯がノームに近づくと、魔法をかける準備が整えられた。
 シャクリローゼが作っておいた光球が周囲に投げられて周囲が明るくなる。
「いくぜ! みんな避けて!」
 アーレアンがファイヤーボムを真下へのノームへと放つと火球が四散した。巻き込まれながらもノームは逃げる体勢を崩さない。
 クールネはアイスコフィンでノームを凍らせようとする。しかし、それだけは避けようとノームが逃げてなかなか捉えられなかった。
「こ、こ‥‥ここまでです‥‥」
 息も絶え絶えの壬護蒼樹が逃げようとするノームに立ちはだかる。
 その時、どこからか笛の音色が森に響き始めた。
「フィー、お願いしま‥‥、あ、ここはもう範囲なの?」
 シャクリローゼはフェアリーのフィーネルにクールネとキリオートを眠らせてもらうおうとしたが失敗に終わった。
 すでに舞踊の横笛の効果範囲であり、フィーネルは踊っていたのである。そこでシャクリローゼはアーレアンと一緒に二人をロープで縛った。フィーネルもクルーネを巻いたロープに挟んでおく。
「どこまで邪魔をするつもりだ! 人間共よ!!」
 森の茂みから飛びだしてきたギーノがノームに加勢した。手には剣が握られている。そのまま冒険者達と睨み合いとなった。
 湖上での戦いの最中、ある程度はギーノにもダメージを負わせたはずであった。だが裸に近い姿のギーノのどこにも怪我は残っていない。
 どうやらギーノは森に潜り込んだ間に再生能力をもって回復をはかったようだ。
「こうなれば作戦変更です!」
 リーマが空飛ぶ絨毯を反転させてギーノとノームに背中を向けた。そして目指したのは横笛の音色が聞こえてくる方向である。
 他の冒険者達もリーマの後をついてゆく。
「卑怯だぞ!!」
 ギーノが叫ぶ。そして敵二人に冒険者達が追いかけられるという奇妙な状況となる。
「待て。あの待ち合わせ場所なら、こうした方が早く辿り着くはず」
 ノームがギーノを立ち止まらせて岩壁にウォールホールで穴を空ける。何カ所か同じように岩壁を通過すれば、ヒリーノが舞踊の横笛を吹いている場所まではすぐであった。
 草木がひしめいて岩壁などが露出している森の中、反響して笛の音の出所がわかりにくくなっていた。
「すぐに逃げるぞ。作戦は失敗した。もう一度練り直して‥‥うっ!」
 ギーノは魔法のランタンをかざして舞踊の横笛を吹くヒリーノに声をかけた後、悲鳴をあげた。ノームもギーノと同じように顔を両手で覆って呻る。二人とも何かが目に入ったようだ。
(「突然、笛が‥‥?!」)
 ヒリーノは舞踊の横笛を吹けなくなり、戸惑いの表情を浮かべた。仕方なく舞踊の横笛を仕舞って苦しんでいるギーノとノームに近寄ろうとする。
 その時、ヒリーノの側を風が通り過ぎていった。
「もう終わりだ。ワーシャーク夫婦とノーム」
 アーレアンの声が森の中に響いた。
 いつの間にか冒険者達は敵三人を取り囲んでいた。
 ヒリーノが突然笛を吹けなくなったのはルイーゼの魔法サイレンスの効果である。
 目つぶしを使って二人の動きを止め、さらにインビジビリティリングで姿を見えにくくしてヒリーノから舞踊の横笛をスリとったのは諫早似鳥だ。
 全員が協力したからこそ成功した作戦である。
「これでいいでしょう」
 諫早似鳥から舞踊の横笛を受け取ったリーマはストーンの魔法で石化させてしまう。石化された横笛はアーレアンに渡された。
「一応いいます。このまま、捕まってはくれませんか?」
 壬護蒼樹が投げかけた投降の意志確認を敵三人は無視をする。
「なら‥‥仕方がありませんわね」
 シャクリローゼはレミエラの力を借りて真夜中にサンレーザーの輝きをノームへと落とす。これがきっかけとなって二度目の戦いが始まる。
 ワーシャーク夫婦の剣の腕は素人程度のものであった。しかし再生による回復とノームのフォローによって戦いは長引く。
 正気に戻ったクールネとキリオートも参戦した。敵味方とも魔力が尽き、回復の薬なども使用される。
 そして土壇場でノームが撤退を強行する。アースダイブをワーシャーク夫婦と自分自身にかけたのである。
 敵三人は地面へと潜り、そのまま姿を消した。長く息が続くはずもないのだが、冒険者達の探知をすり抜けてゆく。
 水泳能力に優れたワーシャーク夫婦なら可能でも、ノームにとってかなりの無茶なのは想像に難くない。
 疲労の限界に達していた冒険者達は気が抜けてその場にへたり込んだ。わずかな休憩をとって立ち上がったとき、木々の隙間から朝日が昇るのを目にするのだった。

●そして
 五日目。
 クールネとキリオートに見張りをしてもらい、日中に冒険者達は睡眠をとる。暮れなずむ頃に起きて、あらためて湖の状況を知ると誰もが驚きの声をあげた。
 巨大なドラゴンの骨がいくつも露出していた。どれも二十メートルはありそうである。
 そして宝物もいくつか発見された。
 クールネが是非にというのでいくつかもらう。同じ品物二種類に関しては公平に分配し、残りはパリで換金して分配する事とした。
 当たり前であるが、使い道は冒険者達の自由である。
「ありがとうございます。これでもしも、またワーシャーク夫婦とあのエルフが襲ってきても、わたくし達の精霊の力で森から追い返せるでしょう。ただ‥‥一つだけ心配があります。舞踊の横笛はどうなさるつもりですか?」
 クールネが訊ねると、冒険者達は視線を仲間のアーレアンに向ける。
「少し考える時間が欲しいんだ。この森の精霊達にとって悪いようにするつもりはないから任せてくれないかな?」
 アーレアンの言葉を信じ、クールネ、キリオートの二人ともそれ以上追求する事はなかった。
 冒険者達は集落にも立ち寄る。酷く壊れた建物もなく、被害が軽微で安心をする。
「少なくともデビルではないみたいだね。指輪の反応はなかったよ」
「残る可能性は幽霊やろか‥‥。もしそうなら、こりゃ難儀やわ〜」
 夕食の時、アーレアンが思いだしたようにルイーゼへ石の中の蝶を返しながら報告をした。
 六日目の朝、集落に預けていた馬車で冒険者一行は森を後にする。そして七日目の夕方、無事にパリへと到着するのであった。