●リプレイ本文
●ドレスタットへ
朝靄のパリ船着き場。
アーレアン、クールネ、ヒリーノの三人を目印にして冒険者達が集まる。
依頼期間は長いものの、移動に時間がかかるので日程はかなりきつい状況だ。出発を遅らせないように急いで必要な品を買い集めてきた冒険者もいた。
見送りの円巴は帆船への荷物運びを手伝う。渡し板はとても歩きにくいので、分担してくれるだけでも大助かりである。
「想像だけどね。エイリーク様は好機だと思ってるわ。イグドラシルの精霊と人が講和し、結果港町に精霊の恵みをもたらせられれば‥‥というご期待をお持ちなのよ」
「そうか、そうだよね。その可能性は高いよね。俺も覚悟しておかないと」
セレストの助言に感謝してアーレアンは帆船へと乗り込んだ。
やがて教会の鐘の音が船着き場にも届く。合わせて帆船の鐘も鳴らされた。
アーレアン一行が乗った帆船はセーヌの流れにそって海を目指す。
「ちょいとウチにも船を手伝わせてぇな。邪魔はせぇへんよ〜」
ルイーゼ・コゥ(ea7929)は船長を見つけると話しをつける。そしてマスト上の見張り台での監視や風読みを手伝った。
これから先、帆船を扱う機会があるかも知れない。眠っている操船の腕を思いだすにはちょうどいい練習である。
「初めまして。ジプシーイェンというのだわ」
「こちらこそ」
イェン・エスタナトレーヒ(eb0416)は仲間への挨拶を終えると船倉に向かう。ロバのマッドフットを世話をする為だ。
ちなみにイェンが持っていた方がよいとの判断で防寒服の提供をヒリーノは丁寧に断る。常にロバの荷物の中にいられるはずもないので、イェンにも必要な時はあるからだ。
「あたしパラーリアっ☆ 初めましての人もそうでない人もよろしくっよろしくなのっ♪」
パラーリア・ゲラー(eb2257)も仲間達に挨拶をする。満面の微笑みで一人ずつ握手をして回った。
「さっそくやってみよっと♪」
パラーリアはスクロールと金貨を取りだして太陽にノームとの距離を訊ねてみた。ノームの特徴は仲間から教えてもらう。金髪のエルフ女性で右頬に傷があるものの、仮面で隠す場合もあるらしい。
わからないとの太陽の答えに笑顔のパラーリアは舌を出す。タイミングの問題もあるので定期的に聞いてみるつもりのパラーリアである。
「遠くのイグドラシルまで出かけるなんて大切な話しがあるのかな? とっても興味があるんだよ。僕のことはジェシュって呼んでね」
ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)は屈託のない笑顔で話しかけた。輝く瞳でクールネを見つめる。水の精霊にとても興味があるようだ。
「ジェシュさん、わたしにもわからないのです。ですが、到着したのならきっきみなさん全員が知る事になると思いますよ」
クールネは普段と同じく冷静な表情であった。
「この結果は‥‥」
リーマ・アベツ(ec4801)は一人船室で諫早似鳥(ea7900)から借りたスクロールで未来を予知していた。エルフとイグドラシルがキーワードである。
一瞬の風景に砂浜らしきものが見えた。
リーマは指輪の力で自らにテレパシーを付与し、ヒリーノ以外の全員に結果を伝える。ヒリーノに伝えなかったのは不安を増さないようにする配慮だ。
「楽器お上手ですのよね。教えて下さいません?」
シャクリローゼ・ライラ(ea2762)は船室で休んでいたヒリーノを訪ねる。差しだされた竪琴を受け取らず、ヒリーノは首を横に振る。
「なぜドレスタットにへ?」
「もうパリにいる必要は‥‥ないので」
うつむくヒリーノの姿に、これ以上質問をするのは躊躇われた。シャクリローゼは道中の合間に少しずつ訊くことにした。
「ボクのペット達ですよ。子猫はお好きですか?」
壬護蒼樹(ea8341)もヒリーノの船室にやって来る。子猫を両手で持ち上げて渡そうとするが、今度も首を横に振るヒリーノだ。
「ありがとう‥‥」
寂しげな微笑みをヒリーノは浮かべる。
「さてと、クールネは終わったので、次はあんただよ」
諫早似鳥がアーレアンに道具を持たせてヒリーノの船室にやってきた。最初は嫌がったヒリーノだが、諫早似鳥の説得を受けいれる。
ノームの所在は未だ不明だ。ヒリーノも狙われており、ドレスタットに逃げようとも油断はならなかった。
「これでよし」
諫早似鳥はヒリーノの髪を短くし、さらに黒く染め上げる。
壬護蒼樹とアーレアンを廊下に追いだすと法衣に着替えさせた。さらに杖と透明化の付与が可能な指輪も貸しだす。これで性別不詳魔法使いの出来上がりである。
二日目の夕方、帆船はセーヌ河口を抜けて海へ出る。航海を続け、ドレスタットに入港したのは四日目の宵の口であった。
●ドレスタット
ドレスタットの宿屋で一行は一晩を過ごした。
翌日の五日目、アーレアンとクールネはエイリーク辺境伯との面会の為に領主館へと向かう。
諫早似鳥は黒髭の男装姿で盗賊の集まる世界に足を運んだ。名前もニコルと名乗る。
イェンも町中へ繰りだし、酒場などを点々としてノームの情報集めに飛び回った。
シャクリローゼは宿屋に残り、ヒリーノの気分を落ち込ませないように注意しながら質問を続ける。
機会をみて護衛を壬護蒼樹にお願いし、将来のお産に備えて薬草師を探しにいったリーマとシャクリローゼである。
ノームの襲来に備えていた壬護蒼樹は特に地中からの接近に備えていた。合間にはヒリーノを気づかう。
リーマはバイブレーションセンサーで宿屋の周囲に不審な動きがないかを探った。
フライングブルームMに跨ったジェシュファは時折空から宿屋を監視した。
シフールのルイーゼはブレスセンサーを自らに付与した上でドレスタット上空を飛び回る。未だ再建されていない建物が印象的であった。
パラーリアは太陽との会話を繰り返した。そして一回だけ答えを得る。『遠い』と。
「手紙は読んだが、今一信じ切れないのが正直なところだ」
領主館を訪れたアーレアンとクールネは、エイリークとの面会を果たしていた。
順を追って話そうとするアーレアンだが面倒だとエイリークに却下される。
悩んだ末にアーレアンが石化された舞踊の横笛を見せるとエイリークの表情が変わった。
イグドラシル遺跡には伝説の楽器ギャラルホルンが存在する。ギャラルホルンの盗難をきっかけにしてドレスタット周辺がドラゴンに襲われたのは、まだ記憶に新しい。
クールネが精霊の立場でアーレアンの話を補足する。野暮ったい格好のおかげか、それとも精霊だとわかっているせいか、さすがのエイリークでも口説きはしなかった。
エイリークはアーレアンにイグドラシル遺跡へ入る許可を与えた。最大十五名の同行者も大丈夫である。許可には湖の畔に係留してある中型帆船の使用も含まれる。
加えて湖近くの海岸まで海戦騎士団の一隻で運んでくれるという。
エイリークを前にしどろもどろになりがちなアーレアンであったが、必要な援助をすべて引きだした上で領主館を後にするのだった。
●海
「♪うーみーは――♪」
ご機嫌のルイーゼは潮風に吹かれながらマストの先に座って唄う。
六日目の昼頃、アーレアン一行は海戦騎士団の帆船エグゾセ号で海上を漂っていた。湖に近い海岸線に向かう為である。
嫌がるヒリーノは無理に同行させなかった。今はイェンの住処である。戻ってきたのなら冒険者が借りる住処のどれかに同居する約束になっていた。
ノームらしき人物が一週間程前にドレスタットの酒場で見かけられたという情報をイェンが手に入れる。
より詳しい情報として諫早似鳥はノームの足取りを掴んでいた。ただし、現在は行方不明である。
そして悪評も耳にする。ノームに近寄った者には死が訪れるのだと。
「難しいですよね〜。範囲魔法の使うタイミングは」
「やっぱり火事は注意しておかないとね。敵を倒しても被害が及んだら依頼失敗になるかも知れないし」
ジェシュファは海を眺めながらアーレアンと火の魔法を話題にした。
(「故郷なのね‥‥」)
シャクリローゼは甲板室の屋根に座ってヒリーノから得た情報を頭の中で反すうする。
ヒリーノがこの旅についてきたのは故郷から近い場所で暮らしたいが為である。イグドラシルの島にはワーシャークの小さな集落があって、ヒリーノはそこの出身だ。
島周辺にはドラゴンと精霊だけでなく、様々なビーストマンも住んでいるらしい。教えてくれたのはこれだけである。
暮れなずむ頃、エグゾセ号は目的の海岸沖に到着する。海面へ降ろした小舟によって一行を砂浜に降ろし、一旦ドレスタットに引き返してゆく。
海岸からすぐに湖の畔はあった。ただし、船が係留されている場所は離れているので、そこまで移動しなければならない。
砂浜を見てその場の全員がリーマの未来予知を思いだす。咄嗟に警戒を強める。
「なんや近づいてくるんよ! 空?」
ブレスセンサーで感知したルイーゼが叫んだ。ちょうどパラーリアがサンワードを使おうとしていた最中であった。
「この者達なのですね。あなたのいう邪魔者というのは」
頭上から聞こえる声に冒険者達は見上げる。浮かぶ巨人と並んでフライングブルームに跨ったノームの姿があった。
巨人とノームはゆっくりと砂浜に降り立つ。
パラーリアは指輪『石の中の蝶』の羽ばたきに気がついた。デビルの反応はリーマのテレパシーを仲介して全員に伝えられる。
以前に調べた結果によればノームはデビルではなかった。巨人がデビルに違いない。
すべてのモンスターに詳しいシャクリローゼとジェシュファは仲間より一歩下がって小声で話し合う。巨人の正体は『ダバ』と呼ばれるデビルだと判断された。
(「奪われたら、これまでやってきた事が水の泡だ‥‥」)
アーレアンは舞踊の横笛の所持がばれたのではないかと焦りを感じていた。石化しているとはいえ、解呪の方法はいくつかある。
「わたしはドステリィーア。ダバの呼び名の方があなた方には通りがよいでしょう。これからイグドラシルの島へ渡られるのであれば‥‥およしなさい。大切な命、無駄に散らす必要はありません」
微笑みを絶やさずにドステリィーアは一行に語りかける。
「ノーム、あんたデビルの下僕だったのかい。やっぱりって感じたけどね。あたいらもそうじゃないかって話題にしてたしね」
諫早似鳥の問いかけにノームは高笑いをする。
「‥‥すべてはドステリィーア様の為に」
ノームの声は女性でありながらとても低いものであった。
「わたしの率いる一団はイグドラシルの勇敢な者達と一戦を交えるつもりでおります。ここで引き下がるのならよし。そうでないのなら‥‥。ではごきげんよう」
ドステリィーアは口を大きく開いて炎の息をまき散らす。威嚇だったのか、一行が怯んだ隙に赤く染まる空へと舞った。ノームもまたフライングブルームで消え去る。
ジェシュファは乗ったままの空飛ぶ箒で追いかけようとしたが、仲間の一言で取り止めた。今は戦うことよりも、イグドラシルの島にクールネを送り届ける方が優先されるからである。
「よかった‥‥」
アーレアンは服の上から舞踊の横笛を触り、安堵のため息をつくのだった。
●イグドラシル
夜の帳が下り、一行はシャクリローゼのライトの光球を頼りにして湖の畔を歩いた。やがて船の係留場に辿り着く。
近くの小屋には二名の兵士が番人代わりに住んでいた。アーレアンは許可証を提示して信用してもらう。
翌日の朝、一行は中型帆船を借りて島を目指した。
係留場には手漕ぎボートもあったが、大型船舶を指揮出来るルイーゼもいるので中型帆船が選ばれたのである。
昼過ぎにはイグドラシルの島に上陸する。迎えに現れたフェアリーの案内で一行は島の中央へと向かった。
城のような廃墟の建物があり、その中央に塔がそびえる。塔に入ると広間があり、中央に光の柱が天へ伸びていた。
「皆様、ようこそ。わたくしはヴァルキューレのブリュンヒルデと申します。オーディン様はこちらになります」
白銀の鎧をまとった風の精霊ヴァルキューレのブリュンヒルデの案内で、一行は光の柱へと近づく。
光の柱に現れたオーディンは金色に輝いていた。よく見れば顎髭があり、槍を持ち、帽子をかぶっている。
「クールネ、この地への来訪、感謝‥‥。願いはブリュンヒルデに託す‥‥。よき人の者達よ、感謝を‥‥」
オーディンは短い挨拶を終えると消え去った。
島での滞在の期間、一行はブリュンヒルデからイグドラシルの状況を聞かされた。
人の世界には広まっていないものの、すでにイグドラシルのドラゴンと精霊はデビルとの戦いに突入していた。
デビルはイグドラシルの島に容易には近づけない。だがいつまで持つかもわからない状況に陥っていた。
クールネから精霊の森での活躍を教えてもらったブリュンヒルデはアーレアンに願う。アーレアンが信じる仲間達と共に人の世界とイグドラシルを繋げる架け橋になって欲しいと。
過去の経緯はあるにしろ、ここは人と力を合わせなくてはならないというのがオーディンの考えであった。
「少しだけ考えさせて。次に訪れる時には必ず答えるよ」
アーレアンの答えは次の機会となる。
イグドラシルにおける精霊の代表はヴァルキューレのブリュンヒルデであるが、ドラゴンの代表はミスティドラゴンのペルルという。
冒険者達はインタプリティングリングを使ってペルルとの会話を試みる。ペルルもまたアーレアンを含める冒険者達に協力を願った。
余程の事情がない限り、イグドラシル周辺から外へ出る事は叶わないからだ。特に戦うとなれば人との協定を破ってしまう。
島には様々なドラゴンや精霊が存在する。
クエイクドラゴン、フェアリー、ウイバーン、ブリッグル、ララディなどが見かけられる。他にもビーストマンの集落が存在するようだ。残念ながら滞在中にワーシャークの集落へ立ち寄る事は適わなかった。
ジェシュファを始めとして、冒険者達はドラゴンや精霊に話しかける。気さくな者や喧嘩腰の者などドラゴンや精霊も様々であった。
十三日目の朝、一行はクールネを残してイグドラシルの島を中型帆船で後にする。
アーレアンは仲間の意見を聞いて、ひとまず舞踊の横笛を持ち帰る。
翌日、海岸沖のエグゾセ号に乗ってドレスタットへと戻った。
アーレアンは領主館に出向いて文官に報告する。後日エイリーク名義で冒険者達に報償が贈られるのだった。