●リプレイ本文
●出発
早朝、一行は海戦騎士団の帆船エグゾセ号への乗船前に冒険者ギルドへ集まった。ワーシャークのヒリーノとの時間をとる為である。
「旦那はん、そのまんまなんよね? 大体どの辺におるか教えてもらえんかな。まだ寒い時期の今なら、なんとかなると思うんよ」
ルイーゼ・コゥ(ea7929)はギーノの遺体がどこにあるのかをヒリーノに訊ねた。精霊の森の人達に頼み、探してもらうつもりのルイーゼであった。
「ノームとの隠れ家の場所は――」
ヒリーノの説明を聞きながらルイーゼが手紙を仕上げる。そしてシフール便を頼む為にギルドを飛びだしていった。
ルイーゼには諫早似鳥(ea7900)に頼まれてアーレアンがしたためたエイリーク辺境伯宛の手紙も預けられてある。北海沿岸の村や集落がデビルによって襲われていないかの調査と対策を願う内容であった。
「ヒリーノさん、イグドラシルの島でお名前を出してもよろしいですか?」
壬護蒼樹(ea8341)はイェン・エスタナトレーヒ(eb0416)と一緒にワーシャークの集落を訪ねるつもりでいた。精霊は別にして、同族のワーシャークとの関係は大丈夫と思われたが念の為である。
集落のワーシャーク達もヒリーノの子供達を殺したのは精霊だと考えているらしい。フィディエルのクールネと共に島を訪れたアーレアン一行を敵視していても不思議ではないようだ。
「住処の方は自由に使っていいのだわ。ゆっくりと考えてね」
「ありがとう。助かります」
イェンの微笑みにヒリーノが会釈をする。
「次は『ブリュンヒルデ』で――」
仲間達がヒリーノと会話をしている間、リーマ・アベツ(ec4801)はフォーノリッヂのスクールで未来予知を行っていた。見送りのリアナも精霊碑文学に通じているので手伝ってくれる。はっきりとわかる未来はなかったが、水面が多く出てきたのが印象に残った。
一通りの話が終わり、冒険者達は港へ向かう事にする。アイテムの貸し借りなども終わっていた。諫早似鳥は購入してきた布で横笛用の袋を作るつもりである。
ギルド出入り口での別れ際、諫早似鳥がヒリーノに振り向いた。
「アンタは旦那と子供に心を依存し過ぎ。赤ん坊の為に強くなりなよ。じゃないと旦那も犬死にだろ」
諫早似鳥の言葉にヒリーノは黙ったままだ。
「‥あんたの事じゃないから」
諫早似鳥は愛犬小紋太の頭撫でると駆けて仲間達に追いついた。
港でルイーゼが合流する。帆船エグゾセ号に全員が乗り込むとさっそく帆が張られた。
「やっぱノームさんと天魔さんを警戒しなくちゃね〜」
パラーリア・ゲラー(eb2257)はサンワードのスクロールで太陽との会話を試みる。定期的に調べて不意打ちされるのを防ぐつもりのパラーリアである。
「ギャラルホルンと舞踊の横笛、同時に吹いたらどちらが有効なのかしら?」
「さあ、どっちだろう? やってみないとわからないな」
シャクリローゼ・ライラ(ea2762)とアーレアンは潮風の中、イグドラシルの島の方角を眺めながらお喋りをする。
夕暮れ時に一行は湖近くの海岸に降り立った。それから湖の畔を二時間程歩き、係留所に辿り着いてから野営を行うのであった。
●島
「♪親の血をひく〜〜♪」
二日目の早朝、ルイーゼの指揮の元、中型帆船が湖を走る。昼頃にはイグドラシル遺跡の島へと到着した。
今回はクールネが出迎えてくれて島の中央へと向かった。
城のような廃墟に到着すると、ヴァルキューレのブリュンヒルデが塔に導いてくれる。
塔の中にそびえる光の柱の中にオーディンが現れた。
「デビルとの戦いを手伝うよ。人の世界とイグドラシルを繋げる架け橋になるつもりだ」
「よ‥き‥者達よ‥‥あり‥が‥‥‥」
アーレアンに一言答えてオーディンが消え去る。
廃墟の建物の中には冒険者達用の部屋が用意されていた。最初の来訪時にも泊まったのだが、より綺麗に掃除されて家具なども新たに設置されている。木の実や果物もあり、贅沢をいわなければ食料も万全であった。
「ブリュンヒルデ様、地図があれば頂けると助かりますわ。もしないのであれば作成したいと考えているのですけど」
「記憶するのは仕方ありませんが、地図はできれば控えて欲しいのです」
シャクリローゼの他に何名かの冒険者も地図を作りたいと考えていたのだが、ブリュンヒルデは乗り気ではなかった。
話し合いの末、地図の作成は許可される。湖の外へは持ち出し厳禁となった。
「もう二度とギャラルホルンの時と同じような失態は起こしませんので、ご心配なきよう」
アーレアンは仲間達の意見を聞いた上でブリュンヒルデに舞踊の横笛を預けるのであった。
●地図作り
「ブリュンヒルデ様によれば、デビルは簡単に島へ近づけないようですけど、注意を忘れてはいけませんわ。石の中の蝶も確認しませんと」
シフールのシャクリローゼは空を飛びながらフェアリーのランに語りかける。ジニールのネフリティスはランプの中だ。
かつて冒険者達を阻んだように、イグドラシル遺跡の島には魔法の障壁が張られていた。一行が島へ上陸する際には調節しているらしい。
シャクリローゼは自らの調査結果に諫早似鳥やリーマから得た情報を追加してゆく。
塔のある城の廃墟が島中央にあるのは既知だ。
島の大部分は森に覆われているが密集度は高くない。ドラゴンは種類によって散らばって生活しているが、島の北側が多いようである。精霊は島全体に散らばっているものの、ブリュンヒルデのような聡明な存在は廃墟周辺に住まっていた。
シャクリローゼが驚いたのはワーシャーク以外のビーストマンの集落がたくさんあった事である。
ワーシャークの集落は島の北西周辺にあった。その他にワーリンクス、ワーウルフ、ワータイガー、ラーミアと多様な存在がそれぞれに集落を形成している。島ではないが湖近くの海岸付近にセイレーンの集落も存在するらしい。
ビーストマンの集落は離れていて、親密な交流があるようには感じられなかった。
「デビルを相手にする戦いは共同戦線、らしいですわよ〜」
シャクリローゼはゲルマン語が通じない相手には指輪のオーラテレパスで交流をはかる。フェアリーのランにはグリーンワードで植物に訊ねてもらう。
やがてギーノとヒリーノの子供二人が亡くなった話を詳しく知る事となった。
ある日、湖に子供二人の遺体が浮かんでいたのだという。背中に深く刻まれた傷が死因のようだが、それが刀剣によるものか、ウインドスラッシュのような魔法の刃なのかまではわからなかった。
犯人は見つからなかったが、この一件でワーシャークの集落は精霊を敵対視する。魔法の障壁を操作するのは主にブリュンヒルデを中心とする精霊の役目であったからだ。内の敵ならば魔法を扱える精霊が怪しい。外の敵ならば侵入を防げなかった精霊が悪いという理屈らしい。
ワーシャークの集落については挨拶程度に済ませ、後は仲間に任せたシャクリローゼであった。
●ワーシャーク
「何だ! おめぇらは!!」
怒鳴り声が壬護蒼樹とイェンに浴びせかけられた。ワーシャークの集落に立ち入った瞬間の出来事である。
「オーディンさんの客分で島に来ている冒険者なのだわ。精霊のクールネさんとも知己の仲で、私はイェン。こちらは壬護さん」
イェンはワーシャークの集落が精霊を恨んでいるのを重々承知の上で隠さずに話す。オーディンとクールネの名を出したのも正直にいった方が後々理解を求めやすいと考えたからである。
デビルとの緊張状態については、ワーシャーク達も知っていた。
「デビルと戦うにあたって協力を要請したいのだわ」
「帰れ! 精霊の奴らが犯人を差しださない限り、手打ちをするつもりはねぇ!」
イェンがいくらいってもワーシャーク達は聞く耳をもたなかった。
「なんだ? おめぇは?」
「話し合いが無理ならば、力比べをしませんか? そちらから集落の代表の方を立てて僕と」
「‥‥そのなりだと陸で武器でって事か? 卑怯もんだな、おめぇ」
「卑怯者? なぜです?」
「決まっているだろ。俺達はワーシャーク。水の中でこそ力を発するってもんだ。勝負がやりてぇなら相手の得意でやるのが筋ってもんだろ」
「確かに‥‥」
壬護蒼樹とワーシャークの代表者との勝負は陸上と水中の両方で行われる事となる。
陸上では壬護蒼樹がパワーで押し切る。だが、水中ではやはりワーシャークには敵わなかった。
「あ、目を覚ましたのだわ」
イェンがほっとしている姿が壬護蒼樹の瞳に映る。
「僕は‥‥そうか」
勝負の途中で溺れてしまったのを壬護蒼樹は思いだす。助けてくれたのはワーシャークの集落の人達である。介抱してくれたのはイェンだ。
壬護蒼樹は自分達とヒリーノとの繋がりをワーシャーク達に話す。
「おめぇらが話しに来るのは許してやる。だが、子供を殺した奴がはっきりとするまでは協力するつもりはねぇ。ヒリーノには安心して戻ってこいと伝えてくれ」
壬護蒼樹とイェンは、ワーシャークの集落の代表者ゴーノと長く語り合うのだった。
●ミスティドラゴン
島の砂浜に横たわる巨体。真珠色の鱗に覆われた存在はミスティドラゴンのペルルと呼ばれていた。
「やっぱおっきいわ〜。少しお話ええやろか?」
「ドラゴンのペルルさん、よろしくね〜♪」
ルイーゼとパラーリアは指輪のオーラテレパスを使ってペルルに話しかける。
「一緒に戦ってくれるとブリュンヒルデから聞いておる。とてもありがたい。所で今日は何の用だ?」
「笛の件は片づいたんで、ドラゴンはん達のお話を聞かせて欲しいなぁ」
ルイーゼはペルルの大きな瞳の前で空中停止する。
「あたしも聞きたい〜♪」
パラーリアも賛成したので、しばらくイグドラシルの島周辺のドラゴン達についてが話題となった。
ペルルのように水中を泳ぐドラゴンもいれば、空を飛翔する個体もいる。穏やかな性格のものもいれば、そうでないものもいるのは人と同じだ。
ルイーゼはドラゴン襲来の話を聞きたかったが、ペルルは触れなかった。終わった事であり、現在のデビルとの戦いとは直接関係がないからだ。
「島の者は余程がない限り協定を破って湖から外に出るつもりはない。人との関係をこれ以上険悪にするのは控えたいのでな。だからこそ、お前達に期待したい」
「余程って、どんな時のこと? あたしたちと一緒に悪魔さんと戦ってくれないのかにゃ?」
「戦わなければ滅んでしまう‥‥。そんな時までは動けないのだ。お前達のように思慮深い者もいれば、そうでない者もいる。大局を見られず、敵を間違え、非難を続けるだけの民は多い。そんな奴らを俺はよく知っている。ブリュンヒルデもな」
ペルルの瞳は優しく、悲しげだとパラーリアは感じた。『冠』と呼ばれる七つの大切なものをデビルは狙っているとパラーリアは告げる。
ルイーゼとイェンはよく顔を出し、ペルルと仲良くなるのだった。
●ヴァルキューレ
「さっそくなんだが、いくつか訊きたい事があってね」
廃墟の庭らしき場所で諫早似鳥はブリュンヒルデに訊ねる。リーマとアーレアンの姿もあった。
ブリュンヒルデは可能な限り、質問に答えてくれた。
ギャラルホルンとは音色によって精霊を操れる角笛である。舞踊の横笛が陽気にさせるだけの効果なのに対し、もっと細かい命令が可能のようだ。そして現在は塔の中に保管されている。
諸刃の剣、もしくは魔剣と呼ばれた武器もオーディンの手元にある。冒険者への貸し出しは今は答えられないという。
島の居住者についてはシャクリローゼが調べてくれたものですべてである。意志統一されているかと問われれば、壬護蒼樹とイェンが向かったワーシャークの集落のようにビーストマン達の協力はまだまだとしかいえなかった。ただし、精霊とドラゴンの主立った者達の意志は固まっている。
島の全勢力については、もう少し待って欲しいと答えるのみにとどまる。呼び寄せている仲間もいるようだ。
デビルのダバ、ドステリィーアを中心としたデビルの動きは不明だ。人には知られていないが、島へのデビル侵攻を魔法の障壁で防いだ戦いが数ヶ月前にあった。
現在、障壁突破をデビル側が画策しているのではないかと推測されるが、決定的な情報は入ってきていない。わかり次第、冒険者達に何らかの対応を頼むかも知れないとブリュンヒルデは答えた。
リーマは精霊の森地下の古代遺跡にあった壁画についてを訊ねる。
遙か昔にあの古代遺跡から精霊とドラゴンがイグドラシル遺跡の島に移り住んだのは確かなようだ。もう少し具体的な質問であれば、別の回答もあり得たかも知れない。
ノームの特徴を持つ人物をブリュンヒルデは把握していなかった。少なくても島にいたとは考えられず、シャクリローゼを始めとした仲間達の調査にも引っかかる事はなかった。
●デビル
ブリュンヒルデから感謝の品を贈られた一行は七日目の朝に島を後にする。
係留所が見えてきた頃、中型帆船の甲板に大きな影が落ちる。隠れていたドステリィーアが上空に現れたのだ。
「え?」
イェンがドステリィーアにサンレーザーを放とうとした瞬間、帆船が大波で激しく揺れた。
「あれは‥‥ノーム!」
諫早似鳥が畔に立つ茶色い発光に包まれたノームを発見する。
「クエイクです! きっと地震を起こして湖に津波を起こしているんです!」
地の魔法使いであるリーマが大波の正体を突き止めた。
「帆が緩んでるんどすえ!」
「今、引いています!」
ルイーゼの指揮に従って壬護蒼樹とアーレアンが綱を引っ張る。他の仲間達も懸命に手を貸した。
二波目が帆船に迫って来た時、水中から何かが飛びだしてきた。ミスティドラゴンのペルルが壁となってくれたのだ。
「ドラゴンの邪魔が入りましたか‥‥。その笛は?」
ドステリィーアが甲板に転がった横笛に気がつく。冒険者達の背負い荷物のどれかからか落ちたものである。
「一瞬ノームが手に入れ損ねた舞踊の横笛かと思いました。冒険者のみなさんも人が悪い。そうそう、やはりイグドラシルの方々に手を貸すのは考え直すべきですよ」
最後に言葉を残してドステリィーアが飛び去ってゆく。ノームもアースダイブで姿を消した。
「ありがとう〜ペルルさん〜♪」
「助かりましたわ〜」
パラーリアとシャクリローゼは泳いで戻ってゆくペルルに手を振る。
一行は係留所の兵士達に状況を説明をしてから海岸へ向かう。
沖には約束通りに海戦騎士団の帆船エグゾセ号が浮かんでいた。迎えに来てくれた小舟で乗船し、翌日ドレスタットに戻った一行であった。