●リプレイ本文
●出発
一行は海戦騎士団のエグゾセ号へ乗り込む前にドレスタットの冒険者ギルドへ集まった。予め準備が必要と感じていたからである。
「昨日、届いたばかりなんだ。まだ封も開けていないよ」
まずはアーレアンが遠方の精霊の森から届いた手紙を読む。
ルイーゼ・コゥ(ea7929)が特に心配していたワーシャークであるヒリーノの夫ギーノの遺体は回収されて埋葬されたと書かれてあった。
もう一つ、諫早似鳥(ea7900)から預かった勿忘草の種だが、数ヶ月前にもう一つの集落跡に蒔かれて今では一面に紫色の花を咲かせているという。
次にアーレアンによってエイリーク辺境伯への手紙がしたためられる。
仲間の意見も聞いてこれまでの状況が記された。イグドラシル遺跡の地図は持ち出し厳禁とされていたので簡易な図案も送付しない。
一行は手紙を出すと賑やかな市場へと向かった。
今回はセイレーンの集落を訪れるのが大きな意味を持つであろう。仲介をしてもらう為にワーリンクスの集落にも立ち寄るのでお土産が必要だと冒険者達は感じていた。
それぞれに喜んでもらえるそうなお土産を買い込む。費用はアイテム類を用意出来なかったアーレアンが支払った。
元気な兎や鶏も含めて壬護蒼樹(ea8341)が土産を運んでくれる。仲間の荷物の一部も担いでくれた壬護蒼樹であった。
すべての前準備が整い、一行はヒリーノと共にエグゾセ号へと乗船する。
エグゾセ号は二日目の昼過ぎに湖近くの海岸付近へ到着した。
海岸の近くにセイレーンの集落はあるはずだが、一行はひとまず湖の船係留所を目指す。イグドラシル遺跡の島で先にやらなければならない事があったからである。
リーマ・アベツ(ec4801)のフォーノリッヂによる未来予知ではデビル・ドステリィーアの脅威は感じられなかった。それでも念の為に注意を怠らない一行である。
夕暮れ前に係留所まで辿り着く。無理をせずに一行は付近で野営を行うのだった。
●島
「――♪ぼっくらっは凸凹たんていだっん♪」
ルイーゼはご機嫌な様子で甲板室の上に座って中型帆船の指揮をとる。
三日目の早朝、湖へ出た一行は昼前にイグドラシル遺跡の島へと到着した。
島へあがった壬護蒼樹はたくさんの魚を蔓に通してぶら下げていた。船上で自らの竿で釣ったものと、鴨の水穂が獲ってくれたものだ。ワーリンクスへのお土産用である。
島中央の城のような廃墟へと向かうと、ブリュンヒルデとフィディエル・クールネが出迎えてくれる。
「ブリュンはん、これ持っていってええやろか?」
ルイーゼは部屋にあった木の実や果物をワーリンクスへの贈り物にしてもいいかと訊ねる。すると快い返事があった。
さっそくルイーゼは食べ物の土産の入った木箱の中に仕舞う。壬護蒼樹の生魚も一緒である。
頼まれたクールネはアイスコフィンで木箱ごと土産を凍らせた。クールネは一行と共に向かうのでかけ直しも可能であった。
ブリュンヒルデは一行の疑問に答えてくれた。
「イグドラシルはとぉ〜ても広いよね。おっきいロック鳥もいっるのにゃ?」
「島にはいませんが、湖外縁にいないとは限りませんよ」
ブリュンヒルデの言葉をパラーリア・ゲラー(eb2257)は何度も頷きながら聞いた。
「島を守る魔法の障壁ですけど、住人は自由に出入り可能なのでしょうか?」
「警戒の体制にもよります。今はデビルの侵入に備えて厳重なシフトが組まれていますが、緩いシフトの時なら状況をよく知る島の住人なら出入りするのも出来たはずです」
シャクリローゼ・ライラ(ea2762)とブリュンヒルデのやり取りは、出発前にルイーゼがヒリーノに行った質問の答えを裏付ける。
ルイーゼが想像したように湖底にある抜け穴をワーシャークの集落の者達は利用していたという。ヒリーノの子供二人がその穴を通って島から離れても不思議ではなかった。
「セイレーン族から情報が聴けるかもしれないのだわ。一緒に出かけてみる?」
イェン・エスタナトレーヒ(eb0416)の訊ねに、椅子へ座ったままのヒリーノは首を横に振った。
「島で待たせて頂きます。実験をなさるときには参加させてもらいますので」
検証には是非参加させてもらいたいとヒリーノはイェンに願う。
出発前に行われたルイーゼの質問にはノームとの出会いについてもあった。以前に他の冒険者が訊ねても答えがもらえなかった質問である。
今回もヒリーノは話したがらなかった。人の世界で接触したようだが、あの頃の記憶はどれも不確かで、思いだそうとすると不安が蘇るらしい。
既知の情報だがワーシャーク夫婦にマジックアイテムをくれたのはノーム。舞踊の横笛の存在を教えたのもノームである。古代遺跡に混乱をもたらす為にゴーゴンを船で運んだのもかなり前から判明している事実だ。
妊婦に無理をさせるのは本意ではないので、それ以上は追求されなかった。
ブリュンヒルデと一行の対話は続く。
「一年前のワーシャーク事件の頃の事、なんか覚えていない? できれば全部の精霊がどんなことしてたのかも知りたいんだけどさ」
「この地に住む精霊の行動をすべて把握するのは無理です。唯一の緩やかな方法が魔法の障壁による行動範囲の遮断になります。一年前だとまだ完璧な障壁へのシフトはしていなかったはず。魔法障壁は島の者達に不便を強いるので、出来れば施行したくはないのです。デビルの脅威が迫る今となっては理想に過ぎませんが‥‥」
当時のイグドラシル遺跡の島の住人なら誰でもワーシャークの子供二人を殺害する機会はあったとブリュンヒルデは語った。
気がつけば日が傾く時間となる。
ワーシャークとワーリンクスの集落へ向かうのは明日と決められる。一行は早めに就寝するのだった。
●ワーリンクス
四日目の朝、壬護蒼樹とイェンがヒリーノをワーシャークの集落へ送り届ける。二人が戻ってきた所でワーリンクスの集落へ向かった。
「私達はオーディンさんから協力して欲しいと頼まれた一行なのだわ。集落の長に会わせて欲しいのだわよ」
イェンは失礼のないように気をつけながら一人のワーリンクスに声をかけた。ワーシャークの集落もそうであったが、ビーストマン達は普段人の格好をしている。
ワーリンクスは抵抗無く一行を受けいれてくれた。長の家へと案内され、さらに望むとセイレーンの集落で噂を耳にした者も呼ばれる。ミニットという名の青年であった。
「これをみなさんでどうぞ。お土産です」
壬護蒼樹は運んできた木箱を長へと贈った。その他に仲間が持ち寄ってくれた品も渡される。特に魚や肉類は好物のようで、通された部屋にいたワーリンクス達の目の色が変わった。魚を用意してきてよかったと壬護蒼樹が心の中で呟いた瞬間だ。
「これ美味しいんだよぉ♪」
パラーリアが渡したのはジャパンのお餅だ。女性用には簪もあった。
一行から説明を受けた長はミニットの同行を許してくれた。
「気をつけなされよ。セイレーンは容姿の美しさから穏やかなように見えるが、やはり凶暴だからな」
長は一行に注意を促す。
ワーリンクスにも猛者は多いが、それでも少数でセイレーンに会うような真似はしないらしい。水中に引き込まれたらあまりに不利だし、魅了が厄介だからだ。食料交換などの取引を行う時も注意をして行っているようだ。
ミニットを加えた一行はそのまま島の浜に碇泊させてある帆船へと歩んだ。乗船してさっそく帆を張り海の方角を目指した。
暮れなずむ頃には目指した湖畔で錨を下ろす。船内で一晩を過ごした一行であった。
●セイレーン
五日目の朝、一行は小舟で湖畔にあがってセイレーンの集落へと向かう。
さすがにこの状況で帆船は放ってはおけず、アーレアンが留守番として残った。
何かがあったら空高くファイヤーボムを爆発させて知らせる約束である。諫早似鳥の愛犬・小紋太や戦闘に有利な魔法を持つ精霊も帆船に残された。当然主人達が帆船とアーレアンを守るよう言いつけた上である。
海沿いを歩いて半日して、セイレーンの集落へと一行は辿り着く。奥の手として空飛ぶ道具類はわざと使わなかった。
「かなり変わっているねぇ‥‥」
諫早似鳥の呟きに多くの仲間が同意する。
海岸近くの岩場に集落はあった。岩の断層に洞窟があり、そこが住処として利用されているようだ。状況からして洞窟の底は海中に繋がっているのだろう。もしかすると湖側にも繋がっているのかも知れない。
「私達ワーリンクスは集落の中まで入りませんでした。注意なさった方が‥‥」
ミニットの忠告通り集落の中に一行は立ち入らず、セイレーンだと思われる人物に声をかけて来訪を知らせた。
やがてやって来たセイレーンの長は人でいえば三十歳ぐらいの女性の姿をしていた。薄着ではあったが服も身につけている。対外的には人の集落として振る舞っている様子が窺えた。
「このような高価な品を頂けるのはとても嬉しいのですが‥‥どのようなご用件で?」
贈り物を前にセイレーンの長は一行を質した。
(「大丈夫ですね」)
リーマはテレパシーリングを使おうとしたが、ゲルマン語のやり取りが出来るようで取り止める。ビーストマンは土地の言葉を話せるのが普通のようだ。
「こちらのミニットさんから聞いたのだわ。ワーシャークのお子さん二人の死の真相を知っているセイレーンさんがいるって」
ミニットの仲介もあり、イェンが伝えた一行の望みにセイレーンの長は応じてくれた。
まもなく一人の娘が一行の前に姿を現す。
「きっとそれはあたしのことね。確かに知っているわよ。見ちゃったんだもん」
ノルノルという名のセイレーンの娘が目撃者であった。たまたま湖を泳いでいる時に見かけたらしい。
「でも何となくだったから、具体的に聞かれても困るのよね‥‥」
ノルノルは腕を組んで困った表情をする。
一行は状況を検分する意味で実験を行う予定でいた。ノルノルの立ち会いを望むと、悩みながらもセイレーンの長は承諾してくれる。
一行はノルノルを連れてセイレーンの集落を離れた。帆船に戻った頃にはすでに日が傾いていた。
「気になってたんで聞くんだけどさ。人肉食べる噂って嘘なんだろ? だって臭み強くて食べられたモンじゃない。姐さん達はもっと舌肥えてっだろ」
「もちろんそんなことないよ。いやだなぁ。人の世界だとそんな風にいわれてるんだ」
諫早似鳥の問いにノルノルは笑う。
しかし集落に足を踏み入れなかった一行は知らなかった。岩場の洞窟奥に突き立てられたたくさんの棒の先へ人の髑髏が飾られていた事実を。
●実験
五日目の早朝、海近くの畔から離れた帆船は湖を泳ぐノルノルについてゆく。少々迷ったものの、やがてノルノルが目撃したと思われる湖面に辿り着いた。
さっそくフライングブルームを仲間から借りたアーレアンがヒリーノを呼びに島へ向かう。湖底は深いようで湖面からギリギリを飛んでゆく。
アーレアンと共にヒリーノが泳いでやって来て実験は始まった。
諫早似鳥が粗忽人形二体を湖面に浮かべる。水に沈まない特性を付与するレミエラ付きである。
リーマはレミエラ付き空飛ぶ絨毯に乗った状態で人形へグラビティーキャノンを放ってみせる。
壬護蒼樹はクールネにウォーターウォークをかけてもらい、諫早似鳥から借りた刀で人形を斬りつけた。
イェンとルイーゼは空中からマジッククリスタルを使ってウィンドスラッシュを人形に向けて放った。
一回ずつ確認しては実験が続けられる。
シャクリローゼはリヴィールマジックで周囲の魔法障壁を探る。位置に関しては何となくだがわかるようだ。
パラーリアはノルノルにファンタズムのスクロールでエルフのノームやデビル・ダバのドステリィーアの姿を見せた。
「そうだ!」
実験が終わり、帆船の甲板にあがって考え込んでいたノルノルは突然大声を出す。
「そういえば、あたし聞いたんだっけ!」
記憶が蘇ったノルノルは殺害当時の状況を語ってくれた。
夕暮れ時、ワーシャークの子供二人が人の姿に戻って湖で遊んでいるのをノルノルはしばらく水中から眺めていたという。
泳いでいた子供二人に空中から影が近づく。曖昧な記憶だが巨人であったらしい。
巨人は子供二人に魔法の障壁を潜り抜けられる位置を教えて欲しいと話しかけた。
子供達は言いなりになって巨人を水中に案内しようとする。しかし茜空を飛翔するドラゴンを見かけると子供二人を斬り捨ててしまった。おそらくは口封じであろう。
ドラゴンが遠ざかり、巨人は事なきを得た。すぐに飛ぶ箒へ跨った顔に傷のある女性エルフが巨人の元を訪れる。
エルフは子供二人の死体を物色したようである。最後には布か羊皮紙を奪って持ち去っていった。
「それはきっと人の世界に出かけたときに困らないようにわたしとギーノの名を記した羊皮紙です。もしも迷子になっても手掛かりになるようにと。その羊皮紙でノームはわたし達を知り、近づいて利用したのですね‥‥」
ノームはデビルの協力を得て湖周辺を見張っていたと推測される。やがてノームは島を出たワーシャーク夫婦との接触に成功する。
ワーシャークの集落では既に精霊が怪しいと囁かれていた。そんな状況でノームの言葉をギーノとヒリーノは信じてしまったのである。
「まず間違いないねぇ‥‥」
巨人はドステリィーア、エルフの女性はノームだろうと諫早似鳥は想像した。誰もが同じ結論に辿り着く。
帆船はイグドラシル遺跡の島へと戻る。そしてノルノルにワーシャークの集落で証言してもらう。
ノルノルの説明とヒリーノの補足は説得力があり、ワーシャークの集落を大きく揺るがした。
ぎりぎりまで滞在してから一行は島を去った。離れる直前にブリュンヒルデから贈られたレミエラを持って。
クールネとヒリーノは島に残る。
ノルノルは途中まで一行と行動を共にして海岸付近で別れた。セイレーンの集落は歩いて半日である。海を泳げばノルノルにとってはすぐであろう。
一行は小舟でエグゾセ号に乗り込み、ドレスタットへ戻るのであった。