●リプレイ本文
●町へ
一日目の暮れなずむ頃、冒険者一行は海戦騎士団のエグゾセ号で湖近くの海岸へと上陸する。
初めて訪れたラスティ・コンバラリア(eb2363)と雀尾嵐淡(ec0843)は海岸と湖の畔が近いのに驚きの表情を浮かべた。
「ここで野営をするよりも、湖畔の係留所に向かった方がよさそうですね」
「それがいいですね。飛んで行きましょうか」
壬護蒼樹(ea8341)とリーマ・アベツ(ec4801)が空飛ぶ絨毯を砂地に広げる。
「俺は自前があるのでそれで」
雀尾嵐淡はフライングブルームを取りだす。
壬護蒼樹はベゾムに跨り、空飛ぶ絨毯をイェン・エスタナトレーヒ(eb0416)に任せる。残る全員が空飛ぶ絨毯へ同乗し、湖用の中型船が浮かぶ係留所まで一気に移動した。
「それじゃあ頼んだよ。あんたならきっと魔法の障壁も通してくれるはずさ」
夕日の中、諫早似鳥(ea7900)は鷹の真砂を湖に浮かぶイグドラシル遺跡の島へ飛ばす。足に結んだ布はアーレアンからの手紙になっていた。ヴァルキューレ・ブリュンヒルデ宛である。
シャクリローゼは直接イグドラシル遺跡の島に向かって精霊に干渉するデビルについて聞こうと考えていたが、手紙に問いに加えてもらう事で取り止める。
まもなく太陽は沈んだ。
「町から精霊が追いだされるなんて、デビルの侵攻が表面化してきた、ってこと?」
「フェアリーと違ぅて、精霊って滅多に人目に姿表さん筈やけど。存在が簡単に判る方いるんやねぇ。ほんま、すっごーい‥‥わ」
焚き火の前でシャクリローゼ・ライラ(ea2762)とルイーゼ・コゥ(ea7929)が話題にしていたのは向かう先の町の事だ。二人もやはりデビルの仕業であろうと考えていた。
「デビルだとすれば最終的にはやはり角笛が目当てですか。相変わらず人心を弄ぶ、蛆虫以下の連中ですね」
ラスティは『なんど涌いても叩き潰してやるわ』と怒りを込めて言葉を続ける。
「やっぱり情報集めが大切なのだわ」
イェンは町に近づいたら壬護蒼樹と一緒に行動する約束を交わしていた。探すのはどこかに隠れているはずの精霊達だ。
「精霊達を追い出しにかかるなんて、一体どんな噂が‥‥」
切り株に座る壬護蒼樹は大きな背中を丸める。
「恐らく姿を消して偽の精霊を演じて人に悪さをしたりしているのでしょう」
雀尾嵐淡が壬護蒼樹へ答えるように呟いた後で保存食を口にした。
「そんな辺りだろうね。何にせよ、ダバのドステリィーアか、その配下のデビルだろうね」
「ノームの存在も忘れちゃいけないよ」
アーレアンと諫早似鳥も自らの考えを語る。
「馬車も係留所に駐在している兵士さんが貸してくれるようですし、見張りの順番を決めて早めに寝ましょうか?」
リーマの一言で話し合いは終わり、就寝の時間となった。
夜は更けてさらに空が白み始めた頃、見張りをしていた壬護蒼樹とシャクリローゼは湖を歩いてくる少女を目撃する。
目を凝らしてみればフィディエルのクールネであった。
手紙で頼んだ通り、たくさんの花を摘んで持ってきてくれた。枯れないようにアイコフィンでカゴごと凍らせてある。鷹の真砂も主人の元へと戻る。
朝日が昇り、一行は馬車で出発した。御者は諫早似鳥とラスティが交代で行う。
町まで飛んでゆく方法もあったがデビルに目撃されると警戒される恐れがある。それにいざという時の為に魔力は温存しておいた方がよかった。
夕方、ドレスタットで用意してきた芸人の衣装に着替えてから町の門を潜る。
クールネには日が暮れてから、壬護蒼樹が貸したインビジビリティリングで姿を消して町に入ってもらう。
この日は怪しまれないようにして宿へ泊まった一行であった。
●芸人一座御一行
「何だ一体?」
「出し物でもするんじゃない?」
三日目の日中、広場を通りがかった町の人々は馬車を中心とした一行に注目する。
「♪安らかなる時に 失われし心よ 静かなる声に耳を傾けよ
それは風の調べ 火のぬくもり 清流のせせらぎ 大地の恵み
陽光に起き月光に眠る
生を支える温かき友の声に 共に生きる生命の声に 今一度耳を傾けよ
安らかなる日々の思い出と共に♪」
竪琴を奏でながら停まる馬車の御者台に座ってラスティが唄い続けていた。
「ウサギさん、冒険者なの?」
「そうだよ。ウサギのお兄さんは冒険者で芸人なんだ。これをあげるから宣伝してくれるかな? 冒険者の一座が明日から広場で芸を披露するって」
まるごとウサギさん姿のアーレアンは子供達に桜餅風保存食を配る。今の所、諫早似鳥から借りた指輪『石の中の蝶』はデビルの反応を示していなかった。
(「クールネさんも知らないっていってたけど‥‥」)
町へ入る前に壬護蒼樹とシャクリローゼがクールネと交わしていた会話をアーレアンは思いだす。さすがに来訪した事がない土地の精霊の存在までクールネやブリュンヒルデも把握していないようだ。デビルについても同様である。
精霊を探す為にイェンと壬護蒼樹は別行動をとっていた。シャクリローゼ、ルイーゼ、リーマ、雀尾嵐淡はデビル探しだ。
「ええ、確かに冒険者です。地域調査と一緒に慰問を行っています。明日からの数日間、楽しみにして下さいね」
人間の少女に扮するパラの諫早似鳥は普段と違う言葉遣いで町の人々と接する。
それらの中にデビルと関わっている者がいるかも知れず、笑顔を絶やさないようにしながらも気を抜く事はなかった。悪魔崇拝者とまではいえなくても、本人が知らぬうちに思考が誘導されている場合もあるだろう。
調査へ向かう前に仲間が集めてくれた空樽などを組み合わせて舞台や装置を作り上げる。終わった頃には日が暮れていた。
●情報
宵の口には広場の馬車へ全員が戻った。
シャクリローゼのライトが照らす中、テレパシーによって話し合いが行われる。
ただし、テレパシーは一対一のやり取りしか出来ないので、多人数の話し合いに使うのにはとても面倒な代物である。そこで地面に棒で書く筆談も併用された。
(「壬護さんと一緒に町近くの森で精霊さんを探しにいったのだわ」)
(「結果からいいますと会えました。ですが、どの精霊も気落ちしていて‥‥」)
イェンと壬護蒼樹は町の周辺の森にいた精霊達から事情を聞いてきた。以前から森に棲む精霊もいたが、中には町から追いだされたものもいる。
(「市場の顔役のガリオントが精霊排斥の急先鋒だといっていたのだわ」)
(「そうなんです。なんだか、すぐに精霊を見つけてしまう部下を連れているようで。マッタラという女性らしいですよ」)
イェンと壬護蒼樹からの念波が終わる。
次はルイーゼだ。
(「なんちゅうか司祭様、頼りないお方でしたわ」)
ルイーゼは教会へ出向いたものの、事なかれ主義の司祭に呆れたと語った。何を聞いても神の御心のままにとしか答えが返ってこなかったらしい。
(「ま、デビルに協力するような真似はしておらへんようやったけどな」)
ルイーゼは酒場での出来事も報告する。精霊退治依頼の形で相手側から接触してくるだろうと期待していたのだが肩すかしをくらってしまった。
(「どうも慎重な相手のようやな。ま、ウチが知ったんのもガリオントとマッタラが怪しいちゅう話やな」)
ルイーゼが終わり、次はシャクリローゼが告げる。
(「アイテムや魔法で気配を消して調査しましたわ。指輪がデビルの反応を示したのは‥‥ガリオントの大きな家の近く」)
シャクリローゼの一言に誰もがより表情を硬くする。
家の中を透視してみたところ、少なくてもインプ一体とグレムリン一体は隠れていたという。ちなみに魔法を帯びた怪しい物品などは町中で発見されなかった。
(「バイブレーションセンサーを使って姿は見えなくても、そこにいる存在を探してみましたが、特に町中では発見できませんでした」)
(「俺が探ったところによれば、すべては市場からだ。ガリオントとマッタラが町の人々を誘導している可能性が濃いな」)
リーマと雀尾嵐淡からの情報を含め、明日からの公演におけるデビルの誘いだしに修正が加えられる。
(「さて、奴らはどうでるかね‥‥」)
諫早似鳥はクールネを横目で観てから町並に視線を移す。
(「地図は手に入れておきました。逃げられてもある程度の追跡は可能でしょう」)
ラスティはバーニングマップのスクロールと一緒に地図を取りだしてみせる。
(「予算が足りてよかったよ」)
宿代、衣装、舞台などの代金はアーレアンがエイリーク辺境伯から預かった資金の中から捻出されていた。残った分は後で配分される予定であった。
●公演
四日目の昼。
町中央の広場で冒険者一座による芸が披露された。町の人々が集まり、祭りのような賑わいを呈する。
ラスティの演奏の中、技が繰り広げられてゆく。
シャクリローゼは空を舞って場を盛り上げた。
積み上げた樽を背に壬護蒼樹が立ち、諫早似鳥の手から鈍い光を放つナイフが投げ込まれた。
ナイフで出来た樽の刻みは人の形を象ってゆく。最後、ナイフは壬護蒼樹の顔へと一直線に飛んだ。
あわやと誰もが思った瞬間、壬護蒼樹が両手で挟むようにナイフを受け取る。ナイフ投げは喝采を浴びながら終了した。
その他にも弓矢で頭上に乗せた品を射たり、傘回しも行われた。犬の小紋太による輪潜りは特に子供達に好評であった。
メインの出し物はクールネの水芸だ。
魔法少女の姿をしたクールネが桶や樽に入った水を自在に操る。空中に霧状に飛ばして虹を作り上げたりする。
最後には壬護蒼樹が連れてきたヒポカンプスの柳絮に水をかけた。たちまち馬へと変化したところで締めとなる。
ルイーゼは空から花びらを撒く。
アーレアンはまるごとウサギさん姿で進行役を務めた。
他の冒険者達は広場の人々の中に混じるデビルを捜す。残念ながらガリオントとマッタラの姿を含めてデビルは広場に現れなかった。
公演が終わると何人かの市場の者に精霊退治を持ちかけられる。そのつもりはないと断ったのは作戦の為だ。
「でも、偉い人に頼まれたらわからないかも知れません」
諫早似鳥は笑顔でそう告げるのであった。
●デビル
五日目も広場は町の人々でごった返す。
昨日と似た内容だが、前日より難易度をあげて芸が行われた。壬護蒼樹の髪の房がナイフで切り取られて風に飛んでゆく。
(「今、広場入り口付近の木の近くに――」)
雀尾嵐淡はデティクトアンデットでデビルを発見するとテレパシーで仲間に位置を教える。
舞台から離れていたが、ガリオントとマッタラの姿もあった。ガリオントにはデビルの反応があり、他にも三体が広場内や周囲に潜伏していた。
今日になってデビルが現れた理由は二つ考えられる。
冒険者兼芸人一行に精霊退治を頼みに来たのが一つ。もう一つはクールネが精霊であるのを見抜いて悪者にし、精霊排斥の扇動をより促す為だ。
「今日は花吹雪もいつもの三倍増しや〜♪」
ルイーゼは花びらを昨日と同じように空から撒いた。違うのはその中に七徳の桜花弁が混ざっていた事だ。
虫に化けていたデビル・グレムリンAが呻き声をあげながら正体を現す。すかさず射られた諫早似鳥の矢がグレムリンAの腕へと突き刺さった。
「隣に悪魔が立ってるって気づかないのも怖いよねぇ」
諫早似鳥が大きな声でグレムリンAを指さした。
「まずは動けないように!」
壬護蒼樹はクルスホイップで地面に膝をついていたグレムリンAを絡め取る。
「確保します!」
リーマはストーンでマッタラを先に石化する。ガリオントは人混みに紛れてわからなくなってしまった。
「何もさせませんよ!」
ラスティが木の上に隠れていたインプAをコアギュレイトで呪縛した。
アーレアンは諫早似鳥から借りていたアークワンドのレミエラによってデビルが離れていったのを知る。逃がすまいとファイヤーボムの小さな火球を広場上空で弾けさせた。虫に化けていたインプBが火球に巻き込まれて落下し、元の姿へと戻る。
「そこ!」
すかさずラスティはアイスチャクラでインプBの動きを牽制する。
「昨日話したように、お願いしますわ!」
シャクリローゼはジニールのネフリティスをランプの中から空へと解放すると、インプBにサンレーザーを喰らわせた。
「太陽の力なのだわ!」
イェンの詠唱も加わり、インプBは連続でサンレーザーの浴びせかけられる。
人波の中、クールネは壬護蒼樹から渡されていた大聖水をガリオントに注ごうとして失敗する。しかし手元に残っていた白の聖水はかける事に成功した。
けたたましい咆哮をあげながらガリオントはデビル・ネルガルへと変貌する。
飛び去るネルガルをネフリティスが追いかけてゆく。
騒然とした広場。冒険者達は被害が出ないうちに捕まえたデビル三体を始末するのに懸命であった。
●そして
残念ながらネフリティスは途中でネルガルを見失ってしまった。
ラスティのバーニングマップもあまりに遠くへネルガルが逃げたので追跡が不可能となる。
騒ぎにはなったものの、ガリオントがデビルであったのを町の人々に認識させるには充分な出来事であった。
六日目になり、冒険者達は町の人々に説明する。デビルが暗躍し、精霊を悪者にしようと企んでいた事実を。
あらためて町の人々に聞いてみると、あらゆる災難が精霊の悪戯のせいにされていた。
雀尾嵐淡のニュートラルマジックによって石化を解かれたマッタラはすべてを白状する。
精霊に非常に詳しいのを知った上でガリオントはマッタラを多額の賃金で雇い入れたという。その頃既に本物のガリオントは殺されていたのだろう。
マッタラの処罰は町の人々に任せられる。
「あれは?」
七日目の朝、アーレアンが帰りの馬車の窓から外を眺めた。
「森に逃げてた精霊だわ」
「そうです。森で会った精霊達ですね」
振り向いたイェンと壬護蒼樹が呟く。
フェアリーだけでなく、アースソウルやウイバーン、ブリッグルを含めてたくさんの精霊がいた。馬車は精霊達に見送られながら帰路についた。
夕方には湖畔の係留所に戻り、馬車は兵士達に返される。
八日目になり、一行は海岸でエグゾセ号へと乗り込む。
報告へ向かうドレスタットの冒険者ギルドにはエイリーク辺境伯からの追加報酬が預けられてあった。