●リプレイ本文
●見送り
太陽輝く青空に三つの影が見える。
逆光でよく見えないが、ベゾムに乗るのは壬護蒼樹(ea8341)とルイーゼ・コゥ(ea7929)だ。
空飛ぶ絨毯は二枚あった。片方には諫早似鳥(ea7900)とアーレアンで、もう一枚にはリーマ・アベツ(ec4801)とシャクリローゼ・ライラ(ea2762)が乗っていた。
一枚の空飛ぶ絨毯に四人でも平気であったが、最高速近くを出そうとするならば少ない人数の方が扱いやすいので二手に分かれた次第である。ペットも連れてきたのでちょうどよかったのかも知れない。
やがて三つの影は遠ざかり、見送りのジェイミーとアレクシアは空を仰ぐのを止める。
二人は教会で世話になっている集落の人達を見舞いに向かう。ワーシャーク夫婦について何かわかればギルドに書き置きを残しておくつもりでいた。
●森
深夜、月明かりを頼りにして飛んでいた冒険者一行は精霊の森に佇む集落跡へ到着する。
これからの行動はさすがに無理なので、見張りの順番を決めてすぐに就寝した。魔力を特に必要とする仲間を先に寝かせていざという時に備えておく。
二日目の朝が昇る頃、全員で森の湖を訪れた。
湖面から少女の姿をした湖の精霊フィディエルのクールネが浮かび上がる。
森の精霊アースソウルのキリオートが木陰からひょっこりと顔を出した。
たくさんのフェアリーも周囲に集まりだす。
「皆様、引き受けて頂いてありがとうございます。やはり水に沈んでいる古代遺跡の地下十一層以下を調べるべきだとキリオートと決めたのです。アーレアンさんには伝えましたが、わたしも同行する所存です」
クールネが全員に挨拶をする。
「クールネさま、遺跡の水と会話することできますかしら?」
シャクリローゼがパッドルワードで情報を得られるかを訊ねたが、クールネは首を横に振った。留まっている水でないと効果を発揮しない魔法のようである。
「キリオート、ちょいと頼みがあるんだが――」
諫早似鳥はフォレストラビリンスが使えるのなら、自分達が祠に入った後で森の入り口に魔法をかけて欲しいと頼んだ。
キリオートは大丈夫だといって引き受けてくれる。
手短に相談は終わった。冒険者達はクールネと共にワーシャーク夫婦が逃げ込んで出てこなかった祠へと向かう。キリオートやフェアリー達も見送りをする為についてくる。
「荷物、ほんま助かりますわ。これで身軽やし、がんばるで〜」
「いえいえ、水に濡れたらまずいものは集落跡に置いてありますし」
ルイーゼの荷物を壬護蒼樹は持ってあげていた。シャクリローゼの分もだ。
「この近くにワーシャーク夫婦らしき者はいないようです」
リーマがバイブレーションセンサーで安全を確認する。そして全員で祠を塞いでいる岩を退かした。
「外は任せろよ」
キリオートとフェアリー達に見送られて古代遺跡調査の一行は祠に入る。
祠の入り口には諫早似鳥の愛犬小紋太が残った。主人の言いつけを守り、静かに座って見張り番をする小紋太だ。
空飛ぶシャクリローゼが先行し、ライトの光球で周囲を照らす。
石で出来た隠し扉を動かすと地下へと続く長い坂道がある。
行き止まりには縦穴があり、アーレアンが小石を投げ込んだ。かなりの間の後で水音が聞こえる。
縦穴には梯子が取り付けられていたが、持ってきた空飛ぶ絨毯で地下十一層であろう水面まで降りる事となる。
「念のためですわ」
シャクリローゼが持っていない仲間へコカトリスの瞳を渡しておく。
「アーレ坊、碑文とかあったら早めの解読、頼んだよ」
諫早似鳥は夜闇の指輪と山小人の小石を貸しだした。
「こんだけ広ければ平気やろ」
ルイーゼは壬護蒼樹に運んでもらった薪の束を見て呟く。長い間水に浸かるので身体を暖める手段として焚き火の用意をしてきたのである。
通路内はかなり広くとても長いし、地下へと続く縦穴もある。焚き火をしても大丈夫そうであった。
「クールネさん、水が十一層に溜まった理由は想像がつきますか?」
壬護蒼樹はクールネに訊ねた。
「この遺跡についてはわたしもよく知らないのです」
クールネには単なる浸水なのか、誰かの手で満たされたのかは、はっきりとわからなかった。
「いつも馬車を借りる分のお金でソルフの実を用意出来たよ。それでも足りない場合はよろしくね」
アーレアンは仲間に協力を求める。仲間もそのつもりであった。
「それでは」
クールネが順にウォーターダイブを冒険者達に付与してゆく。
シャクリローゼはライトの光球を複数用意しておいた。
諫早似鳥が空飛ぶ絨毯を発動させると、仲間を乗せて縦穴へゆっくりと降りる。
空飛ぶ絨毯には水に浮くレミエラが取り付けてあるので浮かしておく。必要になりそうなものは絨毯の上だ。流されないようにロープで適当な柱に繋げておいた。
「まずは十一層内の状況を把握しましょう」
クールネと冒険者達は一緒に行動する。ライトに照らされている十一層内の様子は上の階と大差はなかった。魚はたまに見かけられたが根付いている様子はなく、どこからか迷い込んできたようだ。
さらに下へと続く階段を発見するが、ひとまず戻る。水中でも魔法のかけ直しは可能だが、冷たさからいって一時間の区切りは丁度よかった。ルイーゼのレジストコールドは魔力の温存も含めてとっておきとして残しておく。
焚き火をしながら冒険者達は状況をあらためて考察した。クールネも少し離れた位置で参加する。
話題は次第にイグドラシルに関するものとなる。
ルイーゼはウートガルド・ロキの名を口にした。元はハーフエルフのデビノマニであり、ドレスタット方面で暗躍した者だ。人々やドラゴン、精霊の協力によって倒されている。
それでも万が一のワーシャーク夫婦との関連を考えて、ロキの存在を仲間に伝えたルイーゼである。
諫早似鳥はルイーゼと同じようにワーシャーク夫婦を操る影の存在を疑っていたが、ロキではないと考えていた。知性のあるワーシャークが、元ハーフエルフのロキを崇めているとは思えなかったからだ。
仲間の話を聞きながら壬護蒼樹は願う。出来るなら、皆が笑って迎えれる結果を残したいものだと。
リーマはバイブレーションセンサーでゴーゴン、ワーシャークの存在がわかったのなら間近に迫る前にテレパシーで交信を試してみるという。
シャクリローゼはフェアリーのフィーネルとユニに言い聞かせた。十層には当分向かわないので縦穴の上で待っていてくれと。もしもがあった時は縦穴を降りて知らせて欲しいともお願いした。
「固い物で叩いたような痕が壁にあった。砕けた壁も。大昔、何かがあったのかも知れないな」
アーレアンが呟くとクールネは複雑な表情を見せた。
身体も充分に暖まった所で再び潜る。
二日目は三回潜って十一層全体を調べ上げた。さらなる地下階層に繋がる階段は二個所あった。想像していたような取水口は見つからない。
集落跡に戻る前に諫早似鳥はキリオートと話す。ワーシャーク夫婦は現れていないという。
地下の水が何処から来て何処に流れているかを気にしている冒険者は多い。ワーシャーク夫婦はすでにそれらを知っているかも知れなかった。
●謎
三日目、四日目、五日目、六日目と順調に調査は進んだ。
地下十三層までの調査が終わるものの、まだ地下への階段は存在している。
十三層を隅々まで調べ上げると碑文が発見された。
アーレアンは読み解き、それを壬護蒼樹が箇条書きで板に刻みつける。そんな事を何度か繰り返して全文を手に入れた。
どうやらある品物を祭る為にこの地下遺跡は出来たようだ。十一層以下の水没も災害ではなく、何者かがわざと仕掛けたものらしい。侵入を阻む為の策なのだろう。
品物の存在に諫早似鳥は『やはり』と心の中で呟いた。
それからの一行は水没を導いた装置を探し始めた。
「ここは‥‥?」
シャクリローゼが空気のある部屋を十四層の片隅で発見する。さっそく全員を呼び寄せる。
「ここに来てるね。奴ら」
諫早似鳥は保存食の食べ残しを発見した。奴らとはワーシャーク夫婦の事だ。
「今はいません」
リーマは念入りにバイブレーションセンサーで探る。
「水の循環を考えると、ここらに取水口があってもおかしくないんやけど。クールネはんはどない思うてます?」
「そうですね。流れの強さや、受ける感触からいっても同じ意見です」
ルイーゼとクールネが装置が近くにあるのではと示唆する。
「あんな高い所に絵がありますよ。アーレアンさん」
「ほんとだ。すまないけど肩車、お願いできる?」
壬護蒼樹の肩に乗ってアーレアンは確認する。シフールのルイーゼとシャクリローゼも一緒に眺めた。
「仕掛けの在処を示した絵だな。これは」
アーレアンの言葉を聞いて、仲間達は互いに顔を見合わせる。
ここからはクールネのウォーターダイブに加え、ルイーゼのレジストコールドの連続使用が行われる。
絵は周囲の遺跡構造を示し、同時に装置の使い方を説明していた。
それから一時間も経たずに装置が発見される。これ以上の地下調査には水の排除が不可欠であった。どこまで地下に階層が続いているかわからないからだ。
装置は単純な構造で、支えの支柱を外すと巨大な石板が落ちてくる構造である。開ける為には石板に繋がった鎖を滑車で巻き取る構造になっていたが、錆びたり腐ったりして動きそうになかった。つまりは一度閉めたら開けるのは容易ではない。
支柱が外され、大きな石板が降りると凄まじい震動音が響いた。
取水口は塞がれたが、地下十一層以下に溜まった水はあまりに膨大だ。すべてが引くにはかなりの時間がかかるはずである。
それに地震が過去にあった時、湖の水位低下があったとクールネは答えていた。取水口とは別に遺跡の一部が壊れて水が流れ込んでいる可能性も高い。水は完全には引かないかもしれなかった。
「来ます。人の大きさの何かが二体。ワーシャークかも知れません」
リーマがバイブレーションセンサーで自分達以外の存在を知って仲間に注意を促した。
警戒をしながら一行は上の階を目指して泳ぐ。いくらウォーターダイブを付与してもらっているとはいえ、水中での接触は危険であった。
やがてリーマのわかる範囲から二体の存在は外れる。
途中の十二層で切れかけていた魔法を付与してもらっている最中、再びリーマが二体の存在を感じ取る。
先程は装置を動かした際の震動音を耳にし、確かめに向かったのだろう。そして閉じている取水口を確認して一行の存在に気づいたようである。
魔法付与もそこそこに十一層にある縦穴の部屋へと一行は急いだ。
「アーレ坊!」
諫早似鳥がもうすぐ水面という所で引き返す。ウォーターダイブが切れたアーレアンが沈んでゆくのを見かけたからである。クールネも諫早似鳥に続いた。
「僕が様子を見ます!」
壬護蒼樹が盾を構え、これまで泳いできた通路へ振り返る。
「これでいいですわ」
シャクリローゼがライトの光球をあちらこちらに留まらせておく。おかげで縦穴へと繋がる部屋内の水中はとても明るかった。
ワーシャーク夫婦が通路の角から現れた時、リーマはテレパシーで片方に話しかけた。
「こちらに耳を貸しません! 壬護さん、危ない!」
リーマが叫んだ瞬間、ワーシャーク夫婦は壬護蒼樹に襲いかかった。
水中でも輝くランタンを首から下げるヒリーノをかわすものの、ギーノの牙が壬護蒼樹の肩に突き刺さる。
リーマのグラビティーキャノンがギーノに命中し、その衝撃で壬護蒼樹から引き離した。
「話し合いぐらい、してもいいやないか!」
ルイーゼはレミエラの扇状化ライトニングサンダーボルトでワーシャーク二体へまとめて電撃を与える。
それでもワーシャーク夫婦の突進は止まらなかった。
クールネは高速詠唱でのウォーターダイブをアーレアンに施していた。酷く咽せていたが、アーレアンは大丈夫である。
諫早似鳥はアーレアンをクールネに任せ、水面に浮かせてあった空飛ぶ絨毯を発動させる。
次々と空飛ぶ絨毯に仲間が乗り込んだ。
シフールのルイーゼ、シャクリローゼは自らの羽根で空中に飛び上がる。
空飛ぶ絨毯は飛び立てる重量ギリギリである。ゆっくりと水面から上昇していった。
ワーシャーク夫婦が水面から顔を出し、漂う空飛ぶ絨毯を見つめた。人の姿へと変化してゆく。
「何故こんなことをするのですっ! わたくしたちは森を平和な元に戻そうとしているだけですわ」
シャクリローゼが問いかけてもワーシャーク夫婦は見つめるのみである。
「ここらに関わるのは止めてもらえないかい? 領主テオドール・バローの密命でやっているなら止めておきな。こっちのバックはそれ以上だよ」
諫早似鳥はハッタリを混ぜて相手の出方を窺う。ギーノとヒリーノは表情を変えずにいた。
「余計な事をしてくれたな。『あれ』は誰にも渡さない。いいか、絶対にだ!」
ギーノの叫びは縦穴内にも反響した。そしてワーシャーク夫婦は水中に消えていった。
「迷惑かけてごめん‥‥」
状況が落ち着いてからアーレアンは仲間に謝る。
地上に戻ってキリオートに聞いた所、ワーシャーク夫婦は現れなかったという。どうやら地下水路から古代遺跡内に到達したと思われた。
●そして
七日目、八日目と水位は確実に減っていたが、非常にゆっくりであった。
排水口がクールネによって十六層で発見される。どこまで続いているかまではあまりに森の湖から離れてしまうので調査しきれない。排水側の装置は完全に壊れていて閉める事は適わなかった。
「水が引くにはかなりの時間がかかるでしょう。状態が落ち着いたらご連絡します。少なくとも地上からはワーシャークが入って来られないように、キリオートにはがんばってもらいます。ある程度水が引いたらフェアリー達に排水口を監視させましょう」
クールネは感謝し、ギルドでの交換用のレミエラを冒険者達に贈った。
九日目、冒険者達は朝日が昇る前に空飛ぶ絨毯二枚とベゾムに乗って森を後にする。パリに到着したのは真夜中だ。
ギルドには見送りの二人が残してくれた書き置きがある。集落の人達が感じたワーシャーク夫婦の印象が箇条書きにされていた。礼儀正しくはあったが、打ち解ける様子はなかったとの意見が多かった。
報告を済ませ、アーレアンが残った資金を仲間で分配した所で今回の依頼は終了する。
「ワーシャークのいってた『あれ』が気になるね。一体、古代遺跡には何が隠されているんだろう」
別れ際、仲間の誰もが感じていた疑問をアーレアンは言葉にするのだった。