●リプレイ本文
●準備
枯葉舞う秋のパリ。
早朝、冒険者達は空き地に集まった。
「馬車の見張りは任せて下さい」
リーマ・アベツ(ec4801)が留守番を引き受けてくれると、その他の冒険者は一旦市街に散らばる。戻った集落の人々の生活を助ける為にはパリでの準備が必要だと判断したからである。
精霊からの資金30Gで、必要な品を買って精霊の森まで運ぶつもりだが、それ以外にもしなければならない事は残っている。
諫早似鳥(ea7900)とアーレアンは冒険者ギルドを訪れた。
「銅貨でいいからさ。少し寄付しておくれ」
「集落のみんな、大変だと思うんだ」
二人に頼まれた青年ギルド員ハンスは懐から革袋を取りだして中身を眺めた。諫早似鳥とアーレアンはじっと見つめ続けている。
決断をしたハンスは5Gを取りだした。ギルド受付嬢のシーナとゾフィーもいくらかを寄付してくれる。
教会に立ち寄ったのはルイーゼ・コゥ(ea7929)である。
「司祭様、いらんへんようになりはった‥‥もんは少ないやろうけど、寄付で冬服や毛布なんかもろたら、集落の人達にもらえへんやろか?」
遠くない日に精霊の森へと訪ねる機会があるはずなので、その時に備えて頼んでおいたルイーゼだ。
「お訊きしたいのですけど」
壬護蒼樹(ea8341)は船着き場の人達に聞いて回る。ワーシャーク夫婦の特徴を告げて。
「顔に傷のあるエルフの女性は見かけていません?」
興味があったシャクリローゼ・ライラ(ea2762)も壬護蒼樹の手伝いをした。
残念ながらワーシャーク夫婦を見かけた者はいない。ノームについても同じだ。
ワーシャーク夫婦がドレスタット方面に旅立っていないとすれば、未だに精霊の森を狙っていると考えた方がよさそうである。ノームについては謎が多すぎて今の所判断がつきにくかった。
「これで大丈夫‥‥、次は――」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)は知人のシャシムとバハムット宛てに手紙を出し終える。別々の山で暮らしている二人だが、それぞれ猟師を生業としていた。薫製肉や皮などを主に扱っているので、集落の人々への助力をしたためたアニエスである。
その後、アニエスは木工と皮加工のギルドを訪問した。森にやってくる役人を説得させるには専門家の意見が必要だと考え、各ギルドから一名ずつの派遣を願う。かかる費用はアニエス持ちである。
その後再集結した冒険者達は馬車を市場近くに停めて必要な品物を買い集めた。ルイーゼと壬護蒼樹の寄付も購入資金に加えられる。
特にルイーゼの頑張りのおかげで安く品物を手に入れる事が出来た。食べ物は塩漬け、オイル漬け、根菜、燻製など、日持ちするものが選ばれる。
アニエスは一足先にギルドの二名を連れて空飛ぶ絨毯で精霊の森へ向かった。
馬車で向かう一行もパリを出発する。
リーマは愛馬に跨る。壬護蒼樹は韋駄天の草履で馬車に併走した。安全な道のりだが油断は禁物である。
馬車一行が精霊の森に到着したのは、三日目の昼過ぎの事であった。
●集落
「おお、『冒険者ギルドメンバーとその有志』様からですな。ありがたいことです」
集落の長は冒険者達が運んできてくれた物資に感謝する。集落の誰もがお礼をいう。
他にもリーマが保存食100食分を寄付してくれる。アーレアンもいくらかの保存食を提供した。
市場で手に入れてきたのは緊急用の食べ物と鋸と金槌、そしてたくさんの釘である。毛布もいくらかは手に入れられた。
オーガ族があまり徘徊しなかった地域だったとはいえ、壊された家屋はそれなりにある。少しの穴でもあればすきま風が入り込んで体力を奪われてしまう。補修は必要であった。
先に到着していたアニエスは木工と皮加工のギルド員二名の手伝いをしていた。被害は甚大で、この状態で税をかけるのは集落の終わりを意味すると判断される。
明日の昼にやって来る役人によって年貢や支援がどうなるかが決まる。状況を知ってもらう為にも荒れ果てた現状はわざとそのままにされる。
男達は狩りをし、女性や子供達は秋の実りである果実やキノコ類を採集する。
まずくて普段は食べない木の実なども集められた。飢饉があるのを想定して、決して伐ってはいけない木があるのだという。
アニエスとアーレアンは集落に残って役人との交渉の場に立ち会う事が決まった。
何とかして集落の長と共に役人から譲歩を引きださなくてはならない。役人の立場からすれば、年貢などの税は支払うのが当たり前だからだ。
二人を除いた冒険者達は湖へ向かう。湖の精霊フィディエルのクールネと、森を守護するアースソウルのキリオートとの相談である。
「あれからオーガみかけました?」
「今の所、戻っていないね。安心は出来ないけどな」
シャクリローゼの質問にキリオートが答えた。
集落の人々についても話題にのぼる。
森の精霊達にとっては、動物も人も命の価値としては同じであった。
極度にバランスが崩れない限り、どちらかに加担する事はないので基本は放置である。もっとも、そのバランスが崩れたので冒険者に助けを求めたのであるが。
よく実った木のある場所ぐらいは集落の人々にそっと教えてあげるつもりのようだ。
すでに日は傾いているので、古代遺跡調査は明日早朝からと決まる。
焚き火用の薪を用意をしてから、冒険者達は集落の長から借りた家屋で眠りにつくのだった。
●交渉」
四日目の朝、古代遺跡に向かう仲間を見送った後、アニエスとアーレアンは気合いを入れて集落へと戻った。
昼にはバロー領主代行の役人が集落を訪れる予定である。
集落は石化の恐怖に襲われてからこれまでの間、実質的に機能を失っていた。何もしなかったというか、出来なかったというのが正しい。
その点を役人に対して強調すべきだとアニエスは集落の長に進言する。
教会への献金などはパリで世話になった司祭を通じて精霊の森が属する教区に連絡が届いているはずである。
昼頃、蹄の音が集落に近づいてきた。馬車が停まって中から出てきたのが役人であった。
「遠路はるばるご苦労様です。お疲れでしょう。まずはお茶でも」
「せっかくだがお断りする。長居をするつもりはないのでな」
集落の長の誘いを役人は断る。そうなるのはアニエスによって予測されていたが、それでも誘うように長を促したのは敬意を表す為である。
集落の長からアニエスとアーレアン、木工と皮加工のギルド員二人も紹介される。
話を聞く前に、役人は大まかな現地視察を行いたいという。
まずは役人と一緒に集落内を歩いて一周する。
続いて馬車で森を回ろうとする役人をアーレアンが止めた。
アーレアンはアニエスから借りた空飛ぶ絨毯に役人を乗せて森の上空を飛んだ。
目指したのはオーガ族が根城にしていた集落跡である。家屋は無惨に破壊され、オーガ族の死骸も手が足りないので放置されている。
アーレアンは空飛ぶ絨毯を集落跡に着地させた。
「この集落は石像作りが盛んだったのか? 資料には書かれていないのだが」
役人はそこら中に転がる壊れた人の形をした石像を見下ろす。
「石像に見えるのは、すべて本物の人なんです。ゴーゴンによって石化され、そしてこの集落を根城にしたオーガ族によって、こんな状態に。ここまで破壊されていると元に戻しても、もう‥‥」
ゴーゴンに襲われて集落の人々が石化させられた事実は役人も知っていた。だが、あまりの現実感のなさに石像と思い込んでしまったのだ。
改めて人だと認識した役人は、壊れた石像を一つずつ凝視して十字を胸の前で切った。
しばらくしてアーレアンと役人は復興させようとしている集落へと戻る。
それからは長の家屋で話し合いが行われた。
年貢は主に木材、皮製品、加工肉、乾燥させた薬草などの物納である。
「何かしらの代替手段による納付をお願いします。領主館での奉仕などで――」
アニエスは集落の長をフォローしながら懸命に今年の年貢を免除してもらえるように頼んだ。
役人は質問こそするが、なかなか結論は出さなかった。滞在予定の二時間は過ぎて、もうすぐ三時間が経とうとしていた。
「援助は無理だ。こればかりはどうにも出来ない。だが年貢は去年の半額にしよう。そして来年からの三年の猶予で納めるがよい。‥‥これ以上の免除は他に示しがつかないので無理だ。どうかうまくやっておくれ」
そう言葉を残して役人は馬車で精霊の森を立ち去るのだった。
●古代遺跡
「助かりますわ」
「えろうすんませんな」
シャクリローゼとルイーゼは荷物の一部を持ってくれる壬護蒼樹に礼をいう。
ライトの魔法で出された光球で通路を照らしながら調査班は坂道を下る。
地下十一層までショートカット出来る縦穴に到着すると、一部の荷物はここに残される。
リーマと諫早似鳥がそれぞれの空飛ぶ絨毯を発動させた。分かれて乗り込むと一気に降下してゆく。
十五層に到着し、空飛ぶ絨毯は柱にロープで繋いで水上に浮かべられた。レミエラのおかげで沈まない。
「それでは」
クールネは調査班の冒険者達に次々とウォーターダイブを付与する。魔力回復アイテムをクールネに提供する冒険者もいた。
フェアリーのユニとフィーネルは空飛ぶ絨毯の見張りである。
潜りながらワーシャーク夫婦とエルフの女性ノームの事が話題となる。
昨晩、諫早似鳥はリーマにスクロールを貸して未来を占ってもらった。ノームについてだが、その結果偽名である可能性がかなり濃くなる。
調査班の四日目は十八層を隈無く調べる事に費やされた。
「ぎょうさんありすぎや」
ルイーゼのクレバスセンサーによって隠し扉が次々と発見される。
「何にもないよう‥‥ぬぅけぇ抜けない‥‥。抜けた!」
壬護蒼樹がミミクリーを使って頭を小さな隙間に差し込んで確認したりもする。
「何だ、これ? 収穫祭?」
諫早似鳥が隠し部屋の一つで石壁のレリーフを発見する。
「そうみたいです。ここにそう彫られています」
リーマの解読によれば諫早似鳥の想像通りに精霊の祭りを表したもののようだ。
森の中でフェアリー達が踊り、その中心には笛を吹く子供のような精霊が彫られている。ドラゴンも一体だけだが隅に存在していた。
他には特に重要そうなものは発見されなかった。
その夜、調査班は古代遺跡内に留まる。諫早似鳥が持ち込んだ食材と野草を使って味噌味の鍋料理が振る舞われた。冷えた身体にはとてもありがたい料理だ。
アニエスとアーレアンがやって来て、役人との交渉の結果報告が行われる。
五日目の朝、調査班は再び水に満たされた古代遺跡の地下を目指した。十九層は後回しにされ、最下層である二十層が先に調べられる。
ルイーゼがクレバスセンサーで唯一の隠し通路を発見する。だが酷く破壊されていた。
壬護蒼樹が持ってきたロープを使って壊れた柱を縛り、全員で引っ張る作業が続けられる。やがてシフールなら通れる隙間が出来上がり、ルイーゼとシャクリローゼが通路の奥へと向かう。
奥には小部屋があって中央に石の台座があったものの、他には何もなかった。
「これはなんでしょう」
シャクリローゼが光球で台座に刻まれた文字を照らす。はっきりとは判らないのでルイーゼと共に図形として文字の形を覚えて仲間の元に戻る。
文字の形を知ったリーマは説明する。ゲルマン語に直訳すると『舞踊の横笛』という意味だと。
縦穴の上に引き返した調査班は、舞踊の横笛が『あれ』の正体なのかを話し合った。
アーレアンが断片的に書き写した文の中にも舞踊の横笛に対する綴りの残骸がいくらか残っていた。つまりはそれだけこの古代遺跡にとって重要な品であったようだ。
「何か聞こえないか?」
諫早似鳥が耳を澄ます。だんだんと音は大きくなり、誰の耳にも届くようになる。
それは笛による演奏であった。
「どうしたの? ユニ、フィーネル!」
シャクリローゼがフェアリーの異変に気がつく。二体とも笛の旋律に乗って軽やかに踊り始める。
「これは‥‥」
クールネの様子もだんだんとおかしくなり、最後には笛に合わせて唄う。古代遺跡内を見張るフェアリー達にもいつの間にか踊っていた。
「うぉぉ!!」
壬護蒼樹が全力でライトの光球を縦穴に投げ込む。
「誰かいるで。‥‥ワーシャーク夫婦とちゃうやろか」
縦穴の底をルイーゼが見下ろした。
「舞踊の横笛、確かめさせてもらった。これでいい、これで‥‥」
高笑いをした後でギーノが叫んだ。ヒリーノは笛を吹き続ける。
仲間とアイコンタクトをとったルイーゼはライトニングサンダーボルトを真下へと放った。
「まずはこの森の精霊達からだ! 待っていろ!!」
稲妻はギーノに衝撃を与えたものの、ワーシャーク夫婦は水中へと消えてゆく。笛が鳴らなくなると精霊達の様子は元に戻った。
「踊り弾む心を抑え切れませんでした」
クールネがその場に座り込んだ。
どうやら舞踏の横笛には精霊を昂揚させる効果があるようだ。そしてクールネ程の精霊でさえ抵抗出来ないらしい。
陽気になるだけならば無害にも感じられるが現実は甘くなかった。実質的に精霊は無抵抗になるので、敵意を持つ者にとっては凶悪な武器へと化ける。
精霊達も最初はその意味に気がつかなかったのだろう。ただ、みんなで陽気に過ごす為の遊具であったのかも知れない。
しかし気がつく者がいて状況は一変したはずだ。地下遺跡に残る戦いの痕跡は、そのせいで出来た可能性もある。
「森の精霊達でどれだけの効力があるかを試して‥‥、そしてユグドラシルで‥‥」
シャクリローゼは恐ろしいと感じて自らの口を手で塞いだ。
「あの口振りからするとすぐに襲うつもりではないね。奴らの手の内がわかったのは、めっけものと考えるべきか」
諫早似鳥は落ち込んだ様子のクールネを見つめた。
●そして
冒険者達は集落の人々に感謝されながら精霊の森を後にする。
七日目の夕方、パリに戻った冒険者達はギルドで報告をした。
クールネからもらったレミエラも使えるものに交換してもらい、残金は公平に分配される。アーレアンはそのお金で次回の参加時に何かを買って行くつもりのようだ。
しばしの雑談の後、一行は解散するのだった。