●リプレイ本文
●村へ
早朝、パリ冒険者ギルド近くの空き地。刀吉が待機する馬車へ次々と参加者が集まり始めた。
シルヴァンはヴィルジール・オベール(ec2965)と共に鍛冶屋や武器屋を軽く回ってから空き地へと現れる。
フレイ・フォーゲル(eb3227)とヴァジェト・バヌー(ec6589)は、シルヴァンから許可を得ると、さっそく自前で持ってきたそれぞれのフライングブルームに跨って飛び立ってゆく。目指すはヴェルナー領・ポーム町のリュミエール図書館である。
他の者達は刀吉が御者をする馬車へと乗り込んでパリを出発する。
道中に交わされた雑談の中で、やはり多かったのは鍛冶の話題だ。
シルヴァンだけでなく、冒険者各自の鍛冶作業も佳境に入っている。クァイ・エーフォメンス(eb7692)はすでに完成。もうすぐの者がほとんどなので、気合いの入り方が違う。
馬車は予定を狂わせる事なく、二日目の夕方に森深きタマハガネ村へと到着する。
今日のところは明日からの作業を前に身体を休める者。わずかな時間を惜しんで、真夜中にも鎚を振るう者など様々であった。
●完成の大太刀
春日龍樹(ec4355)は板間に正座して刷毛を手にしていた。
打ち終わった刀身へ耐火性の焼刃土を塗ってゆく土置の作業である。
土は採取したそのものを使う訳ではなかった。不純物を取り去った後、木炭や砥石の粉を混ぜ込んで調整したものだ。
焼刃土は何種類か作られていて、それぞれに耐火の特性が違う。焼き入れをあまくした部位には耐火性の高い焼刃土を塗る。さらに盛り方なども微妙に変えられた。
(「もう一息だな‥‥」)
土置が終わると春日龍樹は刀身を日陰に干す。茎尻を木製の道具に差し込んで、しばらく様子を眺め続けた。
一日半の乾燥が終わる。春日龍樹は深夜、シルヴァンと共に焼き入れをする為に火床へ待機した。
焼き入れはいつも夜明け前である。
「それでは一度、俺は消えよう」
シルヴァンがハニエルの護符を冷水に沈めて祈りを捧げ、発光させると外へ出てゆく。
一人火床へ残った春日龍樹は炭で覆われた刀身を見つめた。感じる熱と輝き、さらに勘で刀身がどれだけ熱されているのかを探る。
そして頃合いを感じた瞬間、刀身を炭の中から取りだして水平に、ブレのない動きで一気に冷水へ浸した。
激しい音と共に水蒸気が沸き起こる。やがて収まり、春日龍樹は大太刀の刀身を引き揚げた。
自分の想いが届くかどうかは別にして、春日龍樹はまず水底で輝くハニエルの護符に感謝した。そして刀身を確かめて、強く春日龍樹は頷く。
その後、戻ってきたシルヴァンが見守る中、春日龍樹は硬さの調整の為に焼き戻しを行った。
翌日からは仕上げである。
研ぎが主だが、鞘などの装具も刀身に合わせて作られる。
以前にシルヴァンが伝えたように、実際の受け渡しは次の機会となる。
春日龍樹は打ちあげた大太刀の茎に『白華』と銘を刻んだ。
空いた時間はニセ・アンリィ(eb5734)を手伝うつもりであった。
●分かれる二つの道
フレイとヴァジェトはリュミエール図書館で発見された三巻からなる『亡者の記録』の解読に日々を費やした。
「それにしても、未知の言語とは興味深いぞ」
フレイは十戒の引用から文章を読み解く。
「こちらの言葉は『地下』を指すようですね」
ヴァジェトはリードセンテンスの魔法で補助をする。
方法は以前と同じだが、要はどれだけ時間をかけるかである。解読しながらのゲルマン語への翻訳がひたすら続けられた。
ヴァジェトのリードセンテンスのおかげで、翻訳作業は予定よりもかなり早く完了する。フレイはヴァジェトにとても感謝していた。
『亡者の記録』三巻の翻訳書をフレイは『フレイの書』と名付けた。リュミエール図書館に一セットを寄付し、さらに一セットはタマハガネ村で保存してもらうつもりである。フレイ個人としても一セットを手元に置いておくつもりだが、活用するとすればタマハガネ村の協力は不可欠になるだろう。
「どうしましたか?」
「どうやら選択が必要なようなのですぞ」
本を前に悩むフレイの姿を見かけたヴァジェトが声をかける。
シルヴァンと懇意のラルフ卿が率いるアガリアレプト討伐隊に役立ててもらうとすれば、フレイの書・下巻によるアンデッドスレイヤーの秘術の実践をすぐにでも始めなければならなかった。
伝わってきた話によれば地獄階層にはデビルだけでなく、アンデッドも存在するようだ。
おそらくシルヴァンの協力があれば比較的スムーズに材料や器具などは集まるだろう。とはいえ書の記述に従って組み合わせればいいものではない。きっと微妙な材質の違いや翻訳間違いによる変更によって試行錯誤が必要なはずだ。
つまりフレイの書を完全なものにするには、実際にアンデッドスレイヤーを作ってみなければ始まらない。
書の内容が本当だとすれば、シルヴァンが持つデビルスレイヤー能力を武器に付加出来るハニエルの護符のアンデッドスレイヤー版になるはずである。形は金属のような板、焼き入れの際に使用する作法もハニエルの護符と大差はない。
とはいえ、さらなる魔法鍛冶の発見を望む心がフレイの中にはある。その為にも昨日、図書館に追加の調査費を渡したばかりだ。
このまま図書館で調べを続けるのか、それともタマハガネ村でアンデッドスレイヤーの護符を作り上げるのか。
フレイは岐路に立たされていた。
●祈りが形を成す
朧虚焔は前回と同様にスノーマンのパクとペクにクーリングによって冷水を用意してもらう。持ち込んだ聖水も混ぜ入れた。
通常、夏場では手に入らない凍る寸前の冷水を使って、朧虚焔(eb2927)は三割ブラン合金の剣素材を鍛える鍛冶を開始した。
肝心なのはこれからである。目指す剣はとても軽く、それでいて波打つ刀身を持たせなければならなかったからだ。
最初は両刃を目指したが、日本刀特有の各部の硬さを変えてより鋭い斬れ味を得る技を活用する為にあえて片刃の構造を選んだ朧虚焔だ。それ故にその他についての妥協をするつもりはなかった。
祈り紐を腕に結び、手にはめた竜の籠手で握る月雫のハンマーを振り下ろす。
大まかな形まで伸ばすのは比較的簡単だが、七日目には刃の部分に突入する。波打つ刃は長く時間をかけてゆっくりと丁寧に仕上げてゆくしか方法はなかった。
時間を見つけると朧虚焔は刀吉と村人に道具作りを頼んだ。
普段タマハガネ村では、波打つ刃を持つ刀剣を作らない。つまり朧虚焔が打つ剣専用の研ぐ道具が必要となった。
「世界を脅かす悪に立ち向かうため‥‥」
十三日目の深夜、朧虚焔は月雫のハンマーを近くの台へ置いて大きく深呼吸をする。
出来上がったばかりの波打つ刃に炭の輝きが映り、真っ赤に輝いていた。
後は焼き入れと研ぎ。そして装具を残すのみであった。
●象眼細工
「ここは丁寧に。装飾品職人の腕の見せ所だわ♪」
ナオミ・ファラーノ(ea7372)は窓際の机前の椅子へと座り、細工用工具一式を広げた。
目の前には前回打ちあげた斧刃。その両面に翼をモチーフにした象眼を施すつもりである。
羽根の部分には金銀が重なり合うように埋め込んでゆく。細かく、そして目が疲れる作業であったが、ナオミはやる気に満ちていた。
あまり根を詰めないようにと、石突と斧の先端につける槍の部分にも手を付ける。両方とも銀製で比較的加工は楽である。
象眼より先に銀製の石突と槍の部分は仕上がった。
ナオミは自分の作業の他にヴィルジールを手伝う。似た時間帯に、ニセを手伝う春日龍樹もいたので実質的に四人での作業となる。
ヴィルジールとニセが打つ純ブランの武器の完成も間近だ。
その他にシルヴァンの元を訪れて、ヴェルナーエペの拵えについても引き続き話しを聞いて考えた。
夜にはランタンを灯して、ナオミは斧刃への象眼に集中する。
「‥‥天使の翼」
十二日目の朝方には満足する象眼が斧刃両面に浮き上がる。
ハニエルの翼が描かれる斧刃。朝日に照らされる様子を、ナオミはしばらく観賞し続けた。
磨きを含めた最終的な仕上げはまだだが、それらは次回への持ち越しとなった。
●二つの純ブラン武器
同じ火床でヴィルジールとニセはそれぞれに鎚を振った。時には相槌の仲間に頼み、自らは純ブランの武器を微妙に動かして突き詰めてゆく。
さらに二人を手伝ってくれたのはナオミと春日龍樹である。
他にも刀吉と鍔九郎、そしてシルヴァンも顔を出して手を貸してくれる。
作業そのものは単調といってよかった。太陽の箱ですでに象った鋳造品を仕上げてゆくのだから。
しかし、込める鍛冶師の魂の輝きは鍛造でも鋳造でも同じだ。
ヴィルジールは平和の願いを込めて。
ニセは鍛冶の調和を鎚を打つリズムによって世界に語る。
魔力炉の輝きを全身に浴びながらヴィルジールとニセは純ブラン製の作刀に没頭した。
特にニセは前回と同様に食事の時間すらも惜しんでいた。乾餅で簡単に済ませたのである。ただ、体調には気をつけて睡眠についてはしっかりととる。
ヴィルジールは最後の仕上げについてをシルヴァンに相談する。焼き入れは鍛冶師の魂を込める最後の儀式でもあるので是非自身で。研ぎについては確実性を求めるならば刀吉に任せた方がよいと助言された。
拵えなどの装具は村の職人か、もしくはナオミに相談するのがよいという。
「前にもお話したが、銘は陽皇じゃ‥‥」
ヴィルジールは打ち上がった野太刀の刀身をシルヴァンに見てもらう。
友の為に打ちし、一品物だ。
まだ焼き入れも研ぎもされておらず、また拝見の時は深夜であったが、すでに陽皇は眩しい輝きを宿していた。
「ワシの新しい穂先は『月虹』ズラ」
ニセが打ったのは青龍偃月刀の新しい穂先である。
焼き入れ後になるが、ブラン合金製の糸で祈紐を作成し、さらに星星のように刃へ打ち込んでみようと考えていた。他の素材での実験では成功する。
ヴィルジールとニセ、どちらも純ブランの武器も完成間近。焼き入れと研ぎ、拵え用の装具を残すのみとなった。
●ヴェルナーエペ
「先日はありがとうございました。おかげ様で必要とする方に渡す事ができます」
クァイはシルヴァンを手伝う事に決めていた。まずはクァイエペについてあらためてお礼をいった後で、さっそく作業に取りかかる。
仲間達の食事についてもクァイは様々な工夫をする。いつも用意する岩塩と蜂蜜の飲料の他に、体力を維持できるよう力がつく料理を心がけた。
ゴヴニュの麦酒やプラウリメーのロウソクなど鍛冶に役立つ品については、シルヴァンへ提供した。特にプラウリメーのロウソクは魔力炉の火力維持に役立ち、シルヴァンだけでなく仲間達にも貢献する。
「そうか。クァイさんは地獄で戦ったことがあるのか」
「はい。とても変わった場所でした――」
休憩中、クァイはシルヴァンに地獄の様子を語る。少しでもヴェルナーエペの作刀に役立てばと思いながら。
ラルフ卿が戦っている地獄はクァイの知る領域とは違うようだ。しかしデビルが支配し、地上での常識が通用しない点は一緒である。
シルヴァンが作刀する時、刀吉か鍔九郎のどちらかが必ず手伝っていた。クァイは二人とも親交を深めながら、きめ細やかな補助をする。
「互いに切磋琢磨し、技術をのばし合い、そしてのびた相手よりまた学ぶ‥これが鍛治屋の醍醐味と言うものですなぁ」
「そうズラ。鍛冶の道は一日にして成らずズラよ」
ヴィルジールとニセも時折顔を出してシルヴァンの相槌役を務めてくれる。
シルヴァンは感謝の表情をありありと浮かべた。
端から眺めるヴェルナーエペの刀身に見かけ上の変化はない。しかし何となくだが変わってゆく様がクァイにもわかる。
「シルヴァンさん!」
「だ、大丈夫だ‥‥。すまないな」
十日目の深夜、シルヴァンが立ち上がった瞬間に足をよろけさせて倒れかける。
クァイが支えて難を逃れたが、もう少しで真っ赤に熱せられたヴェルナーエペの上に転がるところであった。
無理にでも続けようとするシルヴァンを刀吉と鍔九郎が無理矢理に休ませる。しかし、朝には火床で一人ハンマーを振るうシルヴァンの姿があった。
冒険者達がパリへと帰ろうとする十四日目の朝、ヴェルナーエペの刀身が打ち終わる。
シルヴァンの作刀は残り、焼き入れのみとなった。
●そして
タマハガネ村で作刀した冒険者一行は刀吉の馬車でパリへの帰路に就く。
そして十五日目の夕方にパリ冒険者ギルドでヴァジェトとフレイの二人と合流する。
預かってきた報酬のレミエラを分け合いながら、互いの成果を伝え合うのだった。