●リプレイ本文
●出発
早朝のパリ、コンコルド城近くの空き地には一両の馬車が停まっていた。
「それでは図書館で魔法鍛冶についての資料を探しに行って来るね〜」
一同にしばしの別れを告げたフェザー・ブリッド(ec6384)は、フライングブルームに跨るヴァジェト・バヌー(ec6589)の後ろへ乗せてもらう。
「フレイさんが心おきなくアンデッドスレイヤーの護符作成に取り掛かれるよう、引き続き図書館での解読作業を続けたく存じます」
会釈をしたヴァジェトはフライングブルームを発動させ、ゆっくりと澄んだ空へと上昇していった。二人はフレイ・フォーゲル(eb3227)に代わってポーム町リュミエール図書館での資料探しに向かったのである。
「私も先に失礼して、村で待っていますぞ」
今回のフレイはアンデッドスレイヤー能力を付与する魔法アイテムを完成させる為にタマハガネ村へ滞在するつもりでいた。とはいえ少しでも時間が惜しいので、シルヴァンの許可を得ると自前のフライングブルームで一足先に飛んでゆく。
「教えて頂いてありがとうございました」
「いや、こちらこそ案内をしてもらってすまなかったな」
見送りのアニエスと挨拶を交わしてからシルヴァンが馬車へと乗り込む。
アニエスからブランシュ騎士団黒分隊の知人を紹介してもらい、分隊長のラルフに関する情報を得たシルヴァンだ。
アニエスもシルヴァンから教えてもらった事がある。ラルフが好むのは濃い青系。ドレスは単色でまとめた比較的動きやすそうなデザインがいいらしい。好きな女性のタイプもあるようだが、シルヴァンによれば気にする必要はないという。とどのつまり、惚れた相手が好みの女性になるだろうからと。
刀吉が御者をする馬車はシルヴァンと冒険者六名を乗せてパリを出発する。一晩の野営を経て二日目の夕方頃にタマハガネ村へと到着した。
作刀をする冒険者のほとんどが完成まで後一歩というところまで進んでいた。道中でもしてきたが、鍔九郎も加えてシルヴァンの家屋で夜遅くまで語り合う一同であった。
●白華
三日目の暮れなずむ頃、春日龍樹(ec4355)はシルヴァンの家屋を訪ねていた。
「確かに受け取った。それでは今一度、確かめてくれ」
春日龍樹が差しだした革袋を受け取ったシルヴァンは、床に座る春日龍樹の前に一振りの大太刀を静かに置いた。
桜の花があしらわれた朱塗りの鞘。手にした春日龍樹は抜いて刀身を眺める。
「さて、打ち終わって会うのは久方ぶりだな」
しばしの無言の後で春日龍樹は呟く。自らが打った大太刀『白華』は威風堂々としていた。
「お前が力及ばなかったら、それは全て俺のせい。出来て、すぐに散る事になるやも知れぬが、兄の力になってくれ」
そういって春日龍樹は元の鞘に戻す。
「ここまで良い物に出来たのは、シルヴァン殿、それに他ならぬタマハガネ村の仲間達のお陰だと思う」
「いやいや、頭をあげてくれ」
礼をいう春日龍樹にシルヴァンは大した事はしていないと首を横に振る。
「俺もヴェルナーエペ真打を完成させてラルフ殿に早く渡さねばと考えている。春日さんのように頑張らなくてはな」
「それはたまたま早かったまで。取り敢えず当面の仕事は終わったので、この度は村の雑用を手伝おうと思う。それと仲間が手伝いを探していたのでそちらも」
春日龍樹はシルヴァンと話した後で手応えを確かめる為に白華での最後の試し切りをしてみた。両断した藁束の切り口を確認すると、満足な笑みを零した春日龍樹であった。
●パーガトリアル
「戦斧パーガトリアル‥‥ついに完成、しちゃうのね」
鍛冶作業小屋『火床』の片隅。ナオミ・ファラーノ(ea7372)は机の上に置かれた今朝に焼き入れをしたばかりの斧刃をぼんやりと見つめる。
彫金による象眼が施されていたので、焼き入れの作業はかなりの慎重さが求められた。焼き入れ後に彫金するのも手であったが、あえて難しい技法に取り組んだのである。
焼き入れが終わった直後、象眼が外れていない事にナオミはほっとする。シルヴァン特製の非常に耐火性のある焼刃土の厚塗りとハニエルの護符の加護のおかげだ。
以前、ナオミがデビルスレイヤー能力があればといっていたのをシルヴァンは覚えていた。そこでハニエルの護符の使用を勧めたのである。
象眼が綺麗に残ったのを天使ハニエルに感謝すると、ナオミは刀吉の作業小屋を訪ねる。村の中で一番研ぎの道具が揃っているのがここだからだ。
象眼部分を羊皮紙で保護してからさっそく刃の研ぎを行った。二日をかけて仕上げると、今度は刃の部分を羊皮紙で覆って象眼を含めた全体の磨き作業に入る。
加熱のせいで膜のように張っていた銀の錆びがとれ、綺麗な象眼が浮き上がる。再び錆びないように注意しながらナオミは磨いていった。
満足な仕上がりになったところで柄と石突を繋げ、戦斧パーガトリアルの完成と相成る。
「自分では悪くない出来だと思うけれど。実際武器を振るう人達が見るとどうなのかしらね、この『武器』は」
仕上がりを確かめたナオミは約束通りにシルヴァンへパーガトリアルを預けた。かかった費用は104Gのようだ。
残った時間は仲間の手伝いとヴェルナーエペの拵えの作成に費やしたナオミであった。
●シルヴァン
太陽が昇ったばかりのタマハガネ村は、まるで火事場のような騒がしさに包まれる。
四日目の深夜から五日目の早朝にかけて、純ブラン用火床の魔力炉でヴェルナーエペの焼き入れが行われた。
シルヴァンは当然だが、他に立ち会ったのは刀吉と鍔九郎、そして魔力炉を維持する為のウィザード達であった。
純ブランの刃に焼き入れという作業がどれだけ必要なのかをシルヴァンは理屈として把握していない。しかしヴェルナーエペ影打の際に、シルヴァンの鍛冶師としての勘は必要だと囁いていたという。
ハニエルの護符によるデビルスレイヤー能力の付与にも焼き入れという作業は不可欠である。
ヴェルナーエペの焼き入れが終わり、焼き戻しが必要かを考えている最中にシルヴァンは気を失う。急遽、医者が呼ばれる騒ぎの間にシルヴァンが倒れたという報が村内に広まった。手が尽くされてもシルヴァンは昏酔のまま。床に敷かれた布団の中でうなされ続けた。
「大丈夫ズラか!」
「シルヴァン殿!」
仲間と共に駆けつけたニセ・アンリィ(eb5734)とヴィルジール・オベール(ec2965)は思いだす。純ブランを鋼材として使っても+3レベルを越えた後の伸びしろはとても少ないとシルヴァンが語っていたのを。
ハニエルの加護を授かったシルヴァンですら極限の追い込みであったのだろう。もしかすると、シルヴァンは以前からこうなるのを覚悟していたのかも知れない。
心配は尽きなかったが、六日目の昼過ぎにシルヴァンが目を覚ます。意識ははっきりとしており、起きて最初の言葉はヴェルナーエペについてであった。
今一度確認して焼き戻しは必要ないと判断したシルヴァンは研ぎを刀吉に任せる。拵えについてはナオミに一任した。
「シルヴァン様のお世話はお任せ下さい」
病人となったシルヴァンの世話をクァイ・エーフォメンス(eb7692)が買ってでてくれる。
クァイは仲間達のものとは別に消化のよい食事をシルヴァンに用意する。喉が乾いても平気なように蜂蜜を湯に溶かし、塩を少しいれた飲み物も湯煎にしておく。
「専門外なのでうろ覚えですが、ラルフ様の腕、クローニングという魔法を使える方がいらっしゃれば再び腕を元に戻す事は可能と思われます」
「そうらしいな。俺もパリでそう聞いた。だがな‥‥何となくだがラルフ殿は治さずにそのままにしておくつもりのような気がする。ただ勝手に俺がそう思っているだけなのだが‥‥」
クァイはシルヴァンと様々な話をしながら、看病の日々を過ごすのであった。
●リュミエール図書館
ヴェルナー領ポーム町に到着したヴァジェトとフェザーは、さっそくリュミエール図書館での資料探しに没頭した。
「魔術の本なのにまるで船大工の本のように、言葉を置き換えて書かれているものもあると聞きますし」
ヴァジェトはすでに司書達が集めてくれた本をさらに選別する作業に入った。フレイが後で役立てられるように、一言でいえば目録を作る作業だ。ゲルマン語とアラビア語、そしてリードセンテンスの魔法を駆使して読み解いていった。
「ほんのりとだけど、魔力が残っている感じね。どういう経緯でこうなったんでしょ」
フェザーは図書館内を巡回して新たな本を探す。その際にリヴィールマジックを自らに付与して魔法の物品特有の輝きを手繰った。
ヴァジェトとフェザーの調べは困難を極める。そもそも『フレイの書』の元になった『亡者の記録』上・中・下の三巻が大発見といってもよい。匹敵するような新たな書物が簡単に見つかるはずもなかった。
魔力が宿る本もいくつかあったが、魔法鍛冶に関わる内容ではない。すでに図書館内のあらかたの本の調査が終了していた。後は新たな本を外部で探さねばならない段階に入る。その為の費用としてヴァジェトはかなりの金額を図書館に寄付するのだった。
残る時間、ヴァジェトとフェザーはリードセンテンスを駆使して図書館に寄贈されていた『フレイの書』を確認してゆく。
間違った記述はなかったが、複数の解釈が可能な箇所がいくつもある。それらをまとめると二人はタマハガネ村へと向かった。
●護符
「なるほどですぞ。あの欠片をすりつぶして混ぜれば‥‥」
フレイはエルザのレミエラ・ガラス工房の一室を実験部屋にして護符作りに勤しんでいた。シルヴァンの要望ですべては秘密裏に行われる。
素材はこれまでにエルザがレミエラ作りの行程で集めたもので大抵が足りる。どうしても必要な品については鍔九郎が手配してくれた。
「な、なんかすごいわね」
「この臭い、硫黄でしょうか」
ポーム町からやって来たフェザーとヴァジェトが実験部屋を訪ねると、その異様さに圧倒される。ジーザス教の異端審問官がいたのなら、あるいは嫌疑をかけられてしまうかも知れない状況がそこにあった。
「なるほどですぞ。途中から四分岐させて試した方が効率的かも知れません」
ヴァジェトとフェザーから意見をもらったフレイは何度も『フレイの書』を読み返す。
実験は実践の繰り返しとなる。
シルヴァンが倒れる程に頑張った姿はフレイの心も奮わせた。目指す護符があればアンデッドスレイヤーの武器をタマハガネ村で作刀可能になる。地獄階層で奮闘している黒分隊を応援する意味でも早く完成にこぎ着けたかった。
食事は乾き餅で済ませ、眠い目をこすりながらフレイは奮闘する。
十二日目の夜、鍔九郎に打ってもらった日本刀の焼き入れに仕上がったばかりのフレイの護符が使われた。見かけはハニエルの護符に似た銀板のような形をしていた。ハニエルの護符とは違い、冷水の中で赤い輝きがフレイの護符から放たれる。
次の機会までに日本刀を完成させ、スレイヤー能力が備わったかどうかを調べておくと鍔九郎が約束してくれる。
フレイは鍔九郎に深く感謝するのであった。
●炎
「私もこの一刀に命を吹き込む覚悟で。今なお各地で猛威を振るい続けている悪魔を退ける手助けとして」
朧虚焔(eb2927)は炭火の熱で焼き入れを行おうとしていた。ブランが三割混ぜられた鋼材だと魔力炉の火力では強すぎるからである。
床に伏せていたシルヴァンも、このときだけは火床を訪れてハニエルの護符を発動させてくれる。目頭を熱くしてシルヴァンに感謝した朧虚焔である。
冷水はペット達が用意したものだ。
一連の焼き入れ作業に関してはつつがなく終わった。
ただ朧虚焔の作刀の善し悪しはまだ確実なものとなっていない。普通は焼き入れが最後の難関となるのだが、朧虚焔には波打つ片刃の研ぎという困難が待ちかまえていた。
刀吉に頼んでおいた特製の研ぎ道具を使って朧虚焔は刀剣を完成に導こうとする。タマハガネ村には波打つ刀剣を仕上げた経験者はいない。
「一年以上に渡るタマハガネ村での鍛冶活動の集大成‥‥」
研ぎ終わり、拵えもすべて仕上がった刀剣を朧虚焔は眺める。月光のわずかな反射なのに、まるで激しく燃える炎のような姿をまとっていた。
銘は『北斗七星剣・虚焔』。かかった素材代は370G。
シルヴァンに預けるまで『北斗七星剣・虚焔』を常に身近へおいた朧虚焔であった。
●純ブランの武器
ニセとヴィルジールは共に焼き入れの用意を行った。
それぞれに気になった部分を修正したものの、二時間ほどで作業は終わる。
シルヴァンが用意してくれた焼刃土を丁寧に置いてゆく。ニセは偃月刀の先端部分、ヴィルジールは太刀なので全体へと。
「千年戦い千年人々と世界の調和を護る剣とするズラ」
これまでも何度も繰り返した言葉をニセは呟いた。シルヴァンに最後の修正の相づちを頼みたかったのだが病気では仕方がなかった。
病床のシルヴァンにニセは願われる。どうかその武器の力でアガリアレプトの地獄階層のラルフ殿を助けてやって欲しいと。
「この陽皇は友のために‥‥」
ヴィルジールもシルヴァンに協力を願われた。ヴェルナー領のヘルズゲートを護って欲しいと。
春日龍樹とナオミ、刀吉と鍔九郎は二人をいろいろと手伝った。焼き入れの時には魔力炉を発動させる為にウィザード達も協力してくれる。自らが用意した物品も駆使して焼き入れは始まった。
集中力を高める為、二日に渡って焼き入れは行われた。くじ引きによって最初はニセ、最後にヴィルジールの順となる。
焼き入れにこそ使わなかったが、鍔九郎がシルヴァンからハニエルの護符を借りてきてくれた。ハニエルの護符に見守られる中で作業は続けられる。ニセもヴィルジールも自分の番の時に手応えを感じた。
残るは研ぎと拵えの用意である。
ニセはブラン合金の祈り紐を刃の側面に打ち込んでから研ぎの作業に入る。刀吉の研磨の腕も借りて丁寧に仕上げてゆく。
ヴィルジールは研ぎの節目に外へ出て刀身をかざして太陽光を当ててみた。磨かれてゆくうちにさらに輝きを増しているようだ。
滞在の間に二人の武器の拵えは完成しなかった。ただ、今度の来訪までに完成させておくと村の職人は約束してくれる。
最終的に青龍偃月刀「月虹」にかかった費用は1910G。野太刀「陽皇」は2010Gに収まる。
次回の受け渡し時にシルヴァンへ支払う約束となっていた。
●そして
十四日目の早朝、冒険者達はシルヴァンの容態を心配しながらパリへの帰路に就くのだった。