●リプレイ本文
●相談
二日目の宵の口、冒険者一行は刀吉の馬車で森深きタマハガネ村に到着する。
「おかげで純ブランによる作刀の環境が整った。大量の純ブランをルーアンから取り寄せるのに数日を要するが、搬入され次第打ち始めるつもりだ」
冒険者用の家屋を訪れたシルヴァンが村の状況を伝えた。刀吉、鍔九郎、エルザの姿もある。
三種の魔法道具、魔力炉の稼働環境などが整い、後は純ブランを待つのみになっていた。
まずはクレセントグレイブの作業配分が決められて、それから冒険者各自の作刀に関する相談時間となる。
「色々悩みましたが、やはり純ブランでの作刀を念頭にいきますわい」
ヴィルジール・オベール(ec2965)はシルヴァンと同じ道を歩く覚悟を決めた。つまりは鋳造による純ブランを使った作刀である。
「クレセントグレイブの穂先打ちをがんばりますのじゃよ。新しい技術に挑戦するワシじゃが、こういう積み重ねの部分こそが腕を上げるに繋がると考える以上、疎かになど決してできぬ」
クレセントグレイブの穂先打ちで地力をあげるつもりのヴィルジールだ。予定しているのは野太刀である。
「なら俺の作刀を手伝ってはくれないだろうか? 既に太陽の箱の一つをハニエル様に望む型へと変えてもらっている。みなさんがいる間に鋳造の作業を行うつもりだ」
「手伝わさせてもらいますわぃ」
ヴィルジールは純ブランを使った太陽の箱による鋳造作業の手伝いを引き受けてくれた。
次に相談をしたのは朧虚焔(eb2927)である。
「そろそろ私も真打を打たねばならない時期ですが、今回はシルヴァンさんの作刀を見届けさせてください」
「それは助かる。ヴィルジールさんと朧虚焔さんが手伝ってくれるのなら何かと心強い」
「一人の刀鍛冶として、純ブラン製の刀が生まれる瞬間をつぶさにこの目に収めておきたいので」
「今回だけでは完成に至らないはず。それでもよければ」
朧虚焔の申し出にシルヴァンは頬を綻ばせた。
自らの刀剣については片刃の波打つ湾刀を構想していた朧虚焔である。日本刀のように部位によって鋼材の質を変える予定だ。当然鍛造での作刀になるだろう。
「試作品の最終調整をして、作刀を始めたいズラよ」
ニセ・アンリィ(eb5734)は青龍偃月刀の作刀に入る直前であった。
試作品での形状については村の人々の意見を聞いた上で柄の形状を煮詰めるつもりでいた。
「クレセントグレイブの穂先打ちで折り返し鍛錬の極地を体得するズラ。ブラン合金の鍛造法を確立して鍛冶師すべての財産としたいズラよ」
ニセの志は高い。千年先までの人々を護る武器を作り残すのがニセの夢であり希望であった。
「俺はすべての時間をクレセントグレイブに注ごう。出来る作業はなんでもしよう」
アレックス・ミンツ(eb3781)は少ない言葉ながら協力の意志をシルヴァンに伝えた。
「まだ本番の作刀に入るつもりはありません。これまでの方針通り、より多くの人が使いやすいシルヴァンエペをという形で進めたいと思います」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)はシルヴァンに改めて構想を語る。EPは6から7で、長さ九十センチの魔力を帯びた片刃反身の斬れ味が鋭い刀剣を目指すと。
滞在の間に試作品を打ち上げるつもりである。その他に塩と蜂蜜を使った飲み物や、日々の食事の用意をするつもりのクァイだ。
「アニエスさんからお手紙を預かってきたの。読んでもらえるかしら」
「ほう、どれどれ‥‥」
シルヴァンはナオミ・ファラーノ(ea7372)から手紙を受け取って目を通した。
グリフォン爪用の武器についての謝罪と感謝の内容だ。結果としてグリフォンが嫌がるので無理とされた案件であった。ちなみにラルフ卿にもアニエスは手紙を送ったようである。
「今度アニエスさんに会ったのなら気にせずにと伝えて欲しい。ん? どうかしたのか? ナオミさん」
「い、いえ、何でもないわ」
口元を綻ばせているナオミをシルヴァンが不思議がる。どうやらナオミは手袋を爪にはめさせられて首をブンブンと横に振るグリフォンを思わず想像してしまったらしい。
「こちらの戦斧は大丈夫かどうか念の為確認して下さるかしら? 叩き割るというより叩きつける感じの武器になるはず」
ナオミはセレストからの木板をシルヴァンに見てもらう。望む武器についてが書き連ねられてあった。
「ナオミさんが作り上げるつもりなら特に問題はない。構造としては特別な部分は見当たらないようだし」
「そう、よかったわ。これまでの棍作成の経験が活きそうね。それと――」
ナオミは斧刃両面に施す彫金の参考用にとプリンシュパリティ・ハニエルの姿をシルヴァンに訊ねる。天使の翼を彫り込むつもりのようだ。
プリンシュパリティの多くは男性の姿なのだが、ハニエルは女性の姿をしていた。長い金髪に銀槍を持ち、ペガサスに乗って現れる事が多いとシルヴァンは語った。
最後はレミエラ職人エルザを手伝うフレイ・フォーゲル(eb3227)の相談となる。
「バーニングソードのレミエラの完成を目指そうと考えていますぞ。専門ランクを目指し、一品ものとして達人級をラルフ領主に納品できればよいのですが」
フレイは道中で練ってきた案をシルヴァンとエルザに話す。
「その事なのですが――」
エルザがシルヴァンの許可を得て、つい最近までの研究成果をフレイに伝えた。
「――デビルスレイヤー能力を既存のレミエラに付加出来る合成用のものが、もう少しのところまで来ているのです。バーニングソードのレミエラはひとまず横に置いておき、こちらの開発を手伝ってもらえないでしょうか?」
「デビルスレイヤー? そのようなレミエラはエチゴヤでも既に開発済みと聞いていますぞ。それにハニエルの護符で刀剣そのものにデビルスレイヤーを宿せるとシルヴァン殿も仰っていたはず」
「その事なのですが、デビルスレイヤーの武器をさらにレミエラのデビルスレイヤーで強化させられるとの情報を得ました。シルヴァン様にお願いをして領主ラルフ様から回答を頂いたので確かなものです。つまりバーニングソードで黒き瘴気に対抗しようとしていた考えがレミエラのデビルスレイヤーでも可能なのです」
「それは真か?」
エルザの隣りでシルヴァンが頷く。
但しナオミが望んでいた射撃車両『ラ・ペ』の矢に魔力を付加するには、やはりバーニングソードでなければ無理であった。
フレイは悩んだ末、先に合成用レミエラのデビルスレイヤーを完成させる事にした。
「かつてあった魔法鍛冶の製法を復興して強き魔剣の再生を目指してみたいですぞ」
自らの作刀に関しては魔法鍛冶の復活を求めていたフレイである。その為にヴェルナー領ポーム町のリュミエール図書館の蔵書調査をシルヴァンに願った。必要ならば自ら費用を出す覚悟も持ち合わせていた。
「資料があるともわからない状況では早計だ。翻訳には確かに費用がかかるだろう。まずはそれらしき蔵書が眠っているかどうかの調査結果を待ってくれ」
フレイの望みはひとまず連絡待ちとなる。蔵書はかなりの数にのぼるので、今回の滞在期間内での返答は難しかった。
●鍛冶作業
クレセントグレイブ作りはすでに誰もが慣れていて順調に進んだ。
アレックスは砂鉄を融かすタタラ製鉄に従事する。その際にクァイから提供されたプラウリメーのロウソクが高温維持に役立つ。
穂先打ちを行ったのは朧虚焔とクァイ、ニセとヴィルジールの二組である。
ナオミは柄の作成や研ぎに精を出す。
フレイは約束の通り、エルザのレミエラ作りと研究を手伝うのだった。
●作刀
冒険者達の作刀が始まった八日目の夜。
ルーアンから大量の純ブランが届き、シルヴァンによる鋳造作業が行われた。
魔力炉に特別な炎を宿らせるウィザード四人、そしてヴィルジール、朧虚焔、刀吉、鍔九郎がシルヴァンを手伝った。
他の冒険者達は興味を持って見学する。エルザとリエアの姿もあった。
炉の内部には銀の粉がかけられ、ウィザード四人による詠唱が始まる。
そして直視出来ない程の激しい光が炉に膨れあがった。魔力炉のある小屋『火床』内は真昼のように明るくなる。
シルヴァンは炉内の純ブランが融けた頃を見計らい、太陽の箱へ注ぎ込む細工を作動させる。手に入った資料にわすかな説明はあったものの、初めて故に勘に頼る作業となる。
やがて炉の炎は落ち、薄暗いランタンのみが火床を照らす。あまりの高温にすぐ取りだす事は叶わず、シルヴァンと数名は一晩を待った。
「これが果たして‥‥」
シルヴァンが鋳造で出来上がった真っ白な刀身を取りだす。姿はシルヴァンエペによく似ていたが一回り大きくて反りはわずかだ。
まずはひけたりはしておらず、成功のようだ。
それからのシルヴァンは竜の籠手を手にはめ、月雫のハンマーを振るう毎日を送った。
●各々
「ありがとうズラ。これで目処がついたズラよ」
ニセは青龍偃月刀の試作品を村の人々に振るってもらった。運ぶ時と実際に振るう時との持ち方の違いを調べ、その上で柄の絞り方を決めたのである。
滑り止めの溝も入れて修正を施す。
村の人々の評判に自信を深めたニセは本物の作刀に取りかかった。
まずは刃の反対側となる石突の部分をブラン合金で作り上げてゆく。特別なブラン二割混合の合金はクレセントグレイブの穂先の一割のものより硬く感じられる。合わせられた鋼も大鍛冶で調整されたものではなく玉鋼であった。
折り返し鍛錬による構造的粘りを持たせる為にニセは鎚で打ち続けた。月雫のハンマーではないが、鎚も質のよいブラン合金で作られたものである。
ニセは細心の注意を払いながら、滞在期間内に石突部分を完成させた。
「少し休まれた方がよいと思われます。これはクァイさんが作ってくれた料理です」
朧虚焔は火床で純ブランの刀身を打ち続けるシルヴァンを手伝う。食事の世話から始まって作業の大半をヴィルジールと交代で手伝った。
刀身を熱する為のウィザード四人が起こす炎はとてつもない暑さを引き起こす。火床の中はまるで真夏のようであった。
(「うまくいって欲しいものです」)
汗を流しながら打ち続けるシルヴァンを朧虚焔は心の中で応援するのだった。
「どうですかな? 純ブランの刀身の方は?」
「まったく手応えがわからないのだ。果たしてうまくいっているのかどうか‥‥」
ヴィルジールは休憩中にシルヴァンから作業の進み具合を訊いてみる。
熱せられた純ブランの欠片を竜の籠手と月雫のハンマーで打ってはみたものの、これまでの鍛冶経験の手応えとはかなり違う。一筋縄でいかないのを実感した。
純ブランでの作刀を始めたいところだが、今回はシルヴァンの作業を手伝うのに留める。竜の籠手と月雫のハンマーは一組しかなく、同時に作業を行うのは難しいからだ。
停滞してしまった本番の作刀だが一つだけ進展がある。夢にハニエルが現れた翌日の朝、預かっていた太陽の箱が望んでいた野太刀の型になっていた。
次回に関しては必ずヴィルジールにも純ブランによる作刀をさせるとシルヴァンは約束をする。
朧虚焔と共にシルヴァンを手伝いながら、鋳造についてを勉強し直すヴィルジールであった。
「形はこれでいいでしょう。問題は本番での材質の違いでしょうか‥‥」
クァイは出来上がったばかりの試作の刀で藁束を斬ってみた。
目指していたのはシルヴァンエペを一回り小さくした日本刀の姿をした中級武器である。これまでの経験がほとんどそのまま活かせるので特に問題は起こらなかった。
シルヴァンに感想を求めた所、いつでも本番を打ち始めてもよいとの言葉をもらう。いつ打ち始めるかはクァイ次第であった。
「こんな感じかしら?」
ナオミはセレストから注文された武器を想像してデザインを興す日々を過ごしていた。描いてゆくうちに木板が大量に積み重なってゆく。
先端は両刃でブラン合金製。柄は木製で長め。そうでありながら重さは10EP程度。頭頂部と柄尻には銀を使う予定である。装飾には凝り、特に両刃へあしらう天使の翼の彫金はナオミの腕の見せ所だ。
残念ながら滞在の間には最終的なデザインはまとまらなかった。
合間に仲間の作業を手伝ったナオミである。特にエルザとフレイが作業するガラス工房へ出向くのだった。
「もう一息ですぞ。しかし何が一体‥‥」
「鍔九郎さんが持ってきてくれたこれを次に使ってみましょう」
ガラス工房でフレイはエルザのレミエラ作りを手伝っていた。デビルスレイヤーの付加を可能にするレミエラ作りである。
バーニングソードについては、ナオミにクレセントグレイブへ付与してもらう。それを観察して基礎研究に留める。
様々な品を鍔九郎が持ってきてくれたものの、期間内に決め手は見つからなかった。
リュミエール図書館からは調査の了承が得られる。フレイ自身がポーム町に向かう事も可能だと刀吉がシルヴァンからの言葉を伝えてくれた。
アレックスは自らの作刀は行わず、十三日目の夕方までクレセントグレイブに関わる作業に携わってくれる。おかげで鋼材の準備は順調であった。
●そして
十四日目の朝、冒険者達はシルヴァンから追加の報酬金とレミエラを受け取る。
そして刀吉の馬車に乗り込み、パリへの帰路につくのだった。