●リプレイ本文
●出発
「シルヴァン殿、それでは行ってまいりますぞ」
「何か見つかる事を期待している。村に立ち寄らなくても構わんが結果は知らせておくれ」
フレイ・フォーゲル(eb3227)は魔法鍛冶についてを調べる為にヴェルナー領のポーム町リュミエール図書館へと向かう許可をシルヴァンからもらう。
「フレイさん、私も同行してよろしいでしょうか? リードセンテンスが使えますのでお役に立てるかと」
ヴァジェト・バヌー(ec6589)はフレイの図書館での調べを手伝いたいという。
「それは心強いですぞ。一緒に参りましょうか」
フレイの言葉を聞いてヴァジェトは自分のフライングブルームを用意する。すでにフレイはフライングブルームに手にしていた。二人はそれぞれにフライングブルームに跨ると青空へと飛び立つ。その姿を参加の冒険者と共に初日手伝いの元馬祖、ソペリエ、賀茂慈海の三人も見送った。
「それでは我々も」
御者台の刀吉に頷いたシルヴァンが馬車へと乗り込んだ。冒険者達も続く。
一行を乗せた馬車はパリの城塞門を潜り抜けて一路、タマハガネ村を目指す。
「自分で使おうかとも思ったが、兄がデビルと事を構えるらしい」
「そうか春日さんの兄は戦いに身を投じておられるのか」
春日龍樹(ec4355)とシルヴァンは馬車に揺られながら世間話を始める。とはいえ、話す内容はどうしても鍛冶に片寄った。
「攻める刀より、敵の攻撃を受けても折れない刀を目指すつもりだ」
春日龍樹は目指す刀をシルヴァンに力強く語った。そこにはもう迷いはなかった。
「私の『クァイエペ』は土置きをして焼き入れを行う最終段階に達しています。ハニエルの護符をお借りして焼き入れをしたいと考えていますので、シルヴァンさん、よろしくお願いします」
「了解した。仕上がりが楽しみだな」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)が打つ刀剣は既に最終段階である。クァイは空を見上げながら完成した刀の姿を脳裏に浮かべた。
「滞在のすべての時間を費やせるとなれば、かなり集中して作刀出来ますな」
「シルヴァン殿が仰っていたが、これまで以上の心血を注ぐ必要があるようズラ」
ヴィルジール・オベール(ec2965)とニセ・アンリィ(eb5734)は交互に作刀を手伝う約束を交わす。双方とも純ブランを使った作刀となる。
ニセは純ブランで刃を作り直す決断を下していたのだ。
「ここ数ヶ月で、武具にまつわる状況が著しく変わってきました。こちらもそれに対応するために相当の覚悟が必要です。三割のブランでの作刀を考えております」
「そうか‥‥しかし以前に春日さんにも話したが、三割混合のブランは二割と大して変わらぬぞ。そして『竜の籠手』と『月雫のハンマー』を使用しなければならん。俺も含めて四人が使うとなればさすがに道具一組では足りんな‥‥」
朧虚焔(eb2927)の願いにシルヴァンは簡単に首を縦に振る事は出来なかった。
夕方に差しかかり、一行は野営を行う。
焚き火の前にして腕を組んで座るシルヴァンにナオミ・ファラーノ(ea7372)が話しかける。
「依頼されている武器は急がなくていいと有難いお言葉を頂いてるわ。ヴェルナーエペの作刀のお手伝いをさせてもらうつもりよ」
「それは助かる。刀吉と鍔九郎の手も借りるが、わずかな失敗も許されぬ作刀となれば一人でも優秀な鍛冶師が欲しい」
シルヴァンが弱気だとナオミは感じた。その理由までは推察出来なかったが、きっと刀の事であろう。
夜が明けて、再び馬車は大地を駆ける。そして二日目の夕方に森深きタマハガネ村に到着した。
●春日龍樹
打つ大太刀の姿を見定めた春日龍樹はついに本番の作刀に入った。
相槌役はこれまでクレセントグレイブの穂先打ちをしていたタマハガネ村の職人達である。誰もがかなりの腕で、春日龍樹が望む補助をしてくれた。
シルヴァンにも話したが、攻める事よりも護るのを重視した大太刀の姿を心の中央に置く。具体的には折れにくい大太刀だ。
大太刀とはそもそも大振りである。その上でさらなる工夫がされた。硬さとしなやかさの両方を春日龍樹は求める。
(「純ブランはいつになるかもわからないが‥‥俺がもっと刀打ちとして自信がもてた時だな」)
春日龍樹は懸命に鎚を振るう。その度に火花が散り、視線が吸い込まれてゆく。
やがて周囲の何もかもが消え去り、目の前の真っ赤に輝く刀身を中心にしたわずかな空間だけが春日龍樹の世界となった。
作刀の日々は過ぎてゆく。
「鍔九郎殿、拵えについて相談があるのだが」
「おお、春日さんか。拵えについてか。何でもいってくれ」
ある朝に井戸水を浴びようとした時、鍔九郎と遭遇した春日龍樹はこれから出来上がるであろう大太刀の拵えについてを相談する。
よい職人を紹介してもらい、時間がある時に村内の仕事場を訪ねた。そして自分の考えを伝える。朱塗りに桃の意匠が特徴の拵えだ。
刀身が出来上がってからになるがくれぐれも頼むといって春日龍樹は作刀に戻った。
滞在の間に刀身の形まで打ち上げた春日龍樹であった。
●ナオミ
三日目から五日目にかけて、ナオミとリエア、そして魔力炉を動かす為に派遣されている火のウィザード三人で、ブランシュ鉱からヒートハンドでブランを取りだす作業を行った。
そこに確固たる理由はないのだが、人の手による精製の方が想いが強くなるのではと考えたからである。
すでにシルヴァンとヴィルジールの純ブランの武器原型は作られていたが、そちらは延べ棒の形にされてラルフ卿の元に返還される事となる。同時にヴィルジールの刃の引き取りについても手紙が送られていた。
再度、ヒートハンドで取りだされた純ブランで原型が作られる。太陽の箱を使う際には一気に熱を加える必要があるので、これに関しては魔力炉が使用された。その際にクァイが提供してくれたプラウリメーのロウソクが役に立つ。
新たにヴィルジールの青龍偃月刀の刃も含めて三つの純ブランの原型が出来上がった。
ナオミは刀吉、鍔九郎と共に夜間に行われるシルヴァンの作刀を手伝った。しばらくは昼夜が入れ替わった日常となる。
空いた時間は以前に打った試作の象眼入り斧頭を眺めながら、本番に向けてのデザインのリファインに取り組んだ。
「もう少し細い方がいいかしら? でも強度を考えると難しいのよね‥‥」
よりよい形を求めて石突や柄、そして銀製の槍の部分の絵を何枚も描いてゆくナオミであった。
●朧虚焔
三日目から五日目にかけて、シルヴァンや仲間の新たな純ブランの原型が出来上がるまで、朧虚焔は竜の籠手と月雫のハンマーで作刀を行った。
まずは村の職人に籠手とハンマーをつけてもらい、自らはこて棒に取りつけた三割ブランの塊を動かしてまんべんなく鍛えてゆく。
持ちは悪いが熱を与える分には炭火でもなんとかなった。
目指すは炎のように波打つ刀身を持った片刃の湾刀。刀身には炎を思わせる波紋を浮かばせ、柄には七つの宝石を北斗七星に見立てて象嵌する。これが朧虚焔の目指す『北斗七星剣・虚焔』である。
純ブランを利用する仲間達が本格的に打ち始めたのなら、今のように自由にはいかない。朧虚焔は昼夜を問わずひたすらに打ち続けた。
六日目になり、朧虚焔が作刀に費やせる時間は極端に少なくなった。まだ刀身の形にもなっていない、鍛えている途中の三割ブランである。
「半年前までは、+1のデビルスレイヤー武器であれば良いだろうと考えていました。
が、ここ最近の強力な悪魔の出現とその本体の力の顕現、そして上質の武器が冒険者の間に出回ったこと。これらのことから、程度の低い武具では、託しても託された方が迷惑という状況になっています。そこで三割ブランでの作刀を考えたのですが――」
「パリ出発前に別れたフレイさんから新たな魔法道具の発見が不可欠なのではといわれていたのだ。しかしこうも早く必要になるとは考えていなかったのだが‥‥」
シルヴァンは朧虚焔に新たな道具をどうにかして手に入れる事を約束する。ただ、その方法は何も見つかってはいなかった。
●クァイ
「これでいいはず‥‥」
クァイは日陰で手に持っていた品を静かに立て掛ける。今し方、土置きをしたばかりのクァイエペの刀身だ。
シルヴァンに土置きの状態を確かめてもらい、五度目にして進めてもよいとの言葉をもらう。それまでに至る土置きも悪くはなかったのだが、完璧を目指したが故である。
土置きとは焼き入れをする前の準備にあたる。耐火姓のある土を泥状にし、刀身へ塗ってゆく。水分量、合わせる焼き物の粉や鉄粉などで何種類かの耐火性の泥が用意されていた。
焼き入れを強くしたい部位には薄く、逆にあまり入れたくない部分には厚く盛った。程良い乾燥を経れば後は焼き入れである。
それまでにクァイは仲間の食事の世話をしたり、シルヴァンの作刀を手伝う。
シルヴァンの勧めにより、明け方の時間に焼き入れとなる。いつもシルヴァンが焼き入れを行う小屋で炭の中に刀身を寝かせた。
「ここで刀の命が芽吹くのです‥‥」
クァイは真剣な眼差しでフイゴの棒を押しては引いて空気を送る。
「ここからはクァイさんと刀身の真剣勝負ゆえ」
そう言葉を残してシルヴァンは小屋を出ていった。
冷却用の水槽の中ではハニエルの護符が輝いていた。先程までシルヴァンが祈りを捧げて発動させてくれたのだ。
意を決し、タイミングを計ってクァイは炭火の中から刀身を取りだした。
即座に光り輝く水の中へと水平に沈めて一気に冷却する。取り巻く水蒸気が消え去った後でクァイは刀身を持ち上げた。
ほんの一瞬の出来事だが、これによって刀の価値が決まってしまう。
砥石を使っての荒削りが終わる頃、シルヴァンが小屋に戻ってきた。
「なかなかの出来じゃな」
シルヴァンがクァイエペを朝日にかざし、その刃紋を確かめるのであった。
●ニセとヴィルジール
魔力炉がある火床では、二人の男が中心となって作刀が行われていた。
一人はニセ、もう一人はヴィルジールである。
その他に村の職人達が道具類の整備や細かな作業の補助をしてくれる。魔力炉の火力管理は村に派遣されているウィザード達の仕事だ。
深夜に作刀をしているシルヴァンもそうだが、今回からは村全体のバックアップが得られる体制が整っていた。
ニセとヴィルジールは互いの相打ちを手伝う以外にシルヴァンの作刀にも関わった。ニセはぎりぎりまで時間を節約する為に食事をすべて乾餅で済ませた。
深夜に行われる作刀は独特の雰囲気が漂う。
二人は休憩時間にシルヴァンへ相談を持ちかけた。
「昨日観た夢に天使が出てきたズラ」
「俺にも昨晩。もしや‥‥」
ニセとシルヴァンが観た夢はまったく同じ内容であった。
プリンシュパリティのハニエルが現れて告げたのは護符についてである。デビルスレイヤー能力を付与出来る護符であり、正統な継承者のシルヴァンが使用すれば玉鋼であっても魔力を帯びさせる事が可能だ。
「究極まで純ブランの力を引き出した武器に、正統なる継承者以外にはハニエルの護符の加護はないといっていたズラ‥‥。どういう意味だと思うズラか?」
「純ブランの武器の能力をプラス3まで引きだせた場合、残る伸びしろはわずかしかないのだろう。元々継承者でない者がハニエルの護符を使用するには、どこかに負担がかかっているのかも知れない。俺の感覚だとスレイヤー能力というのはプラス1に匹敵するもの。つまりプラス3を選ぶか、プラス2に留めてデビルスレイヤー能力を得るのか‥‥どちらかという事になるのかも知れない」
シルヴァンは選ばれなければならないとしたらニセにプラス3の道を薦める。何故ならレミエラでデビルスレイヤー能力の付与は可能であり、それに素でプラス3を極めた場合の威力はかなりのものと想像出来るからだ。
「それはワシにも関係する話じゃな。なるほど‥‥」
近くにいたヴィルジールもシルヴァンとニセの会話に耳を傾けた。
その日のシルヴァンの手伝いが終盤に差しかかる。朝が訪れて、開け放たれた窓から一筋の太陽光が射し込んだ。
「うむ。そうじゃ‥‥ワシが打つ刀にはデビルのもたらす闇を払い人に勇気と力をもたらす活力を生む太陽の如き力を得られるよう‥‥『陽皇』そう名付けようかと思いますわぃ。どうでしょうかな?」
「いい名だ。是非に出来上がりを拝見したいものだ」
ヴィルジールが目指すのは純ブラン製の長大な野太刀である。
シルヴァンの作刀を手伝う日々を送りながら、ニセとヴィルジールは太陽の箱で象られた武器の下処理を完成させた。
真っ赤に熱した純ブランを丁寧に打ちつける事で内部にあった微細なヒビや隙間を除去したのである。その過程で硬さの調節も行われていた。
●フレイとヴァジェト
同じヴェルナー領内とはいえ、タマハガネ村から離れたポーム町リュミエール図書館。
「よく見れば見るほど‥‥」
フレイは三冊の写本を前に腕を組む。題名からヒントを得ようとしても、まずそれが読めなかった。博学なフレイをもってしてもだ。
形はアルファベットに似てはいたが、文字数が多くて単純な比較は出来なかった。三冊を比較するにもどこから手を付けてよいのかわからない。唯一理解出来るのは、各頁に記されたノンブルだけである。
フレイが司書達に似たような文字を知らないかと訊ねたものの、誰一人としてわかるものはいなかった。少なくても三冊の原本以外にこの文字が使われた書物はリュミエール図書館では発見されていない。
フレイが悩んでいるのを知り、ヴァジェトはひとまず図書館の本を読むのを止めて三冊の本の解読を手伝った。
リードセンテンスの魔法を使ってわずかながら単語の意味を拾い上げてゆく。
「ここの頁に書かれてあるのは‥‥もしかすると、もしかしますぞ!」
フレイはヴァジェトが教えてくれたいくつかの単語に覚えがあった。十戒の文章の中に使われている言葉だったのだ。
それを取っ掛かりにして文字の解読が始まる。同一の文章であれば、比較しながら単語がわかる。単語がわかれば文章の構造も類推出来るようになる。
滞在期間に解読は出来なかったが、解き方については判明した。
フレイは司書達に引き続き本の調査を頼み、ヴァジェトと共にフライングブルームでパリへと戻ってゆくのだった。
●そして
パリで合流した冒険者達はギルドで報告を終えるとシルヴァンから預かってきた追加の報酬を分配する。
ニセの二割ブランを主として仕上げた刃は黒分隊の隊員が引き取る事となった。試作の柄などをつけて青龍偃月刀の姿で送る用意である。村で引き取るよりかは高額の取引になるだろう。
冒険者達はお互いの武器について語り合ってから解散するのであった。