領主館に響く咆哮 〜カーゴ一家〜
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■シリーズシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:12 G 26 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月16日〜01月25日
リプレイ公開日:2009年01月24日
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●オープニング
「え〜〜! なんでよ!!」
パリにあるカーゴ一家の事務所ではエリス嬢の声が響き渡る。
「何でといわれましても、そうなのだから仕方ありませんの。こちらのハーブティでもお飲みになれば、少しは落ち着きますわ」
事務主任のアリアンテ嬢は椅子に座ったまま、カップを手に取る。
「さっき冒険者ギルドで依頼を出してきたばっかりなのよ」
エリスはオーステンデを荒らす風の精霊ウェールズのドナフォンを退治すべく、冒険者を集めようとしていた。海上での接触の際にドナフォンとの交渉が決裂したので、叩きのめす為である。
ところがここ最近、オーステンデは何事もなく平和なのだという。当然ドナフォンの襲来もなかった。
「冒険者とイオリーナの前で、ドナフォンに最後の選択を突きつけるって啖呵まできったのに‥‥」
「さぞかし爽快だったでしょう。‥‥このままだとただの間抜けですけど」
頭を抱えるエリスの前でアリアンテはハーブティを飲み干した。
「ご機嫌ようですわ♪」
聞き覚えのある声に俯いていたエリスが顔をあげる。
「なんでここにいるのよ。イオリーナ」
「ひとまずオーステンデが安全そうなので、パリにやって来たのですわ。とても賑やかな街ですわね」
エリスの前に現れた女性は人ではない。正体は風の精霊ジニールのイオリーナである。ドナフォンとオーステンデ周辺の精霊としての覇権を争っている存在だ。
イオリーナは人と共闘してデビルの侵攻に対抗しようとしていた。ドナフォンは人をオーステンデから排除した上でデビルと戦う事を望んでいる。
エリスはイオリーナと手を組んでいた。
「とにかく依頼を出してしまった以上、オーステンデには一緒に向かわないといけませんわね。‥‥何もなかったとしても」
「ああ‥‥依頼金だけが飛んでゆくなんて、商売人の恥さらしよ‥‥」
アリアンテがテーブルに上半身を伏したエリスの頭を撫でた。
「わたくし一緒に帰らせてもらいますので。空を飛ぶのは疲れましたわ。そうですわ、人としてあの地を統べる方に会わせて頂けないかしら?」
嘆くエリスの側でイオリーナはくつろぎ始めるのだった。
●リプレイ本文
●憂鬱
早朝のパリ船着き場。
見送りのエリーと大宗院亞莉子が帆船ヴォワ・ラクテ号に手を振る。セーヌ川を下り、目指すはオーステンデである。
エリスとイオリーナ、そして冒険者全員が船室に集まった。
「みんなよろしくね‥‥。船とあたしらの護衛を頼むわね。そうそう、一応イオリーナもね。おまけとしてハニトス領主もお願い。ハニトス領主は面会で領主館に出向いた時だけでいいから‥‥」
まるで二日酔いのようなどんよりとした表情のエリスだ。覇気のない様子に冒険者達が囁きあう。
ドナフォンはどうしたのだとベイン・ヴァル(ea1987)が訊ねると、エリスが大きくため息をついた。
「あの海での一件があってからドナフォンは行方知れずらしいのよ。戦うつもりだったのに、これじゃどうしようもないわ」
答えるエリスの声はとても小さかった。
「エリスが啖呵を切った直後にパタリと襲撃が止むとは不自然だな。戦場では敵の攻撃が不意に止んだ時が、一番緊張する時だが‥‥」
ベインは想像を巡らせた。
「今までの破壊活動を考えると、大人しくしてるなんて考え難いかな」
油断は禁物とアレーナ・オレアリス(eb3532)は付け加える。
「何か企んでそうですね‥‥。十分な注意が必要です‥‥」
踊り娘のような格好をしている大宗院透(ea0050)もアレーナと同じ考えだ。
「挨拶が遅れました。初めまして、エルディン・アトワイトです。エリス殿の御高名は伺っています」
「よろしくね、クレリックのエルディンさん」
エルディン・アトワイト(ec0290)が差しだした右手とエリスは握手をする。
「こちらをつけていると運気があがりますよ。セーラ様のご加護付きです」
笑顔のエルディンがエリスに貸したのは銀のスプーンと四つ葉のクローバーであった。どちらもレミエラ付きである。
「通訳ありがとう御座います」
宿奈芳純(eb5475)は船室の隅で会話をリスティア・レノン(eb9226)に通訳をしてもらう。
エリスは以前にゲルマン語修得を促したので、言語において宿奈芳純に気をつかう事はなかった。
「わたくしは領主館まで行きません。船を守ろうと思います。‥‥もしご馳走があったら食べられないのですね」
「晩餐会に呼ばれた訳じゃないので、せいぜい出てもお菓子ぐらいよ」
大宗院鳴(ea1569)の発言にエリスが苦笑いをした。
疑問があったリスティアはひとまず通訳を止めてイオリーナに近づく。
「これまでの件でドナフォンさんが私達をよく思っていない事はわかりました。‥‥イオリーナさんはどう思われますの? 私達の事を」
「いっていなかったかしら? わたしにも個人的な好き嫌いはあります。人だって同じでしょう? それは別にして人とは仲良くしていきたいと考えてますわ」
リスティアの質問にイオリーナはさらっと答える。
果たして真実なのかは誰にもわからない。千や万の美辞麗句を並べても、一つの行動より説得力が劣る場合もある。お互いの信頼はこれから築き上げるものであろう。
「私も質問がありますわ。人がオーステンデの土地に住み始めた頃のお話を聞かせて貰えるかしら?」
「それは‥‥」
リリー・ストーム(ea9927)の質問にイオリーナが口ごもる。
エリスの仲介が必要なのだから、イオリーナとハニトス領主は盟約どころか面識もないはずだ。この点に違和感を感じていた故の問いである。
精霊としてすべては話せないと前置きした上でイオリーナは答えた。
大昔、後に人がオーステンデと呼ぶ周辺から精霊が別の地へ移った時期がある。時を経て一部の精霊が戻ろうとした頃には、人が住まう土地になっていた。
戻ろうとした精霊達は人と争わずにまだ切り開かれていない周辺の森などに棲む事にしたらしい。
リリーは聴いている間、ずっと自分の胸元に手を当てていた。鎧の下には船酔いを心配した夫からのお守りが仕舞われていたのである。
「ですが、デビルの侵攻によって考えを変える精霊が出てきたのですわ。別の土地から来たとはいえ、ドナフォンはその代表といえるでしょう」
イオリーナはこれ以上のオーステンデ周辺の過去については秘密とした。
ヴォワ・ラクテ号はセーヌ川を下って海へと出る。オーステンデに入港したのは三日目の夕方であった。
●オーステンデ
航海中に引き続き、船着き場での見張りも順番で行われる。空いた時間に陸へ繰りだして調査を行った冒険者もいた。
リリーが得た情報はイオリーナ不在時のオーステンデの状況である。やはりドナフォンの襲来はなく、その他にも特に事件は起こっていないようだ。
ついでにハニトス領主の親族情報も得る。
カスタニア家次期当主の権利を持つのは長男のノミオである。第二の権利を持つのが次男のデノニーバだ。
ノミオは第一夫人の子で、デノニーバは第二夫人の子。第一夫人は亡くなっているが、第二夫人は健在だという。
リスティアとアレーナは精霊にまつわる情報を得た。伝承はなかったが、墓標のような遺跡がオーステンデには至る所にあったらしい。殆どは破壊されたが、建物に取り込まれてそのままの状態のものもあるという。
リスティアとアレーナの話を聞いたエルディンが教会を訪ねる。偶然にも教会施設の地下に遺跡が眠っている事実を知る事となる。寄付をしてエルディンは教会を立ち去った。
ハニトス領主との面会は六日目の昼と決まる。
五日目の夜、冒険者達はそれぞれの役割を再度確認するのだった。
●会談
六日目の昼前、エリスとイオリーナは馬車で領主館へと向かった。同行したのは大宗院透、ベイン、リリー、リスティア、アレーナ、エルディンである。
宿奈芳純はテレパシーによる連絡係として船着き場と領主館の中間地点で待機。大宗院鳴はヴォワ・ラクテ号を守る為に残る。
「かなり時間かかると思うのでよろしくね」
エリスが護衛の冒険者達に一声かけてからイオリーナと一緒に面会室へ消えてゆく。
顔合わせに謁見の広間ではなく面会室が選ばれたのは、細かなやり取りや秘匿性を重視した為であろう。それだけ領主側もイオリーナとの接触を重要視している証拠である。加えてハニトス領主の息子ノミオも同席する事が直前に判明していた。
領主館内で冒険者の立ち入りが許されたのは面会室付近の廊下と控え室のみである。後は館を取り囲む庭などの敷地だ。
「大変なお仕事ですね――」
大宗院透は使用人や衛兵に声をかけてみる。
口が堅い者が多く、大宗院透の巧みな話術をもってしても重要な情報は得られなかった。ただ兄弟仲が非常に悪い事だけは判明する。特にノミオとデノニーバの関係は最悪のようだ。
(「現状はどうでしょうか?」)
(「今、会談が始まったばかりだ」)
中間地点にいる宿奈芳純からのテレパシーにベインが答えた。すぐにヴォワ・ラクテ号にいる大宗院鳴にも伝えられる。
面会室のエリスには大宗院透からテレパシーリングが渡されている。万が一に備えてテレパシーによる連絡網が出来上がっていた。
(「静かですね」)
リスティアは用意された椅子に座って壁を見つめ続けていた。
領主館の者の目があるので今は控えているが、いざとなればスクロールを面会室を透視するつもりであった。
(「特に兄弟仲が悪いのがノミオ殿とデノニーバ殿ですか。次期当主を争っているようですね。こういう場合、周囲の人達も動いているのが普通のはず――)
エルディンは控え室でこれまで得た情報を頭の中で整理する。後でエリスに考察も含めて報告するつもりだ。
(「何か不審な点に気づかれたとかあるかな?」)
アレーナがテレパシーリングで仲間に話しかける。衛兵や使用人に聞かれない方が何かと都合がよいからだ。控え室の窓から庭を見下ろすとペガサスを連れたリリーの姿が見える。
(「巨大な檻のような木箱が館近くに置かれていますわ。衛兵によれば昨日正式な許可を経た上で運ばれたようですけど‥‥。とても怪しく感じられるの。どなたか応援に来て頂けるかしら?」)
(「わかった。少しだけ待って」)
アレーナとリリーがテレパシーでやり取りする。仲間同士の相談の上、ベインが庭に向かう事になった。
「確かに怪しい。あの上の窓は面会室のものか?」
「嫌な予感がしますわ」
ベインとリリーが近づこうと一歩を踏みしめた時、突如木箱から咆哮が響き渡った。
「くっ!」
「これは‥‥」
ベインとリリーがその場に釘付けとなる。逃げだしたい気持ちを抑えるだけで精一杯であった。
咆哮は面会室にも届いていた。
「エリスさん達が苦しんでいる様子です!」
リスティアが壁を透視した結果を仲間に向けて叫んだ。その直後にエリスから指輪のテレパシーによって救援が要請される。
面会室への扉には鍵がかけられていたが、衛兵の姿がどこにもない。咆哮に恐怖を感じて逃げだしたようだ。
扉の向こう側からの叫び声が冒険者達の耳に届く。
「任せて下さい‥‥」
大宗院透が瞬時に鍵を開けた。
「た、助けて!」
護衛の冒険者達が面会室へ入るより先に一人の若い男が足を滑らせながら廊下へ飛びだした。
「ノミオの奴、あの醜態は‥‥」
落ち着いた様子で面会室から出てきたのはハニトス領主だ。続いてエリスとイオリーナも応接室から脱出する。
「いましばらくこちらで」
エルディンはエリスとハニトス領主の周囲にホーリーフィールドを張って安全地帯を作り上げる。
「もしもを考えて、探してきます‥‥」
逃げたしたノミオを大宗院透が追いかけた。微塵隠れを使って一瞬にして移動し、ノミオの身柄を確保する。
「あれは!」
アレーナは勇気を振り絞って面会室へと突入する。そして窓を開けて庭を見下ろした。丁度木箱を破壊しながらドナフォンが現れた瞬間であった。
「ドナフォンか!」
ベインが襲いかかってきたドナフォンの鋭い牙を魔剣で受け止める。すれ違うとドナフォンは翼を広げて空へと撤退してゆく。
「プロムナード!」
二階の窓からアレーナが叫ぶとペガサスがやって来る。
「あの方角は船着き場ですわ。行きますわよ、ロスヴァイセ」
リリーとアレーナはそれぞれのペガサスで空を駆け、ドナフォンを追いかける。ジニールの姿に戻ったイオリーナも一緒だ。
(「そちらにドナフォンが向かっているようです」)
「みなさん、安全なところに隠れてください!」
宿奈芳純からのテレパシーを受け取った大宗院鳴は船乗り達に注意を促した。そしてマストの見張り台へと登る。
「間に合いそうですね」
身体を張ってヴォワ・ラクテ号を守ろうと考えた大宗院鳴だが、ドナフォン目視のすぐ後にアレーナ、リリー、イオリーナの姿も確認していた。
ドナフォンはヴォワ・ラクテ号の上空を素通りして海の彼方に消えてゆく。悪さをする時間がなかったようだ。
ドナフォンによる邪魔によって面会は途中で終了となる。
しかし被害者は誰もおらず、ヴォワ・ラクテ号も無事であった。
●そして
大きな木箱はノミオの名義によって敷地内に運ばれた事がすぐに判明する。
ただし書類は偽造されたもので、結局の所ドナフォンを敷地内に導いた犯人は特定されずに終わった。
それよりもハニトス領主が問題視したのは咆哮を耳にした時のノミオの行動である。カスタニア家の次期当主たる者の行動としてはあまりにお粗末だと評価した。
何人かの冒険者は、それこそがドナフォンの狙いだったのではないかとエリスに伝える。
あれだけ近い距離にいたのに関わらず、ドナフォンの動きにはハニトス領主を狙った様子が見受けられなかったからだ。
イオリーナによれば、そのような知恵をドナフォンが考えつくのは難しいという。ドナフォンの影にノミオを邪魔とする存在が見え隠れする。
これまでの情報からすれば、ノミオの腹違いの弟デノニーバが怪しいものの、決めつけるのには早計であった。
七日目の朝、ヴォワ・ラクテ号はイオリーナを残してオーステンデを出港した。
夜には冒険者を労って豪華な食事が振る舞われる。お土産がなくてすねていた大宗院鳴も機嫌を直す。
「ハニトス領主との会談はあらためてやる事になったよ。ある程度までは話し合ったけど、肝心な辺りはまだなんでね。詳しい説明はその後にさせてもらう」
エリスは冒険者達に特別の報償を贈る。
九日目の夕方、ヴォワ・ラクテ号は無事パリの船着き場へと入港するのだった。