●リプレイ本文
●出港
一日目の早朝、集まった冒険者七名はカーゴ一家の帆船ヴォワ・ラクテ号に乗り込んでパリを出港する。残念ながら一人は急用で来られなかった。
まずはハニトス領主の息子達を乗せる為に港町オーステンデに向かう。ヴォワ・ラクテ号はセーヌの河口へと進んでいた。
(「護衛対象のノミオとデノニーバは仲が悪い‥‥。それぞれ従者が5人くらい、刺客がいる可能性あり。ウェールズのドナフォン襲来もあり得ますか‥‥」)
甲板にいたエルディン・アトワイト(ec0290)は流れゆくパリ近郊の景色を眺めながら思考を巡らせた。
「エルディン君、エリスがどこにいるか知っているかしら?」
「出港のときも甲板にはいなかったですよ」
甲板室の窓からひょっこりと顔を出したリリー・ストーム(ea9927)がエルディンに訊ねる。ちなみにリリーがエルディンの名前を言い間違えそうになったのは内緒だ。
リリーは階段を下りて船内に戻り、食堂室にいたエリスを発見する。そしていざという時の避難経路の相談を始めた。
食堂室には大宗院透(ea0050)と大宗院鳴(ea1569)の兄妹の姿もあった。どちらも女性に見えるのだが、大宗院透は男性である。
「今回は護衛対象が多いです‥‥。よい経験になりますね‥‥。それにしても、朝からよく食べますね‥‥」
「ブルッヘの名物ってなんでしょうか? おいしい物があればいいですね」
朝から肉料理を食べている大宗院鳴の姿を大宗院透は横目で眺める。
「ではそのように」
話し終わったリリーがエリスの近くから去ると、今度は西中島導仁(ea2741)が近づいた。
「初めまして、西中島だ。少し話してもよいだろうか?」
「ええ、どうぞ」
西中島はエリスからこれまでの経緯を聞いた。特にウェールズのドナフォンとジニールのイオリーナについては詳しく。
その頃オグマ・リゴネメティス(ec3793)は甲板にあった小舟を眺めていた。浅瀬への上陸や救助の為に載せられているものだ。
「兄弟のどちらかがブルッヘでゴンドラに乗りたがったのなら、私が船頭をしましょう」
小舟を見て運河に浮かぶゴンドラを思い浮かべるオグマである。
(「私はノミオくんを面倒をみましょうか」)
マスト上の見張り台にいたアレーナ・オレアリス(eb3532)は心の中で呟く。
カスタニア家の次期当主に関して陰謀があるとすれば、第二継承者のデノニーバが第一後継者のノミオを追い落とそうと企んでいると考えるのが普通である。
事実、何者かの手引きで領主館の庭に隠れていたドナフォンの咆哮によってノミオは父親であるハニトス領主の信頼を失った。
その何者かがデノニーバであるのは想像に難くない。
三日目の夕方、ヴォワ・ラクテ号はオーステンデに入港するのだった。
●兄弟
四日目の昼、騎士に護衛されて馬車三両が船着き場に停まる。
エリスと冒険者七名はノミオ使節団を出迎えた。専属護衛のアレーナとエルディンがノミオ使節団を船室まで案内する。
わずかに遅れてさらに護衛付き馬車三両が到着した。デノニーバ使節団である。
こちらはリリーとオグマの担当だ。
ただし、デノニーバの側での護衛を考えていたオグマだが、エリスは許可しなかった。デノニーバがハーフエルフに対してどのような感情を持っているかわからないからだ。
オグマはデノニーバ使節団がいる隣室での待機となる。
まもなくヴォワ・ラクテ号は出港した。
大宗院透は船内を巡回して怪しい動きがないか警戒する。ノミオとデノニーバの二人はもちろんだが、エリスの身も心配していた。
ノミオ使節団とデノニーバ使節団の部屋を行ったり来たりしていたのは大宗院鳴だ。お茶とお菓子を持って二人に話しかける。両名が持ってきた食べ物も頂いて、毒味役をする大宗院鳴だ。
アレーナはノミオと話し、どのような人物か理解するように努めた。
エリスがいっていたようにノミオの印象はとても優しいものであった。従者達に対しても丁寧に対応していた。
得た情報は指輪によるテレパシーでエルディンや他の仲間達と共有する。
エルディンはあらかじめエリスに頼み、ノミオとデノニーバが口に入れる食べ物はすべて銀製の食器類にのせて提供してもらう。過信は禁物だが、鉱物系の毒に触れた銀は曇るので発見が容易くなるからだ。
自身がいざという時に動けないのでは大問題なので、船上のエルディンは保存食で腹を満たす。水筒をエリスが貸してくれたので、安全を確かめて汲んだ水を肌身離さず持ち歩いていた。デノニーバを護衛しているリリーも同じようにしている。
デノニーバ使節団の船室前の廊下では西中島が警戒していた。理由は第一印象でデノニーバが気になったからである。
隣室のオグマは定期的に指輪を発動させてテレパシーで西中島、リリーと連絡をとる。スクロールのリヴィールエネミーで調べてみたところ、デノニーバ使節団の全員がオグマに敵対心を抱いていた。その原因がハーフエルフにあるのか、それとも別の理由なのかまでははっきりとしない。
船室内でリリーはデノニーバを観察を続けていた。受けた印象は紳士な色男である。女性に対しての心遣いはとても慣れたものだ。
デノニーバからいろいろと訊きだそうとした魅力的なリリーだが、さらっと流されてしまう。デノニーバは相当の手練れである。
短い航海の間、ヴォワ・ラクテ号をとりまく環境で大事は起こらなかった。唯一あったとすれば、ジニールのイオリーナがいつの間にか船内にいた事である。
暮れなずむ頃、ヴォワ・ラクテ号は小さな湾に入って水路を南下する。夕方には内陸にある港町ブルッヘに入港するのであった。
●ブルッヘ
ブルッヘに入港した時点で双方の使節団の警護は地元の官憲に引き継がれる。
それでも万が一に備えて可能な限り同行する。冒険者達は周囲の警戒や飲食の毒物に気をつかった。
ノミオはデビル対策の政治的な交渉、デノニーバは近い貿易港同士の商業的な交渉を行っていた。成果が父親でもあるハニトス領主の評価に繋がるのだろう。二人とも精力的な活動を展開する。
(「水面からだと死角がよくわかりますね」)
兄弟のどちらも仕事に忙しくてゴンドラへ乗る機会はなかった。そこでオグマは施設の周囲を警戒する際にゴンドラを利用した。
ノミオと一緒にいたエルディンとアレーナは時間が経つうちに打ち解けていった。
「なかなかうまくはいかないものですね」
オーステンデと精霊にまつわる伝承をエルディンがノミオに訊ねる。残念ながら点在する遺跡について何も知らないようだ。次の機会があれば、詳しい友人を紹介してくれると約束してくれる。
ノミオは弟のデノニーバを語りたがらなかった。
「拳を握ってみて、その温もりの中に勇気はあるから」
アレーナは柔らかく包むようにノミオと接した。
優しさは誇れるものだが、それだけでは民がついて来ないのも確かである。非常時には毅然とした態度が必要だとアレーナはノミオを諭す。
「異常はないな。今度はあの塔の近くへ行ってくれるか?」
西中島はペガサス・光刃皇で月夜を飛び、護衛対象の兄弟が休む施設を監視する。まだまだ光刃皇と友好的ではないので、常にオーラテレパスで話しかける。
(「これだけ人が多いと直前までわかりません‥‥」)
大宗院透は特にノミオへ接触しようとする輩に注意する。施設内の廊下に待機して常に巡回を怠らなかった。
睡眠の時間は見張りを大宗院鳴に任せる。イオリーナも手伝ってくれるので安心である。
「お腹一杯に食べたので大丈夫です」
大宗院鳴はブルッヘの魚料理が気に入ったようだ。オーステンデの料理と似たものが多いと思ったら大間違いだと、交代の時、大宗院鳴は大宗院透に語ってみせた。
リリーは従者達と一緒にデノニーバと話す。
「そうね〜領主でないからこそ出来ることもある‥‥私はそう思いますけど」
「わたしは兄のノミオを尊敬しているよ。そう簡単に務まるものではないよ、領主というのは」
リリーの前でデノニーバは兄ノミオを讃える。その姿が本当であるのかはとても疑わしかった。
六日目の昼まででブルッヘの滞在期間が終わる。ノミオ使節団、デノニーバ使節団ともヴォワ・ラクテ号に乗り込んだ。
最後にノミオとデノニーバはブルッヘの官僚から高価な壷と織物を友好の証として一組ずつ受け取る。
「全員乗ったわね。出港よ!」
エリスのかけ声と共にヴォワ・ラクテ号は帆を広げ、水路を北上し始めた。
●ドナフォン
ヴォワ・ラクテ号は北海へと出る。
オーステンデにノミオとデノニーバの二人を届ければ依頼は完了したといってよい。風があれば帆船にとってブルッヘとオーステンデの距離はほんのわずかなものだ。
「雨雲?」
甲板にいたイオリーナが空を見上げる。黒雲があっという間に現れて青空を覆った。
「ドナフォン?」
これまでの経験からいえば、ドナフォン襲来の前触れである。エリスは船乗り達に注意を促す。
冒険者達もノミオとデノニーバへの警護を強めた。
アレーナとエルディンはノミオが気落ちしないように側で元気づける。
リリーは常にデノニーバの近くにいた。緊急の事態なのでオグマもデノニーバに近づいて護衛する。
ノミオ使節団の船室とデノニーバ使節団の船室は行きと帰りでは入れ換えてあった。
デノニーバがノミオを陥れようと何らかの作戦を画策していると仮定する。
何者かが急襲したとして、船室が入れ換えられていたのならデノニーバにとっては大問題のはずだ。ノミオと間違えられて、傷つけられてしまう可能性がある。
(「安心しているのは、つまり‥‥直接ノミオを殺すつもりはないってことかしら? 仕掛けてくると思ったのだけど‥‥」)
リリーは落ち着き払ったデノニーバをじっと見つめながら考える。
大宗院鳴と大宗院透は廊下で何者かの侵入がないかを見張っていた。
エリスは甲板でドナフォンを警戒する。イオリーナはジニールの巨人の姿に戻ってヴォワ・ラクテ号付近の空中を漂う。
稲妻が海面に落ち、周囲の空気が震える。
「あれは!」
西中島がペガサスで飛び立とうとしたその時、ドナフォンが姿を現す。
真っ逆様に急降下したウェールズのドナフォンは、ヴォワ・ラクテ号の甲板室に爪を食い込ませて取りついた。すかさず咆哮をあげる。
ヴォワ・ラクテ号に乗るすべての者に咆哮が浴びせかけられる。
屈強ながら恐怖に震えた船乗りも少なからずいた。ドナフォンの揺すりも合わせて、ヴォワ・ラクテ号は操船の失敗で大きく揺れる。
「くっ!」
西中島はペガサス・光刃皇で飛び立ち、ドナフォンに一太刀を浴びせた。イオリーナも引き剥がそうとドナフォンの腕を掴んだ。
咆哮の繰り返しをやめたドナフォンは翼を広げて黒雲の中に去ってゆく。
「よくがんばりましたね」
船室内でアレーナはノミオに微笑んだ。今回は特に取り乱すことなく、ちゃんと留まったノミオである。
「だ、大丈夫でした‥‥」
床に寝ころぶエルディンは揺れで倒れそうになった壷を抱えていた。後で考えていたより大切な壷なのが判明する。
(「あら、粉々ね」)
別室のリリーは床に広がる壷の破片を見下ろす。
従者は別にしてデノニーバが取り乱さなかったのは立派である。ただし、壷が割れたせいで顔面蒼白になっていた。
「まさか、ここまで揺らすとは‥‥」
(「ここまで?」)
デノニーバの独り言をオグマは耳に挟んだ。どう考えてもあらかじめドナフォンの襲来を知っていたとしか思えない発言である。
「どうやら過ぎ去ったようですね。お腹が空きました」
「最近‥‥、食べてばかりですね‥‥」
大宗院鳴と大宗院透は転倒した船乗り達を助けながら言葉を交わす。
わずかに予定が狂ったものの、ヴォワ・ラクテ号は再び航海を続ける。夕方にはオーステンデの船着き場に入港した。
●そして
七日目の朝、ヴォワ・ラクテ号はパリ行きの帰りの航海についた。
出航前、イオリーナはオーステンデに残るといって姿を消す。
ブルッヘ訪問におけるハニトス領主のノミオとデノニーバの評価は、後でエリスの耳にも入る。
壷はブルッヘ訪問の証としてハニトス領主に手渡さなくてはならなかった。以前からブルッヘとは交流があるので、決まり事になっていたのである。
ノミオは壷があるので普通に報告を済ませる。
問題はデノニーバだ。壷が割れたので、当然理由をハニトス領主に問われた。
結果、ブルッヘ訪問の実績が似たようなものなら、ハニトス領主の評価はノミオの方が上となる。領主館でのノミオの醜態はデノニーバの失敗で相殺された。
「結局ドナフォンは海上で、もう一度領主館の時と同じような真似を繰り返したのよ。やっぱりデノニーバがドナフォンと繋がっているのかしら?」
九日目の夕方、エリスはパリの船着き場で冒険者達にお礼を渡す。追加の報奨金とハニトス領主から預かったレミエラである。
「デノニーバがドナフォンと繋がっているのなら、次はこんなものでは済まないかもね」
一瞬不安を浮かべたエリスだが、すぐに表情を明るくする。
船着き場を去る冒険者達に大きく手を振ったエリスであった。