●リプレイ本文
●出港
カーゴ一家の帆船、ヴォワ・ラクテ号が早朝のパリを出港する。
ルーアンの現状を宿奈芳純(eb5475)に伝えた琉瑞香は船着き場で下流へと向かうヴォワ・ラクテ号を見送った。
冒険者達はエリスと一緒に甲板室の中にいた。役目もなく立っているには甲板は寒すぎたからである。
「しかしながら、これまでの敵の作戦は微妙に本気でないようですね‥‥。これは何か隠すための隠れ蓑でなければいいのですが‥‥」
大宗院透(ea0050)はハーブティを頂きながらエリスに視線をやった。
「そうね。何かあるかも知れないってあたしも感じているのよ」
エリスもまたハーブティ入りのカップに口をつける。
「今回運ぶのはノミオ殿だけですか。敵もそろそろ本気で仕掛けてきそうです」
エルディン・アトワイト(ec0290)だけでなく、多くの仲間がデノニーバとウェールズのドナフォンが密約を結んでいるのではと疑っていた。
デノニーバとはノミオに次いでミリアーナ領の領主継承者にあたる人物である。ノミオの腹違いの弟だ。
(「私もノミオ殿とは初対面なのですが――」)
(「なるほど。なかなか難しい状況にありまする」)
初めての磯城弥魁厳(eb5249)は宿奈芳純からテレパシーを通じて状況を教えてもらう。
「ドナフォンの本気の攻撃があるとして、危険は他にもある。天候の不順もあるだろうし‥‥他の海の怪物にも注意をしないとな」
ベイン・ヴァル(ea1987)は後でヴォワ・ラクテ号に積んである小舟やロープや浮き板などを確認するつもりである。
状況によっては必要になるかも知れず、海へ出たのなら出来る限り見張りを引き受けるつもりであった。
「イオリーナさんはオーステンデで待っているのですか?」
「そうね。あっちでドナフォンが何かしでかさないか見張っているはずよ」
大宗院鳴(ea1569)はエリスと話しながら置いてあった菓子で頬を膨らませるのだった。
ヴォワ・ラクテ号は順調である。
ノミオを下ろす予定のルーアンの畔を二日目の昼頃に通過してセーヌ河口を目指す。
三日目の夕方、ヴォワ・ラクテ号は港町オーステンデに入港するのであった。
●緩やかな時間
四日目の昼頃、領主館からの馬車に乗ってノミオが港に現れた。護衛の者達も一緒である。
「今回もよろしくお願いします。頼りにしていますよ、エリスさん」
「もったいないお言葉。ではこちらに」
ノミオは優しい微笑みをもってエリスに挨拶をする。
ジニールのイオリーナも含めて全員が乗り込み、ヴォワ・ラクテ号はルーアンに向けて出港した。
「海はいいですね」
潮風に吹かれながら大宗院鳴は波を見つめる。側にはエリスの姿もある。
「おいしい物がいっぱいです」
「そうね。海の食材、あたしも大好きよ」
さすがのエリスでも、これまでのつき合いで大宗院鳴の思考は読みとれていた。食べ物の話題が出るのは予想済みだ。
「エリス、ここにいたのか。昨晩は寝ていたようなので伝えられなかったのだが、酒場で気になる噂を耳にしたのだ」
「噂?」
「ああ。ここ一週間のうちに海中から突然モンスターに襲われて二隻の帆船が沈没させられたらしい。オーステンデからセーヌ河口までの海域でだ」
「これまでの経験からいえば‥‥、ウエイプスかクラーケンあたりかしら?」
エリスとベインのやり取りを静かに聞いていた宿奈芳純だが、クラーケンの話題が進むと目の色を変える。
「必ず捕まえましょう! そして食べましょう!」
両手を握り、大宗院鳴が目を輝かせた。クラーケンが蛸によく似ているのがとても気になったらしい。
「実は俺も興味があるのだ。もし襲われたのなら撃退するとして、せめて足やヒレの一部でも切り落としたいものだな」
ベインと大宗院鳴が意気投合する。
(「海の敵‥‥」)
ちょうど近くの小舟の中に隠れていた魁厳は三人の話を聞いていた。海の中から敵が襲ってきたのならば真っ先に対応しようと考えた河童の魁厳であった。
(「そちらはどうでしょうか?」)
マスト上の見張り台で周囲を警戒していた宿奈芳純は仲間達とテレパシーで連絡を取る。
敵は外だけではなく、内に潜んでいるかも知れない。連絡を取り合う事で少しでも危険を減らそうという配慮だ。他の仲間達もテレパシーが使える指輪を貸し合って活用してくれていた。エリスにも渡されてある。
その頃、ノミオは船室でくつろいでいた。
「カリナさんとは、どの様な方ですか‥‥」
「とてもおとなしい妹ですよ。久しぶりなのでとても楽しみにしています」
大宗院透がノミオに話しかける。その場にはエルディンとイオリーナ、護衛の従者三人の姿もある。
カリナはノミオと同じミリアーナ領ハニトス領主の第一夫人を母に持つ娘だ。ノミオとは離れており、現在九歳だという。
ノミオの嬉しそうな顔が大宗院透の印象に残る。それはエルディンも同じであった。
「妹のカリナ殿さんと会うのを私も楽しみになってきましたよ。兄弟といえばデノニーバ殿はどうなされているのですか?」
「デノニーバはオーステンデの港の整備について各ギルドとの折衝をしている毎日のはずです。僕はようやく父上から受け持った仕事が落ち着いたので、このような旅に出ることになりまして」
「ルーアンにはカリナ殿とお会いになる以外に理由が? いや、大分立ち入った話ですね。失礼しました」
「いえ、構いませんよ。ラルフ卿と接見するのが主な役目となります。しばらくの滞在も領地同士の絆を深める為です。これまでもいろいろな形で行ってきましたし。カリナがラルフ卿の元にいるのも、同様の意味がありますので――」
エルディンはノミオとの雑談に興じた。
オーステンデの遺跡に詳しい人物の紹介についてはエリスへ地図と一緒に紹介状を渡しておくという。その紹介状を持ってエルディンが訪問すれば話を聞いてくれるはずとノミオは答えた。
ヴォワ・ラクテ号は日が暮れる前に海岸付近で錨を下ろす。四日目から五日目の夜を安全に過ごす為であった。
●敵は二体
(「海の底から怪物が現れました!」)
「え、なにごと?」
エリスは頭の中で響いた宿奈芳純の呼びかけで目を覚ます。
起きあがろうとするが激しい揺れに足下がふらつく。それでも急いで甲板への階段を駆け上った。
朝日は既に昇っているはずだが、曇り空のせいでまだ夜明け前のような薄暗さである。
「噂が当たったって訳ね。こいつはクラーケンか」
海から伸びる吸盤付きの長い足がヴォワ・ラクテ号に絡まろうとする。エリスは即座にウインドスラッシュを放って阻止をした。
冒険者達も次々と甲板に現れて、さっそくクラーケン退治が始まる。船乗りの一部も武器を手に要所を守りながら参戦してくれる。
大宗院鳴はノミオの側から離れずに船内で待機である。これも内の敵に備えてだ。外敵を倒してもノミオが毒殺されたとしたら何の意味もないからだ。
「任して欲しいのでする」
魁厳が飛び込んでしばらくすると海面付近で水柱が上がる。海中で微塵隠れをして、クラーケンを翻弄しているのが窺えた。
「まさか現実になるのはな」
ベインは波飛沫を浴びながら船首に立ち、うねるクラーケンの足を屈みながらかわす。続いて頭上を行き交う足を魔剣で斬りつけた。
(「海の底へ帰りなさい」)
宿奈芳純はテレパシーで説得を試みたが手応えはまったくなかった。テレパシーにおいてフォースリングのフォースコマンドは無意味である。
「え‥‥?」
大宗院透は稲妻の矢でクラーケンの目を射ろうとマストに身体を預けながら構えていたが、暗い空からの招かれざる来訪者に気がつく。ウェールズのドナフォンである。
イオリーナがジニールとしての元の姿へ戻って浮かび上がってドナフォンに立ち向かう。
「イオリーナ殿、ドナフォンはお任せします」
エルディンは仲間へのグッドラックをかけ終わると攻撃に転じた。
激しく揺れる甲板でホーリーフィールドは役に立ちにくい。何故なら出来上がった球体は空間に固定されているので、ヴォワ・ラクテ号が移動すれば取り残されてしまうからだ。
「これならば!」
エルディンはコアギュレイトで絡め取ろうとするがクラーケンの動きは止まらなかった。ホーリーを唱えてコアギュレイトも織り交ぜてゆく。ただし激しく揺れた状態なので高速詠唱で唱えるしか方法は残っていない。
クラーケンへの手応えがわずかなので途中からドナフォンへのホーリー攻撃に切り替えたエルディンであった。
空中のドナフォンとイオリーナの戦いは拮抗が続く。互いに風の精霊魔法が決定打に成り得ない特性を持つ。それ故にイオリーナはエリスに応援を頼んだのだから、勝負がつかないのは無理もなかった。
船乗り達が魔弓で狙うものの、ドナフォンとイオリーナが接近しすぎていてなかなか射抜けない状況が続く。
「これでどうする? クラーケン!」
ベインの魔剣でクラーケンの足の一本が深く傷つけられた。さらにエリスのウインドスラッシュによって切断され、巨大な足先がヴォワ・ラクテ号の甲板で跳びはねる。
立て続けに魁厳の微塵隠れがクラーケンを震わす。魁厳曰く、『樒流絶招伍式名山内ノ壱の椿』という技のようだ。
「これで‥‥」
大宗院透の放った稲妻の矢がクラーケンの目に深く突き刺さる。するとクラーケンは海上から姿を消した。
「潜っていきましたでする」
「誰?」
真っ黒な何かが甲板に現れてエリスは驚いたが、よく見れば魁厳であった。クラーケンは墨を吐いて海中深くに逃げていったという。
「諦めましたか?」
ムーンアローでイオリーナの援護をしていた宿奈芳純は動きを止める。
「そのようですね」
エルディンもホーリーを唱えるのを止める。クラーケンに続いてドナフォンも撤退したのである。
エルディンは傷ついた仲間をリカバーで癒し始める。
やがて雲の切れ間から落ちる日の光が海面を輝かせるのだった。
●ルーアンへ
船内にいたノミオと大宗院鳴は特に大事はなかった。
ベインの助言の通りに大事な物や自分自身をロープで柱などにくくりつけて難を逃れたのである。
クラーケンとドナフォンの襲来に因果関係があるのかどうかははっきりとしなかった。エリスは偶然であろうとの考えである。
「やっぱり風の精霊魔法じゃだめね」
何度か戦いの途中で敵を切り替えてドナフォンに風魔法を放ったエリスである。ドナフォンに堪えた様子は見受けられなかった。
「それはそうと‥‥」
エリスが波間から甲板に視線を移すと、もくもくと煙が立ちのぼっていた。せっかくなのでクラーケンの味を確かめるべく残された足の調理が行われていたのである。
冒険者の他にヴォワ・ラクテ号の船乗りも興味津々に集まった。
「それでは美しいお嬢さん、こちらを。熱いですから気をつけて下さいね」
エルディンは笑顔でクラーケンの塩焼きの串を船乗りに手渡した。ヴォワ・ラクテ号は船員のかなりの数を女性が占めている。
エルディンが女性を中心に串を手渡していたのはいうまでもない。
「これは‥‥ダメだな」
「美味しくないです‥‥」
期待していたベインと大宗院鳴が一口食べてげんなりと項垂れる。
「そうですね。これはいけません」
「まずいです‥‥‥‥」
宿奈芳純と大宗院透も同感だ。
「生なら結構いけまする。でも一般的では――」
魁厳は河童なのでちょっと味覚が違うようである。
「確かにこれはクセがありすぎますね」
エルディンも焼けた吸盤の欠片を口に放り込んでから呟く。
「あたいに任せておきな!」
ヴォワ・ラクテ号の女コック長が現れて船内の調理場にクラーケンの足を運び入れられる。すぐに調理が開始されて油で揚げられた。
「美味しいです♪ はい、ノミオさんも」
「どんな味でしょう?」
大宗院鳴は毒味をした上でノミオにもクラーケンの油揚げ料理を持ってゆく。
一口食べたノミオは笑顔になる。
水分が飛んで身が引き締まり、上にかけられた香草入りのタレのおかげかクセも抑えられていた。
油で揚げられたクラーケンの足はすべて誰かしらの胃袋に収まった。
●そして
六日目の朝方、ヴォワ・ラクテ号はセーヌ川沿いにあるルーアンに入港する。ドナフォンとクラーケンに襲われた為に少し遅れての到着であったが予定の範囲である。
「ノミオ兄様!」
「カリナ、元気にしていましたか?」
ヴェルナー城では兄妹の再会となる。
大宗院透はノミオの過去について知りたかったが、カリナと話す機会は残されていなかった。ただ二人の仲の良さに何となく安心する。
ここで冒険者達の役目は終わり、ノミオからお礼としてレミエラが贈られた。
翌日の七日目、ヴォワ・ラクテ号はルーアンを出港する。パリに入港したのは八日目の昼過ぎである。
ちょうどこの頃、オーステンデでは惨事が起こる。
ドナフォンの急襲によってデノニーバが大怪我を負っていた。