静かなる領主館の奥 〜カーゴ一家〜
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■シリーズシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:11 G 38 C
参加人数:4人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月22日〜03月30日
リプレイ公開日:2009年03月28日
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●オープニング
北海沿いにある港町オーステンデではデノニーバ・カスタニアが負傷した話題で持ちきりだった。
第二位とはいえミリアーナ領の次期領主継承者の安否は重大だ。襲ったのがオーステンデを不安に陥れているウェールズのドナフォンだというのも人々の興味に拍車をかけていた。
幸いに大事には至らず、デノニーバは回復に向かっているとの告知される。
数日の後、ヴェルナー領ルーアンに滞在する第一位継承者ノミオ・カスタニアの耳にも騒動は伝わる。
直ちに戻ろうとしたノミオだが、ハニトス領主からの手紙によって身動き出来なくなってしまう。ルーアンに残って政務を果たすようにとの命がしたためられていたのである。
「どうかなさったの? ノミオ兄様」
カリナが俯くノミオの顔を覗き込む。ノミオが滞在しているラルフ卿のヴェルナー城には九歳の妹カリナが預けられていた。
「いや、オーステンデでデノニーバが大怪我を負ったというのに、このままここにいてもいいのかと思ったのです」
「父様のご命令なら仕方ないのではありませんか? それに‥‥わたしはもう少し一緒にいて欲しいのです」
ノミオが頭を撫でようとするとカリナが一歩退く。事情を思いだしたノミオも手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい」
「いいんだよ。こっちにおいで。お茶の時間にしよう」
ノミオは微笑んでカリナをテーブルに誘う。
もっと幼い頃、カリナは第二婦人を母に持つデノニーバを含めた兄弟達に髪を引っ張られてよく苛められていた。助けようとノミオも奮闘したが、陰湿なやり方に加えて多勢に無勢であった。そのせいでカリナは頭を触られるのを極度に嫌がるようになったのである。
第一夫人を母に持つノミオとカリナにとってデノニーバとその兄弟は敵といってもよかった。
(「何かがおかしいような気がします‥‥。内密に連絡を入れてみましょうか‥‥」)
ノミオはあまりに静かな状況を不思議がった。個人的なつてを使ってオーステンデの領主館内にいる味方との連絡を試みるが不通に終わる。
ますます怪しいとノミオが感じたところで、察してくれたラルフ卿から声がかかった。
届けてもらたい品物があるので一時的にオーステンデの領主館に戻ってはくれないかという要望だ。オーステンデで何かが起きているのではとラルフ卿も考えているようだ。
ノミオの願いによってパリのカーゴ一家事務所に連絡が取られる。
そして事務のアリアンテ嬢から話を聞いたエリス・カーゴは、冒険者ギルドに出向いて護衛の募集をかけるのであった。
●リプレイ本文
●船上
パリから北西へと流れるセーヌ川を下り、帆船ヴォワ・ラクテ号は二日目の昼頃にルーアンの船着き場に入港した。
「これはノミオ様、オーステンデが大変な様子で」
「そうなのです。ラルフ様も嫌な予感をお持ちでした。品物を届けるだけの旅で終わればよいのですが」
エリスは一旦陸へあがり、待機していたノミオと挨拶を交わす。
同行の従者三名がラルフ卿からの贈り物を抱えながらノミオに次いで乗船する。
「ノミオお兄様。お気をつけて〜」
船着き場に残ったカリナが甲板の兄ノミオへと手を振った。
「やはり兄妹は一緒にいる方がいいですよね」
ノミオとカリナの様子を甲板で見ていた大宗院鳴(ea1569)は、腹違いの兄である大宗院透(ea0050)に微笑んだ。とても男とは思えない格好の大宗院透はまったくといっていい程反応しなかった。
「義兄ははずかしがりやですので」
大宗院鳴は近くにいたエリスにも微笑む。返す言葉が見つからないエリスは、とっとと持ち場へついた。
全員の乗船が確認されてヴォワ・ラクテ号は出港する。
しばらくして冒険者達とエリスはノミオ一行が休む船室を訪れた。港町オーステンデで何が起きているのかをさらに詳しく聞く為だ。
「ウェールズのドナフォンがデノニーバを襲った。デノニーバは怪我を負ったものの傷は浅くて快復に向かっている。というのが伝わってきた情報なのですが、どうもわたしには合点がいかないのです」
ノミオは嘘をつかれているような気がして仕方がないという。
「デノニーバさんを襲った真意は何でしょうか‥‥」
大宗院透はドナフォンの行動理由に疑問を持つ。ドナフォンとデノニーバが共闘している可能性はとても高い。そこに何かが秘められているように感じられる。
「聞くところによればノミオくんと懇意の人物がオーステンデの屋敷にいるとか。今も連絡がとれないのかな?」
「何度かとろうと試みたのですけど――」
アレーナ・オレアリス(eb3532)がノミオに行った質問の答えの中にケタニリアという人物が出てくる。ノミオは彼をとても信頼していた。
(「オーステンデに着いたらまずはケタニリアさんに会うように努力した方がよさそうね」)
アレーナは顎に片手を当てて軽く頷いた。
「少し占ってみましょう」
宿奈芳純(eb5475)はその場にあったボロ切れにワインを垂らして染みを作り上げる。
「オーステンデは暗雲に覆われています‥‥。まさにドナフォンの出現のように」
占いの結果を伝えながら宿奈芳純はパリで見送ってくれた琉瑞香の言葉を思いだす。
「ハニトス領主については何かわかっている事があるのですか?」
「手紙は父が書いたものです。特に疑わしいところは‥‥」
ノミオはハニトス領主からの手紙を読み返した。
「父からの手紙だと思うのですが‥‥」
様式や手紙に使われた羊皮紙の質、筆跡や印のどれも見覚えがある。しかし改めてみると違和感がなきにしもあらずだ。
答えは見つからなかったが、この疑問はオーステンデでの行動に影響を及ぼす事となった。
ヴォワ・ラクテ号は宵の口にセーヌ河口を通過する。
北海に面するオーステンデに入港したのは三日目の夕方であった。
●待機
「なによあいつら!」
エリスは眉を吊り上げて机を叩いた。船乗りの一人が零れそうになったカップを慌てて拾い上げる。
四日目の昼になってもノミオ一行はヴォワ・ラクテ号から下船出来ずにいた。
船着き場を守るオーステンデの兵士達によって待機を通告されたからである。これまでに一度もこんな状況になっていない。
第一、次期当主のノミオにこんな対応をするなど常識では考えられなかった。
「しかしあの兵士が見せた書類も、父であるハニトス領主が発布したものに間違いありません」
ノミオが船室の窓から船着き場を覗く。重武装の兵士達が今にもヴォワ・ラクテ号に乗り込んできそうな雰囲気である。
「ここは何とかして陸にあがって調べてみないとね。ケタニリアさんに会えばわかるかも知れないし」
アレーナが軽くノミオの肩に触れて頷く。
さっそく上陸の方法が検討される。昨晩の内に乗船していたジニールのイオリーナも参加した。
アレーナが行うとすれば夜陰に紛れてペガサス・プロムナードで空を飛ぶ方法だろう。宿奈芳純ならスクロールのインビジブルで透明化してすり抜けられる。大宗院鳴はノミオの側を離れるつもりはなかった。宿奈芳純は隠密の特技に加えて透明化の魔法が使える指輪を所有する。
やがて大宗院透が一人で町中へ潜入する事が決まった。
「それでは行って来ます‥‥」
夜を待って大宗院透がヴォワ・ラクテ号を離れる。姿を透明にし、足音も立てずに兵士達の警備をすり抜けた。
まずはアレーナも接触を望んでいたケタニリアを目指す。可能ならハニトス領主とも会いたいと考えていた大宗院透であった。
仲間達はヴォワ・ラクテ号内で連絡があるのをじっと待ち続ける。
「感じました。透殿です」
深夜、宿奈芳純のテレパシーによって大宗院透と連絡がとれるようになる。ケタニリアも側にいるようだ。
ケタニリアとテレパシーを繋ぐことは出来ないので、大宗院透が通訳のような立場となる。
ヴォワ・ラクテ号側も会話転送の手間を考えて宿奈芳純がノミオの通訳のような役目を担った。
ケタニリアはドナフォンの力を借りたデノニーバが謀反を起こして領主館を占拠していると話す。手紙などの文章については巧妙に作られた偽物だと嘆き悲しんでいた。
驚きと同時にやはりという感情が一同の心に浮かび上がる。
ハニトス領主は現在、館の奥で幽閉中のようだ。しかし機会をみてデノニーバは親殺しをするつもりらしい。そこまでしなければ新領主になれる機会がないからだ。
一気に事を進めないのは、まだ画策の途中なのだろう。
外部からの疑いの目があっても確実な証拠を握らせないまま領主交代を果たすのがデノニーバの望む未来である。
「ドナフォンのやり方がこれまでの戦術と違うようで、おかしいと思ったんです」
大宗院鳴は蜂蜜をつけたパンを食べながら意見をいう。
「ノミオくん、どうしようか。ケタニリアさんを保護するのは何とかなりそうだけど‥‥」
アレーナは最後まで語らなかったが、ハニトス領主の安否についてだとその場にいた誰もが気がついた。
船着き場にまで兵士を配置している状況からして、領主館が相当な警備であるのは想像に難くない。
「みなさんを過小評価するのではありませんが、さすがに父を助けるには戦力が足りないでしょう。領主館を守る兵士の数と、ヴォワ・ラクテ号の方々とでは圧倒的な差があります。ここは撤退をすべきです‥‥」
ノミオは話し終わった後で悔しそうに歯ぎしりを立てた。
「わかりました。ノミオ様」
エリスもノミオと同じ考えだ。しかしそれだけで終わらないのがエリスである。
(「立ち去る前にちゃんと態度を示しておかなくちゃね‥‥」)
エリスは眼光を鋭くする。さっそくケタニリアをヴォワ・ラクテ号まで連れてくる手順を説明するのであった。
●脱出
「ふざけんじゃないわよ! あたし達を怒らせたらどうなるか教えてあげるわ!!」
朝日が昇る頃、ヴォワ・ラクテ号の船縁に足をかけたエリスはウインドスラッシュの風の刃を兵士達が休む小屋へと飛ばして切り刻む。
それを合図にして戦闘が始まった。
「近づくとしびれちゃいますよ」
大宗院鳴は甲板室の窓からヴォワ・ラクテ号へ乗船しようとする兵士達に、ライトニングサンダーボルトの稲妻を浴びせかけた。
真下の船室にはノミオが待機する。ノミオの護衛を第一に考えながら戦いに参加した大宗院鳴であった。
「こちらへお乗り下さいね」
アレーナはペガサスで大空を駆け、大宗院透とケタニリアが隠れていた建物の屋上へと舞い降りる。プロムナードにはあらかじめテレパシーリングを使ってケタニリアを一時的に乗せる事をお願いしてあった。
ケタニリアを後ろに座らせるとアレーナは空に弧を描くようにヴォワ・ラクテ号へ戻った。他にもノミオの味方は領主館で囚われているはずである。それがとても心残りなアレーナだが、現状の最善を尽くすべきだと心に刻んだ。
「さあ、甲板室の中へ」
アレーナはペガサスからケタニリアを下ろす。
「ノミオ様!」
「ケタニリア、よく無事で」
ノミオの元にケタニリアが辿り着くのを見届けてからアレーナも兵士達との戦いに参加する。
大宗院透は人遁の術で兵士に化けると、船着き場でひしめく敵の中に潜り込む。
「相手は手強いぞ! ん? 何だお前?」
「正義がどちらか後でわかります‥‥」
指揮していた隊長に近づいた大宗院透は微塵隠れで爆発して敵を混乱に陥れる。同時に瞬間移動をしてヴォワ・ラクテ号の船乗り達に加勢した。
「教えてもらえますか? 領主館が今どうなっているのか」
宿奈芳純はフォースリングで捕まえた兵士から情報を引きだす。ミリアーナ領内の騎士団のいくつかがデノニーバに協力していた。
ドナフォンについては側近の者達と暗黙の了解で利用しているらしい。デノニーバが領主になった暁にはすべての罪を被せて処分してしまう算段のようだ。その為に風以外の魔法に得意としたウィザードを集めているという。
「あまりこういうのはしたくないのですけど、ドナフォンを倒す為には仕方ありませんわ」
イオリーナは巨人の姿に戻って海上を飛び、遠距離から兵士達に向かって風の精霊魔法を使った。碇泊している帆船には影響がないように細心の注意を心がける。
人との間に禍根を残すのはイオリーナにとって本意ではなかったからだ。
冒険者とカーゴ一家の連合は、船着き場周辺に配置された兵士達を叩きつぶした。
「ありがとうよ! これでやっと俺達も出港もできるってもんだ!」
他の帆船の船乗り達がヴォワ・ラクテ号に向かって歓喜の声をあげる。
「長居は無用だわ。さっさとルーアンに戻りましょう」
エリスの号令でヴォワ・ラクテ号は帆を張り、オーステンデを出港するのだった。
●そして
ヴォワ・ラクテ号は何処にも寄らず、六日目の昼頃にルーアンへ入港する。
「ノミオ兄様、お帰りなさい」
ノミオがヴェルナー城へ戻ると早い帰りをカリナが喜んだ。
「カリナ、よく聞いておくれ」
ノミオは真っ先にカリナへ状況を伝える。
「デノニーバ兄様がお父様を?」
幼いながら聡明なカリナである。何となくは察していたものの、やはり現実となるとショックを受けていた。
「みなさんありがとうございます。今回の事はラルフ様に伝えて、どうするかを速急に決めたいと考えています」
城まで送ってくれた冒険者達とエリスにノミオは感謝する。せめてものお礼としてレミエラを贈った。
「デノニーバの企みも、こうなってしまったら意味がないはずだわ」
エリスはパリへと戻る船上で冒険者達に語る。
今頃はオーステンデに残ったイオリーナが人々に噂を流しているはずだ。やがて船乗り達によってオーステンデだけでなく各地へ伝わるだろう。そうなればデノニーバも強引なやり方が出来なくなる。
八日目の夕方、ヴォワ・ラクテ号はパリへと入港した。
エリスはおそらくと断りながら、次に依頼を出すとすれば大掛かりな戦いになると冒険者達に伝えるのであった。