●リプレイ本文
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着地に難アリのサドルバック。集まった四人はまず、搭載量が予定に満たなかった8m機を実験機として色々試す事にした。
「確認したいんだけど、既存のグライダーでもある程度は浮遊できたよね?」
考えるように口元に手を当てながら訪ねるのはレン・コンスタンツェ(eb2928)。
「あれは元々送風管の送れる風の向きに余裕があるの? それとも小型のが二つついているのかな?」
「離着陸用には、ゴーレム魔法の浮遊機関がかけられているからその力で浮かんでいるのよ。空中でのホバリング技能のことだったら、送風管には管の向きが複数になっているものがあるから、それの調整で浮かんでいるのよ」
「という事は、送風管は可変型の作成は可能ですか?」
ユリディスの答えに身を乗り出してきたのは白金銀(eb8388)。可変型が可能ならば、着陸用の送風管をつけずとも、今ある送風管を流用できると考えたのだろう。だが。
「管の向きが変わるというのは無理ね。どうやって変えるというのかしら? 現物でもあれば検討は出来るかもしれないけれど‥‥難しいわね。それに操縦難易度が上がるんじゃないかしら」
「で、ではっ!」
ユリディスにあっさり却下されても銀は諦めない。駄目だったときの為に用意していた別の案を引っ張り出す。
「可変型が無理なら比較的大型の送風管を使用し、ノズルのみを下方と後方に振り分け、送風は弁によって調節するものを作成したいのですがっ」
つまり1つの送風管で、飛行時と離着陸時で送風の方向を変えたいというわけだ。
「弁はどうやって切り替えるつもり?」
「――う」
銀が言葉に詰まる。地球の機械なら操縦士が手元で何らかの操作をすれば切り替えができるのだろうが。
「まあ、できるわよ」
「え」
でもさらっと出てきたユリディスの言葉に、今度は驚きで固まる。
「ノズルの振り分けはグライダー用に作成されているから、大きさの調整をすれば作れるわ。ただし送風は弁で調整ではなく、ゴーレム操縦技能に含まれる魔法の力だから、操縦者が慣れればなんとかなるんじゃない? その分必要スキルが高くなる可能性はあるわよ。送風管から魔力を出す出さないの調整だったのが、振り分けまで考えなくてはならなくなるのだから」
「ただでさえ着地が問題なのに、これ以上操縦難易度が上がったら実際外に出したときに困るんじゃあないかね」
と意見するのは鷹栖冴子(ec5196)だ。銀の様な航空知識にある程度長けた者だけではなく、彼女の様な航空初心者でも操縦できるようなものの作成、確かそれば当初の目的に掲げられていたはずだ。戦場で人員を迅速に下ろす為に高度な技術が必要となったら、それこそ操縦士がいなくなるかもしれない。高度な技術を有する者達は、それこそ他のゴーレム機器で出撃する可能性が高いのだから。
「参考として聞きたいんだけど」
布津香哉(eb8378)が片手を上げる。
「サイレントグライダーの構造と性能を伺ってみたい。あれも確か飛ぶときはグライダーで地上面近くはチャリオットの操縦性とどこかで聞いたことがあるのでね」
「サイレントグライダー‥‥ねぇ」
彼の質問にユリディスは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。その理由は。
「形状は普通のグライダーとほぼ同じ。通常飛行中もほぼ同じ。機体に浮遊機関魔法がチャリオットレベルで付与されていて、地上すれすれの低空飛行時にはその能力で飛んでいるみたいよ」
「「みたい?」」
今までと違って歯切れの悪い言い方に、一同首を傾げる。あまり彼女はこういう言い方をしない。
「‥‥普通は研究時には技術も丸ごと買うのよ。でもサイレントグライダーはウィルから機体を買って技術研究しているだけだから、、詳細な作成手順は分からないの。『だいたいこんな感じ』でコピーしてるのよ。だからあまり作ってないの」
「――なるほど」
だから「みたい」というわけだ。
「そもそも出力的に大丈夫なのか試さない? 8mの方は実験機体だからこの際搭載量は300EPあれば十分として、ちゃんと稼動するかを見てみたい」
「精霊力集積機能はきちんと動いているわ。私が魔法をかけたし、前回の実験でもちゃんと動いたのよ」
確かに前回は精霊力集積機能の魔法をかけたはずだ。それで動いたのだから、出力不足ということはなさそうだが。
「ああ、そうじゃなくて送風管の話。グライダー用の送風管で大丈夫なのか、中型フロートシップまでに使用される中型送風管にした方がいいのか。稼動しなかったらチャリオット用の浮遊機関を取り外して――って考えていたけど、着陸時の浮遊に浮遊機関が使われているなら、外すのは危険かな?」
レンの言いたい事は何となく分かる。だがただでさえ着陸時の衝撃が激しいのに、これ以上衝撃緩和の機能を削ったらどうなるのだろうか、想像には難くない。
「とりあえず、着陸はさせるつもりなのね?」
ユリディスの言葉に一同は頷いた。
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「俺として確かめたいのは板バネの有効性、板バネといっても重ね板バネで弓なりにそらせた金属板を数枚かさねたのを1セットで組上げて、8m型なら重ね板バネを四つほど底に設置できれば支えられるんじゃないかと思うんだが」
香哉が提案するのは衝撃緩和の為の装置。
「ただこれがこちらの技術で再現できるか。重量が増える分搭載量が減るというのが問題点だよな」
だが勿論欠点もある。こちらの技術で再現できるか、それはかなり重要だ。
「あなたがスキルだけでもきちんと鍛冶師に板バネの形状等を指示出来れば、それらしいものを作ることは可能かもしれないわね。あなた、確か地球の機械の知識があったわよね?」
ユリディスの言葉に、香哉は頷いてみせる。
「ただしミリ単位で同じ大きさの物を作ったりする技術はないのよ。そりを合わせるのも経験と勘がモノを言うから、実効性があるものが作れる様になるには時間が掛かると思うわ」
「さすがに俺一人で造るわけにもいかないしな」
誰か一人だけが出来る技術では意味がないのである。彼とてずっとサドルバック用の板バネを作り続けるわけにもいかない。とすれば出来るだけ沢山の人が造れるようになる必要がある。
「サスペンションもダメだとなると、こりゃ船底に薄い鉄板でも張っておかないとダメかね? さすがに木が主材料だし、補強材も要るんだけどね‥‥重量がかさむか」
うーん、と冴子が唸って机に突っ伏した。
「板バネが作成可能なら軽量化の為、柳の様な良くしなり折れず、 復元性も高い木材で作成する事は可能ですか?」
「それも木工細工師に説明が出来るかどうかが鍵ね。サドルバックに搭載する以上、全体にゴーレム魔法を付与するから、材質にこだわる必要は余りないわよ?」
銀の言葉にユリディスは首を傾げてみせる。
「じゃあ木製でバンパーみたいなものを機体下方に設置し、 破壊される事により衝撃を吸収させる といった案は実現可能ですか?」
銀は取り敢えずバンパーの説明から始めて。ユリディスがそれを理解したところで彼女の口が開くのを待つ。
「その形状のものであれば作成はより簡単だけど、この案だと一台のサドルバックが一度の出撃で一往復しか使用できないわよ? だって一度の着陸で壊れちゃうでしょう? パンパー部分だけ後付でゴーレム機器でないとしても、壊れたら簡単に修理できないわよ?」
一往復限りのある意味「使い捨て」でいいならば、ということになるが、勿論それでいいはずはなく。たとえ使い捨てるのがバンパーだけで本体は使いまわすとしても、戦場で、戦場に出ているフロートシップでその修繕は出来ない。
「前みたいにボロ布を枕みたいにぐるぐるっと巻いて底にくくりつけるのはどうだね?」
「それも一過性のものに近いわよね。着陸した部分がぬかるんでいたら、布が水を吸って重くなることもあるわ」
冴子の言葉にユリディスは欠点を指摘していく。
彼女とてしたくてダメ出ししているわけではない。こういう新企画を考える場では、案は出せるだけ出して叩かれて再び新しい案を考えるのが基本。
「ねえ」
口を開いたのはずっと何かを考えていたレン。彼女は顔を上げて。
「普通のグライダーにも浮遊機関が取り付けられているんだよね? チャリオットにも浮遊機関が取り付けられている。フロートシップにも。これは間違いない?」
彼女はユリディスが頷くのを見て、思い切って口を開いた。
「グライダーは離着陸時に浮遊機関の力で浮く。じゃあ、グライダーよりもチャリオットよりも大きなサドルバックは、フロートシップレベルの浮遊機関を付与すれば着陸時に浮遊するんじゃないのかな?」
――正解。
レンの言葉にユリディスはそんな表情で笑って見せた。
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「私としてはゴーレムシップからの兵員乗降にも活用したいのですが」
稼動実験地の土をスコップで掘り起こしながら、銀が傍らに立つユリディスにそんな事を言ってみせた。ちなみに皆で作業をしているのだが、ユリディスはもちろん、見ているだけだ。
「ゴーレムシップからという事は、着陸は水面よね? 地の精霊力が弱すぎるから浮遊機関は機能しないと思うわよ?」
「ああ、なるほど」
そういわれればそうだ。地の精霊力で浮くのだから、地面がない水の上では浮かない。
「となると、じゃばーんって落ちますかね」
「たぶんね。試した事がないから分からないけど」
グライダーが海の上を飛べるのだから飛ぶ事自体は可能かもしれないが、着地がやはり難しいだろう。激しく水しぶきを上げた挙句、水が本体に入って沈んだなんて事になったら笑えない。
「水流制御板をつけたらどうでしょう?」
「それじゃ完全に船よ。水面で動かす為の装置だもの。それにそれをつける分、塔裁量が削られるわ」
銀の野望(?)は中々に難しいようである。
「一応大体こんなところかな。少し休憩を入れよう」
香哉がスコップ片手に戻ってくる。テストの為の地面は大体耕した。後はテストをするだけなのだが。
「やっぱり肉体労働は応えるね〜」
レンはスコップを片手にふぅ、と息をついて座り込んだ。
「まあ、この後は実験さね。上手く行くといいんだけどね」
テストパイロットを務める予定の冴子が、8mのサドルバックが格納されている方を見やった。
結局、フロートシップを動かすために必要な浮遊力を付与し、その浸透を待って実験が行なわれることになった。浮遊機関自体は搭載されているので、かける魔法をチャリオットレベルからフロートシップレベルに変えただけだ。とりあえずこれでダメなら、ノズルを振り分けた送風管や板バネの利用を考えるということで、8mで実験。
「さてと」
まずは航空知識のある香哉が起動させてみせる。そう、前回も起動には問題がなかったのだ。
そのままスムーズに上昇、そして水平移動をして着陸目的地上空へ。で、問題の着陸――
ふわん‥‥
見るからにそんな感じで。機体はまるで地面との間に透明な緩衝材でも挟んでいるかのようにゆっくりと地面スレスレで浮いた。地面との距離は30cmほど。これくらいなら兵士たちが降りるのに問題ははない。
「やった?」
何となく疑問系。前回が前回だったため、何となく信じられない部分が残る。
「次はあたいがやって見せるよ」
航空知識や地上車知識のない者でも操縦ができるかどうか、それを試す為に今度は冴子が操縦を代わる。
起動――上昇。そして、移動――。
グラッ――少々下降でぐらついたもののこの位は想定内。次は着陸。前回の衝撃が蘇って冴子は目を閉じた。
が。
ふわん‥‥
香哉の時と同じく、機体は地面スレスレで浮いて、そして彼女の意思に従ってゆっくりと着地。これが浮遊機関の力か。
「兵士を下ろすときは完全に着地しないで浮遊機関の力で少し浮いたままでいいかもね。それなら一度着陸するより再上昇も素早くできるんじゃないかな」
冷静にコメントをするレンの声にも、嬉しさがにじんでいる。
「後はこれが12mの機体でも上手く行けば、ですね」
そう、本命の12m機体。そちらでも着陸が上手く行けば、完璧といえる。
「それと送風管の件ね。兵士を下ろすときにフロートシップは止まらなくていいとしても、サドルバックの動きが遅ければ狙い撃ちされるわ。そのためには巡航速度100km/h、最高速度200km/hのグライダー用送風管ではなく、中型フロートシップまでに使用される中型送風管をつけてみるという選択肢ものこっているわね」
ユリディスはまだ課題を持ち出すが、今回の着陸の件が上手く行ったということは大きな問題を一つ乗り越えたことになる。
自然皆の顔が笑顔になる事を、彼女はとがめなかった。