【風の澄む島】上陸した負の影

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2008年11月25日

●オープニング

●クラウジウス島
 ステライド領の北東、リンデン侯爵領の南に当たる位置にその島はある。地図で見るとそれなりに大きな島のようだ。
 その島の名はクラウジウス島といい、一部の間では無人島であると囁かれていた。
 だが場所的にも大きさ的にも要警戒区域である事は明白で、この度改めて国からの防衛対策が敷かれることとなった。バの再侵攻が始まったというのもそのきっかけではある。
 位置的にはバからは遠く、どちらかといえばジェトのほうが近いのだが、島自体が王都メイディアにかなり近いため、防衛対策をしておく事に越したことはないという事になった。
 島の大きさ的にはリンデン侯爵領の三分の一という実はかなり大きな島で、以前冒険者達がキャンプに出掛けた場所は、本当に島の一部でしかない。


 冒険者達の尽力で不審人物達は逮捕された。謎の魔法使いはどうやら研究嗜好が原因で師に追放され、そして島に隠れ住んでいた魔法使いだと分かった。その魔法使いは砦を不法占拠し、近海のマーメイドを捕縛して残虐な実験を行っていた。
 不審人物達の捕縛により、これ以上人魚達が不当な目に遭うことはないと思われたが、既に囚われていた彼らを救えなかったことは冒険者達の心に深く残っている。

「一番損傷の少なかった二番砦にグライダーの配備が終了しました」
 集まった冒険者達に告げるのは、支倉純也。
「人魚達の遺体は?」
「通常のように埋葬してしまってよいのかわかりませんでしたので‥‥布に包んで砦に安置してあります。また彼女の協力が得られるのならば、彼女に遺体をどうすることが一番喜ばれるか、聞いていただきたいです」
 彼女というのはマーメイドのディアネイラだ。近海の集落に住む彼女だが、その集落の場所は教えてもらえないので、クラウジウス島に到着したら翡翠のリボンをつけた棒を砂浜に立て、冒険者達が来た合図とすることにしてある。
「今回は、修繕の終わった一番砦と三番砦にグライダーを5機ずつ配備してもらいます。砦が木々の間にあるものですから、浜辺に寄せたゴーレムシップから砦まで1機ずつ起動させ、飛ばすことで運んでもらいます」
 少々手間のかかる仕事だが、そうするのが一番だというのだから仕方があるまい。勿論砦から浜辺への帰還は徒歩だ。その間に木々の生い茂る陸地でモンスターに出会うかもしれない。
「今回配備していただくグライダーは計10機です。一つ、注意していただきたいのは‥‥島の真ん中にある山です。あの付近は風の精霊力が異常に強く、近づきすぎると操縦が難しくなる恐れもあるとのことです。二番砦にグライダーを運んだ鎧騎士によると、切り立った山の上に女性の姿を見たと言っていますが、まあ普通に考えれば見間違いでしょう」
 幽霊の正体見たり枯れ尾花、と少し似ているのかもしれませんね、とジャパン出身の純也は苦笑した。
「それと、二番砦に赴いてマーメイド達の遺体を弔って――」
 不意に、純也の言葉が途切れた。それはギルドの扉を荒々しく開けた王宮の兵士が目に入ったからだ。その兵士はギルド内をきょろきょろ見渡して純也の顔を見つけると、きっと表情を引き締めて大股で彼に近づいてきた。
「クラウジウス島からの緊急連絡です」
 純也達に近づくと、更に声を潜める兵士。
「クラウジウス島東沖より不審な帆船が接近。そして島に接岸し、岩場伝いに陸地に上がった者達により、二番砦がグライダー5機ごと占拠されました!」
「!?」
 突然の報告に一瞬耳を疑う純也。すう、と一度深呼吸して。
「砦を占拠した不審人物の数と素性は分かっているのですか?」
「数は20名前後です。素性は‥‥」
 口ごもる兵士。だが黙っていても事は良い方には進まない。
「バの斥候部隊だと思われます」
「!?」
 バの斥候部隊? 彼らがクラウジウス島に拠点を築くべく上陸したというのか?
「‥‥もしかしたら、前回捕えた魔法使いは、バと通じていたのかもしれませんね」
 これは純也の推測に過ぎない。だがありえないことでもないだろう。自分を切り捨てた師に恨みを抱いたまま残虐な実験を行っている人物だ、利害が一致すれば寝返ってもおかしくはない。
「二番砦に駐留していた我が国の兵士は数名が死亡、傷を負ったものの一番砦まで逃げ帰った者がこの情報を送ってきました」
「――その情報をここに持ってくるということは」
「はい、お察しの通りです」
 純也の言葉に兵士は緊張した顔のまま頷いた。
「みなさん、任務に少し変更がありました。我々はゴーレムシップでクラウジウス島へ上陸し、グライダーを操れる者はグライダーにて二番砦を占拠したバの兵士と空戦。歩兵は森を抜けて二番砦に残るバの歩兵と対峙してこれを撃破してください。万が一にも斥候部隊に島全土を占拠されて、メイディアを海路から襲われる様なことがあってはなりません」
 バの斥候部隊内にグライダーを操れる者がいれば迷わず使ってくるだろう。近くに兵器があるというのに使わないという手はない。しかもバにとっては破壊してしまっても痛くも痒くもないのだ。
 しかしこのまま斥候部隊に拠点を築かせては、この後バが兵を送ってくること想像に難くない。ここで斥候部隊を叩いておかねばならない。
 幸いというか、二番砦にはグライダー用の武器はランスしか置いていなかったという。斥候部隊が何か持ち込んでいれば別だが、グライダーは基本的に空中での格闘戦を挑んでくると思われる。
 逆にこちらではランスと垂直落下させる散弾や砲丸なども用意できるだろう。貴婦人の踵などの火炎瓶系は、砦が木々に囲まれているということから使用は避けたほうがよいため許可が下りるとは思えない。
 グライダー搭乗部隊だけでなく、木々の間を縫って砦に攻撃を仕掛ける歩兵部隊の動きも重要になる。
 敵の戦力構成が明らかになっていないため、難しい任務となるだろう。こちらができることは相手もできる、と考えたほうがよい。
「立地的に人型ゴーレムは動きが取りにくいため使うことができません。相手も同条件ですから、あちらは奪ったグライダー5機と歩兵で応戦してくるでしょう。こちらは一番砦、三番砦に配備予定だったグライダーを10機使用できます。必要であれば鎧騎士も連れて行くことができるでしょう」
 そう言い、純也は軽く目を伏せる。
「二番砦が奪われたということは、砦に安置しておいたマーメイド達の遺体も奪われたということです。遺体を取り返すためにも――」
 彼は何かを決意したように瞳を上げて
「――頑張りましょう」
 冒険者達に決意のこもった視線を投げかけるのだった。


■概略地図
三三三三三三三三三三三三三
三三三三三三三三三崖三三三
三三三三三三三三崖森崖三三
三三三崖三三三崖森2森崖三
三三崖森崖三崖崖森森森崖三
三崖森1森崖森森森森崖三三
三崖森森森森森森森崖三三三
三三崖森山山森3崖崖三三三
三崖森森山山森森崖三三三三
三崖森森山山森崖三三三三三
三崖森森山山森崖三三三三三
三三崖森森森森崖三三三三三
三三崖森森森森崖三三三三三
三三三崖森森森崖三三三三三
三三三三砂砂砂三三三三三三
三三三三砂砂三三三三三三三
三三三三三三三三三三三三三

1〜3・砦跡
2は現在バの斥候部隊が占拠している。
三・海
砂・砂浜
山・それなりに標高が高く、上部に風がいつも吹いている
崖・場所によっては岩場伝いに海に降りられるところもある

●今回の参加者

 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb8378 布津 香哉(30歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec4322 シファ・ジェンマ(38歳・♀・鎧騎士・パラ・メイの国)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4666 水無月 茜(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●戦争とは
 メイディアからクラウジウス島へのゴーレムシップでの移動は滞り無く済んだ。今回はグライダー10機と鎧騎士達も一緒だ。斥候部隊とはいえバがメイの領地に侵入し、グライダーと砦を鹵獲したのだ。これは――
「うーん‥‥やっぱりこれって『戦争』なんですよね‥‥」
 ゴーレムシップから降りてぽつり、つぶやいたのは地球人の水無月茜(ec4666)。
「やれやれ嫌なタイミングでバも攻めて来やがるな。いや、こういうタイミングだからこそ攻め込むというべきか‥‥」
 茜とは対照的に、同じ地球人の布津香哉(eb8378)はこれが戦争であることを十分理解している。そして戦おうとしていた。
「盗賊やカオスニアンと戦うのは平気でも、他国の兵士と戦うのは気が進まないか?」
 腕組みをするようにして浮かない顔の茜に語りかけたのはレインフォルス・フォルナード(ea7641) 。その声に彼女は小さく首を振った。
「冒険者を続けていれば、いずれはそうなるのは理解してたんですけど‥‥あははちょっぴり、本気で地球に帰りたくなっちゃった」
 この国に召喚されていなければ、茜は戦争とは無縁の所にいたはずだ。冒険者として何度も戦いに赴いたが、それが『戦争』という文字で表されるととたんに恐ろしさが増す。それは彼女が、戦争の齎す悲惨な惨状を教え込まれる国で生まれたがゆえか。
「躊躇いがあるのならば、ゴーレムシップで待機していることを勧めます」
 きっぱりとルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が言い放つ。それは優しさから出た言葉。躊躇いは茜の命を危険にさらす。
「落ち込んでもしょうがないし、ディアネイラさんの為です! バの人達を島から追い出して、人魚さん達を無事に弔いましょう」
「そうだな。メイの安泰の為にもさっさとバにはお帰りいただこうか」
 顔を上げた茜を見て、香哉が頷く。
「グライダーの出撃準備が整ったようです」
 シファ・ジェンマ(ec4322)の声にグライダーに搭乗するルエラと香哉は手を振って合図を返した。
「敵はこちらが上陸したことにまだ気がついていないようです。ですがグライダーが近づけば同じようにグライダーに乗って出撃してくるでしょう。兵士の数は見えた限りでは20名ほどです」
「となると、グライダーにできる限り同乗したとしても10名は地上に残るわけか‥‥」
 テレスコープとエックスレイビジョンを併用して二番砦の様子を見た土御門焔(ec4427) の報告に、キース・レッド(ea3475)が考えるように顎に手を当てた。
「できるだけ砦を破壊しないように、航空部隊をうまくひきつけて戦ってみます」
 ルエラの申し出に、全員が頷いた。

 さあ、大切なものを取り戻しにいこう!


●空戦
「数では優位に立てるはず。1機に対してこちらは2機で当たるようにしよう」
「「はいっ!」」
 香哉の言葉にメイディアからつれてきた鎧騎士達が返事をし、グライダーへと乗り込む。ルエラとシファがペアを組んで格闘戦を、香哉は鎧騎士の一人と組んで自分が囮になることを決めた。
 グライダーに乗り、起動をさせ、そして離陸。
 地上部隊は森を抜けねばならぬことからすでに出発していた。それを追うように航空部隊も出発する。
 途中、風精霊の力の強いという島中心の山を通りかかった時、ふと香哉は兵士の告げた話を思い出した。この山に女性の姿を見たとか。
「(もしかしたら風の精霊とかその眷属とかが山頂にある何かを護っていたりしてな)」
 グライダー乗りとしては風の精霊に味方をしてほしいところだが、今は山頂の女性の真相を確かめるより砦の奪還が先だ。進まねばならない。
「敵が出てきました!」
 シファが叫んだのが微かに届いた。砦を見やると、その屋上から一機、また一機とグライダーが飛び立つ。全部で5機。
 シファが一番最初に近づいてきた1機に格闘戦を挑む。ランスチャージを受けたグライダーがぐらり、と機体を揺らした。その隙に横合いからルエラがランスチャージを仕掛ける。この二人と敵の腕前の差は明らかだった。だが他の機体は、数で勝っているとはいえ技量が同じ位なのか、弓矢とランスチャージでじわじわと削り取られていっている。
「これを使ってください!」
 1機に対して2機で当たっている所に背後から弓矢を受け、機体のバランスを崩したところに最初に狙っていた機体から攻撃を受ける。そうして墜落していく味方に、ルエラはリカバーポーションを投げた。うまく受け取ってくれればいいのだが、今は墜落した味方を追っている暇は無い。
「っ!」
 墜落した機の相方が2機に攻められている。香哉は意を決してそちらへと機体を飛ばす。気がついた敵の同乗者が矢を射ってきた。それを避けられずに腕に喰らい、彼はうめき声を上げるも前進をやめない。2機に囲まれる形になった味方の背後に割り込むようにして機体を押し込むが、ランスでの攻撃は避けられてしまった。だが味方の窮地は救えた。もうじき香哉のパートナー機も駆けつけるはず。
「!」
 だが香哉の攻撃を避けた機体は彼を狙ってはこなかった。香哉を追いかけてくるパートナー機に狙いを定め、ランスチャージで攻撃。その攻撃を避けられなかったパートナー機がよろめいたところに、同乗者が弓を射る。
「香哉さん!」
 その状況を見たシファがこちらへと機体を寄せてくる。そしてヒーリングポーションを投げてよこした。ルエラは再びリカバーポーションを墜落して行く機体に投げる。どうか無事で。
 一機を撃墜した敵を、シファが捉えた。そこにルエラがランスチャージを叩き込む。
 一般兵を狙っていた敵は今度は香哉に狙いを定め、ランスを繰り出す。香哉にはそれを避けることができなかったが、こちらの攻撃も相手にかすった。その隙に近くにいた機体が敵機を攻める。
「くそっ‥‥早く片付けて地上部隊の援護にっ!」
 ヒーリングポーションの封を切って飲み干し、呻く香哉。彼の機体には鉄球が積んである。その真価を見せるためにも、早く航空部隊を撃墜する必要があった。だが敵もこちらの技量を見抜く力を持っている。明らかに自分達より技術が上のルエラとシファには自分達から攻撃を仕掛けない。彼らが狙うのは、一般兵達ばかりだ。
 押されているというほどではない。だが優位ともいえない戦いが続いた。


●地上戦
 木々の間から、空を飛び行くグライダーが見えた。グライダーの接近を察知したのだろう、にわかに砦は騒がしくなり、辺りを警戒するように歩兵部隊が砦の外に現れた。
 相手は剣や槍、弓、斧と装備は色々で、中には魔法使いらしき者も一人だがいた。その魔法使いが何か叫んでこちらを指差した。敵が一気にこちらへと向かってくる。
「くっ‥‥探査魔法か。奇襲をかけるわけには行かないな。行こう。援護を頼む!」
 キースがレイピアを手に飛び出す。レインフォルスは無言で一番に飛び出していた。
「ごめんなさい。せめて最期は、人間らしく‥‥」
 茜が詠唱を始める。メロディーで『故郷に残してきた家族を懐かしむ、幸せな過去を呼び起こす』ような思いを込めるつもりだ。
「秋霜、前衛の二人の援護を!」
 愛犬にクナイでの攻撃を命じた焔は、高速詠唱を利用したスリープで離れている敵から眠りに落としていく。敵の数はこちらより多い。少しでも無力化していく事が求められた。
 回避に長けたキースとレインフォルスは敵の攻撃を軽々と避け、反撃を加えていく。だがいかんせん敵の数が多い。メロディーを奏でている茜と、スリープを使っている焔にも敵の手が迫る。
「きゃっ!」
「っっっ!」
 飛来してきた矢、突き出された槍、振りかぶられた剣を避けられずに女性二人は傷を負ってしまった。その叫び声を聞いてキースとレインフォルスが態勢を整えなおす。
「これを」
 レインフォルスは取り出したリカバーポーションをすばやく女性二人に渡すと、目の前の敵に斬りつける。キースももちろん善戦しているが、やはり数の差は大きい。
 数の暴力――その恐ろしさを実感することになった冒険者達は、空からの援護に期待するしかなかった。


●白銀の乙女
 シュンッ‥‥
 敵機に向かおうとしていた香哉の脇を何かが飛んでいった。それは彼が向かおうとしていた敵機に命中し、敵機はバリバリバリと雷を受けたかのように痙攣した。
「なっ‥‥」
 あまりの事に追撃するのを忘れたメイ軍の耳に、凛とした声が届く。
「何をしている。今のうちに敵を撃て!」
 それは女性の声。風の精霊力が、強まった気がする。
 ルエラとシファが素早く反応し、敵機にランスを叩き込む。一般兵も負けじと攻撃を再開する。
「そなたは地上部隊を助けよ。あちらも苦戦している」
「っ‥‥あんたは?」
 香哉のグライダーの隣にふわりと浮かんでいるのは、白銀に輝く鎧を身に着けた美しい女性。きらめく槍と盾を手にし、強い風の精霊力を纏っている。グライダーと平行に浮かんでいることから人外のものであることは予想できたが、思わず尋ねてしまう。
「我が名はヴァルキューレ。正義の為の戦いならば、我が力、差し出そう」
 女性――風の上級精霊ヴァルキューレは手にした槍を、再び敵機に投げつける。それは敵機にぶつかると雷を発し、そしていつの間にか彼女の手の内に戻ってきている。
「‥‥ヴァルキューレ‥‥」
「問いたば後にいくらでも聞こう。良いのか、地上で戦っている戦士達が危ないぞ」
「っ!」
 ヴァルキューレには正義の為に死んでいった戦士達の魂を連れて行くといういわれがある。宗教の無いこちらではどうなのかはわからないが、地球では『ヴァルキリー』『ワルキューレ』などと呼ばれ、戦の女神であると同時に死の女神のように表現されることもある。どちらにしろ、地上で戦っている仲間達を死なせるわけにはいかない。
 香哉はグライダーをめぐらせて砦を目指す。木々のない、開けたところで地上部隊は乱戦に陥っていた。後方で魔法使いらしき者が詠唱しているのが見て取れる。
「命中しなくても詠唱を中断させて混乱を招ければ十分だ‥‥!」
 香哉は鉄球を手にし、機体を魔法使いの上空へと移動させた。


●背景
 ヴァルキューレという強い援軍を得たメイ軍は程なく敵グライダーを全機撃墜。グライダー搭乗者達が地上戦に回ったことで、形勢は五分――いや、ヴァルキューレを加えたメイ軍が有利だった。負傷者は出たものの、死亡者を出さずにバの斥候部隊約20名を殲滅に成功した。
「あなたが、山に住んでいるという女性ですか?」
 ポーションを飲んで傷を癒しながら尋ねる焔にヴァルキューレはいかにも、と頷く。
「何故僕達に助力を? あなたがこの島に前から住んでいたというならば、ここに砦を築いた者達を快く思ってはいないだろうに」
「この砦に住み着いた男供の所業が目障りであったため」
 キースの問いに固い口調で答えるヴァルキューレ。男供とは先日捕らえた、人魚を研究材料にしていた男達だろう。
「あの魔法使い達がバと繋がっていたとご存知だったのですか?」
 真面目に礼をした後ルエラが尋ねると、ヴァルキューレは一堂を見回して、
「我は正義の為の戦いならば喜んで力を貸そう」
 と頷いてみせる。
「それでは答えになっていません」
 シファが言うのも尤もだ。ヴァルキューレがメイに力を貸してくれようとしていることはわかった。だが、その理由は相手がバだからだろうか。
「自分の住処がバに蹂躙されるのが気に食わなかったから、力を貸してくれるのか?」
 浜辺に翡翠のリボンを結んだ棒を立てて戻ってきた香哉が尋ねる。するとヴァルキューレは一度目を閉じ、ゆっくりと再び開いた。
「ならばそなたらに教えよう。此度上陸したバの部隊には、カオスの魔物の息がかかっている」
「「!?」」
「それは、どういうことだ?」
 レインフォルスの静かな問いに、彼女は答えない。意図して答えないのか、答えられないのかはわからない。
「とりあえず今回の敵はカオスの魔物と繋がりがあったということか‥‥」
「でも、これでおしまいというわけではないでしょう。斥候部隊と連絡が取れなくなったら、再びバは兵を送ってくるかもしれません」
 呟くキース。焔は冷静に状況を分析する。
「戦乙女さんは、これからもメイに力を貸してくれるのですか?」
 茜の問いに、ヴァルキューレは硬い表情のまま答えた。

 ――その戦いが、正義の為ならば、と。


●水に還る時
「ディアネイラ。すまないが、彼の名を聞いてもいいか? 冥福を祈りたいんでね」
 ゴーレムシップの甲板の上から海中に声を投げかけるのは香哉。海中から半身を出した人魚ディアネイラは頷き、「ネスといいます」と告げた。彼というのは最後の被害者。香哉の腕の中で息を引き取った彼。
 集落の場所はどうしても教えられないとの事で、彼女の指示した位置でゴーレムシップを停泊させてもらい、そして回収した遺体を水へと還す事にした。古い遺体の中には原形を留めていないモノもあったが、それでも彼女は切に願った。彼らの身体を海に還して欲しいと。
「尊き魂よ、安らかに‥‥」
 焔が横笛で葬送の音楽を奏でる。茜がそれにあわせるようにして地球の歌を歌う。
「(バの兵士さん達の魂も‥‥)」
 茜は心の中で、等しく魂の平穏を祈った。
「‥‥‥」
 キースと香哉、レインフォルスが水葬に慣れている船員達の手を借りて、人魚達の遺体を海へと流す。ルエラとシファは黙祷を捧げた。アトランティス出身の彼女達は魂という概念を持ち合わせていないけれど、死を悼む気持ちは同じだから。
 波に揺られてゆったりと沈んでいく人魚達を見て、キースもレインフォルスもそれぞれの方法で祈りを捧げる。
「ネス‥‥遺言はしっかりと受け取った」
 香哉は自分に遺言を託した彼が波間に沈み行くのをじっと、目をそらさずに見つめていた。口には出さないが、彼の残した遺言を自分なりに精霊に誓いを立てようと決めていたから。
「皆さん、ありがとうございます。これで‥‥みんな、安らか、にっ‥‥」
 シップを見上げるディアネイラの瞳が潤んで見えるのは波のせいではないだろう。詰まった言葉がそれを証明している。
「人間を嫌いにならないでくれって願うのは、俺達の自分勝手かもしれない。でも、人間全てがあいつらみたいに酷い事をするわけじゃ――」
「――大丈夫です」
 手すりから乗り出すようにしてかけられた香哉の言葉。それをディアネイラは手で制して。
「信じていますから――」
 人魚姫の言葉は美しい旋律と歌声に乗って届く。
 その言葉と彼女の表情に香哉は、切ない表情で答えることしかできなかった。
 心の中で強く、誓う。
 どんな形になるかはわからないが、ネスの遺言を、護ろう、と――。