【銀の矜持】抜け落ちぬ染色
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■シリーズシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月11日〜01月16日
リプレイ公開日:2009年01月20日
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●オープニング
●
「父上が体調不良を訴えられて、部屋に篭りがちになってしまったので‥‥しばらくの間、私が代行を務めることになりました」
リンデン侯爵家子息セーファスは、アイリスに呼び出した支倉純也相手にそう語る。
「侯爵様のお加減、心配ですね」
「季節柄、体調を崩したというだけなら良いのですが」
柔らかい声色の純也の言葉にセーファスも苦笑で答える。それほど重い病ではない、疲れが出ただけだという話だったが、セーファスは元より夫人やディアスなどが見舞う事も殆ど拒否されていた。
「ところで‥‥ディアーナという娘についてはもうお聞き及びと思いますが」
悲しそうな表情をしたまま告げるセーファス。
件の少女ディアーナはカオスの魔物との契約から逃れられず、そして引き返す道はないのだと語った。自分の意思か命令かはわからぬが、彼女は今もカオスの魔物を従えて悪徳を重ねている。
「彼女の処分も私にゆだねられました」
――処分。
それは使っていて気持ちのいい言葉ではない。セーファスとて重々承知のはずだ。だがディアーナ自身が後戻りできないと悟っている以上、それは変えられない事実なのだろう。
また、万が一彼女がこちらへ投降したとて、彼女の犯した罪あまりにも重過ぎる。更正待つには、彼女はあまりにもたくさんの人を殺しすぎた。侯爵代理として、セーファスはそれを許す事の出来ない立場に居る。
それに自分達を裏切ったとわかれば、契約をしたカオスの魔物はどうするだろうか?
使えぬ手駒は――。
「この前連夜殺人が起こっていた村での被害は収まりました。ただ‥‥」
言いにくそうに切られた言葉の続きを、純也は辛抱強く待つ。
「ディアーナが墓守を頼んだ少年のいる村が狙われ始めました。そして、例の少年ディータが姿を消しました」
「‥‥確か前回、カオスの魔物達は彼女に止めを刺させて、悪徳を重ねさせているように見えたと言ってましたね。という事は――」
セーファスと純也は顔を見合わせ、頷く。
「ディアーナの最後の良心の欠片とも言うべきディータ少年、彼をディアーナの手で殺させる事が、魔物達の目的である可能性が高いです」
「彼女は引き返せないところまで来ている――そういうことですね?」
純也の言葉にセーファスは静かに頷いた。
●
ディータ少年は村で事件が起こった際に姿を消したのではなく、翌日「遊びに出かける」と言って姿を消したのだという。
彼が攫われたのではなく自らでかけたのだとしたら――?
村で起こった事件で、何かを目撃していたのだとしたら――?
彼が行く場所は――‥‥‥。
●リプレイ本文
●出発前――
「侯爵様の容態は? 診察させていただく事は出来ませんか?」
ミィナ・コヅツミ(ea9128)がセーファスに問うと、彼は苦笑を見せた。
「私も出立前にお会いできないかと試みたのですが、医者に『今眠ったところだから』といわれまして‥‥」
「ご容態はどうおっしゃっていました?」
「今までの疲れが出たのだろう、と」
「(病気が移らないようにと念の為の配慮で遠ざけているのなら良いのだけれど)」
それでも不安を除くことが出来ず、ミィナは思い切って口を開いた。
「侯爵の私室付近で探査魔法を使う許可をもらえませんか? 失礼だとは思いますけれど、何事もなかったら何事もなくてよかった、で済みます。でも何かあった場合は対処が必要になるので‥‥念には念を入れて」
「――わかりました。案内しましょう」
「セーファスの坊ちゃん、魔物は弱った心につけ込みやす。この先どうあっても悲しい事をしねぇといけねぇとしても‥‥どうか気は強く持って下せぇ」
案内の為に先頭を歩くセーファスに優しく告げるのは利賀桐真琴(ea3625)だ。セーファスはそれに小さく頷いて。
「あなた方にも辛い思いをさせますね」
「いぇ、あたいは大丈夫でやす。たとえ正しくねぇ事をしてバチが当たるとしても、その幾分かはあたいらもともに負いやす。あなたは決して一人じゃねぇ、どうか忘れねぇでいて下せぇ」
「‥‥はい、ありがとうございます」
返ってきたセーファスの笑みは、これから対面しなければいけない事態を憂えてか、悲しそうだった。
「‥‥‥‥10m程の距離の所に大人のサイズの反応があります。後は‥‥40m程の所に小さな反応いくつか」
「「!?」」
何度か唱えなおして達人レベルでデティクトアンデッドを使用したミィナの言葉に、真琴とセーファスが凍りつく。
「ですがこの魔法、方角が分からないんです」
――近くに侯爵の私室がある。だがそこに探査に反応した物体がいるとは限らない。だが、可能性はないわけではない――。
「セーファスの坊ちゃん、どなたか信頼できる方に侯爵の側についていてもらった方が‥‥」
「そうですね。この反応が気になりますけれど、私達はディアーナさんを追わねばなりませんから。どなたかいませんか」
真琴とミィナ、二人とも今探査に引っかかったモノが気になるのは事実。だが、急いで対処しなければならない案件があるのも事実。こんな時、身体が二つあればいいのに――。
「ディアスと、レインリィならば」
顎に手を当てて考え込むようにしていたセーファスが、ぽんと手を打つ。
「ディアスはまだ幼いですが、それなりに訓練は積んでいます。レインリィは父の代から信頼篤い騎士です。以前色々と事件に巻き込まれましたが、今は体調も復活して職務復帰しています」
「ではお願いして行きやしょう」
「そうですね。私達は急ぎ、ディアーナさんの元へ」
三人は急ぎ、手配を整えて屋敷を発つことにした。
●未来視
「侯爵閣下のご病気も気がかりですが‥‥今はディアーナですね」
「もはや、己が手では止まれぬかディアーナ‥‥たわけ者め」
侯爵家の玄関口。ミィナ達を待つ雀尾煉淡(ec0844)とアマツ・オオトリ(ea1842)は話すともなしに呟いていた。そんな中で集中してスクロールを使っていたのは土御門焔(ec4427)。使用スクロールはフォーノリッヂ。それぞれ1つずつ、2回単語を指定して『何も努力しなかった場合の未来』を見る。
「ディアーナは‥‥ディータ少年を殺害後、クルトの墓を壊します」
焔が見えた未来に眉をしかめながら呟いた。
「ディータ少年は、無邪気にディアーナに駆け寄って、‥‥殺害される未来が見えました」
「やはり、か‥‥」
アマツが呟く。それは彼らにとって予想通りの未来であった。
「何か分かりましたか」
手配を終えて戻ってきたミィナに問われ、焔はスクロールを仕舞ってファンタズムの魔法で先ほど見えた未来を映像化してみせる。
「恐らくディアーナが向かう先はもうあの場所、クルトの墓しかないはずです。そしてその場所でディアーナの大事な二つの存在、墓守のディータをクルトの墓と共に破壊する。それでディアーナは完全に『黒衣の復讐者』の人形になり果てます」
「せめて、そうなる前に‥‥!」
真琴がシルクの布で包まれた水鏡の円盤を抱きしめた。使い方はしっかりと聞いていた。鏡に念じていくらか魔力を差し出すことで足元に水鏡が出来るという。そこに映ったモノの本来の姿を見る事が出来るというが、敵によっては抗う事も出来るようだから完璧とはいえない。だがないよりはずっとましだった。
「急ぎましょう」
煉淡が扉を開け、外に繋いであったペガサスの元へと走る。ミィナは真琴からフライングブルームを借りて跨り、他の者もそれぞれ馬へと跨った。
最悪の未来――ディアーナがその手で最後の良心であるディータを殺す前に、クルトの墓に到着せねばならない――。
●哀哭
そこは静謐なままだった。
いつまでもそのままであって欲しい、と彼女は願っていた。
だが、それも叶わなくなっている事に彼女は気づいている。
破壊しなければいけないのだ。
今の自分にこんな綺麗なものは似合わない。
もう、後に戻れないなら進むしかないのだ。
全てを、壊して突き進むしか――。
「ディアーナおねえちゃ‥‥!?」
大好きだったお兄さんの墓に大好きだった少女の姿を認めて、少年は駆け出そうとした。ここに来るまで子供の足では随分時間がかかってしまった。村の人たちのお墓にも寄ってきたから、少し遅くなってしまった。けれども彼女は待っていてくれた。
きっと自分がしっかりお墓を守っているか見にきたのだ。大丈夫だよ、そう伝えてあげたい。だが――
「――間に合った、か」
木々から一歩足を踏み出した状態で、ディータは力強く腕をつかまれた。これでは墓に、少女に近づく事が出来ない。きっ、とその手の持ち主に鋭い瞳を向けてから、それが見知った冒険者であることに気がついた。
アマツがそのままディータの腕を引き、自らの後ろに下げる。煉淡のディティクトライフフォースによってディータを追い、急いできたのが功を奏したのか。数メートル向こう、クルトの墓の前で佇むディアーナと対峙する形になった。
「ディアーナさん‥‥出来れば別の出会い方をしたかったです」
その青白い顔を眺め、ミィナが何かをかみ締めるように呟いた。続けて、皆にレジストデビルを付与していく。
「水鏡よ、ディアーナのお嬢の周りに魔物がいないか、見破る力を下せぇ!」
真琴が円盤の包みを解き、そして祈る。足元に浮かんだ直径3m程の円盤は、ディアーナの背後に人の身体に一角獣の頭を持った魔物を映し出した。
「お嬢の後ろに魔物がいるでやす!」
「行って!」
真琴が叫ぶのとディアーナの命令で魔物が動くのとほぼ同時だった。素早く反応した煉淡とミィナがホーリーフィールドを展開する。向かってきた魔物は角で攻撃を試みるも達人レベルで作成された壁を壊す事は出来ず、ディアーナの側に下がり、笛を取り出した。
「ディアーナは、仲間が如何なる言葉を用いようとも――もう、止まるまい」
刃にオーラを宿して飛び出したアマツが魔物に斬りかかろうとする。だがその笛から紡ぎだされた音が、彼女の身体を支配していく。そんな動きは望んでいないのに、身体が勝手に踊りだす――
今のうちにとでも言うように魔物はディアーナに目配せをした。そして頷いたディアーナが、掌から黒い炎をクルトの墓に投げつけた瞬間――
「ディアーナおねえちゃん!」
バシンッ
黒い炎は墓にはじかれた。否。焔が一足早くアイスコフィンのスクロールで墓を凍らせたのだ。
「‥‥‥!」
燃え落ちなかった墓を目にしたディアーナは、どこかほっとしているようにも見えた。
「煩い笛の音ですね。この場にはそぐいません」
魔物が奏でる踊りを誘う音楽に眉をしかめ、煉淡はブラックホーリーをぶつけた。魔物が笛を取り落とすと同時に音がやみ、アマツを蝕んでいた踊りの呪縛も解かれる。
「行って! あなたはあいつに報告する役目があるんでしょう? こんなところでやられていいの?」
「むぅ‥‥」
ディアーナの言葉に魔物は素早く笛を拾い上げ、渋々と言った様子で再び透明化して姿を消した。冒険者達も魔法で追い討ちをかけたが、止めを刺すべく追ったりはしなかった。今ここで決着をつけるべきなのは、あの魔物とではない。
ディアーナが監視役であろう魔物を先に行かせたのは、きっとこの後の結末は変えようもないものだと分かっているから。
きっと、本当に望んでいる事を、彼らが成し遂げてくれると思っているから。
「『戻れないから進むしかない』。貴方はそう仰いましたが正確には違います。貴方は、もう『自分では止まれない』。それは貴方自身がわかっている筈。だから私達は、貴方を止める事で貴方を救います」
煉淡が凛と言い放ち、ブラックホーリーの詠唱を始める。
「あんたの悪業‥‥全力で止めやす!」
セーファスを守る、その意思を宿した刃を構える真琴。ふと何かが触れたかと思えば、そこにはセーファスが悲しそうな顔をして立っていた。そんな顔をしながらも、オーラパワーを付与してくれたのだと知る。
「子息よ、いつぞやの訓練の続きだ」
ディアーナを視界に入れたまま、アマツが硬い声で告げた。
「我らは何だ? そう、騎士だ。騎士とは何だ? 騎士道を以って、民を導き守る者だ。己が心を御し、民の安寧を保つ責任がある。子息よ‥‥ディアーナ討伐の命を、私に! 迷うな! 躊躇うな!! 貴様に騎士の矜持があるならば」
アマツの言葉にセーファスは唇を噛み締める。過去のトラウマから争いを好まぬ性質に育った彼。だが大切な人達を守りたいが故に、己に強さが必要だと知った彼。人の上に立つ者は、時に非情な決断を下さねばならぬと――今身をもって感じているだろう。
「‥‥カオスの魔物の僕と成り果てた悲しき少女を――」
皆がセーファスの次の言葉を待っていた。そしてその言葉が紡がれる。
「――全力で、討て!」
それが彼女を救う唯一の手段だと思うから。思い切り、持てるだけの力を駆使して大打撃を与えた方が、苦しませずに済むと思うから。だから、冒険者達は本気でディアーナと戦う。
アマツがオーラを纏わせた刃でポイントアタックとシュライクを繰り出す。真琴が忍犬の冬影丸と共に駆け寄り、そして両刀で斬り付ける。
シュパァァァァァァ!
ディアーナの身体から鮮血が噴き出し、彼女の身体が傾いだ。そこに煉淡のブラックホーリーが容赦なく打ち込まれる。ディアーナが瞳を閉じたのは、怪我の為か、それとも焔のスリープによるものか。
「‥‥ディアーナ、お姉ちゃん‥‥」
「辛いならずっと見てなくてもいいよ」
震える声で、今まさに死に向かって歩いている少女を見ながらディータは呟いた。ミィナがホーリーフィールドを張りなおした後、ディータに向き直って視線を合わせるべくしゃがむ。
「でもディアーナさんがクルトさんを愛したのだけは覚えててあげて。きっとキミが二人が幸せだった事を忘れないであげる事だけが彼女の救いになると思うから‥‥」
その言葉に、ディータは瞳いっぱいに涙をためて頷いた。どうしてディアーナお姉ちゃんが殺されなきゃならないの、とは聞いてこなかった。魔物に堕ちかけているという事までは分からずとも、村人達を惨殺したのが彼女だという事を一番良く知っているのは彼。そしてそれが悪い事だというくらい、勿論理解している。
傾いだディアーナの身体に容赦なくアマツと真琴の刃が追い討ちをかける。雨のように降り注ぐ彼女の血は――赤かった。
血はまた人間の色だ――そう思った者もいたかもしれない。
その血はディアーナの背後にある凍ったクルトの墓に、清めの水のように降り注いでいく。
誰もが気づいていた。彼女が抵抗らしい抵抗をしない事に。
自ら口にする事は出来ないけれども、恐らくは――ずっとこうして欲しかったのだろうという事に。
ばたり‥‥
凍りついたクルトの墓に寄りかかるようにして、ディアーナは地に身体を横たわらせた。傷から吹き出る血はとめどなく。元々魂を抜かれて蒼白だった彼女の顔色は、紙のように白くなっていた。
「何か言い残す事はありやすか?」
もう指先一本動かす事も叶わぬのだろう。ディアーナは真琴の顔を見上げる事も出来ず、ゆっくりと口を開いた。
「‥‥クル‥‥ト‥‥あえな‥‥精霊‥‥界、行けな‥‥」
血の中に一筋、透明なものが流れた。
皆、目を閉じて心の中で祈る。
「最後に教えてください。頭の中で思うだけで結構です」
いまわの際くらい静かに逝かせてやりたかったが、そういうわけにもいかなかった。少しでも情報が欲しい――焔はディアーナの前にしゃがみ、彼女を見つめた。
「黒衣の復讐者とは何者ですか?」
ディアーナに言葉で答える力が残っていないのは分かっている。だからリシーブメモリーを唱えた。
『とても美しいカオスの魔物‥‥名前、違う』
「!? 名前が違うとはどういうことですか!?」
焔が再びリシーブメモリーを試みるも、何も聞こえない――それはすなわち。
「‥‥逝ったか」
薄く開いたままの瞳をアマツが優しく閉じさせてやり、そして手に嵌めた石の中の蝶を見るが、蝶は羽ばたいていない。
「『黒衣の復讐者』は現れやせんでしたね‥‥」
「その『黒衣の復讐者』ですが、ディアーナさんは名前が違うといっていました」
「それはどういうことでやすか?」
真琴と焔が首を傾げるも、真実を知る者はもう、ここにはいない。
「ディアーナお姉ちゃん‥‥!」
ディータが叫んだ。ミィナは彼の肩を掴み、真摯な瞳で言葉を紡ぐ。
「キミが大人になって大切な人ができたら、その人が皆と仲良く暮らせるようしっかり頑張るんだよ、男の子でしょ」
微笑まれ、ディータは涙を拭いて頷いた。
「ディアーナのお嬢‥‥クルトの旦那と同じ墓でせめて安らかに‥‥」
漸く眠りにつくことが出来た彼女の眠りを妨げられないようにするには、火葬するべきだという声も上がった。だがここアトランティスでは火葬は一般的ではなく、五体が揃っていないと正しく精霊界へ昇れないとも言われる。
「お姉ちゃんは精霊界でクルトお兄ちゃんと幸せになれるよね?」
ディータに純粋な瞳を向けれれば、否と答えることも火葬に処す事も出来ず。煉淡やミィナが主導して簡易ながら弔いの儀式が執り行われた。
悲しき少女への葬送歌――彼女が幸せだった頃、愛する人と共に歌っていたという花の歌を教わり、焔は横笛で奏でた。
願わくば、少女が安らかに眠りにつきますように。
願わくば、少女が精霊界に昇れますように。
願わくば、少女が愛する人に再会できますように。
願わくば――‥‥‥‥‥。